今にも吐きそうなお姉ちゃんに肩を貸し、ゆっくりと銀月に向けて歩く。しばらくすると三日月のロゴ看板が視界に入る。うん、分かりやすい。お姉ちゃんの疲労が水の泡になるんじゃ無いかと思うぐらいには、分かりやすい。
外見で分かることは3階建ての建築で木とレンガで建築されている。中に入ってみると中には異世界名物の酒場のような景色が広がっており、右側にカウンター、左側は階段が。
「いらっしゃーい。食事ですか、それともお泊りでって!?」
カウンターにいた赤い髪をポニテのお姉さんが声をかけてくる。私の肩を借りて青い顔をしたお姉ちゃんを見て、はつらつとした声が驚愕に変わったけど。慌てて駆け寄ろうとするお姉さんを手で制して、一度深呼吸。
「泊まりたいんですけど、いくらになるの?」
「一泊、朝昼晩食事付きで銅貨二枚だよ。あ、前払いでね」
お姉ちゃんのことを心配そうに見つめながら、手短に説明してくれたお姉さん。前払い、お金はお姉ちゃんが持ってるし…… あ、服屋のおっちゃんから貰ったのが有る。
「えっと… これで何日泊まれるの」
平然を装いながらもお姉ちゃんが心配で頭がいっぱいの妹演じながら、金貨を渡す。これで銅貨より安かったらどうしよ…
「50日よ」
50×2=100 金貨は銅貨100枚分。銅貨=1円玉、金貨=100円玉と考えよう。
「それで何日泊まるの?」
内心焦っている演技を信じ込んだお姉さんは優しく諭すように聞いてくる。
「ひと月分」
「ひと月ね。いま銀貨を切らしてるから、銅貨でお釣りを渡すわね」
金貨を渡して帰って来たのは40枚。 100-40=60÷2=30 一か月は約30日なのは変わらないと…
「じゃあここに、サインをお願いしますね」
あ、ホテルで泊まるのと一緒で名前必要なのか…
「お姉t…………無理か」
もう一度、小鈴の能力を使って貰おうと視線を向けると焦点の合わないお姉ちゃんの姿が。これ以上は流石に無理させられないよね。
「字書けないんで、代筆お願いします…」
さっきの様子で察しましたと言わんばかりに潔く引き受けてくれたお姉さんは、ハネペンを手に取り名前を問いかけてくる。
「……依神女苑です」
危ない危ない。一瞬、前世の名前を言いかけた。
「ヨリガミ? 珍しい名前ね、神様みたい」
「依神は家名で、名前は後ろの女苑の方です」
あ~、そのパターンね。あと、容姿と名前の元ネタが神なのでその感想は間違ってない。縁起はあんまりよくない方の神なんだけど、そこまで説明するとややこしい。
「生まれは【イーシェン】なの?」
宿帳と思われる物に名前を書きながら訪ねてくるお姉さん。とりあえず頷いておく。イーシェンか、この世界での生きるための設定をお姉ちゃんと考えた方がよさそう。
「お姉さんの名前は?」
「依神紫苑です」
「はい、これがカギね。3階の手前の部屋よ、トイレと浴槽は1階。食堂はここだから」
礼を言い、お姉ちゃんを背負い階段を上る。お姉ちゃんは自分で上がるて言ってるけど、見ているこっちがハラハラするし、今の状態だと途中で踏み外して頭から床に絶対落ちるからダメ。
部屋の扉を開け、お姉ちゃんを横にする。青く伸びた髪に指を通しながらふと思う、持ってて初めて分かったけどお姉ちゃん、軽くて細い…
前世の時も痩せていていたけど、血管や骨が浮き出てるほどではなかったから。うまく言葉に出来ないけど、今の衰弱している姿を見ていると
◆◇◆◇
う、う~ん?ねてたぁ? あれ、なんかデジャブ……
インフルの時、もしくは貧血時のだるさを感じながらゆっくりと起き上がる。ボーっと眠気に襲われる中、周囲を見渡すとどこかの部屋。
机に椅子に窓にベットにクローゼット…… 二人でいる事を前提にレイアウトした家具は一の為か、少し狭く見える部屋。畳6枚ぐらいしける広さ、こういうのを6畳って言うんだっけ?
二つあるうちの片方のベットに座ったまま軽く手櫛で髪を整える。当然と言えば当然なんだけど、髪が伸びた。ちょっと指に引っかかる感覚もあるけど、前世?男だった時? ……どっちの表現が正しいのか分かんないけどとりあえず、髪質は確かに変わっている。
それにしても、今後のことを考えると能力を長く使えるようになんとかしないと。特に小鈴の能力はこの世界の言語を不自由なく読み書きできるようになるまでは必須。問題はどうやって使用時間を伸ばせるか、なんの手段が思い付きはしないが………
「おに ………お姉ちゃん、大丈夫なの?」
扉が開かれる音が聞こえ、そっちに視線を向けると妹の姿が。女苑は私の姿を見るなり、慌ててベットのそばに来る。咄嗟に前の呼び方を言いかける程には心配させたようだ。
………いや、妹を心配させた回数は数えるのが億劫になるほどある。少なくても入院した回数より多い。たぶん何度も[お兄ちゃんも死ぬんじゃないか]と心配させているはず。ホントは[僕の事なんて気にせずにいろ]なんて言いたい…
いや、何度も言おうとして言えなかった。たぶん私も雄一血がつながった家族のそばから離れたくなかったんだ。私が弱いから言えない。けどこのまま一生、私にとらわれて生きて欲しくなかった。
だから正直、妹が神爺の話に乗った時はホッとした。[もう、離れる頃が出来る]って。まぁ結局一緒にいるんだけど。妹が兄離れすのはいつになるか、そう言い訳しながら一緒の時間を過ごす。不幸の中にある、小さな幸せだ。