走ることしか考えていないサイレンススズカと効率的に勝つ方法を考えるタイプのトレーナー。あと割と理解のある友人一同。   作:サイレンススズカ専属トレーナー

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私は肋骨しか折ったことが無いので、骨折周辺の理屈は「ウマ娘だから」で押し通していきます。更新が遅くなったのは「アルセウスをやっていたから」で押し通します。


トレーナーに無茶を言うサイレンススズカ

「……トレーナーさん! 見て! 見てください! 私の脚です!」

「スズカの脚だ……!」

「感動の仕方が人魚姫なのよ。今脚生えました?」

 

 

 二月も近付いてきたある日。病院にて、明日起きたらギプスを着けなくても良いよ、と言われた翌日。私とスズカは朝から騒いでいた。テンションに任せてトレーナー室に突っ込んで、遅れてきたブルボンやスカーレットの拍手を受けている。

 

 ベッドで起き抜けにニコニコで私を叩き起こしたスズカが、その勢いのまま私の前に立っている。ぴょんぴょんと飛び上がって、小さく両手を振ってくれる。ファンサねファンサ。

 

 

「やっと……! やっと地に脚を付けて歩けます……!」

「良かったねえ!」

「おめでとうございます、スズカさん」

「おめでたい……んですけど、何かしら、釈然としないテンション感……」

 

 

 そりゃ嬉しくもなる。なにせスズカは最悪の場合二度と自分の脚で歩けなくなる可能性もあったのだ。何とかそれは回避したものの、それでも何か月も歩く姿が見られないというのは思ったより私のストレスだったらしい。当たり前と言えば当たり前だけど。

 

 

「これで明日からちゃんとトレーナーさんと歩けますね?」

「ん、そうね。嬉しいわ」

 

 

 今まではスズカが私の少し後ろを杖を突きながら歩いて、横を向きながらそれを見る感じだったもんね。普通に隣を歩けるだけで嬉しい限り。

 

 ……と、喜んでいるばかりではいけない。一応スズカの骨はおおむねくっついているし、硬化もしているらしい。日常生活にはほとんど支障は無いとのことだけど、残念ながらスズカはアスリートである。いかに早く現役に復帰するかも重要になってくる。

 

 

「じゃあスズカと、一応みんなにも、スズカのやってはいけないことリストを共有しておくから。そんなことは無いようにするけど、何かあった時は自分もこうなるんだと思っておいて」

 

 

 ウマ娘の自然治癒能力は尋常ではない。毒や薬への耐性も高いし、怪我も人間より遥かに高速で治るトンデモ生き物である。ただし、やはり力が強すぎて自壊しやすい。骨折も人間と比べればすぐに治るが、完全に治る前の再発は当然怖い。病院で貰った、この段階のウマ娘の禁止リストを開く。

 

 

「あまり考えたくはないですよね……」

「知識の保有がマイナスになることはありませんが」

「そうなんですけど」

 

 

 ブルボン、スカーレットにはちょっと怖がらせるような格好に……まあ、今までスズカが松葉杖で歩いていた時点で今更か。とにかく、これはすなわち脚にこれだけの負担をかけると危ないよ、という目安である。ブルボンの言う通り、知っていて損は無い。

 

 ということでスズカと共に座り、ソファの後ろから覗き込んでくるブルボンとスカーレット。封筒の中身を開き、順番に読み上げていく。

 

 

「痛みがほとんど無い場合の禁止事項」

「これですね。全然痛くないですし」

「リハビリ、頑張ったもんねえ」

「ふへへ」

 

 

 撫でてあげよう。がんばってえらい。くすぐったそうに目を閉じるスズカ。鬼気迫る表情でやってたもんね。絶対に治ったと同時に走るんだという強い意志を感じた。

 

 

「いちゃついてないで早く読みなさいよ」

「……えー。体重の二倍以上の負担を脚にかけることは禁止」

「つまり?」

「スズカを含めて、プラス体重分の重さを持っちゃいけないってことね」

「まあ、それくらいは大丈夫です。あんまり重いものも持たないですし」

 

 

 では次。

 

 

