走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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二つは我慢できないサイレンススズカ

 

「やっぱりここに来ると走りたくなりますね」

「それ、さっきも聞いたねえ」

 

 

 ある日。スズカはトレーナールームで平和そうにのほほんとして私が買って来たはちみーを飲んでいた。人間が飲んだら一発で糖尿病になりそうな、はちみつにさらに糖度を足した地獄の飲み物である。ちなみに、走りたくなりますね、は今日だけでも五回聞いた。何かの施設を見る度に走りたくなるのだ。

 

 

「トレセンは走るところですから」

「勉強するところでしょ」

「トレーニングセンター、ですよ?」

「学園、よ?」

 

 

 ウマ娘達にも長期休みはある。ただし、トレーニングはそれぞれの裁量なので、基本的には無いことの方が多い。完全にレースを諦めて退学間近、みたいな子は十分に満喫しているらしいけど、当然私の担当にそんな子はいない。スズカなんて今すぐ脚が治ったらそのままG1でも出るようなレベルで溜まっているし。

 

 今日も夕方からダイワスカーレットとブルボンのトレーニングがあるということで、スズカを連れて昼食をとってそのままトレセンに来ている。二人はまあ、まだ来るまでしばらくあるけど、まあただ待ってるだけだし、スズカと二人きりで何も支障は無いし。

 

 

 私の肩にもたれ掛かるスズカ。私はと言えば、ダイワスカーレットのことを考えていた。

 

 ダイワスカーレットにも結構トレーニングに参加をしてもらっているが、やはり消耗が激しい。体が弱いというより最近は、もしかしたら彼女はスズカと同じような存在ではないのかと気付き始めた。

 

 スズカと出会ってしばらくの間も、何故か消耗の激しいスズカのことを不思議に思ったものだ。しかし、それはスズカの体が弱いのではなく、ただ単に私の知らないところで走っているだけというのが判明した。そこからまあ、こういうスズカとのやり取りが始まったわけだ。それに、そのことはスズカも問い詰めるまでもなく話してくれた。何も悪いことだとは思っていない口ぶりでね。実際怒るつもりは無いけど、トレーナーをつけているのに勝手に走ってトレーニングに支障が出てるのは人によっては普通に悪行でしょ。

 

 

「こんな厄介な子が二人になるのかな……」

「……なんでこっち見るんですか? 私が厄介だって言いたいんですか?」

「違うの?」

「あーあ、今私傷付きました」

 

 

 ずり下がって私の足に寝転がるスズカ。はちみーのプラスチックカップを置いて、私の左手を手に取って振る。どう考えても厄介極まりないスズカは、走れなくなってからというもの元来の甘えたがさらに増している気がする。まあ可愛いから良いんだけど、ころころ転がっていて脚は大丈夫なのかと一瞬心配になる。そこはやっぱりウマ娘、人間とは体の使い方のレベルが違うわ。

 

 

「勝手に走る子のどこが厄介じゃないの」

「勝手じゃないですよ。トレーナーさんに毎回言ってますよね? 走りたいですって」

「走りたいのであって走るとは言ってないでしょ」

「お腹空いたって言ったらそのうちご飯を食べるし、お手洗いに行きたいって言ったらそのうち行きますよね? つまり?」

「つまり? じゃないのよーっ」

「ぷぁぷぁぷぁ」

 

 

 したり顔のスズカの鼻を摘まんだり放したり。はちみーのストローを口に運び、一口飲おえっなんだこの飲み物バカじゃないの殺す気か? 甘すぎ甘すぎ。スズカの心から理解できないことリストに入れておきます。

 

 

「人間の飲み物じゃないですよ」

「みたいね」

 

 

 ティッシュに吐き出しながら、ストローはスズカに向けておく。授乳みたいな体勢だな。飲みにくくないんだろうか、スズカも。

 

 

「美味しいの、これ。ウマ娘には」

「美味しいですよ。甘いし」

「甘ければ何でも良いの?」

「そうですねえ」

 

 

 そんなに言うなら砂糖でも食べたら、と言おうとして、蜂蜜なんか砂糖の塊みたいなものだと気が付く。ウマ娘は甘いものに弱い、それは解っていたけれど、まさか甘ければ何でも良いのか。流石に冗談か。スズカも笑ってるし。

 

 

 用事も終わったことだし、パソコンは閉じる。ブルボンとダイワスカーレットを待って、来たらすぐにトレーニングだ。それまでに、スズカには色々言っておかなきゃいけない。

 

