煌めくは御使いの翼 作:巫女巫女茄子
〽○
│ ̄馬主
∧
最初は見世物として連れて来た部分が大きかった。
サラブレッドでありながら、アハルテケの様な黄金の毛。
そして脚先には炎を思わせる赤毛。
…少々不吉だが当初は問題で無かった。
競走馬として脚を酷使させるつもりも無かったからだ。
牧場のマスコットとして、良い儲けになると思ったものだ。
正直、走れるかどうかは期待していなかった。
変わり種の毛色の馬は走らない印象がある。
というのも、実際は逆に走る馬が持っていた毛色だけが受け継がれていくので、走らない馬の毛色は淘汰されていく、いや、人が淘汰していくのだ。
だから、これ程までに珍しい馬という時点で、マスコットであれば十分。
少し走らせて見れば面白い程度の考えだった。
実際、最初は速度の出ない馬だと思ったからね。
驚いたよ。
エアグルーヴをここまでバテさせる馬なんて、彼女の同年代では見たことも無かった。
これを見てただのマスコットで終わらせるなんてありえないと思ったね。
経営者として売れると見たよ。
長い脚と広い可動域。
そしてなりより、あれだけ走って疲れを見せない圧倒的な心肺能力と落ち着き。
短距離では勝てないかもしれないが、そんなのはこの馬にははなっから求めてない。
この馬は────────天性のステイヤーだ。
すぐに周りにその事を相談した。
元々マスコットとして購入した事に反対していたのを強引に私が押し通した結果だったので、競走馬として育てる事に反対は出なかった。
どれだけ走れるか試してみた。
その速度はレースとして考えると速くはなかった。
時速30kn台だった。
だが速歩の域を出ない余裕がある走りをしていたとはいえ、45分を走り抜けて息を切らさない馬。
まだ2歳にもなっていない馬としては驚くべきスタミナだった。
次の日も試してみることにした。
天気も良かったので予定通り試してみた。
問題は最高速度だ。
時速30kmで走られて勝てるレースなど無い。
しかし、思った程の速度は出なかった。
脚の回転が遅いのだ。
時速45kmは出ているだろう。
しかし、それ以上速める様子は無い。
相変わらず余裕そうに走っている。
最初はマスコットとして走る事にはそこまで期待していなかった。
だが、一度期待してしまうとこの馬の不甲斐なさに苛立ってしまう。
遅い事にではない。
遅くても余裕綽々なその態度にだ。
この馬には、息が切れるまで全速力で走ろうという気概が無いのなら、そもそも競走馬としては失格だった。
私はこの馬に興味を失ってしまった。
あれから2ヶ月後の事だった。
私が一番熱意を向けているエアグルーヴに連れ出されるようにして、私は本気で走ろうとしないあの馬を見に来た。
スタート位置から、私やエアグルーヴがいる所までキッチリ3000m。
あの馬は走り出した。
恐らく気合の入っていない走りをまた見せるのだろう。
そんな予想を覆された。
徐々に徐々に加速していく。
加速し続けていく。
時速は60kmを軽く超えていたかも知れない。
そして私達を抜き去って暫くして徐々に減速した。
間違っていたのは私だったのかも知れない。
何処まで走れば良いか。
それを示さずに全力で走らせようとしても、この馬は納得出来なかっただけだ。
然るべき目的地を示してやれるのなら、この馬は────勝てる。
エアグルーヴの頬を舐めようとして前脚で押し返されている事に目を背けるのなら、素直にカッコいい馬だと思えた。
ヽ ✓
● ●──√馬
∨ ‖ ‖
『たわけめ、分かっているのか? もう少しで貴様は終わる所だったのだぞ。今回良いところを見せたから良かったものの、貴様は競走馬として諦められかけていた────』
年齢と共に益々美しくなっていくエアグルーヴのお小言を聞き流す。
うん、でも正直少しキツいんだ。
3000というニンゲンの決めた距離を初めて走ったからね。
ペース配分とかよく分からなかったんだ。
