「……」
「オリバー……」
オリバーが死んだ。その事実は大量の死体を見ていたとしても俺とエンリさんの心に重くのしかかっていた。
確かにエンリさんにとっては殆ど話したことはない相手だっただろうけど、それでも土壇場で俺たちの命を救ってくれたのは紛れもなくオリバーだ。それに俺にとってもオリバーは最初に出来た友達だった。貴族なんて殆どはろくなもんじゃなかったけど、オリバーとエンリさんは例外だった。
そんな恩人が死んだとなればその精神的負荷は計り知れたものではない。短時間であろうとも、友好的に接してくれた相手が死ぬのは辛い。
「……例えこれが偶然だとしても。お前が残してくれたもの…大切に使わせてもらうよ」
オリバーの死体に近付いて、死後もなお力強く握られている指をゆっくり1本ずつ解く。そうして彼が握っていた鉈を代わりに握りしめた。そこそこの大きさである鉈は護身用としてはいささかイカついものではあったが、むしろこれくらい頑丈そうであればあの肉壁も壊せそうだ。
何度か感覚を馴染ませるようにブンブンと振り回して重さを確かめ、彼の死体に黙祷を捧げた。俺の隣ではエンリさんも静かに黙祷を捧げていた。
「……」
「あぁ……もう大丈夫。命をかけて助けてくれたんだ。俺たちはこんな所で絶対に死ねない。二人で生きてここから脱出する」
「……(こくり)」
「もう一度第1処理場にいこう。これがあれば肉壁も壊せる。あの先がどうなってるのか確かめないといけないしな」
「……」
心配そうに俺の様子を伺ってくるエンリさんに微笑み、第1処理場へと歩き出した。
エンリさんの瞳からは未だ心配の色は消えていなかった。
──────
────
──
第1処理場。
少し前に来た時は肉壁で塞がっており進めなかったが、今ならオリバーが残してくれた鉈がある。
エンリさんには後ろに下がってもらい、肉壁に向かって思い切り振りかざすと少しだけ抵抗感があった後にブチブチッ!と音を立てて切り裂いていく。何度か振り下ろせば人が通れるほどの穴を切り開くことが出来た。
料理で包丁を使って肉を切るのとは違う、無理やり肉を切り裂いていく感覚が否応にも手に染みる。しばらくは夢に出そうだ。
ようやく第1処理場の中へと入るとそこは文字通り血の海だった。
第2処理場とは違い通路全体に所狭しと詰められた死体たち。そしてその死体すら飲み込むように広がっている血。床を歩いているというより死体で出来た道を歩く感覚。
一体どれ程の人が殺されたのか。ゴミのように捨てられたのか。
何のために?昔どこかで快楽を得る為だけに殺人を犯す人間の話とかは聞いたことがあるが、あまりにも多すぎる。
「まるで処刑場だ……」
「……?」
「…エンリさん?どうかした?」
「……(ふるふる)」
「……(すっ)」
「ん……ほんとだ。あの死体だけ他の死体と比べて新しい気がするな。それに、なんか持ってる?」
後ろを振り返って小首を傾げたエンリさんだったが、小さく首を振ると奥の方へ指をさした。
エンリさんが見つけた死体は他のものと比べると損傷が少ない。
もしかしたら俺たちよりも前に来てた人なのかもしれない。その死体を調べてみるとやけに固く握りしめられており、手の中にうっすらと見覚えのある緑色が見える。
少し力を入れて指を解くとポロッとそれがこぼれ落ちた。
「やっぱり緑の鍵だ。どうしてここに…」
「……」
「殺人鬼から鍵を盗ったけど殺された、とか?でも奴にとっても鍵は施設の管理のためにも必要な物のはずだ。それを放置してるのも違和感がある…」
「……」
「……確かに。今は考えてても仕方ないね。とにかくこれで鍵は2つ揃ったしシャッターを開けに行こう」
考察はあとから幾らでも出来るが、脱出はそうではない。とにかく今は作為的な何かを感じようとここから生きて出ることを最優先にしないといけない。
くるりと踵を返して歩き出すと妙な違和感が肌をさした。これは…地震?足下が揺れている気がする。しかもグラグラと揺さぶられるようなものじゃなくて、まるで俺たちの真下を何か大きなものが通ってるかのような揺れ方だ。
「……なんだろう、嫌な予感がする。すぐにここから離れよう」
「……(こくり)」
エンリさんを連れ立って早く出ていこうとした瞬間。足下で感じていた揺れが確かに大きくなってきた。
ズズッズズッと這い回るような音に冷や汗をかき始める。それはどんどんこちらに這い上がってきている!
