私はいつも1人だった。
昔から人と話すのが無性に恥ずかしくて、何度か頑張って話しかけようとしたけど…相手を前に声を出そうとすると緊張してしまい結局話しかけることはできなかった。
だからクラスにも馴染めず、友達も出来ないままいつも1人静かに過ごすのが私の日常だった。
このままではいけないと思い、改善も試みたけれどやっぱり恥ずかしさは消えなくて……声を出せないまま私は王都十王学園に入学した。
ここでも私はまたひとりぼっち。初めはクラスメイトの皆も話そうとしてくれたけど、私の感情表現が薄いことと声を出さないことで距離を置かれるようになった。一人で教室の中で本を読み、勉強をするだけの日々。
その頃に私に声を掛けてきたのは大貴族ホワイト家の娘、エマさんだった。
エマさんは私に一方的に話しかけてくるけど、その全ては自分の都合の良い方に動かしていく。仕事を押し付けられたり、こき使われたり、影で悪口を言われたり。
私の家も貴族ではあるものの、相手は私の家よりも位の高い貴族だ。下手に逆らえば家族に何かあるかもしれない。そう思うと私はただエマさんの言うことに従うだけになっていた。
こうして無為に過ごしていたある日。私にとって世界が変わる出来事があった。
ある日。エマさんにまた荷物を押し付けられた私は仕方なくペリア先生の所へ運ぼうとすると、私に声を掛けてくれた男の子がいた。琥珀色の瞳が綺麗な男の子、セドリックくんだった。今思えば私の様子を見かねて声を掛けてくれたのかもしれない。
「エンリさん、それ重いだろ?俺が持つよ」
「……?」
「ん?どうしてって顔か?そりゃ女の子が持ってくような重さの物じゃないだろ。俺ならそれくらい余裕だしな」
「……」
「あぁ、まぁエマさんに目をつけられるのはちょっと面倒くさそうだけど。でもエンリさんも困ってたろ?人間誰しも助け合いが大切って教え込まれてきたからな!」
「……(ふるふる)」
「はいはい、いいからいいから!よっと!」
人懐っこそうな笑顔で私の持っていた荷物を軽々と持ち上げてしまった彼は荷物の重さを確認すると、自分が運ぶから私は帰っても良いと言ってくれた。正直こうやって助けてもらったのは初めてだったし、私がまたエマさんに目をつけられないように帰そうとしてくれてるのもわかる。なんだかもどかしい気持ちになっていた。
こうやって声を掛けてくれて、助けてくれて、笑いかけてくれる
人がいるなんて思ってもみなかった。
でもやっぱり1人に荷物を押し付けるのは違う。そう思って半分程持ち、一緒について行くことにした。
職員室に向かうまでの道程は驚く程に楽しかった。
セドリックくんは私が声を出さなくても私の言葉を、気持ちを理解してくれようとしている。無理に会話しようというわけでもなく、私に楽しそうに話しかけてきてくれる彼に暖かい気持ちになれた。
今までこんな楽しいことはなかった。もっといろんなお話を聞きたい。楽しそうな顔を見せてほしい。これっきりなのは凄く寂しい……
「…なぁ、エンリさん」
「……?」
「もし良ければ、俺と友達になってくれない?残念ながら他の貴族様は庶民に少し厳しくてさ。友達作ろうにも向こうから拒否されるんだよ……話を聞いてくれるのなんてオリバーくらいさ……」
「……??」
「もちろん。エンリさんが嫌じゃなければ」
「……(こくり)」
「ほんとに?やったぜ!これでまた一人友達ゲット!じゃあこれから宜しくな、エンリさん!」
「……(こくこく)」
だから彼から友達になろうと言ってくれた時は本当に嬉しかった。便利な駒使いとかじゃなくて、初めて私自身を友達として求めてくれたこと。そんなありきたりな筈の事が私にとってどれだけ救われたか。
彼と今後も一緒にいられる。遊びに誘ってもくれた。彼のことをもっと知りたい。私のことも知ってほしい。
そうして、セドリックくんと一緒に過ごす時間が増えていった。彼のご両親にも暖かく迎えられ、妹さんと仲良く買い物して、セドリックくんから昔の面白い話を聞いて……そんな日々を過ごしていき、少しずつ思い出が重なっていく。それがとても嬉しくて、暖かくて……
だからこそ私自身の声で、言葉で…彼と言葉を交わしたい。
そう思うようになった。
その日から、白黒だった私の世界はキャンパスに色が注がれていくように色鮮やかになっていった。
──────
────
──
「……?」
体が揺れる感覚で意識を取り戻す。地に足はついてなくて、体は自由が効かない。下を見ればロープで縛られた自分の体が、上を見れば天井にロープが掛けられているのが見えた。
……最悪なことに私だけ生き残ってしまった。生きたまま捕まってしまった。
目の前でどさりと捨てられた、ピクリとも動かないセドリックくんの姿を思い出し無性に死にたくなった。
どうして私が生きてるの?どうして私も殺してくれないの?
