運命には従えない   作:りさ_ハーメルン

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3日目

 

昨日はあまり眠れなかった。頭の中はずっとうるさいままで、起きても気分は晴れなかった。

メインコンソールに入るともう皆が揃っていた。いつもはのんびり来るシピも来ていたから、ずいぶん遅くなってしまったようだ。

セツが私の姿を見て微笑んだ。

 

「おはよう、今日はゆっくりだね。あとは沙明とレムナンだけど…」

 

ふう、とセツが溜息を吐いた。2人を呼びに行くつもりなのかもしれない。

けれど気が進まないのだろうと今までの経験から感じてしまった。沙明相手にだけ。

 

「私が沙明を探しに行くよ。セツはレムナンをお願い」

「でも…」

「今日は皆を待たせてしまったし、セツにはいつも助けてもらってるから」

 

セツはありがとうと言って席を立った。一緒にメインコンソールを出る。

 

「おかしなことを言われたら放っておいていいからね? ユーリが無理をしてまで連れて来る必要はないんだから」

「う、うん」

 

苦笑いして私は頷いた。本当に沙明はセツからの評価が低い。

この様子ではセツが沙明を見つけたとしても、いなかったことにされる未来もあったかもしれない。

呼びに行く提案をしてよかったとこっそり思った。

 

 

娯楽室に入ると案の定沙明はソファでくつろいでいた。

 

「沙明。皆が待ってるよ」

「はいはい、知ってますって」

 

私を見ると沙明は嬉しそうに笑った。

なんだかおかしい。どうして沙明は機嫌良さそうにしているのだろう。

 

「どうしてここに?」

「ここで待ってりゃお前が呼びに来るじゃん」

 

呼びに来たのは偶然だ。そういう約束はしていないし、そんな関係でもない。

それにどうして私を待つのだろう? メインコンソールに行けば顔を合わせることになるのに。

 

「朝くらいゆっくりお前の顔見たいし」

「…」

 

昨夜のようにまた混乱して、私は何も言えなくなった。

 

(このままは駄目だ)

 

沙明は私の状況を知らない。こんなに恋人のように接している彼に、自分も恋人だと

わかっているような、わかっていないようなあいまいな態度をとり続けることはできない。

そんなことは私には心が痛すぎた。

 

「あの、昨日言われたことだけど」

「昨日?」

「沙明と私が恋人だって。でも私は覚えていないんだ。この舟に乗る前の記憶がなくて」

「マジで? 俺がドクターだってことは?」

「…ごめん」

 

ジョークじゃねえの?と沙明はまじまじと私を見つめた。目を合わせづらくて私は俯く。

本当に恋人だったのならショックだろうし、

嘘だったら利用価値がないと消されてしまうのだろうか。

どちらにしても捨てられる方が先かもしれない。

しばらく黙って、沙明は私の手を引いた。彼の隣に座らされる。

 

「んで? 記憶がなくてお前は大丈夫なのかよ」

「話し合いには参加できるから」

「そんなんじゃなくて、怪我とか体調悪かったりしてねーのかって話」

「え? そ、それは大丈夫」

 

予想外の反応に私はまた混乱した。

こういうやりとりはくすぐったい。それにどうしたらいいのか分からなくなる。

沙明は何も気にした様子もなくならイイけどと言った。

 

「それでいいの? 恋人に忘れられて沙明はショックじゃない?」

「そりゃそれなりにサビシーですけど。でも」

 

じっと沙明は私を見つめた。

 

「忘れてんならまた惚れさせればイイだけだし。もう1回お前口説けるとか楽しそうじゃん」

「そ、そうかな…」

 

イーズィーにいこうぜと沙明は笑った。責められたりするよりはいいけれど、また口説けばいいというのもどうかという気もした。

 

(…沙明が楽しそうならいいか)

 

私も釣られて微笑み返した。

そこでふと、大切なことを思い出す。

 

「でもドクターはすぐに凍る順番がくるんじゃ…」

「あー…そりゃそうか」

 

少し考えて沙明はまた笑った。

 

