データノコッテナクテシェシェ
──なにかがきこえる
ぼんやりとした意識の中で、まるで浮いてるかのようなふわふわとした感覚に身を委ねる。なにか、大切な事があった気がする。
でもそれがなにかはっきりしない。
──なにかつめたいものがあたってる
手放したらいけないもの。大切ななにか。
うっすらと輪郭は見えるのに、手を伸ばしても陽炎のように消えていく。
…いや、本当に手を伸ばしていたのだろうか。それすらも分からない。
──ちいさくおとがきこえる
何故だろうか。ただの音のはずなのに。この音を聞いてるだけで胸が締め付けられるような。苦しいような。そんなもどかしい気持ちが溢れる。
この音は…いや、この声は……泣き声?誰の?
声だと理解した瞬間、消えていた輪郭が徐々に鮮明になっていく。まるで形を取り戻すようにゆっくり。
…あぁ。なんで忘れていたんだろう。こんなにも大切なのに、分からなかったのだろう。あの子は…彼女だけは…悲しませたくないのに。
どうか泣かないでほしい。どうか届いてほしい。
悲しみに暮れた声の主に大丈夫だよって伝わるように、必死に声の元へ手を伸ばす。
──伸ばした手が温かい何かに包まれた
その感触が、その熱が意識を急速に引っ張りあげていく。
ぐんぐんと浮上する意識。海の底から導かれるようについていくと、その先に仄かな光が見えた。
あの先にあの子がいる。大切なあの子がいるんだ。
そうして目の前まで迫った光に触れた瞬間。
沈んでいた意識は完全に覚醒した。
─────
───
─
「かはっ!!ひゅっ……げほっ!げほ!」
「……!!」
どうやら完全に呼吸が止まってたらしく、喉を焼くような痛みと共に激しく咳が吹き出す。なんとか咳を止めるとこひゅー、こひゅーと空気が抜けるような呼吸を繰り返して落ち着けると目を開けた。
その目線の先には血まみれになったエンリさんの顔があった。
力なく伸ばされた手を両手で包み込んで、ぽろぽろと大粒の涙を流すエンリさんは驚いた様子で俺のことを見つめると、本当に安堵したように抱きついてきた。
「はぁ……けほっ……はは、生きてる…最高だ」
「……っ!(ぎゅっ)」
「ごめん…エンリさんに心配かけちゃった…でも、なんとか生きてるよ。エンリさんは怪我は?血まみれだしもしかして…っ」
「……(ふるふる)」
エンリさんにぎゅっと抱きしめられてる状態に心臓がバクバクと音を鳴らしているが、それよりも血まみれになってるエンリさんの方が心配だ。全力で庇ったつもりだったけど怪我をさせてしまったのかと焦るけど、どうやら彼女の様子からして怪我をしている訳ではないらしい。
あ、あの…ところでいつまで抱きつかれてるのでしょうか?正直女性らしいところが当たってるとか女の子の体ってこんなに柔らかいのかとか血の生臭さの中に甘い匂いがするとか……いやまて甘い匂いどころじゃねぇ!
