目を覚まして最初に目にしたものは今の俺が1番望んでいない
どうせその顔の向こうでは俺を貶して、罵って、俺のことを弄んでいるだけなんだ。だから、俺は透子に手を差し伸べられても撮る事はない。透子の口から真実が出た時にもっと辛くなるから。
『秀!? 大丈夫? 急に病院から連絡来て焦ったよ〜。無事みたいで本っ当によかった』
「よくそんな心にこもってないこと言えるよな、俺だからいいのか。俺はただのオモチャだからしょうがない……か」
『な、何言ってんの? 頭の変な所打っちゃった?』
「ああ、打ったさ。打ったおかげでようやく理解できたよ、ありがとう。これで最後、だから、バイ……バイ」
背を向けた背中にはきっと嘲笑う透子の顔が映っている。だから振り返りたくない、けどまだちょっとだけ期待しているんだ。本当に、心の底から涙を零してくれる透子がいることに。
まただ。また秀に突き放された。もう、ダメなのかな? 紗夜さんとか香澄さんみたいな立派なお姉さんになれないの?
そりゃアタシは紗夜さんみたいに真面目じゃないし誰かの模範にはなれない。香澄さんみたいに誰だって笑顔にさせることも出来ない。だけど、そうだけどアタシにはこれといってアイデンティティなんてないけど秀の一番になれてると思ってた。けどあたしが知らない秀もいるんだよね。
あれから何日か経ったけど全然頭の中で処理が上手くいかなかった。でも、ギターを弾いてる時は全てを忘れて楽しめたと思う。
もうギター以外のこと考えられない。呉服店は……ばあちゃんに怒られそうだから一応やるか。
夜ご飯になったけれどご飯が喉に通らない。肉の固い感触、一つ一つグチャ、と潰れる米。自分の出す咀嚼音ですらも気持ちが悪くなる。
そして誰も座らない空白の椅子、最後に全員でご飯を食べたのはいつだったか。ずっと病院にいた秀、数年前に天国へ旅立ったお母さん。お母さんを亡くなったことにショックを受けて仕事以外目に映らなくなってしまったお父さん。ファミリーレストランで笑い合いながら食事をしている親子に対してずっと無自覚ではありながら劣等感を感じていた。夏休みに海外に家族と遊びに行ったことを話すクラスメイトに憧れていた。いつもことある事に父親の自慢をする奴を妬んだ。歳の離れた妹弟の話をする人が羨ましかった。知り合いが家族の事を話しているのに対してから笑いすることしかできなかった。
だからこそ月に一回だけでも秀に会えるのはとっても嬉しかった。そう思ってたのはアタシだけなんだよね、現に秀はそうだったし。
もうこんなこと、考えてもどうしようもないし早くギター弾こ。頑張ってるいとかななみに追いつかないと。
ネイルも全部剥がそう。髪も、メイクも最小限だけにしよう。ギターに必要ないものは全部しまおう、お金も弦やメンテナンス以外で使わない。紗夜さんも薫さんもとってもストイックだった、先輩達のやっていることができないというのはただの甘え。寝る時間も少し縮めたりできないだろうか。もう、アタシにはギターしかないんだ。
秀元気かな? ってあれなんで秀のこと考えてんだろ。弟とか一番いらない。のに、なんでこんなに胸に何かが突っかかったみたいに痛いんだろうか。
違うんだ、秀なんてアタシは求めてない! ギターさえ、ギターさえあればいいんだッ!!
今日はライブがある日だった。いつもは胸が熱くなって皆とひとつに慣れたような、そんな感覚があったのに。何故か楽しくなかった。今日の演奏はとてつもなく虚しくてどこか物足りない。音はいつもより尖って出来はいいはずなのに満足感がこれっぽっちもない。やだよ、こんなの全然楽しくない、つまんないよ。
気持ちが悪いだけじゃなくて体も重たくてしょうがない。楽屋に行くまでの数十メートルがとてつもなく長く感じまてしまう。あれ、あそこにいるのは紗夜先輩? 今回のライブはRoselia出てなかったような……。
「桐ヶ谷さん! 今の演奏はどういうことですか? あのような無気力な演奏は今日いらっしゃった観客に対しての冒涜です。そんな貴女にギターを持つ資格などありません!!」
「すみません……アタシ、よく分からなくて。アタシにはもうギターしかないのに、なのに……なんでなんですか!? 何が先輩と違うって言うんですかぁ!?」
違う、こんなこと言いたいわけじゃない。ただ、話を聞いてもらいたいだけなのに、こんなにも涙を流しながら喘いで、見窄らしい姿を晒したくないのに。
「私にはどういうことか分かりませんが話を聞くことならできますよ。どこか参りましょうか?」
「じゃあちょっと待っててください。少し頭冷やしてきます」
アタシが何か違ったのが紗夜さんにはわかったのかな。紗夜さんならこの胸の突っかかりも取ってくれるかも……なんてそんなわけないよね。待たせる訳にも行かないし早く行こ。
〜喫茶店〜
「はぁ、なるほど。つまり弟さんと喧嘩をしてあまり調子が良くなかったというわけですね。その割にはいつもより鋭くてグワッと来る感じがありましたけど」
「それは、ショックで自暴自棄になっていたというか。お恥ずかしい姿をお見せしてしまって申し訳ありません」
「そんな理由があったのなら許容できます。それと、弟さんとちゃんとお話はしたんですか? 勘違いということもあります。実は私もそうだったので、多少お節介かもしれませんがね」
紗夜さんも日菜さんと仲が悪かったことあるんだ。すっごく仲良さそうにしてる分全然想像出来ない。だったらアタシも秀と仲直りできたりするのかな?
でも本当にアタシのこと嫌いだったらどうしよう。アタシみたいに接し方が分からなくて避けてるんじゃなくて心から恨まれて嫌われてたらそれこそ立ち直れなくなる。
「怖い、ですか? 私もそうでした。でも年下の子って意外と暖かさを求めてるだけなことが多いんですよ?」
紗夜さんの心を読んだかのような一言。楽しい、確かにそう言ったんだ。そう、きっと秀と楽しく過ごせる日が来ると信じてあたしは1歩踏み出していく。