走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
十一月二十日、記録者、ミホノブルボン。
スズカさんの事故から一か月が経とうとしています。回復の具合が良くなく全治までの期間は少し伸びるとのことですが、しかし、脚の吊り下げ固定は終了し車椅子での活動は解禁され、スズカさんも自分一人でトイレや入浴が可能になっています。
さらに、先週からマスターも通常通りの業務に戻っているようで、私とマスターはトレセン学園でのトレーニング後、スズカさんの病室で過ごし、夜になるとマスターだけが残り、スズカさんが眠った後に帰宅するというのを繰り返しています。
……ですが、スズカさんとマスターの会話は、感情や心に疎い私でも解るほど、普段と大きく違っています。会話量そのものは事故の前から比較して約二十パーセントほど増加しているものの、身体的接触は七割減、スペシャルウィークさんが「いつもの」と称していた会話群に関しては一度たりとも行われていません。
少しずつ、マスターの足音が軽くなっています。体重測定は目視では行えませんが、生活リズムから推測するに、睡眠時間、食事量ともに不足していると考えられます。
ですが、それも今日まで、と、スズカさんは言いました。
「……そろそろかしら。うん……そうね。じゃあブルボンさん、お願いね」
「はい。お任せください。必ず遂行します」
本日、マスターはトレセンから二キロほどにある都内のアパートに宿泊しており、トレセンからの指示があるまで外出禁止が言い渡されています。悪質な記者が接触を図っているという報告がトレセンで挙がり、その対策として一時的に身を隠しています。
ですが、これはあくまでスズカさんが事前に決めたものです。二週間前のこと、スズカさんはお見舞いに来たたづなさんに声をかけ、作戦の全貌を話していました。
……私が肝心の作戦の全貌を聞いたのは今日のことですが。仕方ありません。ここに毎日来ることを決めたのは私ですが、常に体力を大幅に消耗し、十文字以上の会話を処理するだけの余力が残っていません。
『……なるほど……それは……』
『お願いできませんか……? たぶん、今のトレーナーさんは話なんて聞いてくれないと思うんです。何を言っても、自分を責めちゃうだけですから』
『そうですね……確かに、イベントの枠は今から変更……できますが』
『では』
『ですが、この直前の告知で人が集まるかどうか……それに、詳しいことはURA上層に話を通してみないことには……』
『お願いします』
『……解りました。最善は尽くします。待っていてください』
私の持ち物は、大きな袋、中身にヘッドホン、目隠し、猿轡、荒縄。ここを出て、バクシンオーさん……には断られてしまったので、ライスシャワーさんと合流することになっています。マスターは平均的体躯の範疇ですが成人です。暴れ出せば危険なので、確実に二人で運びます。
そして、マスターのいるアパートにはマルゼンスキーさんが車を用意している手筈です。スズカさんをも霞ませるような強さの逃げウマ娘ということで、いつかお会いしたいと思っていましたが、このような形とは。事前の打ち合わせでの言葉の三割は理解できませんでしたが、作戦は共有されています。
「お待たせしました! すみません、少し遅れました!」
「スぺちゃん。ううん、大丈夫。ちょうど今からだからね」
「ふぅ……すみません、じゃあ行きましょう! 看護師さんにはもう言ってありますか?」
「もちろん。よいしょ……」
「スズカさん! 私がいるときは抱えますからって言ってるじゃないですか!」
「一人でできるって何度も言っているのだけど……」
「何かあったら大変でしょう! さあ!」
スズカさんは、今到着したスペシャルウィークさんに連れられトレセンに向かいます。本日、秋のファン感謝祭が行われており、かなり賑わっておりますので、こちらもスペシャルウィークさんのトレーナーさんが車を用意してくれています。
そして、準備は向こうで行うことになっています。詳しいことは解りませんが、スペシャルウィークさんを通してキングヘイローさんに連絡を取り、何か頼みごとをしていました。了承した際のキングヘイローさんの感情の入り混じった顔が忘れられません。
『と、いうわけなんだけど……もちろん、お金は払うわ。でもその、全然知らない方に急ぎのものをっていうのは少し気が引けて……せめて、知り合いにと』
『え……えぇ……わ、解りました……ほ、本人でなくとも、知り合いに当たればきっと何とかなるはずですから……』
『……あの、無理ならいいのよ、制服とか、勝負服とか、色々あるし……』
『い、いえ! 大丈夫です、スズカ先輩にはお世話になりましたし? おかげさまで今も心から頑張れているところもありますし……こ、こっちの事情です……』
『本当に、無理しないで……? 声裏返ってるし、汗も酷いわ』
『大丈夫って言っているでしょう!? わ、私はキングよ! 大丈夫、私は大丈夫……ちょっと電話するだけだもの、び、ビビッてなんかないんだから……あっ、す、すみません、つい……』
『本当に大丈夫……?』
両親に連絡するだけで何を怯える必要が……?
