殺人鬼との1体1。体格差では圧倒的にこちらが不利。戦うとしてもヒットアンドウェイしかない。
でも俺の今の勝利条件は奴の追跡を振り切ることだ。決して殺人鬼を倒すことじゃない。
その為にも先ずは奴をあの場から引き離してレバーを上げる。これが出来れば後は走って逃げればいい。
「来いよ殺人鬼。オリバーの敵討ちだ!」
「………」
「っ!おらっ!」
ゆっくりとした動きの癖に距離を大股で詰めて来る奴の掴みを体を捻って避ける。その勢いのまま伸ばされた手を鉈で切りつけるが、その刃は薄皮1枚切るだけで大したダメージになっていない。
殺人鬼も特に気にしていない程のダメージしかないみたいだ。
「嘘だろっ!腕切り飛ばすつもりで振ったんだけど!うぉっ!?」
「………」
「ぐっ……おもっ……!がはっ!」
振り下ろされた包丁を鉈で受け止めるが、見た目通りの怪力に膝を着く。なんとか包丁を横に逸らしたら次は横ぶりの拳を食らい壁に叩きつけられた。衝撃で肺の中の空気が押し出されて喉が痛み、少しだけ口の中で血の味を感じる。
すぐに意識を殺人鬼に向けると丸太のような太い足が俺を踏みつけようとスタンプされるのを咄嗟に転がって避ける。ドンッ!という重い音はとてもじゃないが人間が出す音には聞こえない。
「げほっ!…くそっ、内蔵でもやられたか…めっちゃ痛てぇ。でもレバーには届いた!」
「………」
転がった先はさっきまで殺人鬼がいた場所、レバーがある場所だ。接近される前にレバーに手をかけて上げようとするが──
「はっ!?なんだこれ重すぎ!!うぉっ!!」
レバーが重すぎて全く動かせる気がしない!どんだけ馬鹿力なんだこいつ!!まずいまずいまずい!逃げ場がない!
薙ぐように振られた腕を屈んで避けて距離を取る。動く度にズキズキと脇腹が痛む。さっきよりも血の味が濃くなってきた。
掴まれないように逃げ回りながら、脱出するための方法を探す。
レバーは無理、シャッターは開けられない、鍵を使うところはここにはない、窓はなく密室。
──どこかないのか!?なにか抜け道は!?
何度目か分からない攻撃を避けて転がると、ふと床の血がどこかに流れているのが目に入った。ふと視線を辿らせれば部屋の隅に鉄柵で封じられた階段が見える。あれが開けられればそこからいけるか!?
「くそっ!やってみるしかねぇ!」
「………」
殺人鬼を目的の場所から離すように誘導し、振り切る形で走り抜け鉄柵まで辿り着くと鉄柵をなんとか持ち上げる。すると運良く閉まってなかったのか鉄柵を外すことが出来た。
急いで中に飛び込むと下水道のような場所が続いている。
上から奴の迫ってくる音が聞こえ、急いで奥へと走る。反対側に誘導したからといってそこまで大きく差が開けている訳じゃない。
大量の血溜まりに足を取られながら背後から迫る殺人鬼から逃げる。逃げてる最中に鍵を見つけたので引っ掴んで荒くポケットにねじ込んで走る。
どこかに出れそうな穴を見つけて飛び込むか迷う。ワンチャン望みをかけて飛び降りるか?だけど落ちた先で無事である保証はどこにもない……けれど背後の殺人鬼に捕まればそれこそ殺される!
ならやっぱり飛び降りるしかない…!!
「くそっ……!行くしか──ぐあっ!!」
もう少しという所で飛んできた包丁が俺のふくらはぎへと刺さり、鋭い痛みで足がもつれて勢いよく穴へと転がっていく。
そしてそのまま俺の体は穴の中へと放り出された。
──────
───
─
「っ!!下がれエンリさん!!」
「……っ!」
鋭い彼の言葉を聞いて反射的に下がると、目の前でシャッターが閉まる。慌ててシャッターを持ち上げようと力を入れるけど当然動くはずもなく、思わず強くシャッターを叩いた。
…セドリックくんが閉じ込められた。その事実で私の足元から何かが崩れ落ちるように腰を抜かしてしまう。
いくらセドリックくんでもあんな殺人鬼相手に勝てるとは思えない。それじゃあこのまま…セドリックくんが死んじゃう?
セドリックくんが殺人鬼に殺されるところが頭をよぎり、胸が苦しくてポロポロと涙が零れる。
それなら…いっそこのまま私も……
そう思いかけたところで自分の頬をパシっ!と強く叩いた。
だめだ。そんなこと許されない。もしセドリックくんが別の方法で殺人鬼から逃げきれていたら?それなのに私が諦めて死ぬなんて私自身が死んでも許せない。
「……っ」
彼はまだ生きている。その証拠に少し時間が経ってもまだシャッターは開く様子はない。セドリックくんが戦ってるか、逃げ切ったのか。どちらにせよ死んでる事が確定してないなら私が諦めるのは違う。
気合いを入れて立ち上がり、元の道を戻っていく。今ここにいたところで私に出来ることはないしどこかでセドリックくんに合流できるかも。
改めて各部屋を探索してみたけど、どの部屋ももう既にしっかり調べ切った後だから何も無い。隠し扉や仕掛けとかも無いかと探してみたけれどやっぱりただの壁だった。
もっとしっかり考えてみよう。さっきまでセドリックくんと覗いてた部屋は軽く見ただけじゃ密室だったけど、じゃああの殺人鬼は死体をどこに持っていっているんだろう。
私たちが通ってきた場所は確かに色んなところが血まみれだったけど、あの部屋の付近はそこまで血に濡れてなかった。
死体を運ぶならどうしても流れ出る血は床を汚すはず。でもそれが少なかったということは別に死体を運ぶ場所がある?
その死体を捨てる場所とは?
……私たちがいた第2処理場や沢山の死体が積まれた第1処理場、だと思う。なら、仮にセドリックくんがそのルートを使って逃げてるなら第1処理場か第2処理場にいる可能性が高い。
じゃあ第1処理場と第2処理場、どっちにいる確率が高いのか。
これは多分第2処理場だと思う。第1処理場はもう十分に死体が敷き詰められているし、第2処理場は死体こそ多いものの第1処理場に比べてまだまだ余裕がある。私が捨てるなら余裕のある方だ。
「……!」
いても立ってもいられずに第2処理場へと走り出す。この推測が合ってるかどうかは分からないし、セドリックくんが生きてる保証もない。それでも私の体は前に進む。
早く会いたい。会って無事を確認したい。きっとまた無茶をしてる。いつだって私の為に無茶をしちゃう彼だから、私が見てないとそのままいなくなっちゃいそうだから。
私の前から消えてしまわないように繋ぎ止めていたい。大切な人だから余計に心配になってしまう。
待っててねセドリックくん。どうか無事でいて……!