「まて…待ってくれ…この匂い。血濡れのエンリさんといい何か変な気が……」
「……(すっ)」
違和感バリバリな俺に教えるようにエンリさんが離れると下に指を指した。なにか不吉な予感に下を向くと、真っ赤な絨毯が広がっていた。
しかもこの絨毯。やたら血生臭い上にぶよぶよぐちょぐちょとした質感が……
「……は?………は??」
「……」
「……はぁ!?!?なんだこれ!?」
俺たちの下に敷かれた真っ赤な絨毯。
その正体は幾つも重ねられた大量の人間の死体だった。
しかも誰も彼もが無惨にもバラバラに解体されており、原型をほぼ留めていないくらい酷いものだ。
とても目的があって殺しているようには見えない凄惨さに、先程とは違うじかじかとした嫌なものが喉に上ってくる。そんな狂気の産物を目の当たりにした俺はエンリさんから体ごと顔を背けると、たまらず嘔吐した。
「うっ……うぷっ……おぇぇっ……!」
「……(さすさす)」
罰当たりにも死体の上に嘔吐する俺の背中をエンリさんがゆっくり撫でつけてくる。そんな気遣いに甘えつつ全部吐き終えると、奇跡的に血まみれにならなかったハンカチで口元を拭う。
いっそ思いっきり吐き出したおかげか、ある程度落ち着いたのでエンリさんにお礼を言って改めて周囲を確認する。
オリバーに押される形で俺たちが落ちてきたこの場所は、おそらく死体処理場なのだろう。先程襲ってきた殺人鬼が殺した人間をバラして捨てるための場所。その積み重なった死体がクッションとなって助かったみたいだ。と言っても、ちらほらとむき出しの白骨が見えてるから落ち所が悪ければ最悪飛び出た白骨に貫かれてたな。これだけは非常に運がよかった。
「さて…とりあえずここに留まるのも危険だし、出口を探さないと。エンリさん、立てる?」
「……(こくり)」
「よかった。よし、なら早速動こう。ここの出口は…」
さっき見回した時に発見した扉へと二人で近付くと、そっと扉を開けてみる。鍵は掛かってないようで何の抵抗もなく扉を開けると、少しだけ顔を出して様子を伺う。
扉の先は一本道だ。あの殺人鬼の姿もないし気配もしない。今のところは安全だろう。
エンリさんを連れて慎重に通路を進むと再び扉があり、見たところ古い鍵が掛けられている。
「鍵が掛かってるね。一応聞くけど、エンリさんって鍵とか拾ってないよね?」
「……(ふるふる)」
「まぁそうだよね。…しょうがない。エンリさん、少し離れてて」
「……?」
大きい音を立てるのは遠慮したかったけど、こんな所で古びた鍵なんか見つかるわけもないだろうし無理やり通らせてもらおう。
エンリさんに少し離れてもらって、一息つく。
ゆっくりと構え、よく狙いをつけて……振り上げた脚を鍵目掛けて振り下ろした。
「……はっ!」
「……(ぽかん)」
狙い通りに鍵を蹴り壊すと、パキッという子気味いい音の後にカランカランと鈍い鉄の音がなる。
上手くいって良かった良かった。変に音を大きく鳴らすと奴にバレる可能性があるし、扉を蹴破るよりも鍵を狙ったのが功を奏したようだ。久しぶりにやるから不安だったが、意外と体はすんなり動いたな。
エンリさんはホクホク顔の俺と壊れて落ちた鍵をぽかんと呆けた顔で交互に見やっていた。思いっきり頭にクエスチョンマークが浮かんでいるのが伝わる。
「……??」
「あぁ、これ?昔エリナが宝物を入れた箱の鍵を無くした事があってさ。全然見つからないしどうしようもないからって無理やり開けることにしたんだけど、その時にこのやり方を覚えたんだ」
「……???」
「いやぁこんな綺麗に上手くいって良かったよ…って、どうしたの?」
「……(ふるふる)」
エンリさんは少し戦慄したような顔(ほとんど表情は変わってないけど)をしてから、何事も無かったかのように首を振った。その反応がちょっと気になるけど、今は進むのを優先しよう。
何故か力こぶを作ってぺちぺちと叩いてるエンリさんを横目に、この建物からの脱出を目指して歩き出した。
セドリック・アンバー
本作の主人公。
滅多に驚く反応を見せないエンリですら軽く戦慄するほどの技を見せてくるやべぇやつ。エリナの宝物ボックスの鍵が開けられず泣きつかれたのでお兄ちゃん力を発揮して覚えた技。決して一般人相手に使ってはいけない。実は身体能力がイカれているが、本人はその自覚があんまりない。でも流石に殺人鬼には勝てない。
エンリ・ルーヴル
原作のメインヒロイン。
前回己の身を呈して守ってくれたセドリックが目覚めず、泣きながらセドリックの頭を抱きしめていた。無意識に伸ばされたセドリックの手を握り意識を覚醒させるというヒロインパワーを発揮した。息を吹き返したセドリックに感極まり抱きついていたので気付かれなかったが膝枕をしていた。