病室から病院を出て、正面入り口付近で座り込んでいるウマ娘を発見します。ライスシャワーさんです。デビューは私と同年であり、来年は恐らくクラシックを争うことになる方です。
私がアルテミスステークスを勝った三日ほど後から、定期的に私を背後から眺めていることがあります。振り向くといなくなってしまい、追いかけるに至る前に逃げられてしまいます。自己分析により、私やスズカさんのような逃げウマではないかという推測が立っています。
「ライスさん」
「ひゃっ、は、ははははいぃっ! ライスシャワーですっ!」
「知っています。今日はありがとうございます」
「う、うん……それで、結局何をするの……?」
見られたところで不快ではないので放置していたため、こうして正面から話すのはそう多くありません。ですが、複数人での会合で同じ空間に存在していたことはありますし、バクシンオーさん曰く「ブルボンさんは超有名人ですから!」とのことですから、私のことは知っていました。
「はい。今日はこれから、こちらのメモにあるアパートに向かい、私のマスター……トレーナーと合流します」
「うん」
「その後、マスターをこの袋で拉致し、目隠しとヘッドフォン、猿轡を装着した後トレセンへ連行、生徒会室へ連れ込むのが最終ミッションです」
「……ごめんねブルボンさん。もう一回言ってもらえる? ライス、ちょっと耳が悪くなっちゃったかも。その袋で、何?」
「ですから、この袋でマスターを拉致し、生徒会室まで運びます。移動手段は確保しておりますのでご安心ください」
「……ら、ライス、帰るね」
「待ってください。私一人ではホテルにたどり着けない可能性があります。携帯電話が扱えるという意味でも、ライスさんに帰られるわけにはいきません。安心してください。マスターがこの件で私達を訴えることはありませんし、仮に怒られてもトレーニングが減るだけです」
「言ってる意味が解らない……! あっ、ひ、引っ張らないで、行く、行くから……心の準備だけさせて……!」
こうしてライスさんを説得し、私達はマスターの部屋へ向かったのです。
『お願いできる?』
『そうだな……人を集めるのはできるだろう。これだけの特典があればな。よくURAもこれを許可したものだな』
『ふふ、変に話題になるのも助かることがあるのね』
『まあ、解った。とにかくこっちの手配は任せろ。推薦したいウマ娘がいれば聞いておくぞ』
『ん? うーん……別にいないかな……』
『そうか……なあ、スズカ』
『どうしたの?』
『……本当に大丈夫か?』
『大丈夫よ?』
『……何かあれば私のところに来い。話くらいは聞ける』
『……うん』
マスターのいるアパートにたどり着きました。ドアに耳を当て中の様子を窺います。好都合なことに、ちょうどトイレの水を流す音が聞こえました。これから拘束するのでいいタイミングです。ライスさんに合図を出し、彼女がドアノブをゆっくりと掴みます。そして、首を振りました。どうやら鍵が掛かっているようです。
「どうしよう、ブルボンさん……」
「……ミッションに変更はありません。マスターは必ず拉致します」
「じゃあ、一旦チャイムを鳴らして、開けてもらってから、事情を話して……」
「それでは拉致ではありません。スズカさんより、マスターとの会話は拒否するように言われています。マスターに指示を受けた場合、行動を停止する必要が発生します」
「……でも、別に拉致にこだわることもないんじゃ……鍵も開いていないし」
「私に考えがあります」
ドアノブを掴みます。施錠を確認。一般的なドアノブに鍵が付随しているもののようです。価値を算出。問題無く、私の所持金でも払うことができます。再びライスに合図を出し、袋を構えさせてから、そのまま、思い切りドアノブを捻りました。
バギッ!
