走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ジュニアG1の一つ、朝日杯フューチュリティステークス。
阪神ジュベナイルフィリーズ、ホープフルステークスと並び、ジュニア級のチャンピオンを決めると言っても良いレースである。
概ね、翌年のクラシックで三冠路線を走るならば朝日杯かホープフル、トリプルティアラを走るなら阪神というのが暗黙の了解というか、慣習になっている。当然、ブルボンはそれに合わせて朝日杯である。
「体調はどう、ブルボン」
その控え室。当然スズカは来られないため、私とブルボンは二人きりになっている。既にブルボンは例の勝負服……の、発光機構無しバージョンを着ていて、準備万端。ストレッチも終え、後は出走を待つばかりだ。
「すー……はぁ……問題ありません。心身ともにオールグリーン。十分に能力を発揮できると思われます」
「よし」
知ってるけどね。怪我率無し、絶好調。勝負服を着て深呼吸をするブルボンと向き合い、ブルボンの状態を見ておく。一応出走ウマ娘も見たけど、問題は無い。ブルボンの勝ちだ。残念ながら格が違う。悪いけど、正直今のところブルボンが誰かに負けることは無いだろう。完成度が違う。
「ラップタイムは頭に入っているわね」
「はい。最序盤と最終盤を除きハロン12.0。誤差はプラスマイナス0.5秒までです」
「うん。何が起きても自分のペースを守ること。自分のレースで行きなさい。良いわね」
「はい」
行ってきなさい、と言うと、ブルボンは短く返事を残し、扉へと歩いていく。
……おっと?
「……ブルボン?」
「はい」
「大丈夫、緊張しないで良いわ」
「……緊張……いえ、そのようなステータス異常は確認されていません。オーダーであればすぐに移行しますが」
「そう。凄いわブルボン。緊張してないのね」
一度ブルボンを引き留める。尻尾がさ、垂れ下がっているのよ。普段はそんなことないじゃない。静かに揺れたり少し跳ねているくらいがブルボンのニュートラルだ。ブルボン本人がどう言おうと、尻尾は正直。そりゃあ、ブルボンにとっては初のG1レースであり、このレースはクラシック三冠に向けての前哨戦と言っても過言ではないジュニア王者決定戦だ。緊張もするだろう。
自称緊張していないサイボーグを振り向かせ、頬に触れる。冷たい。無感情な目を覗き込んで、ブルボンのステータスを眺めながら私は言う。
「私は緊張しているから言葉にさせてね、ブルボン」
「はい」
「ブルボンは強いウマ娘よ。誰よりも努力をして、同世代の誰よりも強くなった。あえて言うけど、実力においてブルボンより上の同世代はいないと言っても良い。解った、ブルボン」
「はい。誰より過酷なトレーニングを積んできた自負はあります」
うむ。ブルボンよりスパルタを受けてきたウマ娘がもしいたら私のところに連れて来なさい。私が直々に説教して証明してあげるからね。真っすぐに私を見つめるブルボンの肩を掴み、ばしん、と強めに叩く。
「よろしい。だったら解るわねブルボン。これはミホノブルボンの一冠目よ」
「一冠目……」
「朝日杯、皐月賞、ダービー、菊花賞。ここから一度も止まらず証明しに行くわよ。良い。あなたが今日やるのは勝負じゃないの。確認よ」
「確認」
「そう。あなたが一番強いの。それをただ見せるだけ。周りのことなど気にしなくていいからね。勝って当然なレースに勝つのだから、緊張などする必要はないわ」
なんか暗示みたいになって来たけど、それもやむなし。何よりブルボンの弱点は頭……じゃなくて、戦術の弱さだ。周りを無視した逃げしかできない。だからこそ、誰にも惑わされず、誰にも流されず、ひたすら自分の力を押し付けて勝つ。スズカとは別の、力押しをさせる必要がある。少しへなっていたウマ耳を立て直し、ブルボンをくるりと扉に直させる。
「坂路一本、走れるかどうか不安になる?」
「まったく」
「同じよブルボン。絶対にできることをやるのに緊張はしない。指示通り勝ってきなさいブルボン。言っておくけど、勝っても褒めはしないわ。負けたら怒るからね」
「……了解しました。オーダーは必ず完遂します。行ってきます、マスター」
そう言って扉を閉めるブルボンは、既にいつものミホノブルボンになっていた。
────
『さあ、年の瀬迫る阪神レース場。集いましたジュニア級ウマ娘達が、未来へ向けてターフを駆け抜けます』
ブルボン達がゲートイン。枠順はちょうど真ん中で、逃げとしてはそこそこ厳しい。ただ、阪神1600外はコーナーまでにかなり余裕があるし、出遅れさえなければ問題はないか。
あとは他のウマ娘の戦術だけど……逃げっぽいのが二人……逃げもできるのがちょこちょこ。だけど彼女らは逃げないだろうね。そもそも逃げという戦法は基本的に弱い。王道とは逃げではなく先行か差しなのである。初G1で他にも選択肢があるのに逃げはしないだろう。
『注目の一番人気は四番、ミホノブルボン。メイクデビューからそのまま重賞制覇。今日も期待を背負って勝負服の初お披露目です』