「強い衝撃を避けること。具体例、自分の身長以上の高さからの落下程度の衝撃を避ける。蹴りなども控える」

「跳ばないですよね、そんな高さ」

「というかどこのレースウマ娘がそんな頻繁に蹴りなんてやるのよ。私達のこと何だと思ってるの?」

 

 

 ごもっとも。

 

 

「で、ランニング等」

「はっ……静かに……」

 

 

 別に読めばいいのに、しっかり私の読み上げを待ってくれるスズカ。そして、私は告げた。

 

 

「必要以上のスピードを出さない。おおむね一般的な人間が出せる速度を超えないこと」

「えっ……」

 

 

 ひゅん、とスズカとくっついている左半身が冷えたような気がする。横からスズカの手が伸びて、紙を奪うとそのままじっと見つめ始めた。他にもいくつも項目があるから、いったんそれだけ読ませてほしいんだけど。

 

 

「まあ、しょうがないですよ。軽いランニングくらいはできるんだし、良かったじゃないですか」

「スカーレットさん。残念ながらスズカさんの表情を見てください」

「え?」

「スズカさん。大丈夫ですかスズカさん」

 

 

 しばらく紙とにらめっこを続けていたスズカが、ふっと笑って紙をぐしゃぐしゃに握り潰した。こいつめ。読みにくくなるでしょ。そのままどこかに投げ捨てたので、ブルボンが何も言わずに小走りに拾いに行く。

 

 そして、深呼吸の後、私に頭を預けて、私の腕にぎゅっと抱き着いた。スズカさん、あの、私の肘が。肘が死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!! 痛い痛い!! 

 

 

「す、スズカ! ヤバい、ほんとヤバいっ」

「何かの間違いだと思います。さあトレーナーさん。私は走りに行きますので、晩御飯を用意して待っていてください」

「待って、だめだめだめ、今私の腕に間違い起きてるって!」

「スズカ先輩! トレーナーの腕が! しなってますしなってます!」

「それ以上はいけません、スズカさん」

 

 

 

 間違いは起きた。

 

 

 

 

 

 ────

 

 

 

 

 

「頑張ってください……! 良いですかトレーナーさん。私の人生、いえ、ウマ生がかかっています」

「大げさだなあ……」

 

 

 一時間後。チームエルナトは室内トレーニングルームにいた。何を隠そう人間用のそれである。ウマ娘用に調整されたものではなく、人間が使う用の機材がいくつか設置されている、トレセンの簡易的なジムである。誰もいない。人気の無い場所であった。

 

 それも当然、中央のトレーナーともなると、基本的には自分が体調を崩すなんてことは起こさない。一日の遅れは三日の遅れ。ウマ娘の調子やスケジュールに合わせてトレーニングを行うためには、自分が休んでいては成り立たない。それに、野外に行こうものなら荷物なり移動なりでそれなりに体を使う。基本的にこの施設はホワイト企業アピールであって、必要性の欠片も無いのだ、けど。

 

 

「大丈夫です、トレーナーさんならできます! ひ弱でもちょっと速く走るだけならできますよね?」

「スズカ先輩は頑張って欲しいのか欲しくないのかどっちなんですか?」

 

 

 それでも私がここにいて、しかも制服の担当に比べて私だけジャージなのにはあんまり深くない理由がある。つまり、

 

『トレーナーさんが走れる速さなら走って良い!』

 

 とのことである。つくづく学ばないというか、走ることが絡むとIQが3になるのよね。

 

 

「じゃあトレーナーさん、準備は良いですか。お願いしますね。明日からの私の寝つきが懸かってるんです」

「別に毎日すやすや良い子に寝てるじゃない」

「走れない時に走らないのと、走れるのに走らないのは話が違います!」

「……そういう問題?」

「医者から走るなって言われたのは走れないカウントだと思うんですけど……」

 

 

 準備体操も済ませ、少し使い方も確認したところで、ランニングマシンに立つ。とりあえずやれば気が済むだろう。とっとと終わらせよう。私は頭脳派なのだ。

 

 

「とりあえずえっと……あ、これが時速ですね。じゃあトレーナーさん、始めますね」

「最初はどれくらい?」

「40kmで行きましょう」

「死ぬ死ぬ死ぬ」

「マスター、突然降りるのは危険だと注意書きがあります」

 

 

 いやいや。死ぬって。当然のようにスイッチ入れたわねスズカも。スカーレットもさ、止めてくれても良いのよ。あなたのトレーナーが殺されかけたんだけど今。というかこれ人間用よね? なんでそんな速度出るの? 誰が使うの? 

