憧れのVtuberは未来の自分だったようで ~技術派Vtuberは未知の体験を生み出したい~ 作:Atlantis
「こんにちは。……あなただけのメアリ―だよっ!」
動画サイトを利用して、俺はいつでもメアリーと交流することが出来るようになった。彼女は毎回同じ言葉で違う雰囲気の挨拶をして俺を迎えてくれる。
「私の見込んだ通りキミは覚えが速いね。3Dモデルである夜風リンを自在に動かして、それを動画にする知識をたった一週間で身に着けるなんて。私はこの頃から機械に強かったようだね♪」
メアリーは、自画自賛するかのように俺をほめてきた。……仮に彼女が未来からやって来たとして、本当にメアリーは未来の俺なのだろうか。証明するものがないので、実は半信半疑だったりする。
「それじゃ、早速動画投稿しちゃおうか。」
えっ、もう動画投稿しちゃうの? まだメアリーから送られてきたVtuber用のソフトの使い方をマスターしたばかりだっていうのに。歌も、トークも、ダンスも、まだ全然磨いていないんだけれど。
「ん~、私は先輩の自分に憧れて、彼のオリジナルダンスを練習してきた記憶があるんだけれど。キミは私のオリジナルダンスを練習してないの? こんな時の為に、著作権はフリーにしておいたのに」
……先輩の自分ってなんだよ。とんでもないパワーワードだな、おい。
でも、彼女の言っていることは間違っていない。本当は体を動かすことがあまり好きではない俺だったけれど、メアリーのダンスだけは必死になって練習してた。……しかし。
「踊りの出来を心配しているの? それなら大丈夫だよ。私の送った3Dモデルを動かすソフトの性能は、この時代の物よりも遥かに高いからね。この時代のソフトを使ったプロダンサーの踊りより、この高性能のソフトを使ったキミの踊りの方が滑らかで魅力的になるはずだよ」
……俺の踊りが、プロダンサーよりも魅力的になるのか。技術ってのは恐ろしいな。
「声に関しても問題ないよ。私が送ったプレゼントの中に、ボイスチェンジャーが入っていたでしょ? それを使えば七色の声を出せるようになるよ。子供から、お年寄りまで。老若男女問わずになり切ることが出来るんだ」
……やっぱり、技術が発達しすぎじゃないか?
「よ~し。まずは手始めに、生放送だ。夜風ちゃん、行くよっ!」
「お、おお……」
「そうじゃないよ! 夜風ちゃんになって、返事をしてね♪」
「は、はぁい! 頑張りますっ」
そうだ、もうこの地点で自分は演者なんだ。みんなを喜ばせるための踊りを踊らなくちゃダメ。緊張しすぎてもダメ。最高のパフォーマンスで観客に満足してもらわなくちゃっ!
準備はもう完了した。後はこのボタンを押せば動画が始まる。すぅっ、はぁっ! 良しっ、今がチャンス。今が一番落ち着いている。このタイミングを逃しちゃダメ。えいっ!
30人が視聴中です 0分前にライブ配信開始
えっ? もうコメントがついている? しかも、ろくに宣伝もしていないのに結構見てくれている人がいる。……ダメ、緊張しちゃダメ。平常心をもって配信しなければ。
「皆さん初めまして、夜風リンです。こういった活動するのは初めてなのでドキドキするのですが、緊張を隠して、落ち着いた配信をするように心掛けたいと思います」
67人が視聴中です 1分前にライブ配信開始
ええっ、凄い勢いでコメントが流れていく……
動きが固いことを指摘してくれる人がいる。……自分の動きに応じて、流れるコメントが変わるのか。怖いけれど、ちょっと楽しそう。
……表情の変化にも、気づいてもらえるんだ。ちょっと面白いかも。……あっ、そうだ。何かしゃべらないと。
「表情についてのご指摘、ありがとうございましゅ……ありがとうございます。少しづつ成長して、立派な夜風リンを皆様に届けたいと思っています」
可愛い ありがとう。
187人が視聴中です 3分前にライブ配信開始
ああ、噛んだこともネタにされてしまった。これが生放送というやつか。これは、うかつなことを喋れないな。でも、このままだとまた変なことをやらかしてしまいそうだし、早くダンスを披露してしまおう。
「さて皆さん、あいさつも済んだことですし、早速ダンスを始めようと思います」
442人が視聴中です 4分前にライブ配信開始
うう、何をしても突っ込まれるのか。ツッコミを受けないで生放送をしている人たちって実はすごい人だったんだな。……でも、今の自分は夜風リン。ダンスをしっかりと成功させなくては。
「今から私が躍る曲は、大好きなメアリー先輩のダンスです。彼女みたいに踊れるように、一生懸命頑張りました。……それじゃ、まずは白いだけの背景を変更しますね。パチン!」
1354人が視聴中です 6分前にライブ配信開始
メアリーのように力強く、メアリーのように笑顔を絶やさないように、指先まで意識したダンスを踊る。いつもと違い、大勢の人たちにさらされてしまうダンス。画面を見れば、青髪の少女が色鮮やかな衣装を揺らしながら、リアルなライブ会場のような場所で躍っている。大勢の人が見ていることを証明するたくさんのコメントと共に。
もしかして、ここが自分の居場所なのではないか。そう感じるほどに生き生きとして、夜風リンとしてのダンスを踊っている。
……こうして、この物語の冒頭につながるのであった。
「はぁっ、はぁ。最近運動していないので、ずいぶんと体にきますね。これで私のダンスは終わります。最後に軽い挨拶をして、この動画を終えたいと思います。せっかくだから、背景はこのままにしておきますね」
「皆さん、今日は本当にありがとうっ! みんなと一緒の配信はすごく楽しかった。今後も、この楽しさをみんなと共有していきたいと思いますっ!」
94251人が視聴中です 10分前にライブ配信開始
「キミは見たかね? あのVtuber」
立派なスーツに身を包んだオジサンが、目の前の少女に話しかける。彼らは豪華な部屋の中で、向かい合っているのだ。
「はい。夜風リンさんの動画ですね。彼女の動画には、凄い技術が使われていました」
「ああ、あそこまでの技術はまだ発達していないはずなのだが、何故か彼女はあの技術を所有している」
どうやら、彼らは夜風リンについて話しているようだ。
「……君に頼みがある。夜風リンと接触して、情報を集めてほしい」
「はっ、分かりました。それでは失礼します」
命令を受けた少女は部屋を退出し、部屋の中にはスーツを着たおじさんが一人だけ残された。
「やはり、この国は悪い方向へと向かっているようだ。そして、その未来を変えるために、何者かが未来から干渉してきたといったところか」
誰もいないことをいいことに、おじさんは部屋の中で独り言を呟く。
「夜風リン、彼女は一体何者なんだ? メアリーさんに並ぶクオリティーの3Dモデルと声。突然現れたにしては、どこかおかしい。私の求めるものが、彼女の中にあるのか?
おじさんと別れた少女は、帰り道に一人でつぶやいている。……彼女の目的は、一体何なのだろうか?