運命には従えない   作:りさ_ハーメルン

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1・2日目

 

今日の話し合いはひどかった。航海日誌をつけながら私は苦笑した。

私の放り込まれたループは、全役職あり、グノーシアは3体。

エンジニアは誰なんだ?としげみちに聞かれて、私は手を挙げた。他に名乗り出る人はいなかった。

エンジニアです、と言った私の声がやけにメインコンソールに響いていたような気がする。

誰もライバルがいないのは私としてはありがたいけれど、敵の数はそれなりにいるはずなのにこんなことになるなんて、何かがおかしい気がした。

そしてその予感は的中した。

じゃあ、ドクターは誰なんだ?としげみちが言ったときに事件は起きた。

 

「私がこの舟のドクターだ」とウインクしたのはジョナス。

「そんな…本物はわたしです」と困り顔をしたのはステラ。

「おいおい冗談言うなよ。僕だって」と元気に言ったのはコメット。

「お前ら騙されんなよ? 俺がドクターだ」と最後に言ったのは沙明。

 

しげみちは大きな目をさらに大きく見開いた。

 

「多すぎだろ! なんだよお前ら!」

 

わかる、と思ってしまった。

本物はともかく、グノーシアも、バグも、AC主義者も、みんな一緒にドクターに名乗り出てきたのだから。

偽物が多いこの舟ならあえて潜伏しておくとか、1人くらいエンジニアの方に出てきてもよかったのに。

 

(ある意味、気が合うってことなのかもしれないけど…)

 

敵同士なのにこんな形で仲良しを発揮しなくてもよかったと思う。

 

「とにかく、この舟のエンジニアはユーリ。それは間違いないよね?」

 

セツが言ってくれて、皆が頷いた。

 

コールドスリープしたのは、コメットだった。

コメットは夕里子を疑ったけれど、反論されて逆に追い込まれてしまった。そして夕里子は留守番だったことが明かされた。

今日のコメットの直感はふるわなかったようだ。

 

航海日誌を閉じると私は調査機器を取り出した。これがしばらく私の相棒だ。

私が調査して人間と表示されれば絶対に人間、グノーシアと分かれば絶対にグノーシアだ。

ドクターがごちゃごちゃしている今、私の情報は大事なのだからしっかりしなければ、と気を引き締める。

ジナを調査した。彼女は人間だった。

 

 

話し合いが始まると私はジナが人間だったと報告した。絶対に人間だと皆からもわかってもらえて

彼女は私にはにかんでくれた。かわいい。私も微笑み返した。

ドクターの報告はあったけれど、結果はばらばらだ。誰を信じればいいのかわかるはずもない。

今は手がかりすらなかった。

ねえ、と沈黙を破ったのはラキオだった。

 

「どうせ誰が本物かなんて分からないンだ。ドクターは全員冷凍睡眠させなよ」

 

ラキオの言うことは、分かる。

4人のドクターのうち3人は敵なのは間違いない。

いっそ全員凍らせてしまえば確実にほとんどの敵が倒せるのだ。

本物のドクターまでいなくなってしまうのは申し訳ないけれど、下手に無実の乗員を凍らせてしまうよりいいはずだと私も思う。

役職に名乗り出ずに潜伏しているグノーシアは2体いるけれど、それはドクターを凍らせている間に私が探しだせばいいだろう。

1人、また1人とラキオの提案を受け入れる人が現れる。

夕里子は本物もろともひき潰しましょうと笑顔だったけれど、さすがにそこまで思い切りのいい人はいなかった。

 

「ははっ! 君達程度でも少しは理解できるみたいだね。この提案をしたからには僕のことも信じてくれていいんだよ」

 

にこにことラキオが笑った。ラキオの態度は問題だけど、今はこの場で一番有効な作戦を提案してくれたのだから、私は見守っていることにした。

 

「なあ」

 

肩を叩かれて、私は視線を上げた。沙明だった。

 

「お前もそれでイイわけ?」

「うん」

 

私が答えると沙明は複雑そうに眉根を寄せた。

沙明の目は少しだけ寂しそうな、未練があるような、複雑な色をたたえていた。

 

「どうしたの?」

 

私の声は沙明には届かなかった。投票の時間だった。

コールドスリープに決まったのはジョナスだった。私も彼に投票した。

ドクターなら誰が凍ってもいいのだし、これは順番だからと思いながら。

 

 

合成プラントを通りかかると、レムナンが見えた。

いつもの白の上着を脱いでインナーだけになった彼は1人で作業しているようだった。

あまり人前に出たがらない消極的なところと小動物のような瞳を持つ彼は、つい助けてしまいたくなる何かがあった。

何をしているのか声をかけると、彼はぽつりとつぶやいた。

 

「上着がほつれてしまったので、直しているんです。LeViさんに道具も貸していただいたんですけど、なかなかうまくいかなくて」

『レムナン様のサポートができず、心苦しい限りです』

 

きれいな音声が流れて、LeViが答えた。彼女もずっとここにいたようだ。

レムナンはテーブルにちらばった道具と上着を持ってちまりちまりと服を縫い合わせようとしている。

私は近寄ってまじまじと見つめた。うまくいかないとは言っていたけれど、もう半分以上は終わっているようだ。それにあまりひどいほつれではないようで、コツさえ掴んでしまえばなんとかなりそうだった。

 

「私でよければ手伝おうか?」

 

レムナンからジャケットを受け取って手を動かしてみる。意外にスムーズにできて私は作業をすすめた。

 

「イイ雰囲気だと思ったらユーリとレムナンじゃん」

 