 

「ところで、スズカ」

「はい?」

「ダイワスカーレットの前では甘えるの禁止ね」

「……はい?」

 

 

 ダイワスカーレットのことは私も結構調べたし、たづなさんにも聞いてみた。その代償に朝帰りを決めてしまったが、まあそれは誤差みたいなものなのでセーフ。同性だし何も問題は無い……無いのかな。無いと思う。

 

 で、ダイワスカーレット。彼女はどうもこう、スズカやブルボンとは方向性の違う優等生らしい。言ってしまえばスズカやブルボンも優等生ではあるのだ。ただ、タイプが違う。スズカは先生の話は半分聞いていないし、誰かの前に立つのも好きではない。それでも、ちゃんと授業は聞かないと補習になって走る時間が減るし、人並みに怒られるのも嫌なので真面目にやる。結果として成績優秀な手のかからない優等生になる。

 

 ブルボンは自分より立場が上で、従うべき場合は必ず従う。それは私であろうと先生であろうと理事長であろうとそう変わりはしない。言われればリーダーも務めるし、大体のことはする。その分ちょっと融通が利かなかったりもするが、まあそれにしても優等生の域はギリギリ出ていない。

 

 ダイワスカーレットは何の欠点も無く、入学試験など成績も優秀なら非常に従順だし愛想も良い。頑なにチームには参加しなかったことだけが唯一の反抗と言っても良いくらいで、その他は本当に何の非も無い。友人のウオッカは合同練習をサボったり勉強もできないしと少し不良感を見せているのとは対照的だ。

 

 

「なんでですか」

「あなたブルボンの時はブルボンがあんな感じだから良かったけど、ダイワスカーレットが同じとは限らないでしょ」

「走れない私からトレーナーさんまで奪うんですか? 許しませんよ」

「ダイワスカーレットが慣れるまでだって」

「いーやーでーすー」

 

 

 私の腰に腕を回し、ぐりぐりと私の腹筋に頭を痛い痛い痛い。壊れちゃう。私のお腹が壊れる。

 

 私も何もそこまで本気ってわけじゃない。けど、ダイワスカーレットがそういう優等生だと解った以上、三秒で順応するブルボンみたいな子ではないだろうし、普通に担当に引かれるのは心が痛む。強くツッコミくらいできるくらい馴染んでからにしない? それだけなんだけど、うちのお姫様がどうやら納得してくれない。姫か? 大型犬かも。

 

 

「えいっ」

「うおわっ」

 

 

 信じられないほど軽い声で、器用に両手だけで押し倒される。這うように上がって来たスズカが、そのまま私の胸をぽこぽこと叩く。

 

 

「良いじゃないですかー。後生ですよ後生」

「こんな軽い後生ある?」

「んんー」

 

 

 頬を挟んでむにむに動かす。柔らか。むあー、とされるがままになりつつもスズカは私の上から降りようとしない。このまま居座るつもりか? 重いって。というか鍵かけてないんだからさ、見られたらどうするのよこのぽんこつ。

 

 

「降りて―」

「むにゅむにゅむにゅ」

「何言ってるか解らないわ」

「……それはトレーナーさんが悪いですよね?」

 

 

 私の手は一秒で解かれ、代わりにスズカが私の第二ボタンを外したり付けたり。それをして何になるの、と言いたいのをぐっと抑えて、唇の先を擽る。

 

 

「慣れるまでって見せないで慣れるも何もないじゃないですか」

「馴染むまでって言えば良い?」

「私達はこれが普通なんですから、こっちに馴染んでもらいましょう? ね?」

「やーだ」

「良いと言うまで叩きますよ」

「やってみるがい痛い痛い痛い痛い無くなる無くなるおっぱいが凹む」

 

 

 というか心臓が止まるわこんなの。

 

 

「先輩でしょ? 何かこう……無いの?」

「無いです。私は走ることとトレーナーさんでできています」

「ご飯も食べようね」

「走れないので太っちゃいます」

「そんなわけないでしょこんな細い体して」

 

 

 ごちんごちん私に頭突きを繰り返すスズカの背中をどうどうと叩く。本当細いわこの子。絶対無理だけど、見た目だけなら私でも圧し折れそうなくらい手足が細い。走るために体の余分なものを全てそぎ落としたと言われても信じる。そのうち疲れたのか頭突きをやめたスズカが、そのまま片手で着信音の鳴ったスマホを取り出した。

