穴に放り出された俺はなんとか空中で体制を変えて包丁が刺さった足を庇うように落下した。体全体でグチャッという嫌な肉の感触と飛び散った血を全身で浴びてとても不快だ。でもこれのお陰でまた助かったみたいだ。
体を起こして辺りを見回すと見覚えのある場所だと思ったら、どうやら第2処理場まで落ちてきたらしい。なるほど、死体をあそこからここに運んで投げてたのか。だとしたらすぐに動かないと不味い。奴だって何処に落ちたかなんて分かりきってるだろうし、このままだと行き止まりで捕まる。
「っ…!先ずは怪我をどうにかしないと…」
身動ぎするとふくらはぎに刺さった包丁がジクジクと鋭い痛みを与えてくる。抜くとまずそうだが、このままだと動くのもままならない。エンリさんと別れたままだし、早く合流しないといけない。とりあえず応急処置の為にコートを鉈で割いて即席の布代わりにし、包丁が抜けないように固定しないと。衛生管理に全力で喧嘩を売る環境で怪我なんて絶望的だが、死ぬまでは諦められない。
「いっ……!結構痛てぇな…!ちくしょう!」
自分でこんな手当するのは初めてなので上手くいかず、余計に痛みが増す。正解なんて分からないがとにかくやるしかない。
そう意気込んで再び固定しようと手を伸ばした瞬間、第2処理場の扉が開き人が入ってくる!
まさかもう来たのか!?くそっ!流石に早すぎる!
咄嗟に鉈を手に取ってせめてもの抵抗とばかりに相手に向けると、目の前に血濡れの少女──エンリさんだった。
エンリさんは荒く息を吐いており、ここまで走ってきたことが分かる。彼女は俺の顔を見ると安心したような表情を見せたが、俺の足の怪我を見て一瞬でしかめっ面になった。
すぐさまこちらに駆け寄ってきたエンリさんは包丁の刺さっているところと傷の状態を確認すると、俺が包丁を固定しようとしていたことを察し俺から布を取ると慣れた手つきで応急処置を始めてくれた。
「……」
「ありがとうエンリさん。マジで助かった…抜いちゃダメって事は知ってたけど応急処置の仕方は分かんなくてさ…」
「……」
「そっちこそ無事で良かった。エンリさんはここに来る途中で殺人鬼に会った?」
「……(ふるふる)」
「…そっか。おかしいな…建物に詳しい奴のことだから俺が第2処理場に落ちたことくらい分かってるはずなのに…」
「とにかく今は早くここを離れよう。ここだと逃げようにも逃げられないし」
エンリさんにそう提案すると、心配そうに怪我した俺の足を見る。エンリさんの心配はもっともだけど、動けない程じゃない。めちゃくちゃ痛いけど我慢すればいける。ただ、この足だから今までみたいに全速力で走ったりは出来ない。
エンリさんには悪いけど……いざという時の覚悟は決めておいて損はないだろう。
またいつ出会うかも分からない恐怖と共に俺たちはもう一度上を目指して進み出した。
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───
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「そういえば、逃げる途中で鍵をくすねてきたんだ。これで今まで行けなかったところに行けるかもしれない。また鍵部屋を巡ってみよう」
「……」
殺人鬼と鬼ごっこしてた時にくすねた鍵は2つの部屋のうち”吊るし保管室”の方だったようで、部屋に入るとシャッターを開ける機械のスイッチと扉がひとつ。おそらくあの扉が吊るし保管室なのだろう。今は保管室に用はないのでスイッチだけつけて、機械に緑の鍵を2つ差し込んでシャッターを開けた。
…この道中警戒しながら進んでいたのは確かだが、それにしても奴と遭遇しないままシャッターを開けられたのが不気味でしょうがない。
「……?」
「はは…正直に言えばめちゃくちゃ痛いけど泣き言は言ってらんないし、今後はエンリさんに頼ることが多くなるかも。悪いけどその時はお願いするよ」
「……(こくり)」
「ありがとう。助かる」
