走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。 作:サイレンススズカ専属トレーナー
「はあ……」
「何ですかため息なんかついて。幸せが逃げちゃいますよ?」
「走れない時のスズカだってため息ばっかりじゃない」
「幸せに逃げられたからため息なんです」
ある日。私とスズカはトレーナールームでブルボン、ダイワスカーレットを待っていた。先日ダイワスカーレットと約束した、エルナトの本気のトレーニングを見せつけるのが今日である。いやスパルタはエルナトの代名詞じゃねえよ。ブルボンだけなんだからね。
当然ながら気乗りはしていない。もちろん、この能力を持ってトレセンに入って、「ギリギリまで量に任せたトレーニングができる」と確信していたのは間違いないし、そもそも私が他に優位に立てるところなんてそれしかない。
ただねえ、実際にブルボンがギリギリまで攻めた結果どんな感じになったかって言うと、まあちょっと人様に言えない感じになったり、意識を失ったり。それを私が望んでやっていると言われるのは……別に傷付くとかじゃなくて、違うの……と言いたくもなる。
「マスター、スズカさん。おはようございます」
「おはようブルボン」
「おはよう」
でも、こうして部屋に入ってきて、定位置に収まるブルボンの目が何より輝いているので、まあ、受け入れなければならないんだなあって感じ。そうだね。今日は限界までできるもんね。マスターはあなたの将来が心配です。
「はあ」
「幸せ逃げちゃいますよー」
「んむむ、ぷは。ダイワスカーレットが来たらそういうことしちゃダメなんだからね」
私の膝に寝転がったスズカが手を伸ばし、私の口を塞ぐ。今からダイワスカーレットが来ると言うのに、隠す気あるんだろうか。話聞いてない? もしかして。バレないようにしようねって言ったのにさ。ムカつくのでウマ耳を揉みしだく。わー、と震えるスズカは放置して、ブルボンに準備を指示しておく。
「酸素吸入等は必要ですか?」
「フル装備で行きましょう。何があるか解らないし」
「承知しました」
酸素や吸引器、エチケット袋、折り畳みの担架など。ダイワスカーレットがどうなっても大体対応できるように……元はと言えばブルボンのために買ってあったものだけど、予想以上に適応したため使わなくなったそれらを取り出させる。てきぱきと手際よく進めるブルボン。突然ふと顔を上げると、荷物をテーブルに置いてから私達の向かいに座った。
「今日は何日でしたでしょうか」
「え? 一月……七日だけど」
「なるほど。では、マスターに相談があります」
「どうしたの」
ブルボンの方からトレーニング中以外で何かを言ってくるのは結構珍しい。会話を続けていたら弾んだことはあるが、ここにいる三人は基本的に黙っていようと思えばずっと黙っていられるのだ。会話が多いことをプラスとは思っていないというか。
「本日、私の友人の一人であるライスシャワーが実家への帰省から戻ります」
「ああ、ライスシャワー……あー……」
「マスターの拉致を手伝っていただいた方です」
「あー。あの子ね」
あの子ね、って別に顔を見たわけじゃないんだけど、そんな子がいたことは覚えている。いやその、私が原因だから良いけど、友達に拉致を頼むのはどうなの。
「その子がどうしたの」
「彼女は最近、私と行動を共にしています」
「え? そうだっけ。あ、学校でってこと?」
「いえ。彼女が私の後方に居続けています」
「……ストーカー?」
「定義上はそうなります」
ええ……? 何言ってるのこの子。徹頭徹尾意味が解らない。友達にストーカーされていて、その子を友達と呼んで、協力してもらったこともあるの……? しっかりしているのかしていないのか解らない。いや、ブルボンが問題視していないということは大したこともないのだろうか。なんだ……? 今私は何をされているんだ……?