……私は一人で生き残りたくなんてなかった。
ここに大人しく吊るされていれば殺してくれるだろうか。それともいたぶられて、弄ばれながら苦しんで死んでいくのかな。
ここに来てから見てきた沢山の死体のように……
力なく揺られながら最期の時を待つ。他のロープも揺れているのかギシギシと天井から音が聞こえる。周囲には袋に詰められた人だったものがいくつも吊り下げられている。何となくそのまま視点を周囲に向けていると、隣から大きくギシッという軋む音が聞こえた。
反射的に音の方へ顔を向けると、それを認識した瞬間私の体が強ばった。
「……っ!」
それは痛ましい程に痛めつけられたセドリックくんの姿だった。
彼の体が私と同じように吊るされて揺れている。怪我を負ったふくらはぎから血が流れ伝っている。
セドリックくんの姿を見てから、私はロープに縛られたまま激しくもがいた。
分かってる。あんな後じゃセドリックくんが生きてるなんて殆どありえない。それでも……もしかしたら私のように……!
必死に体を揺らし藻掻くとギシギシと音を立てて擦れていたロープが切れ、床に落ちる。その衝撃で拘束が緩みロープから解放されると一目散に彼の所へ駆け寄った。
「……っ」
少し高い位置で吊るされているセドリックくんを下ろしてあげたいけど、この位置からロープを解くのは無理だ。なにかロープが切れるものを……
鉈は……あの時に弾き飛ばされてしまった。じゃあ揺らしてロープを摩擦で切る?でもその間に殺人鬼が来たら詰みだ。
なにか方法は……
「…ぇ……んり……さ……」
「……!」
セドリックくんのか細い声が確かに聞こえる。生きてる……まだ生きてくれている!早く助けないと!
セドリックくんはおぼろげな瞳で私を見やると、片足を私に差し出そうとした。
その足には…包丁が刺さったまま。
まさかと思いセドリックくんに顔を向ければ、彼は頷いてみせた。
「……抜いて……使って、くれ……」
「……!?」
「…大丈夫……へいきだから……」
彼は私を安心させるように笑いかけてくる。絶対痛いのに、苦しいのに…私に罪悪感を背負わせないように笑ってくれているのが分かってしまう。
……覚悟を決めて包丁を手に取る。彼に視線を向ければ、力強く頷いた。それを合図に出来るだけ傷口を抉らないように慎重に引き抜く。
「んっ……ぐっ……」
「……っ」
痛ましい声が耳に入り込み、手を止めそうになるのを抑えて包丁を引き抜いていく。そうして刃の部分を全て引き抜いて素早くロープを切れば、ドサッと彼の体が床に落ちた。
そのまま自分の服の出来るだけ綺麗な場所を一部破って傷口を塞ぎ、ロープで強く縛る。これでもただの気休めにしかならない。
彼の痛みを和らげてあげられない歯がゆさに涙が滲む。
彼はありがとう、と言葉を添えてそっと目尻の涙を拭ってくれた。
「少し楽になったよ…はは、むしろ異物感が消えて清々しいくらいだ」
「さて…本題だけど、助けてもらったおいてあれだけど今の俺はこんなだからさ。俺を置いてエンリさんだけ逃げるってのはナシ?」
「……(ふるふる)」
「だよなぁ……あぁっ!わかった!わかったから泣かないでくれ!」
「……」
もうあんな思いをするくらいなら一緒に死んだ方がマシだ。
首を横に振って猛抗議すると、彼は観念したように両手が上げて降伏のポーズをした。
「じゃあもうこの際だから言っちゃうけど……足、めちゃくちゃ痛くてさ。しばらく肩貸してくれない?」
「……(こくこく)」
申し訳なさそうにお願いしてくるセドリックくんにもちろん快諾して、彼を支えるように持ち上げて立たせてあげる。
少しだけ顔を引き攣らせたけど、歩ける事を確認して顔を合わせた。
「よし……次はもうない。なんとしても二人で生きて帰ろう」
「……(こくり)」
彼の言葉に強く頷く。
ここまでずっとセドリックくんに守られてばかりだった。
だから今度は私がセドリックくんを守る。
強い意志を固めて、私たち二人で部屋の外へ歩き出した。