顔を上げると沙明がそこにいた。

 

「LeViさんもいれて、3人ですよ。ユーリさんは僕の服を直してくれているんです」

 

レムナンがにこにこと答えた。

私の手元で形を変えるジャケットの様子が楽しいのか、彼は楽しそうだ。

 

「服? お前そんなことできんの?」

「少しだけなら。沙明は?」

「俺は直してもらう専門だからイイんだよ」

 

確かに沙明なら自分でできなくても女の子におねだりしてどうにかできるだろう。

だから彼自身ができるようになる必要はないようだ。

沙明らしいねと笑って私は作業に戻った。

ぱっと見ただけではわかりにくいという位には修正できたように思う。

時間が経ったり激しい動きをするとまた駄目になってしまうかもしれないから、本当に応急処置だ。

ジャケットをレムナンに返すと、彼は顔をほころばせた。

 

「ありがとうございます。僕、明日はもう薄着で皆さんと顔を合わせるかもって…。だから、安心しました」

「よかった」

 

私は微笑んだ。作業のことより、彼が笑ってくれたことが嬉しかった。

 

 

レムナンとLeViと別れて、沙明と歩く。私の自室も沙明の共同寝室と近かった。

 

「お前、結構器用なのな」

「ありがとう。でも道具はLeViが準備してくれてたし、レムナンもかなり進めてたから、私がやったのは最後の手伝いだけだよ」

「あれだけできれば俺の服がほつれてもお前に頼めばイイし、これからは楽じゃん」

 

最初から他人まかせなのはどうかとも思ったけれど、上手いんだからイイじゃんと笑う沙明はどこか憎めなかった。私はふふと苦笑した。

 

「私ができることならもちろんいいよ」

 

話しているうちに自室に着いてしまった。沙明といるとあっという間だった。

おやすみ、また明日、と言おうとしたけれど、沙明は私と一緒に歩みを止めていた。

ドアを背中に沙明を見上げる。沙明は何も言わない。ただ私を見つめている。

 

(…?)

 

まさか、と思い当たる。

沙明は実はグノーシアでこれから私を消すつもりなんだろうか。

幸い今は人気がない。この後やられても誰も気が付かないだろう。

本物のドクターが誰かわからないのに2人きりになるのは危険だったかもしれない。

今になって私は背筋が凍った。

すぐにでも部屋に入ってしまおうか。いや、それも遅すぎる気もする。私が一人で考えていると沙明がぽつりと言った。

 

「…本当はさ、お前ら見てちょっとビックリしたんですけど?」

「?」

「そりゃLeViもいたけどさ、お前とレムナンしか見えてなかったし。何かアイツ脱いでるし」

 

そういえば沙明はイイ雰囲気だと言って来たのだった。レムナンは脱いでいたのも事実だ。

 

「何もないよ。ただのジャケット教室で残念だったね」

 

私は笑ったけれど、沙明はつまらなさそうだ。てっきり冷やかしたいのかと思ったけれど違うようだ。

 

「残念じゃねーよ。何もなくて安心したっつの」

 

安心と聞いて私はまた首を傾げた。私とレムナンに何もなくて、どうして沙明が安心するのか。

沙明がつまり何を伝えたいのかわからない。何かが噛あわず私は黙っていた。

じれたらしい沙明が、だからさァ、と続けた。

 

「恋人が男とイチャついてて心配しない訳ないだろ」

「…え?」

 

瞬間、頭が真っ白になった。

恋人と言っただろうか。沙明は。

誰と誰が?

ここにいるのは2人だけ。だから分かっている。いや、分からない。

沙明と、私が?

そんな話は聞いたことがない。初耳だ。

当事者なのに知らないまま2日も経過しているなんて、そんな間抜けなことがあるんだろうか?

実際あったようだけれど。

 

「だから何もなくてよかったってこと。それくらい分かれって」

 

ぽんぽんと頭を叩かれる。私の沈黙をどう受け取ったのかわからないが、彼の中で気は済んだようだった。

じゃな、と沙明は背を向けた。私は彼の姿が見えなくなってもまともに返事することができなかった。

 

 

 

自室に入ると私はドアを背にずるずると座りこんだ。

 

(沙明が、恋人?)

 

それが本当なのか、私にはわからない。

もしかしたら沙明は敵で、嘘をついて私を騙している可能性だってある。

でも、もし人間だったら?

こんな嘘をつく必要なんてない。恋人だというのも真実だろう。

 

(…)

 

顔が熱い。どうしたらいいか分からない。

だって、こんなことは今までなかった。嬉しいようなくすぐったいようなこの気持ちにどう向き合ったらいいんだろう。

 

(そういえば、)

 

ふと考えがよぎって今度は血の気が引いた。

私はドクター全員を凍らせる提案を受け入れてしまった。そういう運命に私はもう加担してしまったのだ。

そして『お前もそれでイイの?』と聞かれた時、私は肯定してしまった。

本当に恋人だったのなら、彼を見捨てる選択をしたということ。ひどいことを言ってしまった。

沙明が複雑そうな顔をした理由がこれなら分かる気がした。

全員凍らせてしまえば安全だなんて、安易に同調するんじゃなかった。

 

(…もう、何もわからない)

 

頭がグルグルする。私にあるのは相棒の調査機器だけだ。

テーブルの上で私を待つそれを見ても、画面が淡く発光しているだけだった。

 

(この機器で全部解析できたらよかったのに)

 

今は何の推理もできない。頭の中はうるさいくらい思考が飛び交ってどれも纏まらなかった。

 

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