「えっと……それが、何?」
「本日からそれが再開される可能性がありますので、こちらのトレーニング等に支障が出ない範囲で認容していただきたい、というご相談です」
「やめさせようとか、そういうのじゃなくて……?」
「本人に聞きましたが、理由は聞けませんでした。実害は無いと判断していますので、特にそのような希望はありません」
そっかあ……まあ、当人同士で何も思ってないなら良いかあ……物凄く腑に落ちないけど、まあ……たぶんちょっと変わった子なんだろうな……普通ストーキングなんてしないし、拉致の手伝いなんてしない。ぶっ飛んだ子か……。
「失礼します!」
と、担当の闇に打ちひしがれているところにダイワスカーレット。ばっと身体を起こすスズカ。完全に寝ているところから体を起こせる筋力に驚きつつ、少し乱れたスズカの髪を手櫛で整えると、スズカが何か恨めし気にこちらを睨んだ。何よ。
「おはようございます! 今日はよろしくお願いします!」
「おはよう。元気だね」
「はい、おかげさまで、疲れは少しもありません!」
「それは良かった」
確かに……気力に満ちているように見えるし、体力もちゃんと回復している。この状態でどこまでできるかが、本当のダイワスカーレットの「限界」ということだろう。ブルボンほどじゃないだろうけど、こんなにやる気があるなら、という感じもする。
「じゃあ早速やろうか。大丈夫? 飲み物とか飲んでおく?」
「いえ、大丈夫です! 準備は完璧に整えて来ましたから!」
「頼もしいなあ」
スズカに手を回して立たせ、松葉杖も手渡す。地面に脚を着けないと死んでしまうとスズカが言うので、車椅子は折り畳みが部屋の隅に置かれているだけになっている。四人で坂路コースへ。ブルボンはともかくダイワスカーレットに坂路を走らせる意味はないけど、とりあえず今回はダイワスカーレットを潰すのが目的なのでこれが一番早い。
ベンチにスズカとともに座り、ジョグをさせる。二人で並んでさくさく往復する二人。改めてジュニアの子と比べると、ブルボン、凄く強くなったなあ……と感動するわけ。スズカの脚に手を置いて気にかけつつしみじみ見ていたら、隣のスズカがどすんと肘を入れてきた。
「いった。何、スズカ」
「……いーえ別に。私はトレーナーさんには甘えられないので何もしていません」
「どうしたの……?」
「別にー。何でもありませんよー」
何故か突然に拗ねているスズカ。後で機嫌をとろうと決意しつつ、戻って来た二人を見る。まあ必要は無いんだけど、怪我率は当然無い。ブルボンにはいつも通り、普段より少し余力を残すようなタイムを、ダイワスカーレットはこれまでの何回かで出した予想タイムを提示する。
ブルボンの方が当然体力はあるが、タイムによる負荷が違う。たぶん同じくらいのタイミングで倒れる……と思う。こんなの予測できるかと言いたい。私は不思議な力を持った一般トレーナーであって、有能トレーナーではないのだ。
「それで一本行こうか。ダイワスカーレット」
「はい!」
「一応言っておくけど、今日は限界までやるから。その代わり、私が無理と言ったらそこで大人しく引き下がること。心から信じろとは言えないけど、続行の判断は私に一任してもらいます」
「……もちろん、覚悟できてます! よろしくお願いします!」
元気だなあ。
「ブルボン。最後に確認するけど、あなたも倒れるまでやるのね?」
「はい」
「……ダイワスカーレットより先にダウンしたら二度とやらないからね」
「……! 承知しました。問題ありません。では、トレーニングを開始します。行きましょう、スカーレットさん」
「はい!」
走っていく二人。問題無く、二人とも走り出す。
ダイワスカーレットに、ブルボンほどの恒常性というか、正確な時計ができるとは思えない。それはスズカにも無理だし、私にも不可能……なんならエアグルーヴにもできないブルボンの特質ともいえるものだ。つまり、タイムを指定したところで疲れれば疲れるほどそれを気にする余裕が無くなる。
よって、ダイワスカーレットは基本的に前を飛ばすブルボンとの距離を考えながら自分のタイムを把握することになる。一般的に六バ身で一秒、それを考えながらだ。見えるように時計を用意しても良かったけど、まあ見る余裕も無いからどっこいだろう。
「速いですね」
「そう思う?」
「はい。もちろん、ブルボンさんからすればまだまだでしょうけど」
「スズカからしたら?」
「そりゃもう、ひよっこですよ」
「流石だわ」
呟くスズカの頭を撫でる。一瞬こちらに首を傾けたスズカだったが、すぐにふいっと横を向いてしまった。ウマ耳をぴこぴこさせて、二人の間に水筒を少し乱暴に置いた。
「何よスズカ。何拗ねてるの」
「別にー。ほら、帰ってきましたよ」
「ああ。お疲れー。ブルボンはいつも通りタイムぴったり。流石ね」
「ありがとうございます」
スズカに言われなくてもタイムを計っているのだからそっちは見ているけど。なんだ。スズカの気持ちが解らん。私何かした? 怖い怖い。
「ダイワスカーレットは一秒早いかな。もう少しゆとりを持っていいよ」
「す、すみません……つい、気が急いて……」
「まあ、しょうがないけどね。でも、ダイワスカーレットは先行もあり得るんだし、前に誰かがいても掛からないようにしないと」
「はい……あれ? 私、レースのこと話したことありましたっけ……」
