走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「ん-……これ」
「それじゃないです。これです」
「うわー……覚えてた、覚えてたって絶対」
ある日。私とスズカは眠くてふらふらのブルボンを横に、病室で神経衰弱をしていた。
スズカの退院の目途もつき、既に私のマンションの部屋にも多少の改善がなされている。こういう時高給取りで良かったと思うわけだ。何ならトレセンも結構援助してくれたので、これを機にベッドがキングサイズになった。これで安心。色々ね。
「トレーナーさん、ボケちゃったんじゃないですか?」
「私のこと年寄りだと思ってない?」
「でも一ペアも取れないのは流石に……」
「スズカが連続しすぎなのよ」
もうスズカもすっかり元気になっているし、上半身だけだがトレーニングを再開している。今日もちょっとだけだがダンベルを持たせたし、腹筋もできる。股関節のストレッチも継続できるようになったし、何とか少しでも早く復帰してほしいものね。
三連敗完封負けという大敗を喫したトランプを片付け、微笑ましい笑みを浮かべるスズカを無視してノーパソを開く。正式にダイワスカーレットが私のチームに仮所属となっていた。まあこのまま所属するだろう。というかたぶんだけどそんな生半可な覚悟で私のチームに来るとは思えないし。
どうしてこうなったんだろうなあ……私、こう、気軽に強い子を見抜いて、楽に稼げると思ってこの仕事を選んだんだけど。誰のせいだ? ブルボンか? たぶんブルボンだな……こんなスパルタのイメージがつくなんてさ。
「ところで、スカーレットさん」
「うん」
「あの子はどうなんですか? 強い子ですか?」
「そうねえ……」
概ねFからF+で纏まったステータスを見るに、非常に強いと言わざるを得ない。適性も前めの脚質二つにあるし……まあ、マイルから長距離まで走れるのは少し広すぎると言わざるを得ないが、それはブルボンと同じだし。
あとは……まあ、本人が一番にこだわっているところと、隣にいたウオッカの存在だろうか。彼女もかなり強いみたいだったし、一緒にいたことも考えるとライバル……友人? なんだろう。彼女が目の上の何とやら。
「強いね。将来有望って感じ。G1も楽に取れると思う」
「へえ……じゃあ凄い子なんですね。一番って聞いた時はちょっとむっとしましたけど」
「気にしてたんじゃない」
「当たり前じゃないですか」
頭を預けてくるスズカ。頬を撫で、髪を梳く。まあ、本人の前で直接食って掛からなかったあたり、私が彼女のことを認めて、チームに入れようとしていたのを理解していたんだろう。別にスズカが嫌だというならこれから誰も取らないというのもやぶさかじゃないけど。
「もちろんスズカの方が上だし、どう育ててもスズカより速くはなれないわよ」
「ふふ……そうですか? ちゃんと解ってますか?」
「解ってるって」
私もスズカもそこは疑っていないし。どちらかと言えば彼女がその事実と私の事実に耐えられるかどうかだ。私は口が裂けてもスズカよりも速いなんてことは言わないし、戦ってスズカに有利を取れるなんてことも滅多に言わない。今までそれを言ったのはマルゼンスキーだけだ。
ブルボンにもそんなことは言っていないし。言っていないのに勝手に燃え上がるのがブルボンの凄いところだけど。ダイワスカーレットもそういう子だと良い。何よりも本人が楽だ。頂点を目指すのは良いことだけど、それは頂点に届きうる場合に限る。スズカのような、どう考えても届かないものを見ても仕方が無いのだ。ウマ娘にレースで勝とうという人間がいるだろうか? という話。
「スズカはどう? 仲良くなれそう?」
「うーん……まあ、大丈夫だと思います……あんまり苦手なタイプってのも無いので。トレーナーさんが変なことを考えなければ、ですけど」
「そう。じゃあ何も心配ないわね」
ぴこぴこ動くウマ耳に触れつつ、かくんかくんと舟を漕いでいるブルボンは眠そうなので聞くのはやめておく。まあ、ブルボンならたぶんマスターの判断なら、と何でも受け入れてくれるだろう。一応後で聞きはするけど、これでブルボンが「あの人は苦手なので入れないでください」とか言ったら逆に驚く。
「じゃあ加入かな……大丈夫かな、トレーニング、スズカとブルボンしかやってなかったけど」
「それがどうして問題なんですか?」
「二人ともマトモじゃないからよ」
「あーあ。私は今傷付きましたー」
「今更でしょ?」
ごてん、と寝転がってしまったスズカの胸をぽこぽこと叩く。勝手に走る子と何を言ってもやってくれる子のどこがマトモなの。ブルボンもこっち見てはっとしてるけどさ。ブルボンもそんなリアクションする権利無いからね。
「普通にトレーニングしなきゃいけないんだから。ちゃんとモチベーションも保たなきゃいけないし」
「私達なら必要無いってことですか?」
「お? じゃあ走りたくないですって言ってみなよ」
「……走りたく」
スズカが止まった。口をぽかんと開けて、冷や汗を流し始める。ふふふ、と笑う私に、首をぎぎぎと向けた。顔を少し赤らめて、呼吸も止まる。
「ふふふ。どうしたのー? もしもーし」
「……むむむ」
「スズカさーん」
ぴろぴろぴろ。上唇を指で弾く。しばらくして、諦めたのかごろりと寝転がって深く布団を被ってしまった。
「ふんだ」
「私の勝ちね」
「知りませーん。もうトレーナーさんなんて知りませーん」
「拗ねないでスズカ。もちろんちゃんと大事よ。スズカを放ったりしないから、ね?」
