ジャックは、美しい金髪を揺らしながら歩いていた。
肩を怒らせている。
履いている軍用ブーツは、土で汚れていた。
ジャックの顔に、鬼相が表れている。
修羅の顔であった。
簡単な任務であった。
女エルフを捕縛するという、アマチュアでも出来るようなものだった。
自分たちは、その道のプロだ。
10代の頃から、暴力の世界に入った。
昨日仲良くなった奴が、次の日には死体になっているような厳しい世界で、15年以上生き残ってきた。
実力も認められ、街でも多少の融通が利くようになった。
そんじょそこらの奴には負けない。
そういう自負があった。
だからこそ、今回の敗北が屈辱的であった。
エルフだけなら、確実に捕らえることが出来た。
しかし、邪魔が入った。
その邪魔者は、とんでもない凄腕だった。
敗因は、自分が自信家になりすぎたことだ。
邪魔した男に、バカみたいに突っ込んでいってしまった。
そして、一撃で気絶させられた。
あの時、もっと冷静に相手の出方を見るべきであった。
そうすれば、あんな簡単にやられなかった。
いや、こんなのは、ただの言い訳だ。
見苦しいことこの上ない。
敗北した事実は変わらない。
だが、怒りがおさまらない。
アイラが死んだ。
あの男に斬り殺されたのだ。
いい姉であった。
戦士としての誇りを持っていたアイラにとって、ああいった死に方は本望だったであろう。
だが、許せないのだ。
いつもなら、仕事が終わったら、B級映画を観て、レストランで食事をしているところであった。
いつ死ぬのか分からないような生活をおくる自分にとって、些細な幸せであった。
兄のリオンは、ギルドの上の連中に呼び出された。
さすがに殺されるなどと云うことはないだろうが、心配であった。
ジャックは、とにかく怒りをぶつけたかった。
無論、相手はあの2人だ。
しかし、どこにいるのか分からないのでは、ぶつけることはできない。
だから、代わりになるようなものを探していた。
もし、道端で喧嘩している奴らがいたら、そいつらを代わりにボコボコにする。
そうすれば、多少はスッキリするだろう。
今の時間帯は、どこも昼休みだ。
昼食をとるために、街に人が溢れている。
ジャックたちと同業の連中もたくさんいる。
彼らの気性の激しさを考えれば、喧嘩のひとつやふたつは、十分起こりうるものであった。
ジャックは期待しながら歩く。
すると、前から来た四人組のひとりと肩がぶつかった。
「おい、兄ちゃん。ぶつかっといて詫びの言葉もないのか」
やったぜ、と心でガッツポーズをした。
「ふん」
「こいつ!」
「笑いやがったぞ」
ジャックは、4人組をじっと見つめる。
坊主頭の中年男に、銀髪の大男、黒縁メガネをかけた細身の男、肥満体の男。
年齢や外見はまったく違うが、服装だけは黒のスーツで統一されていた。
武器らしいものは見当たらない。
おそらく、懐に刃物か拳銃を呑んでいるのだろう。
4人全員が、常人ではあり得ぬような鬼気を漂わせている。
多少腕に覚えのあるという程度の人間なら、ひとりやふたりは簡単に始末してのけそうである。
4人は、懐から武器を引き抜いた。
匕首、ナイフ、飛苦無、スイッチひとつでスタンロッドにも短筒にもなるバトン型の武器。
ジャックは、ぎらりと鈍い光を放つ山刀を、鞘から引き抜いた。
「じゃっ」
鋭い呼気を放って、4人に襲いかかった。
バトン型の武器を持っている銀髪の大男の太い首を、山刀で、ぶっつりと断ち切った。
続けて、飛苦無を持っている中年男に斬りかかった。中年男は、実力を発揮する暇もなく、頭から顎にかけて断ち割られた。
残るふたりも簡単に処分された。
匕首を握っている黒縁メガネの男の腹を切り裂くと、流れるように、ナイフを持っている肥満漢の右手を切り落とした。
ジャックの攻撃は、まだまだ続いた。
前蹴りで、肥満漢を仰向けに倒すと、その顔面を踏み抜いた。
前歯がへし折れた。
ジャックは何度も踵を踏みおろした。
肥満漢の前歯が全て折れ、鼻も潰れていた。
男の顔は変形し、親が見ても自分の息子と判断できないくらい、血まみれのずくずくになっていた。
ジャックが天に向かって吼えた。
たまらない雄叫びであった。
リオンが飛行車でアジトに戻ってきた。
コンクリートで造られた家だ。
5年前、廃墟であったこの家をそのまま使っている。
もとの持ち主は、15年前に暗殺教団によって殺されたらしい。
それから、この家は、夜になると死んだ家主の恨めし声が聴こえてくると噂され、幽霊屋敷として誰も近づくものはいなかった。
リオンたちは、そんな場所にいつの間にか住み着いていた。
兄妹3人が暮らすのに、充分な広さをした場所である。
日々、危険と隣り合わせに生きている兄妹にとって、幽霊というものは、恐怖対象にすらなっていなかった。
そもそも幽霊を信じていない兄妹にとって、ここはただの住みやすい家でしかない。
リオンは、ドアを押し開け、アジトの中へ入っていった。
リビングに、ジャックがいた。
食事をしている。
アルミ製の軍用メスキットに入っている白米をかきこんでいる。
長方形のガラステーブルには、食べ終えたツナと犬の丸煮の缶詰が置かれている。
食べ終わったジャックは、フォークを突っ込んだメスキットをテーブルに置き、水筒に入っているオレンジジュースを飲み干した。
「おかえり、兄貴」
「ただいま、弟よ」
リオンは、ジャックの向かい側に座った。
「我らはしばらく待機だ」
「なに!?」
「上の決定だ。我ら以外の戦闘員を送り込むそうだ」
「もう、奴らを仕留めるチャンスはないのか」
「いずれ仕事は回ってくる。現在、ギルドの調査団が、情報屋と連携して調べている。何か分かれば、すぐに知らされる」
「それは他の連中もだろ」
「そうだ」
「で、どうするんだい」
「どうするとは?」
「このまま指を咥えて見てるのは、どうしても我慢ならねえ。オレたちも動こう」
「命令違反は処刑だぞ」
「ビビってるのか」
「それはない。だが、やるなら万全な準備が必要だ。もう少し様子を見よう」
「けっ、分かったよ。だが、チャンスが来たら、どうなろうとゆくぜ」
「好きにしろ」