先に進む道程は驚く程に短くて、少し歩けばまた見覚えのあるレバーと扉が出迎えてくれた。なんて言ったっけか……確か……昇降機?そんな感じの名前だったはず。授業でちょこっとだけそんな言葉を聞いたことがある。
今更そんな事を思い出せるくらいには精神的余裕も出てきたらしい。さて、そんな事比較的どうでもよさそうな事よりも目の前のことに集中しよう。
「……なぁエンリさん。これ、どうする?」
「……」
俺たちの前にはさっきも見た昇降機。しかしその途中で白い繭によって塞がれた細い道もあったのだ。恐る恐る包丁で繭をつついてみれば返ってくるのは硬い感触。まるで鉄でもつついてるような硬さに包丁程度ではどうしようもない。鉈でも多分無理そうだ。となると、可能性があるのはエンリさんが持ってる斧なんだけど。
「……こんな硬い繭作れる生き物なんて絶対ろくなものじゃないよな」
「……(こくり)」
そこなのだ。この狂った施設の中でありえないほど硬い繭を作る生き物なんて絶対ろくな生き物じゃない。それこそ第1処理場で見た巨大ミミズ並の魔獣がいると考えられる。
一番安牌そうなのはそこの昇降機を使う事だけど、毎回危険な場所に重要なものがあったり必要なものがあったりとこの道中で経験したこともあるので、ここも何かしらありそうなのが困る。
昇降機を使うか。危険を承知で寄り道をするか。
そこでふと、とある事が気になった。
「…なぁエンリさん。確認なんだけど、俺たちが初めてこの施設の中に入った時。殺人鬼は俺たちを追いかけるように後ろから来た…これは間違いないよな」
「……(こくり)」
「じゃあ…俺たちがこの施設に来るまでの道程って一本道だったのも間違いない?」
「……(こくこく)」
そうだよな。俺の記憶違いなんかじゃない。俺たち5人は間違いなくこの施設まで一本道を歩いていた。
ならあの巨体に気付かないまま後ろに回られるなんてことがあるか?5人もいて誰も気付かないことが?
無いとは言えないが、それでも高確率で気付くはずだ。
では道中で出会わなかったとして、後ろから襲われたのは何故か。
一番可能性が高いのは……施設の外。
「……おそらく、俺たちが行こうとしてる脱出口とは別に……奴だけが把握してる出入口がある」
「……!」
「最悪な場合、先回りされていることもありえる。それを踏まえてどちらに行くかを決めないといけない」
このまま昇降機に乗って振り切れるならヨシ。万が一先回りされていた場合はほぼ詰み。かといって繭を壊して通った先に出口があるとは言えないし繭を作った何かしらの生き物がいるのは確実。もし第3の出口があるなら生存の可能性は高いはず。
そんなに迷う時間は無い。素早く決めないといけない……登るか、進むか。
「……」
エンリさんはしばらく目を閉じて思考すると、自分の中で決断が出たようで斧を振りかざして繭を破壊した。金属同士がぶつかり合う音が聞こえ、繭と斧の両方が壊れてしまった。
エンリさんがこちらに行きたいというのなら、俺もそれに賭けてみよう。
「おっけー。もうここからは俺たちの運の良さを信じるしかないな。いざと言う時は一蓮托生ってことで」
「……(こくり)」
俺は包丁を、エンリさんは鉈を握りしめて開けられた道を進む。
少し進めば、至る所に蜘蛛の巣が張られており先程の繭もチラホラと見受けられる。なるほどここにいるのは蜘蛛型の魔獣らしい。しかし巣の大きさからして人間並みにデカイって訳ではなさそうだ。
巣を避けるように奥へと歩く度に、周囲からカサコソと何かが這い回る音が聞こえてくる。十中八九ここに巣を作っている蜘蛛の魔獣だろう。今はまだこちらの様子を伺っているのか襲ってくる素振りは見えない。
警戒だけは怠らずエンリさんが先頭を切って進む。すると広い場所にたどり着いたが、辺り一面は蜘蛛の巣と繭だらけだ。
今までの無機質な雰囲気から巣の中にいると感じられる程の空間に緊張感が高まる。
向こう側に見える扉に向かって残された道を歩いていくと、急に這い回る音がこちらに近付いてくる。
上を見上げれば通気口から数匹の蜘蛛がぽとりと俺たちの道を塞ぐように飛び降りてきた。
「まんま蜘蛛だな…普通の蜘蛛に比べれば明らかに大きいけど」
「……」
「まぁ……襲ってきそうだな。これくらいなら来るやつだけどうにかして、後はさっさと逃げちまおう」
「……」
俺たちはそれぞれ武器を構えてなるべく蜘蛛を避けながら進む。
それでも完全には避けきれないので張り付いてくる蜘蛛を引き剥がしたり武器で払いながら部屋を抜けていった。
……それにしても、殆どの蜘蛛が俺のところに飛んできたのは何故だろうか。あれか?弱ってる獲物を率先して狙おうとしてたってことか?だとしても殆どエンリさんに向かって行かなかったのが不思議で仕方ない。
蜘蛛の巣を出た先は不自然に広い部屋へとやってきた。前には扉が1つあり、部屋の中央には9つのボタンが床に設置されている。部屋の左右端から触手が伸びているのが見える。
なんだ?何をする部屋なんだ?