「つーん」
「もー」
布団の上からぐりぐりと撫でる。んー、と暴れるスズカ。まあ、現実には二人ともちゃんとモチベーションの管理が必要なんだけどね。未だにブルボンの下がる理由とかは解ってないけど。どうやったら復活するのかも微妙なところだし。
「ほらスズカ、機嫌直して? 別にスズカを蔑ろにしようって話じゃないからさ」
「やーでーす」
「ブルボン! くすぐるわよブルボン!」
「了解しました」
「え? いや、待って、わあああ……!」
二人でスズカを上から擽る。一頻り諸々が終わって、疲れて眠ったスズカを置いて私達は帰った。
────
「おはようございます!」
「おはようダイワスカーレット。よろしくね」
めちゃくちゃ夕方だけど。
その日の夕方、陽が沈む少し前。私とブルボンはいつも通りトレーニングに来ていた。この前ブルボンに渡した通知表の通り、これからは坂路を抑えめにしてスピード練習を多めにしていく。
ブルボンは何故か坂路でスピードとスタミナが伸びるので別にいきなり坂路をやめる必要は無いんだけどね。ダイワスカーレットが初日なのにあのイカれた坂路練習をする必要も無かろうて。
「じゃあ200インターバル。無制限にスピード上げて良いからね」
「はい」
「ダイワスカーレットもあまり離されないように頑張って」
「はい!」
ウッドチップコースに向かっていく二人。ダイワスカーレット、結構真面目な子ね。自分から率先してブルボンの準備運動も手伝っていたし、アップもかなり真剣にやっていた。内気で控えめって言うのは勘違いだったかな。返事も良いし、緊張しやすいだけで真面目な優等生タイプかも。
「はい、じゃあスローで200ー」
走り出す二人。ブルボンが前、その後ろにダイワスカーレット。ちゃんとスピードが上がっていることを確認して一ハロン
「スプリント! ぶっちぎりなさいブルボン! 七バ身!」
一気にスピードアップ。うん、流石にブルボンが速い。クラシックも安泰だろう。
ペースを落としてもう一ハロン。でも、思ったよりダイワスカーレットも追い縋っていたというか、七バ身目標とは言ったものの大差になると思ったのだけど。200だしそこまで差が開かないというのを差し引いても、大した勝負根性をしている。これはやっぱり逃げ先行ウマ娘というところ。
「スプリント!」
三回目のスプリント。ダイワスカーレットが露骨に落ちたかな。まあしょうがない。とりあえず帰って来た二人を呼び止める。
「ん、じゃあじっとしててね二人とも」
「はあ……」
何をするんだろう、と息を切らしながら不思議そうな顔をしているダイワスカーレットを横に、まずはブルボン。うん、まあまだ走れるわね。一応少し心拍や脚にも触れてみるけど異常無し。もう二セットくらい大丈夫でしょうたぶん。
で、ダイワスカーレット。一応、これからどれくらい近付いていいのか知りたいので、彼女の顔に触れてじっと目を覗き込む。スズカといいブルボンといい顔が良すぎるでしょ。赤い目に合わせればすぐに情報が見えてくるけど……うん、まだ大丈夫ね。
「オッケー。水分だけ摂ってもう一セット行こうか。ブルボン、もっと千切りなさい。相手は一つ下世代よ」
「了解しました。必ず」
「ダイワスカーレットは素晴らしいわ。よくあそこまで追い縋れるわね。でも無理に追い抜こうとしないで、真後ろに付くと良いわ。風除けもできるし」
「い……いえ……抜かします……!」
「そう? でも……あー……解った。行ってらっしゃい」
危ない危ない。危うく「でも絶対抜かせないよね」と言ってしまうところだった。そういうのは流石にモチベを下げるので初日から言うのはね。まあ七バ身ぶっちぎれ! も結構際どかったような気もするけど……それは反省しよう。
とにかくまた走り出した二人を見ながら、ダイワスカーレットのトレーニングも考えておく。ブルボンのように坂路漬けにする必要は無い。まあスピードとスタミナを上げていく感じになるのかな。先行策も本人が希望しないでもなければやらない感じで。逃げで良いのよ逃げで。逃げは全てを解決するんだから。
「……ん、じゃあダイワスカーレットはこれでおしまい」
戻ってきて、早くも怪我率が出たダイワスカーレット。もう? これはブルボン基準とかじゃなくて、早すぎるような気もする。体が弱いとかかな……体力が無いとか。
でも仕方が無いので終了を宣言すると、ダイワスカーレットが心底驚いたような表情でこちらを見てきた。
「え? でも私、まだできますけど……」
「いや……やっちゃダメ」
「え、えっと、初日だからこれで終わりとか、そういう……」
「ううん。単純にこれ以上はオーバーワークだから」
「オーバーワーク……?」
自分の体を触れながら困惑するダイワスカーレット。精神の方が習熟しているのかな。まだできると判断しているけど、体の方が先に限界になっていると。これは良い。つまり、これからも身体の限界まで鍛えることができるということだ。
「とにかく休んで。見てても良いし帰っても良いから」
「……見学します」
そう言って、大人しく座るダイワスカーレット。そして私はブルボンを走らせる。
「じゃあブルボン。単独で走るわよ」
「はい」
「ハロン13秒台に乗ったら強制的に終わりにするから」
「……承知しました。全力を尽くします」
そう言って走り出すブルボンを、ダイワスカーレットは恨めし気に見ていた。
早く化けの皮剥ぎたい……剥ぎたくない?実際剥がないとツッコミ要員にならないんだよなあ。