走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「トレーナーさん……」
「どうしたの」
「暇です……走りたいです……何とかしてください……」
「難しい注文だわね」
ある日、病室でスズカはやはり嘆いていた。
「もう何日走ってないと思ってるんですか? もう脚が疼いて疼いて仕方が無いんです。この際何でも良いので静かで私だけのどこまでも続く走りが必要です……」
「何でも良くないじゃない」
「道や天気の話です」
「いつもそうじゃん」
実際色々考えてはいるんだけどね……まずはスズカが自宅療養に切り替わってからだ。年内には帰れる……クリスマスがギリギリとは聞いているけど、どうなるか。まあスズカの尊い犠牲もあって安静にしているので、治療には問題無いらしいけど。
「もう限界です、本当にダメです……体がもう勝手に走りそうになってるんですよ」
「はいはい。落ち着こうねー」
「んむむむ」
とは言え、流石に禁断症状めいたものが増えてきているような気がしないでもない。何となく気が立っているし、そわそわと落ち着きなく上半身が動き回っているし。
うるさい唇を指で塞ぎつつ。
「実際走れないんだからしょうがないでしょ。何度も言ってるじゃない、映像とかで良いなら撮るけど」
「やーでーすー」
「嫌じゃないでしょ。あなた見た? 昨日のブルボンの顔。この世の終わりみたいな顔してたでしょ」
「それは……申し訳無いと思ってますけど」
昨日、ブルボンがカメラを装備して街中を走り回るという行動に出た。 スズカの指示である。一応私も話は聞いていたけど。
映像自体はちゃんと撮れていたし、尺も一時間弱と大満足……とは行かずともかなり良さげなものだったのだ。だけど、それをVRで見たスズカが一言。
『スピードが足りないです……』
「ブルボンなら何言っても良いと思ってるでしょ」
「そんなことないですよ。スペちゃんでも同じこと言います」
「泣くわよスペシャルウィークが」
「スペちゃんはじゃあ次はもっと速く走ります! って言ってくれるので……」
……それはブルボンも言った。スズカの呟きに反応して落ち込んだ後、二人がかりで慰め、直後の帰りの車で。結果的にモチベーションが上がっているあたり、ブルボンはブルボンでイカれているんだと思う。
「あれやって無理なら何しても無理でしょ。スズカより速いのなんていないんだから」
「んん……も、もう一回……」
「スズカが一番速いんだから、誰の映像でも満足できないでしょ」
「んー……んふ……」
よほど精神が荒んでいるらしく、褒められ待ちも露骨になってきた。私に撫でられながら機嫌良くウマ耳をぴこぴこさせている。少し緩む口元は可愛らしいけど、うーん、まあ解決策は見つからないしたぶん無いし。我慢してもらうしかないかな。
「いつ治るんですか……」
「軽くでも走れるようになるのは……まあ、骨は一月もすればくっつくって言ってたけど」
「じゃあその後ですか」
「くっついたからって走れるわけじゃないからねえ」
二月とかになるのかな、スズカが走れるのは。それだって全開で走れるわけじゃないし。まだまだ先にはなりそうだ。
「トレーナーさーん……」
「そんな甘えられても私は何ともできません」
「そんなー……」
私の掌を両手で持ってツボでも押すみたいに握り始める。痛い痛い痛い。未来永劫左手が使えなくなっちゃうって。
「映像で我慢するしかないでしょ」
「我慢できたらこんなになってません……」
「でも頑張るのよ。ブルボンだって頑張ってるんだから」
「むむむ……」
ちなみに、ブルボンは今回友達……サクラバクシンオーに呼ばれてトレーニングを行っている。うちでは珍しく向こうにお呼ばれした形だ。どうやらサクラバクシンオー、ブルボンをロボットだと本気で思っているらしく、ウマ娘や人間に馴染めるように積極的に誘ってくるらしい。ありがたいけど、それはどうなの。
ブルボンも嫌がってないから良いけど。それもどうなの。
「じゃあ私が走ってブルボンさんがここで寝ましょう」
