英雄のその後の話 作:暗黒騎士
ところで1歳差って皆さんはどう思いますか?尊いですよね。ねっ(威圧)
とある島の海岸沿いを、一人の少女が走っていた。その後ろには5人の男達が続く。そこそこ有名な海賊団のエンブレムが刻まれたサーベルを全員が抜いており、その刀身は血に飢えたように鈍く光っていた。
「待てコラァッ!! その宝を返せ!」
背後からの男達の怒号がビリビリと周囲に響く。何かを言い返す余裕は、少女にはなかった。少女──ナミは担いだ袋をそのままに、ひたすらに走り続ける。正直重たくて走りづらい。前に負った傷がまだ癒えていないのもあり、身体に鈍い痛みが走っていた。
それでも、この袋を置いていくことは出来ない。この袋の中身だけで500万ベリーはある。魚人に支配されたナミの故郷の村を買う為には、どうしてもこの宝が必要だった。
切れ始めた息に気づかないフリをして走り続けるナミの視界に、雑木林が現れる。
(あそこなら撒けるかもっ!)
遮二無二もなくそこへ駆け込もうとして、雑木林を抜けた先に何があるのかをナミは思い出す。この先には、小さいけれど村があった筈だ。
舌打ちをして進行方向を変えようとしたその時、雑木林から誰かが姿を表した。
深く被っているフード付きローブのせいで、顔はわからない。けれどその手には斧が握られている。恐らくは男だろう。
──ナミは迷わず後ろの男達にも聞こえるような大声で叫んだ。
「助けてっ! 親分!!」
「親分?」
ぱっと振り向いた人物の発した声が女性──しかもかなり若い──であることにナミは動揺した。しかし、次の瞬間。
「任せろー!」
危機感を微塵も感じさせない口調で叫び返してきたフードの人物は、走るナミの横を凄まじいスピードで走り抜け、勢いそのままに男達に駆け寄っていく。まさかの
「おいおい、女に助けを求めたところで──あぎゃっ!?」
「なっ、なんだっこいべふっっ!!」
「ひっ、た、助け」
上がった男の悲鳴に思わず立ち止まり振り返った先で、フードの人物がサーベルを持つ男5人をあっという間に蹴散らした。
呆然と見つめている先で、フードの人物がナミの方に顔を向けたのが分かる。
「怪我してない?」
不思議な人物だった。身長はナミと同じくらい。フードを深く被っているせいで、顔は見えない。ぱっと見ただけでは性別すらもはっきりとしない。声を聞くまでは女性だと分からなかっただろう。はっきりと見えるのは、フードの奥で輝く蒼い瞳だけ。それでいて、警戒心を抱かせない独特な雰囲気を纏っている。
「……へ、平気」
いつの間にか、先程までの傷の痛みは消えていた。
「そっか。……ねえ、この人達って海賊か何か? 懸賞金とかついてるかな」
フードの人物は足元の男達を見下ろしながらナミにそう言った。耳障りな部分がない、少し低いハスキーボイス。
「え、ええ。ついてるわよ。800万ベリー」
ナミは呆気にとられたまま、そう答えた。
「なるほど。もし君が知ってるなら、だけど」
フードの奥、蒼い瞳が瞬いた。
───この海賊達の根城まで、案内してくれないかな。
そう言った彼女の表情はやはり見えなかった。女性を海賊の根城へ連れて行くなんてこと、普通は誰だって断わるだろう。けれど、この人物が負ける光景が、不思議と思い浮かばない。そう思わせる雰囲気を醸し出していた。
ここでナミの直感が囁いた。いや囁き声どころじゃない。もはや叫んでいた。このフードの人物と組めば間違いなく金になる、と。心の動揺とか助けてもらった恩とか、色々とかなぐり捨ててナミは半ばヤケクソ気味にフードの人物に言った。
「──いいわよ、案内してあげる。ただし、賞金は山分けね」
■
海賊をコテンパンにし、村の者に呼んでもらった海軍に引き渡して賞金を受け取ったテラスはご機嫌だった。理由は、久方ぶりの肉にやっとありつけたからである。訪れた村の食堂で、テラスは料理を注文しては綺麗に平らげていた。食べ方は綺麗だが、皿が空になるスピードは異常に早い。
隣にはそんな彼女を呆れたように見ている橙色の髪の少女がいる。
「アンタ……よくそんなに食べられるわね」
「んん……ちょっと色々あってね、何日か何も食べてなかったから、お腹減ってるんだ」
テラスがこの島に打ち上げられたのは今日の朝だ。一体何日海を流されていたのかは定かではないが、目覚めた時にはひどく腹が空いていた。何とか濡れた服をアーマリーチェストに入れておいた他の服に着替えて村に辿り着き、木材の買い取り手を見つけて雑木林に入ったところで、懸賞金付きの海賊達に追われている少女と出会った。今振り返ってみても、もはや運命と言っても過言ではないんじゃなかろうかとテラスは真剣に考えていた。
