走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
ジャパンカップを終え、スズカはご褒美の五日間をなんと連続で消費した。よほど走りたかったのだろう、キャンピングカーでついていく私も現在地を見失うほど疲れた。ナビが無ければ死んでいたわね。
そして最終日、私はベッドでぐっすりのスズカを乗せてキャンピングカーでトレセンに戻り、彼女をフジキセキに引き渡した。まさか彼女も休暇を延長したうえ本当に五日間帰らないとは思っていなかったらしくめちゃくちゃ驚かれた。
私も死んだように眠り、起きたらすぐ日常に戻らなければならない。
といっても、スズカのトレーナー業は正直そんなに無い。もちろん彼女のスタミナを鍛えるべく上手く我慢させながらメニューを組む必要はあるが、スズカの次のレースはどんなに早くても三月の大阪杯か、その前の金鯱賞になるからだ。
どちらかと言えば、並行してやるべきは新たなウマ娘のスカウトである。もう十二月になる。スペシャルウィーク世代は逃したが、次の世代はこれからなのだ。いや、場合によっては受け入れるけどね。
トレセンの暦は一月→十二月のレース暦と日本教育の四月→三月暦が混ざって混沌としている。トレセンの受験は十一月で終わり、既に合格発表も出ている。意識の高いウマ娘は十二月からトレセンに来てトレーナーの情報を集めたり……まあ違反ではあるが自主トレを始めたりする。
「おはようございます、トレーナーさん」
「おはようスズカ。よく眠れた?」
「はい。……あ、来年のスカウトですか?」
「うん。早めにスカウトするに越したことはないからね」
私が見ているのはその合格者の顔写真と、試験結果と本人希望から見たトレセンの適性診断だ。スズカのお陰で私へのトレセンの期待や信頼というのがうなぎ登りであり、こうして先行者利益を得る権利を貰えている。
今日は日曜だが会いに来てくれたスズカが隣の席に座り、パソコンを覗き込む。それ、たづなさんとかに見られたら私が怒られるから気を付けてね。守秘義務とかで。
「いい子はいましたか?」
「んー……どうだろうね……これって子は……」
私の目は、鮮明に映っていれば写真でもステータスを見抜く。この段階のウマ娘のステータスなどほとんど変わりはないので、主に距離適性を見ることになるね。
「スズカも直感で見ても良いわよ」
「ううん……私はあまり……」
スズカは後輩に興味ないもんねえ、と冗談半分に言うと、スペちゃんのことは応援してますよ、なんて返ってくる。彼女への説明もスズカがやってくれて、彼女は今日朝イチで謝りにも来ていた。別に悪いのは私なのでそんな必要はないけど。
スペシャルウィークはホープフルを狙っているらしく、そこから皐月、ダービーと進む。宝塚には来ないだろうし、スズカともしぶつかるにしてもシニアだろう。いや、ジャパンカップに出るなら可能性はあるか。
「あ、この子良いかも。見て。どう?」
「うーん……この子はちょっと……」
「じゃあこの子は? 速そうじゃない?」
「ううん……ちょっと違う気が……」
「そう? んー……」
何やらちょっとした基準で私の提案を判断しているらしいスズカに、何人かウマ娘を挙げてみる。ちなみに私の基準は何かが大きく尖っていることの一点のみ。私は並のトレーナーなので、バランス型をバランス良く育てるのはどうにも面倒に感じてしまうのだ。
しかし、何人か指さしてみるもののスズカは首を振るのみ。何だ……? 何か共通点があるのかしら。うーん……あっ違うわ、スズカはステータス見えてないんだった。データにあるものだけで考えないと。あー……ああ。
「スズカ、あなた逃げウマが嫌なだけでしょ」
「い……やですね……そんなことありませんよ」
「私の目を見ろ」
この子はそこまで先頭を走りたいか。確かに私がスカウトすれば併走も頻繁にやることになるからね。逃げウマじゃあどっちかが後ろになるもんね。
でもスズカに先行できる年下がいるわけないでしょ。
「じゃあこの子とか見ておこうか。見てほら。スピードに自信のある逃げウマ娘。良いでしょ」
「え……でもその……わ、私の方が速いですよ……?」
「当たり前でしょ。なに後輩と張り合ってるの」
実際私の基準もおかしくなってるから強くは言えないけど、さも「私より遅い子を育てないよね?」みたいな目で見られても困る。いや待てよ、短距離に絞ればそういうのもいそうではあるわね。
と、いたずらに逃げウマ娘を挙げてはスズカに否定されてを繰り返していると、ある一人のウマ娘が目に留まった。
サクラバクシンオー。まだ入学前だというのにそのスピードはD。どう考えてもおかしい。この間のスペシャルウィークでさえE+なのに。是非一度会ってみたいものだ。しかも本人希望の距離適性が『無し』になっている。全距離という意味だ。私の目には短距離にしか適性が無いのに。
「この子見とこ。あとは……」
「……ん……その、ごめんなさい、トレーナーさん……」
「ん?」
もぞもぞと隣のスズカが外を眺めだした。わざとらしく聞いてはみるものの、まあ理由なんか一つしかない。さっきまでどんよりと重かった空に晴れ間が差してきていた。これなら走れるとでも言いたいのだろう。
「その、ちょっと走りに行っても」
「だめ。明日からトレーニングなんだから変に体力を使わないこと」
「へぅ……」