「何バカなこと言ってるの?」
「はーしーりーたーいーでーすー」
「だーめーでーうわっ」
手を引かれベッドに引きずり込まれる。むー、と唸りながら、俯せに倒れた私の背中を叩くスズカ。
「何か考えてくださいトレーナーさん。私が今すぐ走れる秘策をです」
「私、スズカに秘策とか与えたこと無いじゃない」
「ぽんこつ……」
「言ったわねポンコツ」
否定はできないけどポンコツ扱いはムカつく。ブルボンにはちゃんとやってるし。スズカだけよ何も言わないの。何言っても聞かないし守らないんだもん。
「……あ、ところでトレーナーさん」
「ん?」
「この間たづなさんが」
「あ待って」
突然の話題転換にはっとする。しかもその名前。やられた。まさかスズカの方に言うなんて。
「新しいメンバーを増やしませんかって」
「むぐ……む……」
「わ、なんですか、ふふ、ふへ、な、なに……?」
特に理由はないがスズカをくすぐっておく。寝返って、スズカの太ももに寝転がるようにして、スズカが前髪を弄ってくるのを受け入れながら呟く。
「……どうしよっかなあ」
すると、スズカが私の顔を掌で包み込んだ。じっと見下ろしてきている。
「もしかして、私の怪我のせいで乗り気で無いなら……」
「いや待って、違うよ。本当に違う。それはそう。ね? 本当に違うからね?」
「必死だとますます怪しいですね……」
「ああああああ」
体を起こしかけた私の額を、冗談ですよ、と押し返すスズカ。
チームメンバーを増やせというのはこの間ブルボンのお祝いの言葉を理事長とたづなさんに言われた時についでとばかりに言われたことだ。上手く濁したけど、くそ、スズカに言うのは卑怯だ。
「なにか理由が?」
「スズカもブルボンもさ……強いし素直だし……他の子育てられるか解んないんだって」
「ああ」
納得したとばかりに微笑むスズカ。自分が強いことを微塵も疑っていない素晴らしいウマ娘である。
それに、私の持ち味というか……私が他より圧倒的に勝っているのはやはりトレーニングの量に他ならない。適正の見極めから何からが素早く、かつ、怪我ギリギリまで反復してトレーニングができる。質ではないし、他が優れているわけでもない。
スズカやブルボン相手だといい加減考えていることも解るようになってきたけど、それは私の能力が高いというより一年なり二年なり一緒にいたら当然だろうという話だ。
「それは難しいですね……ブルボンさん、言えば無限に走りますもんね」
君もだよ。
「でも、申し込みはたくさん来ているんですよね?」
「まあ……これでもかなり減ったけどね。よいしょ」
起き上がってノートパソコンを開く。フォルダ分けされたそこにあるチーム加入の申し込みは、一時期に比べれば半分近く減っていた。にしても多いし、これはたづなさんによる選別が行われた後のお話だけど。
世間様の意識として、スズカの怪我は私のせいではなくなった……が、全員がそれを共有しているわけではないし、特にトレセンの生徒達がどう思うかは別だ。今のところエルナトの評判は良いとも悪いとも言えない。事故の前の評判がもっと極端になった感じ。
つまり、能力がない、適正がないことをスパルタで何とかするチームという感じ。まあ、スズカにしても私と出会う前はボロボロだったのは確かだし、ブルボンも世間的には無理やり適正を上げたスプリンターだ。
「ブルボンが倒れてるのも何かもうトレセン名物みたいになってるしね」
「それは……まあそうですね……」
そういう評判が増えた結果どうなったかというと、ある程度能力のあるウマ娘はそもそも極端なスパルタを嫌い応募してこない。逆に、追い詰められている子は変わらず応募してくるというわけだ。
特に入学直後の子の応募は激減した。最初からそういうチームやトレーナーにつこうって子なんているわけがない。トレーニングに嫌悪感や抵抗が無いこと、体を動かすのが好きなことはウマ娘という種族の特性だけど、それとスパルタを積極的に受けに行くかは別だ。
……ブルボンって凄いのね。