猛烈な死の予感にエンリさんの手を取って走り抜けようとしたその時。俺たちの行く道を塞ぐように血と死体の海から巨大な肉が躍り出てきた!
肉壁のようにも見えたそれはブヨブヨとした皮を震わせてこちらを品定めするかのように鎌首をもたげ、大きく開いた口からはダラダラとヨダレが垂れている。
それはまるで巨大なミミズであり、この血海の主である見たこともない化け物──魔獣である。
「危ないっ!!」
「……!!」
「■■■■■■■■!!」
鋭い牙の生えた口を開けて迫ってくる魔獣の姿に恐怖で硬直していたエンリさんを抱き飛んで避ける。
そのままミミズの魔獣は血海の中に潜ると、再び大口を開けて後ろから迫ってくる!
「エンリさん走れ!!早く!!」
「っ!!」
エンリさんを立ち上がらせて背中を押し走り出す。幸いにも少し走れば血海からは出れる。そうすれば魔獣の動きは制限出来る筈だ。しかし魔獣の巨体もまた恐るべきスピードで俺たちを食らおうと追いすがってくる。
先頭を走るエンリさんは間に合いそうだが、こちらは結構ギリギリだ…!
真後ろから肉を掻き分けてくる音と命の危機に心臓がうるさいほど内側に響く。
やばい!やばい!!間に合わないっ!!
「……!!」
「はっ!!はっ!!届けぇ!!」
「■■■■■■!」
いち早く血海から抜け出たエンリさんが必死にこちらへ手を伸ばしてくれる。俺はその手を掴むかどうか一瞬躊躇する。
下手をすればエンリさんも巻き込まれる。それなら俺1人だけなら──そう考えたが俺は手を伸ばした。
エンリさんの俺を見る目が信じろって言ってくれている。だから迷いを振り切ってエンリさんの手を掴んだ。
するとグイッ!と想像以上に勢いよく引っ張られた俺は血海から出ることに成功し、その勢いを殺しきれずにエンリさんと二人で
通路を転がっていく。そしてすぐ真後ろにいた魔獣は曲がることが叶わず壁へと激突し、衝撃で建物が揺れた。
魔獣は特にダメージを食らった様子はなく、俺たちを一瞥すると諦めたのか血海の中へと沈んでいった。
「はっ……はっ…マジで死んだかと思った……!」
「……」
「はぁ……ありがとうエンリさん。エンリさんがいなきゃ死んでたな…」
「……?」
「ごめん…ちょっとだけ休憩させて…」
「……(こくり)」
大の字で転がって息を整える俺の横にエンリさんがちょこんと座る。うん、この視線は労りの視線だな。多分。
それにしても本当に危なかった。俺一人だったら間違いなく食われてただろう。
にしても……エンリさん、意外と力強いな……。
でも本人は気にしてるかも知れないし、余計な事は言わないのが吉だ。女の子に対する褒め言葉でもないだろうし。
優しい瞳で労うかのように頭を撫でてくるエンリさんを横目に、今はただ荒い息を整えていた。
セ「え…思ってたより力つよ……ちょっとドキドキした……」
エ「……(信じてもらえたうえに役に立てたのでご満悦)」
ミ「タベレナカッタ……」