「鍵が開きました。突入します」
「ひぃっ……む、むちゃくちゃだよぉ……っ!」
『……と、いうことなのですけど』
『うん……話は解った。足止めしかできないのが歯痒いが……君のトレーナーは私が預かろう』
『ありがとうございます、会長』
『やめてくれ。生徒会長として片棒を担ぐなんて洒落では済まないスキャンダルだよ』
『……すみません?』
『謝らないでくれ。だから私は、シンボリルドルフとして……可愛い後輩であり、将来のライバルである君のために動くんだ。一人の才能あるウマ娘を、ここで潰してしまわないためにもね。君のトレーナーはこう言ったことがあるらしいじゃないか。皇帝相手でも、サイレンススズカは勝てるのだと。そこまで言われては、勝負をするまで消えてもらっては困るからね』
『……ありがとうございます。でも、私は負けませんよ。トレーナーさんは今も信じてくれてますから』
「な、何!? 誰!?」
「ミッション完了。ライスさん、目隠しの次はヘッドフォンです。急ぎましょう」
「名前を言ったら意味無いよね!? まだ耳当てしてないんだよ!?」
「ぶ、ブルボン!? 何してるの!?」
ソファで力無く倒れるマスターを強襲し、目隠しとヘッドフォン、猿轡まで着け、両手両足を縛り袋に入れます。少し大きさが足りず足が出てしまっていますが許容範囲です。多少暴れていますが、言葉を発することが無ければミッション遂行に支障は無いと判断。そのままライスさんと担ぎ上げ、扉を閉めます。
「ライスさん。しっかり支えていてください。予定では既に……あの車です」
「えっ……あ、マルゼンスキーさん……」
「はぁ~い! チーマー諸君、上手く行ってる~?」
「行きましょう。時間がありません」
「わわっ」
階段を降り、マルゼンスキーさんの乗って来た車にマスターを載せます。一般的な乗用車で来ていただいていますので、後部座席にマスターを載せ、私もライスさんと共に挟みます。挨拶から笑顔のマルゼンスキーさんが全てを確認して親指を立てました。
「パーペキね! 昼だしあんまりスピード出せないけど……ケツカッチンだものね。しっかり捕まっていてね、かっ飛ばすわよ……!」
「急いでください」
「今私、急ぐって言ったわよね?」
「……? 失礼しました。外来語についての語彙は十分ではなく、いくつか理解できない単語が」
「ちょっと古かったかしら……もう! 舌噛むから口閉じてなさいな!」
『はい! これ、一応完成したよ!』
『ありがとう、ファルコン先輩。まさかこんなに早くできるなんて……』
『ううん! 先生も言ってたよ! 元々がとっても良かったから、合わせて作るのはすっごく簡単だったって!』
『でも、それを作ったのはファルコン先輩ですし……私だけじゃ、形には』
『それは違うよ、スズカさん』
『え……』
『人の心を動かすのは形じゃないよ。心だと思う。何か強く伝えたいことがあって、伝えるんだって、何か強く心を動かしてほしいんだって、そういう心が大事なんだよ。ファル子はそれっぽくしただけ。あくまでスズカさんが作ったんだって、そう思っていないと力にならないよ』
『……そういうものですか?』
『うん!』
『……今度、ミニライブの件、ちゃんと考えさせてください。予定、空けるので』
『ほんと!?』
「こんにちは。マスターをお連れしました」
「ああ、話には聞いている。生憎会長は少し外していてな。確かに受け取った……軽いな。終わったらちゃんと飯を食わせてやれよ」
「はい。そのように言っておきます。あとはよろしくお願いします」
「え? あ、う、うん……あの、これから何が起こる……んですか、ナリタブライアンさん……」
生徒会室にたどり着き、変わらず動き回るマスターを差し出します。外で行われている大々的なイベントの影響で、ここまであまり見付からずに運べました。引き渡してオーダー完遂です。十全に遂行することができました。作戦終了後、スズカさんにしっかりと報告しなければ。
ですが、遂行にあたってはライスさんの協力は不可欠でした。アパートへ向かう際、恐らく一人では迷っていたでしょう。お礼を伝えておくと、困惑した表情を返されました。
「さあ? 私は何も聞いていない。強いて言えば会長はとても楽しみにしていたぞ」
「ええ……?」
「ライスさん。お手伝い、改めてありがとうございました。良ければ今夜、夕食をご馳走します」
「え……い、いいよ、ライスは別に……」
「いえ、ライスさんの手助けが無ければミッション遂行は果たせませんでした。助けられた時は必ずお礼をするようにと、お父さんにもマスターにも言われていますので。私個人も、ライスさんにお礼がしたいと感じています。ライスさんのおかげですから」
「ら、ライスのおかげ……じゃ、じゃあちょ、ちょっとだけご馳走になろうかな……」
『スズカさぁん!』
『わわっ……びっくりした……どうしたの、フクキタル』
『何かこっそりしているらしいじゃないですか! 水臭いですよ! 何か手伝えることはありませんか!?』
『えっと……うーん……無い……かな』
『ガーン……そ、そんな……』
『……あ、でも』
『何かあるんですか!?』
『……これが上手くいって、トレーナーさんが戻って来てくれるかどうか……それだけ占ってくれる?』
『……お任せください! 手相、タロット、四柱推命! 占ってしんぜましょう! なんでもござれですよ! 安心してください! 絶対にいい結果を出してみせます! 大大大吉間違いなしです! 私の有り余る幸運をスズカさんにも分けて差し上げます! 絶対上手くいきますよ! ね!』
『ふふっ……占いって、そういうものだったかしら?』
次回、天皇賞編閉幕。