先程からエンリさんがちらちらと俺の様子を気にしているが、我慢してるうちは動けるし最悪いざという時の飛び道具が手に入ったと前向きに考えることにしている。
シャッターを抜けた先の部屋は処理場に劣らない程血塗れであり、死体の山が壁の如く立っている。まるでちょっとした迷路だ。それでも向こう側が見えない程の高さじゃないからすぐに部屋から出られそうだ。
壁伝いに歩きだすと、ふと後ろから足音が聞こえる。
間違いない。殺人鬼のものだ。
「エンリさん、殺人鬼が来てる。すぐにここを抜けよう」
「……」
壁の影を利用して殺人鬼の視界に入らないようにすると、部屋に入ってきた殺人鬼がゆっくり見回すように顔を動かす。奴の手に新しい包丁が握られているのを見るに、姿が見えなかったのは得物を調達していたからみたいだ。
視界から外れるように二人で影に隠れているとどうやら上手く隠れられているらしく、見つかった様子はない。
途中まで見つからずに移動出来ていたが、一部壁のない場所があり隠れて進むのは無理だ。
エンリさんに視線で合図を送ると、同時に駆け出す。急激な動きに足からの痛みが強くなり前よりも速度は出ないが逃げられない程ではない。
そのまま部屋を抜けていくと目前に赤い線が張られているのが見えた。
「ここにもあるのか!コートは破っちまったし何か…」
周りを見るとベルトコンベアの傍に死体がひとつ。バラバラにされた四肢が目に入る。
少し罪悪感に駆られるが、生き残る為に使わせてもらうことにした。
「ごめん!今は使わせてくれ!」
切り捨てられた腕を1本、赤い線に投げつけると再びピッという機械音がなり奥の方で鉄の塊が落ちる。どうやらダミーのようだ。
焦ってる時にやっかいなものを置いてくれてる…!!
「……!」
「わかってる!行こう!」
エンリさんから後ろから迫ってきてることを伝えられ、すぐさま走り出す。まだ少しだけ距離はあるが、多分これは遊ばれている。じわじわと恐怖と絶望を与えるように追い詰められている。
きっとこれは勘違いじゃない。その証拠に最初の鬼ごっこの時と比べて奴の速度が出ていない。こちらが力尽きるのを待つかのようなイヤらしさだ。
一本道を駆け抜けると目の前に大きなシャッターがあり、パッと隠れられそうな場所を探す。するとエンリさんが何かを見つけるとそこへ駆け出していき、見れば側溝のような蓋を外していた。
「……」
「ナイスだエンリさん!」
二人で側溝に飛び込み、エンリさんを背に乗せて蓋を閉めてもらう。しばらく上でドスドスと重い足音が聞こえていたが、やがて足音が遠のいていく。なんとか撒けたみたいだ。
「……撒けたみたいだな。ぐっ……」
「……」
「ごめん…ちょっと無理したみたいだ。足に力が入らなくて…少し休憩させてもらっていいかな」
「……(こくこく)」
壁に背を預けて姿勢を楽にすると、無視していた痛みが猛烈に主張を始める。激しい痛みについ顔が引き攣るが、なるべくエンリさんに見せないよう表情を引き締めた。
深呼吸を繰り返して落ち着かせているとエンリさんが鉄の板で塞がれた道を指さして、次に持っていた斧を指さした。エンリさんの話的に鉄の板を壊して奥を見てくるということらしい。
「……」
「……まぁ確かに斧なら壊せそう、かも?……いけるのか?」
「……」
「お……おぉ……」
エンリさんが斧を振り上げると、綺麗なフォームで斧を振り下ろし鉄の板がメキャッ!という音をあげてひしゃげた。そのままエンリさんは斧を数回振り下ろすと見事に鉄の板を壊すことに成功した。その代償にエンリさんの斧も折れて使い物にならなくなってしまったが。
「……」
「わかった。俺はここで待ってるよ。何がいるか分からないから、エンリさんも気をつけて」
「……(こくり)」
探索しに行くエンリさんの後ろ姿を見送り、姿が見えなくなったのを確認してから苦悶の声を上げる。
痛てぇな……早く治療しないとやばいぞ…
1人静かに脂汗を流しながら、エンリさんが戻ってくるまで少しの間目をつぶって休憩することにした。
武闘派エンリちゃんに斧が耐えきれなかった