 

 

「もしもし、サイレンススズカです……あ、スカーレットさん。はい、ええ。大丈夫よ。うん。待ってるわ」

 

 

 

 電話を切る。スズカが体を起こし、んんー、と体を伸ばす。ダイワスカーレットが来るのかな。何だかんだ言ってこうしていうことを聞いてくれるスズカは可愛い。こういうところが素直で大好きなのよね。偉いので撫でておき、はちみーでイカれた味覚を戻すべくコーヒーを淹れる。少し欲しいと言うのでスズカの分も。やっぱり多かったんじゃない、はちみー。残さないでよね。私飲めないよそれ。

 

 

「何分くらいで来るって?」

「すぐって言ってました。練習の音が聞こえたので、もうトレセンにいると思います」

「何だろ。まだ全然時間まであるけど」

「さあ……?」

 

 

 用件も聞かずに、今から行くと言われたら待ってますと言ってしまうのがスズカらしいというか。まあ新人とはいえ後輩二人目だし、あまり会っていないとはいえ何かあるんだろう。それとも、厄介な子で纏めたことに何か思ってたりする? 自分で言っておいてなんだけど、スズカより厄介とは思ってないわよ。

 

 

 しばらく待っていると、失礼します、とダイワスカーレットが部屋に入って来た。そのまま私が促すまでソファに座らなかったので座ってもらい、飲み物を手渡す。

 

 

「どうしたの。早いじゃない」

「いえ、その……別に、大したことじゃないんですけど」

「はあ」

 

 

 大したことじゃないことを言う人の表情ではないが、まあ。スズカも黙って聞いているし、放っておけばいいんだろう。スズカは何だかんだ言って、私がコミュニケーションに失敗していれば隣から割り込んできてくれる。私が返答に困ったときとか、混乱した時とかも。ただのふにゃふにゃウマ娘ではないのだ。そのスズカが何も言わないということは、別に今この沈黙は問題ではないということ。そのままダイワスカーレットが喋るのを待つ。

 

 

「……その、トレーニングの相談なんですけど」

「あー……うん。どうしたの?」

「私、こう……エルナトって、もっと厳しくトレーニングをしてくれるんだと思ってて……でもその、私、入ってから他より軽いトレーニングしかしていないじゃないですか」

「……まあ、そうねえ」

 

 

 だって怪我率出てるんだもん。怖いじゃん。

 

 

「その、もう少しトレーニングを厳しくしてもらうことって……」

「いやあ……これでも怪我しかねないから止めてるだけなんだけどね……むしろダイワスカーレットは心当たりとかない?」

「……心当たり?」

「こっそり自主練とかしてない?」

「……すみません」

 

 

 してるんだ……やっぱり? 聞けて良かった。悪いことをしたという自覚があるだけどこかのおばかよりマシだからね。「昨日は30km走りましたけど?」って言うのを平気な顔して言ってくるのがあなたの先輩だし。

 

 

「そんなに怖い顔しないで大丈夫ですよ。私もよくしてますから」

「え……」

「変な知識持たせないで。走らない方が良いからね?」

「は、はあ……」

 

 

 余計なことを言う前にスズカの唇に手を伸ばそうとして、引っ込める。危ね、こういうことをダイワスカーレットの前でしないんだった。代わりに横からチョップをかまして黙らせる。そのままソファに倒れていったスズカは見ないことにして、ダイワスカーレットに努めて優しく、私が本当に怒っていないことを解ってもらえるように穏便に話す。

 

 

「たぶんそれで消耗して、怪我しやすくなってるのかも。厳しくしたいなら、まあ、少しは考えるから」

「……本当ですか? 私、絶対に勝ちたいんです。そのためなら何だってやります。お願いします」

「ああ、うん、それはまあ、じゃあ、今日は軽めにして、明日休んで、明後日から厳しくして良い? 継続するかはダイワスカーレットの健康を見ながらになるけど」

「お願いします!」

 

 

 やべーことを約束しちゃったような気はするものの、まあ彼女が満足するならそれで良いんだろう。そんな会話をしながら、まーた私は自分のウマ娘をダウンさせてしまうのか……と頭を抱えていた。ちょっと力加減を間違えたのか、スズカも転がったまま頭を抱えていた。ごめん。本当に。




次回、ダスカ死す。デュエルスタンバイ!
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