煌めくは御使いの翼   作:巫女巫女茄子

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フランスの幸せ家族から引き離す人間の極悪非道許すまじ

 誰よりも速く走りたい。

 別にそんなつもりは全く無かった。

 仲の良い相手と同じくらいの速さで歩めれば、それで良かったのだから。

 でも周りの期待はそれを許してくれなかったし、何より大好きなあの娘が俺に速さを期待した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ココットの仔が産まれたぞーっ」

 

「えっ…大丈夫かしらこの子」

 

「色素異常かどうかは分からんが、綺麗な色だ。だが走れるのか?」

 

 

 何やら騒がしい。

 しかし、本能的にこの声が敵意が無い事は理解出来た。

 とはいえ、その本能が母親でないことも教えてくれていた。

 

「ヒィン」

 

 この声こそが母親だと分かった。

 真っ暗な揺りかごの中で聞き続けてきた声だった。

 

 そちらに顔を向けると、湿った温かい感触がした。

 目を開けてみる。

 そこには、こちらに視線と愛情を向けてくれる縦長い顔の生き物がいた。

 それが母親だとは考えるまでもなく知っていた。

 

 

 

 母親の愛情に恵まれたが、父親の姿は見えない。

 まあそういうものなのかも知れない。

 ポールとかガブリエルとかいう二本足で背伸びする細長い動物が父親でない事は分かる。

 父親とは不要なものなのかもしれない。

 でも、それはとても寂しい事だ。

 

 それでも、母親が愛情深く育ててくれる今に何の不満もある訳がない。

 

「サラブレッドというか、アハルテケみたいですね」

 

「正しく黄金だが、突然変異だろうか?」

 

 サラブレッドとかアハルテケとは何だ?

 オーゴンやトツゼンヘンイとは誰だ?

 よく分からない。

 しかし俺の事をそう呼んでいるのかもしれない。

 そんな事はどうでもいいが、この生き物たちも俺の世話をしてくれている。

 父親ではないが父親代わりをしてくれるこの奇妙な生き物たちを邪険にしたくはなかった。

 

「尾も凄く長くてサラサラしてる」

 

 尻尾を触るのはやめて欲しかった。

 虫が飛んできたら咄嗟に尾で払えない。

 親切な謎生物を虫ごと払う訳にもいかないから。

 

「脚も凄く長い」

 

 脚を触るのはもっとやめて欲しかった。

 くすぐったい。

 前に遊びで蹴った時に、凄く痛そうにしていた。

 そんなつもりは無かったのに、謎の生き物はとても弱い事を知った。

 もう遊びで蹴るのは止めることにした。

 

 

 母親から乳を貰ったり、一緒に駆けたり、一緒に眠ったりとても楽しい日々を過ごした。

 こんな毎日が続けば良いと思っていたのに、母親からはある日乳を貰えなくなった。

 代わりに草を食べるように言われた。

 乳の方が美味しいので頂戴と言ったらちょっと怒られた。

 それでもお散歩はしてくれた。

 良かった。

 

 謎の生き物達は俺と母親を引き離した。

 とはいえ、眠る時だけだった。

 お散歩は母親と一緒だった。

 

 

 謎の生き物はどうやらニンゲンとかヒトと言うらしい。

 どちらが正しい名前なのかは分からない。

 どちらも正しい名前なのかもしれない。

 俺と母親の事は馬と読んでいた。

 馬と呼ばれたらそちらを向けば草をくれる事は覚えた。

 

 

 母親と引き離されて一匹だけでお散歩させられた。

 不安だし楽しくもない。

 空の青ささえ気持ち良くもなかった。

 

 座り込んでいると、小さなニンゲンが走ってやって来た。

 俺と同じ金色の毛だ。

 ああ、お前も一匹か。

 母親がいない散歩はつまらないだろう。

 仕方ないから俺が付き合ってやろう。

 うん、脚をペタペタするのはくすぐったいからやめて欲しい。

 蹴ったりはしないけど、ムズムズするんだ。

 ん?乗るのか?