二人で部屋の中央へ行くと、ゴゴゴゴという謎の音が部屋を揺らす。辺りを見渡せば触手が伸びていた場所からミチミチと肉の塊が浮き上がってきた。
嫌な予感がするがもう既に遅く、俺たちを推し潰そうと両側から肉の塊が少しずつ迫ってくる!
「こんなのありか!?どうすんだこれ!」
「……?」
エンリさんがボタンを踏むと、カチッとボタンが押し込まれ一部のボタンが引っ込んだ。再び別のボタンを踏めばさっき引っ込んだボタンが浮き上がり、別のボタンが引っ込んだ。
「全部推し込めれば扉が開くってことか!俺苦手なんだよなぁこういうの…!」
「……」
俺が下手に踏んで滅茶苦茶にするのも邪魔なので、エンリさんがポチポチとボタンを踏んで確かめるのを眺めて法則を考えるしかない。こういうのってどう解くのが正解なんだ??
どんどんと迫ってくる肉壁に焦って思考が上手くまとまらない。
その間にもエンリさんがポチポチとボタンを踏んでいくと、ふとエンリさんの動きが変わった。四隅のボタンをそれぞれ踏んで確かめると、ボタンを踏んでいき四隅が同時に浮き出たらそれを1つずつ時計回りに踏み始めた。
エンリさんが最後のボタンを踏むと目の前の扉が開いたので、急いで二人で駆け込めばすぐ後ろで肉壁が閉じる。ギリギリ間に合った
「……」
「もうダメかと思った……土壇場で法則を見つけるなんてすごいな」
「……」
「なるほど……流石は成績上位……頭の回転が早い」
エンリさんの頭の回転に舌を巻きつつその場を後にした。後ろでミチミチと万力の如く圧力が掛かっている肉壁に挟まれたらと思うとぞっとするな…
あの肉壁部屋を抜ければ後は拍子抜けするほど簡単な道程だった。たまにはぐれの蜘蛛型魔獣が飛び出して来たりはしたが全然追い払えるくらいだったのも幸いだ。
少しすると目の前に昇降機が見え、そのまま乗り込む。後はこのまま地上まで登ってここから逃げるだけだ。
そう思ったら体から力が抜け、その場に膝からくずおれた。
早く帰って休みたい……いや、その前に怪我の治療か……
ふらついた体を昇降機の壁に預け、浅く呼吸を繰り返す。
脱出を前に緊張感が解れたせいか体がダルい……視界もぼやけている……激しい耳鳴りが鳴り止まず、汗も止まらない……
「……?」
「ッ……」
ぼんやりとした意識の中で、またあのノイズ音が徐々に大きくなっていく。遠くに聞こえたものが、どんどんとこちらに近付いてきて……頭が……ノイズ音に……!!
「あ……ぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「……!?」
頭が……割れる……!!
体の中を正体不明の何かが巡り掻きむしりたくなる……!!
心臓が早鐘を打ち血流が激しく巡っていくのをかんじる……!!
まるでこれは……作り替えられているかのような……!!