ぱたりと私の膝に倒れ込むスズカ。流石に昨日も夜中まで走っていれば、しゅんとするくらいで済むみたいだ。
「せっかくの新しいシューズなのに……」
「五日で履き潰しておいてまだ言うか」
「それは反省してます……」
我慢から解かれたスズカにより、元からあったシューズが初日に、ご褒美に買ったシューズが五日目に壊されている。走行距離と踏み込み、それから悪路を無視する走りにより磨り減り破壊された。
「そもそもたらふく走ったでしょ?」
「足りないです……昨日の風と今日の風は違いますから」
「詩人みたいなこと言うわね」
「うぅ……」
痛い痛いぐりぐりしないで太ももが痛い。
「スズカはやっぱり後ろにつく子の方が良い? そういう子なら受け入れられる?」
「別に……そうじゃなきゃいけないわけじゃないです、けど」
「うんうん」
スズカの成長期ながら完成された体に触れ、背中をぎゅっと押すように擦る。スズカはとても静かにちらりとこちらに目を向けた。
「トレーナーさんは、私と比べたりしませんか?」
「うーん……」
「だから、いやです」
難しい問題だ。スズカが私に対して独占欲で言っていても、最速と比べられる後輩を哀れんでいても。
どうあがいても私はスズカと比べてしまう。特にステータスが見えるからこそ、上位互換下位互換が一目で解ってしまうのだ。レースはそれだけではない、が、それが大きい。
圧倒的なトップスピードとある程度のスタミナ、パワー。スズカのステータスはウマ娘の目指すべきものと言って差し支えない。そりゃあ比べる。
「スズカが一番だよ?」
「ぅ……本当ですか?」
「本当よ。スズカより速いウマ娘なんていないもの」
「……もっと言ってください」
これは嫉妬してるだけね……可愛いねえスズカは。仕方ないなあ。
────
「……そこまで言うなら、良いです。逃げウマでも」
「そう? まあ、そうと決まったわけじゃないけど」
数十分スズカを褒めちぎり、いかにスズカを愛しているかを力説させられ、そしてこの上なくご機嫌になったスズカを膝の上でお姫様抱っこしながら作業に戻る。
やりたがりスズカがマウスを持ち、チェックしておいたウマ娘をどんどん印刷にかけていく。私が選んだのは脚質がワンパターンで、ステイヤーじゃないウマ娘達。そのうちまあ、比較的育てやすそうな強い子をピックアップ。
逃げウマ娘は良い。何度も言うが逃げというのはゲートに臨む集中力と十分なステータスがあれば最も安定する勝ち方なのだ。
「終わったならトレーニングをしましょう。今はご機嫌なので、ランニングが良いです」
「今それは何も関係無いよね。プール行こうね」
「……準備してきます」
起き上がりトレーナールームを後にするスズカ。ファイルを纏め綴じ、適当に机にしまってから残ったコーヒーを一気に呷る。こんなことしたところで、実際スカウトできるかは話術次第なんだけどね……
「ふーっ……」
スズカを育てた……と思われている功績が、スカウトに有利になるか不利になるか解らない。サイレンススズカを育てた超一流トレーナーの次のウマ娘になるということは、可能性と同時に重圧を背負うことにもなるのだ。世界には頭の残念な人もいる。私が失敗したことよりも、ウマ娘の努力や才能を否定する人間が。
是非、何を言われても動じることなく、何なら私にすらものを言えるようなウマ娘をスカウトしたい。少なくとも、私の偽の威光に負けないような芯のあるウマ娘がいいね。
「すみません、トレーナーさん」
「スズカさん、ほんと、ほんと良いですから! 申し訳無いですよ!」
「どしたのスズカ。あとこんにちは、スペシャルウィーク」
「こ、こんにちは……」
と、スズカが戻ってきている。スペシャルウィークを連れて、彼女を盾にするように立っている。ちょっとステータスの伸びが悪いスペシャルウィークは、私に頻りに頭を下げている。
「スペちゃんがテストで三十五点を取ったんです!」
「スズカさん!? 点数は言わなくて良いですよね!」
「はあ……それで?」
そんな低いことある? トレセンのテストは典型的な団子になりやすいテストよ。トレーニングに忙しくても落第しないように。
「お祝いにこの後併走して、一緒にご飯を食べに行こうと思って……トレーナーさんっ」
音符かな、ハートマークかな、なんてテンションでスペシャルウィークの後ろからねだってくるスズカ。言いたいことは解る。私に財布になれということだね。いや、良いんだけどね? それは本当に良い。スズカのためになら全財産を使っても良い。スズカのお陰で稼いだお金だし。後輩をお祝いしたいという気持ちは買う。
でも併走はだめでしょ。
「併走はだめ」
「でも、スペちゃんも走りたいって言ってくれましたし……」
「後輩を売るなあ」
「スペちゃんも走りたいわよね?」
「それは…………まあ、そうですけど」
はいズル。そんなこと言われたら私ダメって言えません。何故ならスズカ以外に変な態度とって変な人だと思われたくないから。優しい人だと思われたい。私は。マジで。
「……一回だけよ」
「やったあっ。さ、行こスペちゃんっ」
「えっ、えっと、あの、あ、ありがとうございます!」
なんてこった……私のスケジュールが……
がくんと凭れ、あ゙ー、なんて悲鳴を上げる。まあでも、変にスズカを不安にさせちゃったし、ちょっとくらい良いかなあ、なんて思っている自分もいた。
そして、日が沈むまで何度も走られた。