 お前ならそんなに重たくもないだろう。

 立ち上がったりしないから、ゆっくり登るといい。

 まあ、ニンゲンは俺の言葉なんて理解出来ないおバカさんなのは知ってるけど。

 

 

「ジビー」

 

 どうやらこの娘の母親が走ってきたようだ。

 うん、良かったな。

 お前自身の母親だ。

 俺より余程良いだろ。

 

 ニンゲンの母親もそんなに必死になる事もあるまいとは思うが、俺が蹴れば死ぬ様な弱い生き物だから、不安になるのは分かる。

 だからジッとしておく。

 

「ママー」

 

 …だから、小さなニンゲンもじっとしておいて欲しかったが、背の上で暴れる。

 落ちないのは大したものだ。

 この小さなニンゲンは、馬の背中に乗るという、生きていく上では特に必要のなさそうな才能に溢れているのだろう。

 そんな才能に溢れて何になるのかはわからないが。

 それとタテガミは引っ張らないで欲しい。

 少し痛い。

 

 ニンゲンの母親か。

 羨ましいな。

 母親とは今日一日あってない。

 …寂しいな。

 

 

 母親に抱かれた小さな人間は前脚を振って去っていった。

 俺も二本足で立ち上がって前脚を振ろうとしたが、暫くするとバランスを崩してしまった。

 初めてだったから仕方ない。

 また一匹になってしまった。

 

 

 今日も一匹で散歩だ。

 面白くない。

 そんな日が暫く続いた。

 本当に面白くない。

 隣の仕切りに住む母親とお喋りしてる間は楽しかった。

 

 でもニンゲンが邪魔をする。

 一匹で走りに行かされるのだ。

 本当に面白くない。

 こんな父親にはなりたくないと思った。

 

 

 ニンゲンに追い立てられたりする日々が始まった。

 ニンゲンは走る俺を見て喜んでいた。

 追い立てて逃げる相手を見て喜ぶとは、嗜虐心の塊の様な生き物だ。

 ニンゲンを乗せている同族も同類だぞ。

 遠くから来てくれた俺の兄らしいが、速く走れる俺を誇りに思ってくれているらしい。

 気持ちはちょっとばかり良くなったが騙されないぞ。

 褒められたからって騙されてやるものか。

 結局追い込むんだから。

 もっと優しくしてくれても良いんだからな。

 

 

 ジビーかジブリェールかよく分からないが、金色の小さなニンゲンはよくやってくる。

 どうやら俺の背に乗るのが好きらしい。

 最初はこのニンゲンの母親は、遅いなりに必死に走って来ていたが、最近は俺の上に子供を乗せてくる始末。

 今も近くでこちらを見ている。

 心配しなくても俺は肉は食べない。

 

 立ち上がっても良いだろうか?

 ゆっくり、ゆ〜っくり立ち上がってみた。

 するとジビーの母親は焦っていたが、ジビーは「キャッキャ」と笑っていた。

 俺はこのニンゲンの笑い声が嫌いでは無い。

 いつかこのジビーを乗せて、兄を逆に追い回してみたいものだ。

 しかしジビーを落としても悪いので、取り敢えずは再び座り込む事にした。

 ジビーになら、いつか遅いニンゲンには見えない景色を見せてあげたいと思うが、それには俺もジビーも幼な過ぎる。

 ジビーが途中でタテガミから手を離していたのにはヒヤヒヤしたくらいだ。

 大したバランス感覚とは思うが、落ちなくて本当に良かった。

 ニンゲンは弱い。

 少し蹴った位で心配になるくらい痛がる。

 

 あっ…俺に蹴られたガブリエルもこっちにやって来た。

 ジビーの母とジビーを前脚で抱き締めている。

 二本足で立ったまま抱き締めるとは器用な奴だ。

 …ふぅん、そうか。

 きっとガブリエルはジビーの父だったんだな。

 世の中には子を育てる父もいるのか。

 感心した。

 遊びで蹴ったのは本当に悪かったと思う。

 

 

 帰ってから母親とジビーの事について話した。

 ジビーと兄を追い回してやる事も話した。

 母親は優しく笑っていた。

 もうすぐ俺の弟か妹が生まれるのだと。

 だから、その時は走らせるにしても優しくしてあげてねとの事だった。

 俺は自分より弱い奴には優しくする男なつもりだ。

 兄として嗜虐心ではなく、慈愛心をもって接してやるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 待て、止めろ、知らないニンゲン。何処に連れて行く。

 助けて母!! いや身重な母に迷惑を掛けてはならない。

 弱いジビーに頼るのも論外だ。

 兄!! こういう時こそお前の出番だろ!!

 何処にいるか分からないが来い!!

 何なら見たことない父親でもいい。

 母と仔が引き離されようとしてるんだぞ!!

 

 嫌だ!! 嫌だ!!

 ジャポンって何だ!?

 よく分からないがジャポン嫌だ!!

 

 母にも甘えたりないし、弟か妹にも甘えさせてないんだ。

 ジビーだってまだ遊んでやりたい。

 何処に連れて行く!?

 ジャポン?

 ジャポンって何だ?

 ジャポンに行くのか?

 遠いのか?

 嫌だ!!

 遠い所は嫌だ!!

 

 帰ってきてやる!!

 絶対に帰ってきてやるからなー!!

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