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「……!!」
「ッ……ッ……」
一際大きなノイズ音が俺の頭の中を壊すようにつんざき、俺の意識はそこで途絶えた
――――――
―――
―
昇降機に乗って一息つくと、隣でくずおれたセドリック君が頭を抱えて絶叫をあげる。慌てて体を揺すったり背中をさすってみるけれど彼の様子は変わることがなく、痛々しい声をあげてうずくまってしまう。
「ッ……」
「ぅ……ぁっ……」
か細い声をこぼして倒れてしまったセドリックくんを抱きかかえれば、静かに浅く呼吸を繰り返してはいる。それでも顔が青く体は不自然な程に熱を帯びているのがわかった。
怪我による影響?精神的負荷による発狂?どれにせよこのままだとセドリックくんが危ない…
意識を失ってしまったセドリックくんを抱きかかえたまま昇降機の到着を待ち、頑張って彼を抱えるように持ち上げて扉をくぐった。
1日も経っていないのに、この出入口の光景がやけに懐かしい気がする。それだけ地下の出来事が濃厚だったということになる。
半ば引きずるように運んでいれば、視界の隅に私が途中で脱いだお気に入りのワンピースがある。あれも回収してしまいたいけれど、今は血塗れだし何よりセドリックくんの方を優先したい。不衛生な環境で負った怪我がどれ程の後遺症を残してしまうのか…それが私には恐ろしかった。
とにかく急いで病院へ連れていこうと踏み出すと、ドクンッ!と私の心臓が跳ねる。それと同時に身体中が燃えるかのような熱さに見舞われた。
「ッ……」
こんな時に一体何が……
数歩歩く度に心臓が強く跳ね、謎の痛みに襲われる。ありがたくも眩い太陽も、新鮮な空気も全てを台無しにするかのように身体の中から熱が上がっていく。
まさか私もなにか感染した……?なんでこんなタイミングで……
それでも私はセドリックくんを離さないように強く抱きとめ、ゆっくりと前に進んでいく。彼と約束したのだ。二人で生きて帰るって。私も死にたくないし、彼も絶対死なせない。
ドクンドクンッ!と心臓が早くなるのも構わずに建物の外へ出た。日は傾いてきてるものの、太陽の光が私たちを照らしてくれている。もう一歩踏み出したその時、一際大きく、強い痛みに襲われた。
「ッ……!」
そんな…ようやく帰れるのに……こんな……
そんな想いと共に倒れそうになった時、私の中で何かが巡りフッと身体が軽くなった。何事かと隣を見れば意識を失ったままのセドリックくんの姿。でも、それ以上の違和感があった。
「……?」
…さっきまで感じていた彼の重さを感じない。男の子1人を抱えているにも関わらず、驚くほど軽い。一体何が起こってるのだろうと考えれば、気付くと私の右手には見覚えのあるもの……魔獣の繭と一緒に壊れた筈の斧が握られている。
なんでこの斧が……あの時壊れたはずなのに……?
自分に起きてる事象に困惑していると、道の脇にあったダクトがひとりでに動き出したのが見えた。現れたのは片目側が割れた仮面を付けた殺人鬼だった。
彼の推測は正しかった。あの殺人鬼は本当に別の移動手段があったんだ。エマさんたちが襲われたのもああやって後ろから急に出てきたから…!
殺人鬼が私とセドリックくんを見て、不気味な笑い声を漏らす。
これから私たちは殺人鬼に殺される。それなのに私の中に恐怖心が微塵もなかった。
諦めたから?もう詰んでるから?絶望したから?
違う。これはそれらとは違うものだ。だって――――
「……(にやり)」
先程からこんなにも気分が高揚している。
殺人鬼が向かってくるのを冷静に眺める。今までなら驚くほど速かったその動きも、今の私にはゆっくりとした動きに見える。
伸ばされた殺人鬼の腕を切り落とそうと武器を構えようとした時、すぐ隣から凄まじい風圧が起きて、殺人鬼の片腕が大きく切り飛ばされた。
思わずすぐ隣……私が抱えていたセドリックくんに顔を向ければ、綺麗な琥珀色だった瞳を赤く染めたセドリックくんと振り上げられた大鉈が目に入った。
―――――――
――――
――
殺人鬼は恐怖していた。
今まで彼は数え切れない程の人間を殺し続けてきた。彼は常に殺す側で、相手は常に殺される側。狩るものと狩られるもの。彼はそれを疑うことはなかった。
今日だってそうだ。やることはいつも通り、ここに訪れた愚かな人間を殺しつくし死んでからもなお辱めること。それこそが自分のやるべき事でありやりたいことであると認識していた。
来たのは年端もいかない子供ばかり。大人に比べれば殺し甲斐が無いとはいえ殺したいことには変わりない。
だからこそ来た人間は殺したし、目の前の二人の子供だって本来であれば今頃肉塊にして遊んでいたはずだった。
