この1歩を踏み出すことに恐怖を覚える。胃から何かが上がってくるように気持ちが悪くて全身の汗が止まらないから。
足が重い、だけどちょっとだけ軽くなった。明日香は俺の事を支えてくれているんだ。だから、例えバットエンドでもなんでもいい。俺は透子のことが大好きだから。
「とっ、透子! 今まで本当にごめん!! あの、えっと……」
一番最初に謝罪の言葉が出てきたけどその続きは綴れなくて格好が悪い。けど、どんな形容をしてようが俺の気持ちは届けられた。本当に、本当に。俺は透子に悪いことをしてしまった。少し見ただけだけど今の透子は俺が最後に見た時よりも質素な格好をしていた。それにメイクも薄かったし爪には何も施されていなかった。いつもキラキラしている雰囲気はどこかへ消え失せてしまっている。俺がいろいろと思慮している最中、透子の口から言葉が漏れた。
「あのさ、秀。今は人もいっぱいいるしさ、後でゆっくり話さない? 秀が話したくないなら来なくていいから。でも、もしその気があるならライブの後にまたここに来て」
そう言いきって透子は遠い方向に駆けていった。暫く周りの空気が澱んでいたがそれを破ったのはMorfonicaの人だった。
「あ〜君がとーこちゃんの弟さん? そっかそっか、とーこちゃんもそうだけど綺麗な金髪だよね〜。とーこちゃんのこと好きならちゃんと言葉にしないとずっと仲違いしたままになっちゃうよ」
これ以上は言わない方がいいかな? という言葉と共にその人や他のメンバーも楽屋の方へ消えていった。
「ちゃんと言えたじゃん。じゃあ、ライブ見に行こう?」
疑問形を取りながらも力強く手を引っ張る明日香に抗うことなく暗闇に溶け込んでいく。
ライブは相変わらず楽しかった。先程も来た場所に明日香と2人で来た。「頑張って! カフェテリアで待ってるから」と、それだけ言い残すと向こうの方へ駆けていった。しばらくソワソワしながらウロウロしていると透子が姿を現した。
立ち話もなんだしね、とstaff onlyと書かれた部屋の中からパイプ椅子を2つ取り出し1つを俺の方へ差し出した。少し間を開けたのだが真正面に座ると距離が近い。
「あのさ、透子。少し近くない?」
「そんなことないよ。秀、アタシもごめんね。ちゃんとしたお姉ちゃんになれてなかった」
「いや、そんなことない。俺にとって透子はたったひとりのお姉ちゃんだし。それにね、あ、えっと、なんでもない」
「でも実際秀と喧嘩しちゃったのってアタシがお姉ちゃんになれてなかったって訳で……でもそーいうふうに思ってくれてたのすっごく嬉しい……あの、この際だし隠し事はナシで話してくれない? それに隠されると聞きたくなっちゃうし」
「あはは……あのね、透子が初めて部屋来てくれた時に夜ご飯作ってくれたのすっごく嬉しくて。最初はただの恩返しのつもりで朝ごはん作ってたんだけど完成したら透子に食べて欲しいって、透子に『美味しい』って言って欲しくて。そんなこと思ったの初めてだった。透子に求められたい、透子から一方的に話を聞くんじゃなくて俺も透子にいっぱい色んなこと話したい!」
俺何言ってんだろう。日本語めちゃくちゃだ。なんで上手く伝えられないんだろう。こんなに伝えたいことはいっぱいあるのに。
「秀、そんなふうに思ってたんだ。アタシ嬉しいな。あの卵焼き、ばーちゃんがおやつに作ってくれたヤツ。同じ味だった。ケド、あれとは違う秀の優しさが溢れてくるみたいで『あー、秀がアタシのためだけに作ってくれたんだなー』って。ばーちゃんに頼み込んで秀の住んでるところ聞いた甲斐あったって思えた。ありがとう。それといままでごめんね」
多分今の俺の目からは涙が零れている。悔しくてとか、悲しくてとか、寂しくてとかじゃない。嬉しくて泣いているんだ。
「ハンカチ、ハンカチ使って。その……お互いに勘違いを訂正できて、仲直り出来たってことでいい?」
「ありがとう。もちろん、これからもよろしくね」
涙が乾ききった頃に立ち上がると頬に柔らかいナニカが触れた。驚いて透子の方を見ると、してやったり。といった顔でにやけている美しい姉の姿があった。
「ほら、行った行った。明日香のこと待たせてるんでしょ? アタシの代わりに伝えてきて」
「うん、わかった。行ってくるよ」
手を振っているその透子の姿は少し母に似ているような気がした。
いかがだったでしょうか。
これまでことごとくすれ違ってきた2人ですが、今回遂にちゃんと話し合うことができたようです。
透子のキスは敬愛、家族愛のキスですからね。欧州ではよくあることと知り合いが言っていたような。
それではまたいつか、どこかの作品で。