「私もさあ……別にそういう子を強く育ててどうってのが好きなわけじゃないのよ。そりゃ最初から強い子を育てたいに決まってるでしょ」
「また正直な」
「というか私はそんなに必死になれないのに、向こうだけ必死になってもお互い面倒じゃない」
「ふふ……そうですねー、トレーナーさん、担当のために必死になれないんですものねー」
「……何よ」
「何でもないですよ?」
頭が抱えられて撫でられる。画面が見えねえ。あとまだタンコブあるんだから触らないで。痛いでしょうが。
「じゃあ誰もスカウトしない感じですか?」
「誰もいなければ年明けの模擬レースは見に行くわ。スズカも来るでしょ?」
「行って良いなら行きますけど……」
「ブルボンも連れていく。あなた達と合わないなら絶対入れないから」
「はあ……」
頬をつままれ耳を弄られる。微笑ましいものを見る目を向けないでくれる? 何した覚えもないし、スズカの癖に生意気なんだけど。あなたが一番微笑ましい存在なのよ。
────
「おーただいまー……あ? ただいま!」
寮の自宅に戻る。電気がついてたから声をかけたが返ってこねえ。見れば机にいて、頭を抱えてじっとしてる。
「おいスカーレット。挨拶はした方が良いぜ、流石によ」
「……え? あ……ごめん。ちょっと考え事してたの」
「考え事ねえ」
荷物はベッドに放り投げて、何をしてるのか見てやることにする。同室だし、そこそこ長く知ってる仲でもあるし、辛気臭くされても部屋の空気が悪くなるからな。
どうせトレーナー選びのことだろ。結構悩んでたみたいだし。こういうのはスパッと決めた方が良いんだ。スカーレットみたいに長いこと悩んでも良いことがねえ。
「トレーナー選びだろ? だから何回も言ってやったじゃねえか。過去とかそういうのを考えるよりもさ、一目見てビビっときた奴とやるのが一番だって。ずっと勝ててなくても、これから勝てるかもしれないだろ」
「アンタみたいにバカじゃないのよ……」
「人が心配してんだぞ」
しおらしくしてると思ったらそんなことも無いのかよ。心配して損した。でもまあ、スカーレットがどのチームに入るかは興味がある。コイツは記録とか気にするタイプだもんな。
「どれどれ。どこに入ろうとしてんだ……げっ、おい、マジかよ」
「うっさいわね! だからこんなに悩んでるんじゃない!」
「そ、そうかよ……」
加入届の先は、あのチーム・エルナト。徹底的で、時に泣きが入るくらいの厳しいスパルタをするっていうチーム。今のところ二人しかいないみたいだが、色んな先輩がそこの練習に参加したって話も聞く。
「いや……別に止めねえけどさ……スカーレットならもっとこう……他にあるんじゃねえのか?」
「うるさい……良い、私はね、絶対に一番じゃなきゃ嫌なの。厳しいトレーニングだろうと知ったことじゃないわ。耐えれば良いんでしょ、簡単よ!」
「お前、声震えてるって」
「うるさい!」
荒れてんな、スカーレット。まあこの前俺が勝ったからか。あれは正直ギリギリだったが、熱い勝負でもあった。ぶっちぎるのも別の良さがあるけど、ああいう勝負も悪くねえ。
そのためにはまずコイツ。スカーレットには強いままでいて貰わなきゃ困るんだけどな。
「ま、別に入りたきゃ入れば良いさ。俺には関係ねえし。好きにしろよ」
荷物を片付けに少し離れる。片付けて、着替えも終えて、諸々を終わらせてる間にも、スカーレットは頭を抱えたまま動かなかった。何だかんだやると決めたら貫き通す奴だし、結局入るんかな。
しばらくして、スカーレットが顔を上げて、ベッドに座り雑誌を読む俺の方に歩いてきた。目の前で止まり、俺のデコを突いてくる。
「何だよ?」
「……ついてきて」
「は?」
声が小さくて聞こえねえ。聞き返しつつ耳を傾ける。
「……ついてきて」
「え?」
いつも喧しいくらいなのに何だコイツ。風邪でもひいたか? 保健室行くか?
「何だよ、聞こえ」
「不安だから体験についてきてって言ってるのよこのおたんこにんじん!!!!」
耳がイカれた。
スカーレットも面倒なら面倒なほど可愛い。ごめんなウオッカ。君のかなり常識人なところが本当に書きやすいんだ。