いっけね。
「……模擬レースを見たのよ」
「模擬レース、逃げたんですけど……」
……ふーん。やるじゃん。今日のところは私の負けにしておいてあげるわ。
「……はい、もう一本」
「行きましょうスカーレットさん」
「え、は、はい!」
……あぶねえ。今のは私の頭が悪かった。走り出す二人を見送りながら反省。
その後、何本か走らせ、その結果。
「……げほっ……ぉぇ……は、ひゅ……」
「はー……はぁー……っ……」
「お疲れー。今回は二人とも目標通りだったわよ」
ダイワスカーレットは倒れ、ブルボンも私にもたれ掛かって来ていた。受け止めてダイワスカーレットの隣に転がす。水分、どうしようかな。ブルボンには顔からかけるで良いんだけど、ダイワスカーレットの方は慣れてないだろうし、むせたら困る。仕方ない、頭を抱えてストローとかで何とかしよう。
「はいダイワスカーレット、口開けて。飲める?」
「……んぐ、ぅ……げほっえほっ!」
「落ち着いて? 吸わなきゃ出てこないから」
ダイワスカーレットに水分を取らせ、慣れているし本人がそれを望んでいるブルボンには顔面にかける。落ち着いて補給と呼吸を済ませるブルボン。流石ね。
さて、で、二人の体調だけど。
「ブルボンはまだできるわね。立てるようになったら立ちなさい」
「……は……い……」
「ダイワスカーレット……も、お、まだできるじゃない。起きて。立ちなさい」
「…………ぐ……ぅ……!」
「……ほう」
なんと驚きだ。ブルボンより負荷が小さいとはいえ、倒れてえずくまで行ってもなお走ることができるとは。それに、仮に走れたとして走る意思が残っている。凄い子だ。丈夫さより何よりその根性を高く評価できる。私の声に返事は無いが、ゆっくりとだが体を起こし始めた。
「よしブルボン。タイムを再設定します。いつも通りに」
「了……解……」
「ダイワスカーレット。大丈夫。まだ走れる?」
「当然……じゃない……! ナメんじゃないわよ……! 次……っ、行くわよ、次……!!」
……君そんなキャラだった? お姉さん怖いんだけど。ふらつきながらもブルボンの体に手を置き、コースに戻っていく。あの、怖い怖い。大丈夫? 怪我率は出てないけど、感覚でなんか怖い。
「あの、ダイワスカーレット? ま、まだやるの? 本当に?」
「トレーナー……が……! まだ、アタシはできるって……そう思ったんでしょ……!」
「い、いや、そうなんだけど」
「だったら……気合でしょうが……! バカにすんじゃないわよ……アタシが……自分で言ったんだから……! ブルボン先輩にも……負けないんだから……ァ……!」
か、覚悟が決まっている……。ブルボンと並び立てるような根性だ。目つきが鋭すぎてそれ以上何も言えなかった。まあ、まあ……スタート位置に立ったあたりからはふらつきも戻ったし、良いんだけど……私はじゃあ、また座って待ってようかな……
「スズカ……あの子ヤバいわ」
「凄いですね……良いなあ……」
「……羨ましいかは知らないけど」
しかも、走り方。ブルボンは恐らく帰ってきたら倒れる。意識不明になるかは置いておいて、これが限界だろう。ここまで来れば流石のブルボンと言えどもフォームに乱れができ、スピードも少しだけだが波が生まれ始める。それも遅くなるんじゃなくて掛かり始めるという方向でだけど。
そして、その後ろ、少し離れてダイワスカーレット……彼女もかなり走り方は良いとは言えないが、しかし完全に崩れているかと言えばそうではないし、ブルボン同様やや暴走気味に加速している。疲れで減速ではなく加速するあたり、素晴らしい根性だわ。
そのまま掛かりっぱなしで走り切り帰って来たダイワスカーレットとブルボン。完全にガス欠で歩いてくる二人をいつでも支えられる用意をしていた……特にブルボンは毎回私に倒れかかってくるので手を広げたのだけど、一向に倒れてこない。まさか、かなり怪我率も出ているこの状態で、ブルボンがまだ立っていられるのか……?
「……っ」
ブルボンの後ろで、ダイワスカーレットが倒れた。俯せが苦しいのか仰向けになるまでは無意識にやったようだったが、それから眠るように気を失った。ステータス異常は無い。ただの気絶だ。ブルボンにもよくあることだけど、一応ちゃんと後で気にかけてあげないと。そして、そのブルボンは。
「……ブルボン?」
「……っは」
ダイワスカーレットより少し後、ブルボンが私に倒れ込んだ。いつもならこの時点で意識を失っていたりするわけだけど、ゆっくりだがまだ動いている。
「ミッション……完了……行動不……能……タイミン……グは……私が……」
「……ああ! なるほどねブルボン。ええ、あなたの方が後よ。流石ね」
「機……能……て……」
ブルボンが落ちた。律儀な子だ。それともそんなにこのスパルタを失いたくなかったのか。後者だとまた私の担当がイカれている証拠が増えてしまうので考えないようにしておきます。
とにかく、二人ともに無事限界を迎えさせることができた。後は復帰した時話を聞いて……と、その前に、二人を運ばないといけないのか。スズカの機嫌も直さないと。大体私が引き起こしている気がするけど、やることが多いって大変ね。
最近スズカ成分足りない……足りなくない……?みんなが満足してくれているか不安です私は。ヘラったついでに感想や高評価をお願いしておきます。お願いします。