エマさんとも友達になってしばらく、俺とエンリさんは相変わらず二人でゆるゆると日常を過ごしていた。
結局エンリさんに話しかけるのは俺かエマさんしかおらず、しかもエマさんからの苛めは前よりは減ったと言っても継続中。エンリさんと二人で話してると何故か妙に俺に突っかかってくるのだ。その都度エンリさんの雰囲気が不満げになるから勘弁してほしい。
まぁそれはともかく。最近になって珍妙な噂話があちこちから聞こえてくるようになった。
学生なんてものは噂話が大好物だし、何よりそれが怖い系の話ならば尚拡散されるのも早い筈だ。
教室に置いてある花瓶の水替えをしているエンリさんを手伝いながら、さして隠すつもりもないのだろう声量でかの噂を話しているのが聞こえる。
「おい…みんな聞いたか?あの噂」
「ああ、聞いた聞いた!あの怪しい建物な!」
「確か奈落って言う噂でしょ?」
「しかも、噂だとその変な建物の中に仮面を被った巨人がいるんだってよ」
「やだー怖ーい!」
教室の出入口付近から聞こえるそれは、知ってる奴二人とよく知らない奴が一人だった。
知ってる奴は腹黒貴族様のエマさん。二人目は友達と呼んでも過言ではない貴族様のオリバー。エマさんはともかくオリバーとはちょこちょこ話すことが出来ているので、気難しい貴族様であっても俺の中では好感度が高い。
そして最後の一人が少し軽い言動が目立つ貴族様、ルーカスである。彼に関してはあんまりいい話を聞いたことは無いし、色んな女の子にちょっかいを出してると言う話も聞いたことがある。やましい目でエンリさんを見てたらそれとなく嫌がらせしてやろうと思う。
こほん。とりあえず彼らが話しているのはつい先程にも出てきた【奈落】と呼ばれる建物と巨人についての噂だ。どこからこんな噂が流れてきたのかは検討もつかないが、謎の建物の中で巨人が歩き回ってるなんて誰が確認出来たのだろうか。仮に本当だったとして、よく無事に帰ってきたものだ。
「でも、所詮噂だろ?」
「まぁな~」
「じゃあさーじゃあさー!今度の休日にみんなで行こうよ!その噂を確かめにさー!」
「お!…いいねぇ!」
「俺も賛成だ」
ふむ。どうやら彼らはその噂を確かめに行くらしい。
わざわざ根も葉もない噂の為に動けるものだ。俺は無理。悪いがエンリさんと話してたほうが百倍楽しい自信がある。
「……(ちょいちょい)」
「ん?あぁ、こっちも終わったぞ。これで全部終わりかな?」
「……(こくこく)」
「よっしゃ。じゃああんまり残り時間無いけど、少しだけ話そうぜ」
「……」
水替えも終わり席につくと、エンリさんも隣の席にちょこんと座り、視線で何を話そうか訴えてくる。
おーけーおーけー。こんなこともあろうかと、妹とやらかしたネタが沢山あるんだ。前に妹に会わせた時はエンリさんも妹も楽しそうだったし、多分話題としてはいけるはず!
「でも、もう一人欲しいな…」
「だったら、ペルティちゃん誘うか?」
「えぇー…わたし、あの子嫌いなんだけど。いっつもキャーキャーうるさいし、可愛い子ぶってるし…自己中だし」
いや、エマさん他人のこと言えなくね?それ全部君に返ってきてるよね?いつも猫被ってるし、エンリさんに面倒事押し付けるし。
そう言いそうになるのをグッと堪えると、エンリさんは俺が口を固く閉じたことに気付き小首を傾げていた。
いけんいけん。俺としたことが。もうあの貴族集団のことは頭から追い出して、エンリさんを遊びに誘うのだ!
是非ともまたうちの妹と遊んであげてほしい!妹も喜ぶし、エンリさんの珍しい微笑も見れるし!
「だったら誰にする?後誰か誘えそうな奴っているか?」
「えーっとね……あっ、そうだ!エンリちゃんなんてどうかな?あの子、静かだし」
「おぉ!確かに適任だな」
「……」
おう止めろ腹黒貴族!もっと他に使えそうな奴いるだろ!今度の休日にエンリさんを誘って遊ぼうという俺の計画を邪魔するんじゃない!