「じゃ、俺がオネンネする前に落とすからヨロシクな」

 

その自信はどこから来るのか。どうしてそんなに余裕があるのか。

私にはさっぱりわからない。まるで落ちることが決定事項のようにされて面白くなかった。

 

「さすがにそんなに速く落ちないよ」

「わかったわかった」

 

沙明が静かに手を伸ばす。頭を撫でられた。昨日もそうだったけれど、この手は優しくて好きだな、とぼんやり思う。そのせいで私の抗議はそこで終了させられてしまった。

しっかり私の機嫌を取られてしまって悔しい。

迎えに来た時とは別人のように沙明はすくりと立って軽やかに歩き出した。

素直にメインコンソールに行く気なのだろう。どうやら相当機嫌がいいらしい。

沙明がちらりと振り返る。合図されなくても、もちろん私も行くに決まっている。

彼の背中を追って私は娯楽室を後にした。

 

 

メインコンソールに入ると、セツはもう戻っていた。それでも空席が1つ。

そこに座るはずのレムナンの姿はなかった。

昨夜消失したのはレムナンだということに気付いてしまった。

上着のやりとりを思い出して寂しくなる。

背は高いのに、小動物のように喜んでいた彼にはもう会えないのだ。

予定より遅くなってしまったけれど、ようやく今日の話し合いが始まった。

といっても、残りのドクターは沙明とステラだ。どちらを凍らせるかを選ぶだけだ。

沙明が口を開く。

 

「昨日凍らせたジョナスはグノーシアだった。お前らやるじゃん」

「違います! ジョナス様はグノーシアではありませんでした。わたしの解析結果ではコメット様も人間。

よってわたしのデータによれば沙明様はグノーシアです。信じてください…」

 

ふーん、と静かに聞いていたラキオが言った。

 

「じゃあ今日は沙明を冷凍睡眠させればいいンじゃない? グノーシアの可能性が高い方を眠らせるのは当然だろう?」

 

空気が重い。皆に見つめられても沙明は気にした様子もなかった。

 

「俺がグノーシアとかありえねーって。こんなに誠実なドクターいねえよ」

 

なァ?と言って沙明がちらりと私を見る。

 

「お前からも言ってやれって。俺のこと助けてくれよ」

 

にこにこと沙明が笑う。断られると思っていないようだ。

この雰囲気でも気にしていなかったのはそのせいかもしれない。

正直、私には沙明が本物かは分からない。だから凍るならそれはそれで仕方がないとも思っている。

けれど、私のヘルプを信じきっている沙明の笑顔とこの眼差しを切り捨てるのはちょっと気が引ける。

というかかなり難しい。

そういう目をするのはずるいと思う。

 

「レムナンが昨日投票したのはジョナス。だからレムナンが消失したのはグノーシアに投票した仕返しだったと思う。

それなら沙明の結果はわかるから、眠らせるのは今日じゃなくていいと思う。信用できる方に残ってもらったほうがいいから」

 

自分でも苦しいと思う。だって証拠はない。私のしていることはただの予想だ。

沙明に頼られたからという理由だけで、なんとか言葉を探してきているのだから当然だ。

それでも、それなりには皆には響いてくれたらしい。

今日のコールドスリープはステラに決まった。

 

「サンキュー。お前のおかげで助かった」

 

沙明が笑顔で言った。

彼はラッキーとしか思っていないかもしれないけれど、

その嬉しそうな姿を見ると少しでも助けになったのならよかったと私も感じた。

 

 

「ユーリ」

 

メインコンソールを出るとラキオに声を掛けられた。

今日の議論が終わってもうこの時間に人影はない。静まりかえった廊下にラキオの透き通った声が落ちる。

 

「君は沙明と仲が良いみたいだね」

「うん。でも、どうして?」

「君に1つ忠告してあげようと思ってね」

 

ラキオは表情を崩さない。どういう感情なのか、読み取ることができなかった。

 

「いいかい? 本物のドクターは分からない。AC主義者がいる以上、君の調査でも

まがい物を突き止めることはできない。それなら一番の安全策は?」

「…全員凍らせること」

「正解だ」

 