脱出できたと思わせ、希望を抱かせてから無理だったと絶望に突き落としてやり、その柔らかな肉をグチャグチャに刻んでやる予定だった。
しかしそんな予定は狂いに狂いまくった。
落下死したと思っていた子供はしぶとく生き残り、極上の獲物だったそれはすばしっこく逃げ回る。ようやく追い詰めたかと思えば牙を剥いて己の顔に傷を付けた。
彼にとってあれほど不愉快になったことはない。だからこそ一方的に嬲れた時の爽快感や快楽は麻薬であって、ただ殺すだけだった日々に素晴らしいスパイスを付け加えてくれたものだと喜んだ。
力も無いくせに立ち向かってくる生意気な子供を黙らせ、後でその子供の目の前でこいつを惨たらしく殺して辱めてやろうと逸る気持ちを抑えて吊るしておいたのに逃げ出す始末。
挙句には己が与えられるはずだった得物候補、そのどちらも持ち出していく狼藉。
何もかもが彼の琴線に触れる行動。もうすぐに捕まえて殺すと怒り狂いながら昇降機の扉を殴りつける彼は、彼しか知らない専用の通路を使って待ち伏せた。
逃げられるという希望の一切を刈り取り、油断なく殺す。
己を満たすために殺すことを是とする彼はこうして子供らの待ち伏せに成功した。
だからこれで終わりのはずだった。もはや使い物にならないだろう足手まといを抱える子供から殺そうと手を伸ばした。
そして次の瞬間にはその手は子供を捕らえることなく、空高く切り飛ばされていた。
死にかけだった筈の子供。そして振り上げられた大鉈。
この時。彼はようやく己に何が起きているのかを理解した。
―――――
―――
―
先程までエンリの肩に項垂れるようにして抱えられていたセドリック。
しかし今の彼は左手で大鉈を軽々と振り上げたままの体勢であり、殺人鬼を睨むように向けられた瞳は血に染ったかのような真っ赤な色に変わっている。
殺人鬼の肌を感じたことの無い程の殺気がチリチリと焼く。
今までとはまるっきり違うセドリックの雰囲気に殺人鬼は気圧され、後ずさりした。
「そんな薄汚い手でエンリさんに触れるな」
ドス黒い殺意が滲み出るかのようなセドリックの声に殺人鬼は本気で生命の危機を感じていた。
セドリックはエンリの肩から離れると、大鉈を片腕で薙ぎ、身体に馴染ませるかのごとく感触を確かめる。
「これなら…お前を殺せるな。殺人鬼」
セドリックがふらりと大鉈を引きずりながら殺人鬼に近づいていく。怪我をしていた筈の足は傷が塞がるように変異し、歪な痕が残る。
「みんなの命を奪ったんだ。多くの人の命を弄んだんだ。俺やエンリさんを殺そうとしたんだ」
地面に擦られた鎖がジャラジャラと音を立てる。大鉈は太陽の光を反射して、主人の殺意に応えるようにギラリとその刃を輝かせる。
「お前も殺される覚悟はあるよな?殺人鬼」
怯える殺人鬼を見てセドリックは口角を上げる。殺される立場から殺す立場への反転。狩られるものから狩るものへの変化。
今、殺人鬼の命はセドリックの手の中に落ちた。
「お前は殺す」
「■■■■■■!!」
殺人鬼が逃げ出そうと構えた瞬間、逃走を察したエンリによって瞬時に回り込まれ両足が切り飛ばされる。
そして同時にセドリックが片腕で振り抜いた大鉈がいともたやく殺人鬼の上半身を両断した。
無抵抗なまま地面に転がった殺人鬼が最期に見たのは、残虐な笑みを浮かべ大鉈と斧を振り下ろす二人の子供の姿だった。
彼らの人生が変わる、運命の日。
奈落と呼ばれる噂の建物に興味本位で遊びに行った5人の学生。
1日経過しても4人は戻らず……その後、数日経っても発見されることもない。そのまま捜査は不自然な程に早く打ち切られた。
あるものは必死に訴えかけ、あるものは現実を受け入れられず、しかし無情にも月日は流れていく。
その日、4人の学生が行方不明となった。
ここまでご愛読いただきありがとうございました!
奈落を書き始めてから長い間離れていたにも関わらず、4年越しでありながらも楽しんでくれた読者の皆様のお陰でここまで書き切ることが出来ました。
奈落編の最終話あたりに時間が掛かってしまい申し訳ない気持ちもあります。ですが自分なりの終わり方、またセドリックの最後を書くことが出来て満足出来たのも確かです。
原作とは比べるまでもない拙い作品でありながら、一緒にセドリックとエンリのエンディングを見届けてもらえたことが何より嬉しいです!
さて、奈落編はこれで完結です。
なので次からは少しオリジナルストーリーを交えながら奈落2編へと突入していきます。
このままこの作品で続けていくので、これからも一緒に彼らの行く末を見守っていただければ幸いです。
それでは、また奈落2編でお会いしましょう!