あとルーカス!何が適任だ!適当言ってんじゃねぇ!女の子なら誰でもいいのかお前は!
あ、え?何かなエンリさん。気になることがあるのかって?
いやいや何でもありませんよマジで!
「どうした…オリバー?」
「あ…いや…エンリちゃんってさ……なんかクラスに馴染めてない感あるよな」
「そうか?セドリックとかいつも……あぁいや、でもエンリちゃんが喋ってるとこは見たことないし、あの子の声とか聞いたことないな~…」
「だろ?だから、あんまりこう言う事には誘わないほうが良いと思ってさ…」
「別にいいんじゃねーの?」
「でもよ…」
「それに俺らが誘ったらエンリちゃんも嬉しいんじゃねーのか?セドリックばっかと話すよりもさ」
「そうだよね~♪ルーカス君♪だからさ~エンリちゃん誘ってさ~その噂の所行きましょう…ね!」
「あ…ああ……」
ぶっ殺すぞルーカスこの野郎。そっちからあんまり話しかけてこねぇ癖に何が嬉しいだ馬鹿野郎が。
普段親しくない奴から誘われても嬉しいわけないやろがい!オリバー先生の気遣いぶりを見習えよエセ貴族がよぉ!
って不味い!エマさんが完全にこっちを捉えている!
今すぐ逃げねばエンリさんが拉致られる!!
「エンリさ──」
「エンリちゃ~ん♪今いいかな~?」
「……??」
「…どうしたエマさん?」
「お話中ごめんねセドリック君。ちょっとエンリちゃんとお話したいことがあるんだけどいいかな?」
「……はぁ。聞こえてたよ。奈落ってとこに行くって話だろ?そんで、それにエンリさんを誘いに来たと」
「聞こえてたんだ~。なら話は早いね!エンリちゃんも一緒に行こうよ!セドリック君も来る?」
「……(ちらっ)」
エマさんの勧誘にエンリさんがどうしよう?と言いたげな視線をこちらに向けてくる。
正直奈落とか言う不穏な場所なんて行きたくはない。絶対ろくでもない事が起きるに違いない。
しかしこのままではエマさんに逆らえないエンリさんは奈落へと連れていかれてしまうし、あの貴族集団の中にエンリさん一人にするのも個人的に嫌だ。かといって大貴族からの遊びの誘いを断ろうものなら見聞が悪くなるのもある。
ならば今取れる選択は俺が一緒に行くということか。
「……分かった。俺も一緒に行くよ。男手が多い事に越したことはないだろ?」
「ありがとう!セドリック君は運動も出来るって聞いてるし頼りにしてるね♪それじゃ次の休みに学園集合ね!楽しみにしてるから!またね、エンリちゃん。セドリック君」
「……」
先程の集団に騒がしく戻っていくエマさんをエンリさんが小さく手を振って見送り、俺は疲れたので机に伏した。とりあえずルーカスは許さない。
「……?」
「んー、まぁエンリさん一人に行かせる訳にも行かないしさ。俺も一緒なら何か手伝えるし、あの集団に馴染めなくても俺の方に逃げてくればいいし。……俺なに言ってんだろ…」
「……」
頭がぐちゃぐちゃのまま言ってたせいでよく伝わらなかっただろうが、エンリさんはくすりと笑うと机に伏した俺の頭をおもむろになで始めた。
い、いや何で?めっちゃご褒美ですけど!ご褒美ですけども!それ以上に恥ずかしさが勝ってる!絶対今顔上げられねぇ!
こうして赤くなった顔を上げられない俺は、授業が始まるまで何故か機嫌が良さげなエンリさんにされるがままだった。
エ「えーっとね…(静かで…利用出来そうな奴…と言ったら……一人だよね。)あっ、そうだ!エンリちゃんなんてどうかな?あの子、静かだし(それにエンリちゃんが来るならセドリック君も来るよね♪)」
セ「は?(半ギレ)」