なんだ、分かっているじゃないかとラキオはつまらなさそうに眉根を寄せた。

 

「君はお人よしのようだけれど、あまりドクターに肩入れするのは危険だということだよ」

 

私は頷いた。

ラキオの言うことは正しいと思う。今日は私情に流されてしまったけれど、公私混同は駄目だ。

冷静な判断を---皆の安全のために、沙明を凍らせる選択をする時が来ることは、覚悟しなくてはならない。

どこかふわふわしていた頭に冷水をかけられたような気分だった。

 

 

とぼとぼと食堂に入ると、ジナがみたらし団子食べていた。テーブルには湯呑みも準備されている。

この時間ではもう晩ごはんを食べている人はいないらしく、他には誰もいない。

私と目が合うとジナは「あっ…」と言って気まずそうに目を逸らした。

 

「晩ごはん、足りなかったの?」

「これは…別腹で」

「夜食に、みたらし団子?」

「いつも食べてるわけじゃないけど、今日は気分だったから」

 

こっそり食べるつもりだったのか、ジナは恥ずかしそうに見えた。

私にもおやつを食べたい夜はあるし、別に気にすることもないのだけれど。

LeViに頼んで私も同じものを用意してもらうと、ジナは安心したように微笑んだ。

 

「夜に食べるお団子もおいしいね」

 

甘じょっぱいたれともちもちしたお団子を食べながら、うんと私は頷いた。

温かいお茶も慌ただしかった今日の身体に染み渡るようだった。

 

「ユーリ、最近忙しいの? あまり休めてない?」

 

カラメル色とはちみつ色のジナの瞳が気遣うように揺れる。

鋭い彼女は私の様子に違和感を感じるところがあったのかもしれない。

…彼女なら。

彼女なら、私のように何が真実か見抜けずに振り回されることもないのだろうか。

ジナは私が最初に調査して人間だとわかったひとだ。だからこそ信じられる。

 

「もしも、もしもだけど。ある日自分の目の前に恋人を名乗る人が現れたら。

ジナはその人のことを信じられる?」

「え…」

 

ジナは目を見開いた。それはそうだ。突然こんな話をされたら誰だって困惑するだろう。

それでもジナは笑ったりからかったりはしなかった。

少し考えてから、ゆっくり答えた。

 

「わからない。でも突然言われたら、きっと最初は受け入れられないと思う。驚くし、その人のこと、まだわからないから」

「うん…」

 

食堂はしんと静まりかえった。私はお茶をまた少し飲んだけれど、ジナはじっと私を見つめていた。

 

「でも、ユーリは信じたいと思ってる?」

「できれば信じたいと思う。でも私はジナみたいに違和感に気付くような力はないから。騙されているだけかもしれない」

「私は特別な力があるわけじゃない。自分がいいものを感じるものを信じることにしてるだけ。ユーリなら、わかると思う」

 

ジナはにこりと微笑んだ。

嘘か本当かを見抜くことは私にはきっとできない。

けれど自分がいいと感じたものを信じることならできそうな気がした。

 

「ありがとう」

 

私はまたお茶に口をつけた。少しぬるくなっていても今日一番おいしいと感じられた。

 

 

自室に戻ると私は調査機器を操作した。昨日は何度も似たような画面を行ったり来たりしても考えが纏まらなかったけれど、今の頭の中はすっきりしていた。

私は沙明にいやなものを感じない。今はそれでいいことにしよう。

それなら、沙明が凍らなくてもいい道を探すのがいい。つまりグノーシアを見つけること。

ドクターにばかり気を取られていたけれど、潜伏しているグノーシアはあと2体いる。

これを見つけことが私の役目。最初から私のやることはずっと変わっていないのだ。

今夜それができなければ、明日は沙明が眠る番。もう推理ができなくなったなんて唸っている場合じゃない。

今はもう誰でもいいから順番に凍らせようとも思っていなかった。

 

『誰を調べますか』

 

長く考えて私はその人物をタップした。

画面の中には赤いマークが浮かび上がった。

 

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