母:モルガン(視点)
娘:バーヴァン・シー
娘:キャストリア
意識が覚醒して最初に感じたのは、布団の柔らかさ。暖かく柔らかい布団の感触は、眠気という抗いがたい誘惑を増長させるには十分すぎる。このまま微睡みに身を任せて、盛大に二度寝へと没入するのも悪くない………が、そうも言っていられない。
いまだ覚醒しない頭で強引に上体を上げ、布団から抜け出すと定位置に掛けていたスーツまで千鳥足で向かう。そこからは、意識するまでもなく体が動いた。ハンガーからスーツを外すと身に纏い、机上へ投げてあった鞄を持ち上げると早々に自室を後にした。
階段を降りて玄関に鞄を置いたら、まずは洗面所へ。顔を洗うと、ようやく意識がハッキリしてくれた。そのままサッと身支度を整えたら、次に向かうのはキッチン。途中、リビングを通り抜ける時にリモコンでテレビの電源を入れるのを忘れない。
お気に入りの灰色のエプロンを装着すると共に冷蔵庫から昨日の残り物と冷凍食品を取り出すと、いつものように"2人分"の弁当を作り始める。やむを得なかったとはいえ、料理を始めた頃に比べれば随分と上達したものだ。本を片手に『目分量』や『大さじ、小さじ』という理解不能な文言に苦労させられていたのを思い出す。
『では、今朝のニュースランキングを……』
と、そろそろだな。
時報代わりのテレビから聞こえてきたキャスターの声が、そろそろ愛しの"娘"の一人が起きてくる頃合いを教えてくれる。あの娘の目当てのコーナーが、間もなく始まるから。
「おはようございます、お母様」
小気味良い足音と共にリビングへと降りてきたのは私の愛娘、バーヴァン・シー。声色を窺うに今朝の機嫌は良いらしい、調理中の手を止め顔だけ向けると花のように可憐な微笑みが咲いていた。
「ああ、おはよう。すぐに朝食を…」
「ううん、朝食は私が用意するわ。パンを焼くだけとはいえ、お母様の手を煩わせるわけにはいかないもの」
出来た娘だ。そう言うとバーヴァン・シーは私の邪魔をせぬよう遠慮しつつキッチンへと入ってきて、冷蔵庫を漁り始める。その所作は美しさもさることながら、小動物のような愛らしさも兼ね備えている。まったく、可愛いが過ぎます。
が、バーヴァン・シーがパンを2枚トースターへ入れた頃から様子がおかしくなる。ソワソワと落ち着きがなく、視線をトースターではなくリビングの方へ頻繁に向けている。ああ、なるほど、彼女の朝の日課、占いが始まる頃合いでしたか。
「バーヴァン・シー、あとは私が見ておきます。もう占いが始まりますよ」
「え、でも、まだパン焼けてない…」
これは自分から手伝うと言った手前、引くに引けなくなっていますね。オロオロとしている様子は、本当に愛らしい。別に私のことなど気にする必要もないというのに……さて、どうしたものか。
『ッ…!! バッバ、バーヴァン・シーィ!!』
遠くから聞こえた咆哮に、体がビクッと跳ね上がってしまった。"また"か。毎朝毎朝、よく飽きもせず同じやり取りを繰り返せるものだ。このパターンだと、バーヴァン・シーが"あの娘"のアラームに悪戯した、だろうか。
ドタドタと淑女らしくない足音は、転げるように階段を駆け降りてくる音だろう。その勢いのままリビングへ飛び込んできたのは、我が"愛娘の片割れ"。
「バーヴァン・シー、貴女また私のアラーム切りやがりましたね!!
ご丁寧に電源まで切るとか、嫌がらせにも程があるぞォ!?」
まだ整えてないせいで若干ハネた長髪を振り乱し吠えるキャストリア、その怒りの矛先は私の傍らに立つバーヴァン・シー。姉妹喧嘩するなとは言わないが、早朝から喧しいことだ。
「はぁ? 五月蝿かったから止めただけよ。
それよりアンタ、パンに苺ジャム付ける派だっけ?」
「あ、マーガリンも忘れずに……って話を逸らすなァ!!」
ほぼ毎朝、同じようなやり取りでじゃれ合うのは微笑ましい。同居を始めたばかりの重苦しい無言の早朝よりは、こんな姦しい朝の方がマシというものだ。
「バーヴァン・シー、あとは私がやります。貴女はキャストリアの髪を整えてあげなさい」
「はい、お母様。ほらキャストリア、さっさとこっち来なさいよ。占い見るついでに、そのクソダサ寝癖せめて見れる程度にはしてあげる。あ、顔は諦めなさい」
「ケンカ売ってますね。即売会かな? 買うぞ? いちいち一言余計なんですよ、貴女は」
キャストリアは文句を言いながらもソファーへと身を投げ出し、黄金に煌めく長髪を背もたれ側へ流す。と、バーヴァン・シーは学園指定鞄の中からスチームアイロンを取り出していた……バーヴァン・シー、貴女の鞄の中はどうなっているのだ?
と、いけない、あまり悠長にしている場合ではない。トースターから飛び出したパンを2枚、冷蔵庫からマーガリンとジャムをトレイに載せ弁当作りを再開した。
肉より魚と野菜多めの弁当はバーヴァン・シーの分、肉たっぷりと申し訳程度の野菜を入れた弁当はキャストリアに、あとの残り物で組み上げたのが私の分。
「ホンッット頑固よねアンタの髪、性格と一緒」
「貴女ほど歪んでないからいいんですぅー」
「どういう状態よ、髪が歪むって。頭わっる。ほら、結うからとっととリボン寄越しなさいよ」
最後に自分の分のパンをトースターに入れ、残りのやるべきことを整理する。洗濯物は昨夜のうちに纏めたからクリーニング屋に持っていける状態だ、忘れないように持って出ねばな。あとは、そうだな、冷蔵庫の中身も見ておこう。
…………ふむ、少ないのは卵と牛乳と、あとは……
「アッハハハハハハ、キャストリア今日の占い、ほぼドベじゃなーい。しかもラッキーアイテムが分度器って超ウケるんだけど!!」
「アンタも下から数えた方が早いでしょーが、しかも『足元を掬われるでしょう』だって。調子に乗んなって占いにクギ刺されてんじゃないですか!!」
よし、こんなものだな。
じゃれ合う愛娘二人の会話を聞き流しながら、紅茶を淹れて全工程終了。ちょうど私のパンも焼けたところだ、とりあえず出勤まで一段落。あとは共に朝食を、と言いたいところだがバーヴァン・シーとキャストリアは占いに夢中のようだ。
一足先に先に紅茶を頂くとしよう、テーブルへ着くとティーカップを持ち上げ紅茶を一口。ほのかな香りと喉を流れる温かな茶は、就寝時の渇きを潤してくれる。
「あ、やったー、お母様今日イチ!! さすがお母様!!」
「お母さん今日の運勢1位ですって!!」
む、私の運勢まで見ていたのか。普段なら良くも悪くも私は気にしないが、こうも手放しで娘達に喜ばれるのは気恥ずかしい。優しい娘達ですね、本当に。
「それは重畳です。さぁ二人とも此方へ、ちょうど準備が済んだところです。食べなさい」
「はーい。お腹すいたー」
「いい匂い。お母様の淹れてくれた紅茶ほんと大好き」
仲良くテーブルに着き朝食に手を伸ばす二人を眺めながら、紅茶を一口。
ええ、きっと、今日"も"良い一日となるでしょう。