誰より先にゲートに入り、胸に手を当て直立不動のブルボン。頑張れブルボン。あなたがしっかり走る限り負ける要素は無いのよ。
『全ウマ娘、ゲートイン完了しました! それでは参りましょう! 芝1600m、朝日杯フューチュリティステークス』
……ストップウォッチ、忘れちゃったな。
『スタートしました!』
よし、良いスタート。流石ねブルボン。やはりそのスタートからの急加速だけは真剣にスズカに勝っている。
『やはりミホノブルボン、好スタートを切りました。前へ前へと進んでいきます。他の子は無理に追わない判断のようです』
良いわよ。脇目も振らずただ前に進むのみ。それ以上のことはブルボンには必要無い。とにかく一定ペースで、誰にも負けないスピードで走り続ければ勝てるのだ。
『速い速いミホノブルボン! 未だ先頭をひた走ります! これはかなりのハイペースですが、スタミナは保つのでしょうか』
まだ先頭。ここからも。そう差が無く後ろにつけられていてもなお全く掛かる様子はない。もう大丈夫だろう。コーナーを回り、最終直線に向かっていく。
『さあここから逃げ切れるか! 捉えることができるか! その差は二バ身から三バ身! 既にたった一人スパートに入っているぞ! 強い強い! 差が開きます!』
最後の200mに関してはタイム制限は無い。ブルボンが残りのスタミナを使い果たすように走るわけだ。よほどでなければそれで加速できるため、逃げとはいえスパートもそこそこにかけることができる。
『後続も必死に追いますが……これは厳しいか! 差が縮まりません! 同じリードを保ったまま! 粘る粘る譲らない! ミホノブルボンこれは決まったか! ミホノブルボンだ!』
涼しい顔のブルボンがゴール板を通過したのを見てモニターの電源を落とす。ふー……勝った。ブルボンの勝ち。
「あー……ドキドキした……」
ブルボンの勝ちを疑っていないのは本当だ。でもそれはそれとして、スズカとブルボンでこんなに気持ちが違うとは思わなかった。正直かなり頑張らないと冷静に見ていることもできなかった。こんなのをあと何回見るんだろう、私。
「……あ、スズカに電話しなきゃ」
朝日杯は見ないようにする、と宣言してきたスズカに電話をかける。すぐに出てくれた。
『もしもし。勝ったんですね?』
「うん。ブルボンの勝ちだね」
『流石です。これでG1ウマ娘ですね』
「そうねえ」
ブルボンと会ってちょうど一年。いやあ、結構感動するね。勝つとは思ってたし危なげない勝利なんだけど、それでも。
『お祝い……病院ではできませんし、今日はこっちに来なくても良いですよ』
「む……スズカが寂しくない?」
『む……じゃあ寂しいので毎日起きたらすぐここに来てください。起きてから寝るまで隣にいてもらっていいですか?』
「お仕事があるからね」
『仕事と私どっちが大切なんですか?』
面倒くさい彼女かよ。
「スズカが仕事だけど」
『私によくしてくれるのはお仕事だったんですか……? がっかりです』
「そんなわけないでしょ。私個人がスズカのことが好……あ、ブルボン帰って来たから切るね」
『え、いや、良いですけど別に最後まで言ってくれても』
ぷつん。
電話を切った。まったくめんどくさい子ね。電話で言ってもしょうがないでしょうに。
「入って良いわよ、ブルボン」
「ただいま帰りました、マスター。一着、達成しました」
「見てたわ。おめでとうブルボン。これでG1ウマ娘ね」
扉を開けて、ブルボンが入ってくる。勝負服の所々に泥が跳ねて、体に伝う汗をタオルで拭き取る。ぐしぐしと顔を拭くと、くすぐったそうに片目を瞑って私に手を伸ばした。
「はい。この後は皐月賞です」
「うん。そうよブルボン。解って来たわね。それで、今回のレースに反省点はある?」
「……途中、一ハロンだけ、目標タイムより大幅に早まりました。直ちに修正しましたが、その点を鑑み、自己評価はBです」
「良いのよ。次頑張ろうねブルボン」
まあ、勝ったんだしね。抱きしめて頭を撫でる。心臓がどくんどくん言ってるし熱い。走って来たから当然か。ブルボンの頭を抱えるみたいにぎゅっと抱いていると、ブルボンが私の胸に顔を埋めた。
「現在、謎の感情を検知しています。言語化は今のところ不可能です」
「嬉しいんじゃなくて?」
「そうではありません」
「そっかあ」
ごめん、私は人間だし、今まで持ったのもスズカだけだからさ……G1に勝った普通のウマ娘の感情なんか解らないんだ。まあその、そのうち解るように頑張るから、ちょっと今回はコメントは控えさせていただくわね。
「まあ、好きに思っときなさい。次勝ったら何の気持ちか解るかもね」
「はい。楽しみにしています」
ぷは、と顔だけ出してくるブルボン。次はライブよ、と唇をなぞると、これまでに見たことが無いほど嬉しそうに微笑んで、はい、と答えた。
なお、ウイニングライブはこれまでと同じように、満面の笑みと明るい歌声を披露していた。この子の変わり身も凄いなあ、本当に。