 

 

「40kmはやる前から解るから。無理だから」

「え……? スカーレットさんが調べてくれたんですけど……」

「スカーレット!?」

「待って、私はただ人間の最高速度を調べろって言われただけ! 無実よ!」

 

 

 両手を上げるスカーレット。私に何をさせようとしてるのかしらスズカは。最高速度って瞬間最高速度とかじゃないの。それも人間のトップアスリートが出すやつ。おばか。一般人基準だって言ってるでしょ。

 

 

「じゃあ30にしておきます」

「無理」

「……29」

「刻むの早すぎでしょ」

「おかしい……絶対におかしいです、こんなの……」

 

 

 スズカが崩れ落ちた。巻き込まれてしゃがんで注意書きを読んでいたブルボンが倒れる。残されたスカーレットも何故か少し姿勢を低くした。それはなんでよ。

 

 

「どうすれば良いんですか……」

「あの……えー……スズカ、20kmくらいなら私頑張るから」

「散歩ですか?」

「辛辣ゥ」

 

 

 いや……スズカのためなら頑張りたいけどさ……私も見たけど、継続して30やら40kmは私には無理だって。せめて大の大人を連れてこないと。女子供……というか鍛えていない一般的女性に出せる速度じゃないから。

 

 しばらくブルボンの上に倒れていたスズカだったけれど、少ししてふっと立ち上がり、どこかに通話をかけながらトレーニングルームを出ようとしていた。

 

 

「スズカ? どこにかけてるの」

 

 

 しーっ、と指を唇に当てるスズカ。正気に戻ったのだろうか。そのまま少し経つと、電話口に声が聞こえてくる。

 

 

「あ、もしもしスぺちゃん? ごめんね、今大丈夫かしら」

『スズカさん? どうしました?』

「ちょっと聞きたいんだけど……スぺちゃん達って確かみんな小規模チームか専属だったわよね?」

『え、はい。私以外専属ですけど……どうかしました?』

「男の人?」

『そうですけど……』

 

 

 待った。嫌な予感がする。どうか合コンとかのお誘いであってくれ。マジで。

 

 

「できるだけ急ぎで会いたいの。今日にでも。お願いできるかしら」

『良いですけど……トレーナーさんにですか? みんなの?』

「みんな。スぺちゃんのトレーナーさんもできれば。グラスさんのトレーナーさんとか若い男の人だったわよね」

『……うぇ? なんですかこれ。え? あの、え?』

「お願いね」

 

 

 電話が切られた。そのまま歩き出そうとするスズカの肩を掴む。何も言われずともブルボンがスズカの前に立ち塞がる。唯一何も解っていないスカーレットが、え、なにこれ、と混乱しつつ、しかし何かしようと思ったのかスズカの腕を掴む。

 

 

「……何する気?」

「……ちょっと走ってもらうだけですから」

「確保ーっ!」

「は、放してください。もうトレーナーさんは諦めました。よく考えたらあの紙、人間としか書いてませんでしたよね」

「生意気な……あっ、こらスズカ! 待ちなさい!」

「すぐに戻ります!」

 

 

 三人分の拘束をするりと抜けて、トレーニングルームから抜け出すスズカ。くそっ、一応私しかいないから部屋を放置して追うわけにもいかない! ブルボンとスカーレットを派遣して、私は急いで退室の準備を進めた。

 

 

 

 

 その日、何故か行われたトレーナールームランナー選手権では、見事キングヘイローとグラスワンダーのトレーナーが壮絶なデッドヒートの後同時に脱落した。たまには運動も良いだろう! 感心ッ! と悪ノリした理事長により、二人には賞品が進呈されたらしい。

 

 

「ふんだ」

「もー……機嫌直してよスズカ」

「知りませーん」

 

 

 無事40kmを勝ち取ったスズカだったが、私が病院に電話し確認したところ、無事25kmを限度とするというお触れを頂いた。この拗ね方は長引きそうだ。

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