「いやー、よかった。木こりも嫌いじゃないけど、ドカンと稼げるのはやっぱり賞金稼ぎだね」
言いながらテラスはステーキを頬張る。これで三皿目だった。フードの奥に消えていくステーキを何となく目で追いながら、少女はテーブルに肘をついた。
「それにしても、まさか海賊船に乗り込んで無傷で帰ってくるなんて……アンタ強いのね」
「まあ、それなりにはね」
謙遜する様子もなく、ただ事実を述べるかのような彼女の淡々とした言葉には、経験に裏付けられた自信がある。実際テラスはここらの海にいる海賊達には微塵も負ける気がしなかった。
そんなテラスの様子を少女は机に肘をついたまま注意深く観察しているようだった。それに気づいたテラスが「ああ、」と何かを思い出したかのように
「山分けだったね。大丈夫、忘れてないよ」
「……!」
どん、と重たい音を響かせ、そこそこの大きさの袋が無造作にテーブルの上に置かれる。これがもし人の多い酒場であったなら不用心にも程があるが、この場には今テラスと少女を除けば食堂の女将しかいない。その女将も、今は裏の方に引っ込んでいる。
「分ける前に、君に少し聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「何?」
少女が僅かに警戒心を強めたのが分かる。
「船と……あと、航海術を持っている人に心当たりはないかな」
「どうして?」
「仲間と海ではぐれたんだ。何とか合流したい。そのために、ここらの島を回る必要がある」
「……どっちも私が持ってるし、丁度これから島を巡る予定よ」
この回答に、テラスは少し驚いた。自分とそう年齢が離れていないであろう少女が船を持っているのはとても珍しい。あまつさえ、航海術まで。
「本当? なら、取引しない?」
「内容にもよるわ」
「君の船に乗せてほしい。対価として、このお金はここの食事代を引いた分を全部あげる。それに君の護衛もしよう」
「……」
ぎっしりと金貨が詰まった袋を示すと、少女がぽかんと口を開けて、まじまじとテラスを見つめた。何かおかしなことでも言っただろうか。正直、この島でこれ以上に良い取引相手は見つかりそうになかった。なのでここで断られるのは困る。出し惜しみをするつもりはない。
ポーカーフェイスを維持して、緊張を隠しながらもテラスは少女の答えをじっと待つ。こういう取引の現場では「別に君じゃなくても困りはしないけど」みたいな余裕を見せることが大切だと、かつてテラスは暁の血盟のメンバーであるサンクレッドに教わった。他の暁の仲間達は勿論、女たらしの様に見えて実は誰よりも一途だった彼の事を、テラスは今でも尊敬している。
やがて口を開いた少女は、少し挑戦的な笑みを浮かべていた。
「……いいわ。私の船に乗せてあげる。でも、私の護衛はアンタが思っているよりも大変よ? 逃げ出したりしないでしょうね?」
「まさか。じゃあ、取引成立ってことでいいのかな?」
「ええ。他に頼れる人もいないみたいだし、組んであげるわ」
「……バレてたか」
どうやらお見通しだったようだ。腹芸はやはりテラスには難しい。
「強いからって、あんまり人を舐めないことね。でもアンタには助けてもらった恩があるから」
海賊から助けたことでどうやら一定の信頼は寄せてくれていたらしい。ガッツポーズを決めたくなるのを堪えて喜びを噛み締めていると、少女が右手を伸ばしてくる。
「私はナミ。言うのが遅れたけど、助けてくれてありがとう」
「助けになったなら良かったよ。わたしはテラス。よろしくね」
テラスは軽く少女──ナミの手を握り、握手した。
登場人物紹介
木こりテラス
波に揉まれてどこかの島に辿り着いた主人公。島にある小さな村の食堂で嗅いだ肉の香ばしい匂いにやられ、適当に木を切って売ることで食事代を稼ごうとしていたところでナミと出会う。海賊? もはや彼女にとっては歩くお金にしか見えない。
取引相手であるナミに取引を解消されないように、フード付きローブは常に被ることにした。
泥棒猫ナミ
海賊専門の泥棒。みかんが好きな18歳の女の子。17歳のテラスとは1歳差。かわいいね。魚人が支配している島の故郷の村を1億ベリーで買おうとしている。
海賊に追われているところをテラスに助けられた。その強さと取引内容に惹かれてテラスの取引相手となる。