『それはこれまでヌルい走りをしてきたからだ。
どうだ? 全力というのも悪くないだろう』
エアグルーヴちゃんがご褒美くれるなら悪くないかも知れない。
『このたわけが!!』
グフッ。
キックはやめて。
尻尾ビンタならまだご褒美感あるから。
タテガミ付近をペロペロしたりペロペロされたりしたかったのに残念。
正直に言うと、全力疾走ってのはキツいなー位の感想しかない。
『本当にそうか?』
そりゃあ苦しい事はしたくないし、周りの苦しい顔も見たくない。
『たわけめ、自分の表情も理解できんとは。
…今の貴様、悪くない顔だぞ』
ンンー。なんかテンションが上がる声が聞こえた気がする。
もう一回、もう一回だけ、いやエンドレスで囁いて欲しい。
『そうか、耳を貸せ』
はいどうぞ。是非どうぞ。
『この…たわけがっ!!』
うーん、頭がクラクラする。
あっ、ニンゲンは引き離そうとしないでいいから。
これ彼女なりの愛情表現かもしれないから。
…あっ、さっきのは無しで。
本気で殺気立ってる。
アレから、俺の上にニンゲンが乗るようになった。
どうせなら軽くて小さなジビーを乗せたかった。
そもそも重たいものを振り落とさずに走るとか面倒だ。
ニンゲン曰く「ガイコクジンキシュ」という名前だそうだ。
そもそも小さい頃にいたニンゲンと、ここにいたニンゲンでさえ鳴き声が違う。
もはやその意味や理屈など考えるのは無理だと判断した。
「ヘイ、エールダンジュ。
ふむ、意味が分からない。
やはり、意味を考える意味が無い事は明白だった。
このニンゲンは、重い。
ジビーより遥かに重い。
投げ出したくなる重さではある。
だが、どこまで走ればいいか。どうやって走ればいいか。
理解出来ない鳴き声と、叩きで俺に教えてくれた。
エアグルーヴに言わせれば軽薄だそうだ。
俺の顔をワシャワシャと撫でたり頬擦りしたり、俺の上で謎の動きをしたりする。
その動きにも意味があるのかと思ったが、やはり俺の考えでは纏まらなくて放棄した。
ガイコクジンキシュはマルコーとも言うらしい。
エアグルーヴはこっちのニンゲンの言う事が分かるのだろうかと聞くと
『たわけめ。貴様はすぐに理解を放棄するから駄目なのだ。
深く考えても少ししか分からないこともある。
だが、少し分かるのならそれで少しはマシになるだろう』
そういうものか。
じゃあ、最近周りがピリピリしてるのは?
『言ったそばから私に聞くな。少しは考えろ。
貴様自身の事だぞ』
先頭で走れば良いってことか?
『いきなり飛び越えて来たが、その通りだ。
それにしてもどんな思考過程だ』
いつかエアグルーヴが言っていただろ?
ニンゲンは俺たちが先頭で走る事に期待しているって。
『ああ』
なら、ニンゲンが俺たちに求めるのは先頭で走る事だけ。
ピリピリしている理由もきっとその事にしか関係ないんだって、そう思ったんだ。
俺、走ってくるよ。
こんなピリピリした空気好きじゃないしさ。
『そうか? やはり貴様は自分の表情も制御しきれていないようだな。たわけめ』
じゃあ、行ってくるよ。
君の様に一番で帰ってくる。
『私の様にではなく、貴様は貴様の走りをしろ』
ああ、そうだ。
俺は俺の走りをするだけだ。
ここ何日も俺の縄張りで寝泊まりしているマルコーと一緒にな。
「始まりました新馬戦。未来の栄光は此処から始まります。全てはこの一戦から────」
不思議なほど大きなニンゲンの声が実に耳障りだが、そんなものは無視すれば良い。
周りの馬も俺の毛色について何か言っている。
まるでニンゲン達みたいな事を言うんだな。
母も兄もエアグルーヴも、毛色については触れなかったのに。
…仕方ない。
初対面なら、先ずはそこに気が向くのも分かる。
好きに見るがいい。
これがお前たちを率いる長の毛色だ。
「私が注目したいのはこの馬エールダンジュ。人気こそ三番人気ではありますが、圧倒的に目を引くこの毛色。彼を見に来た方も多いのでは無いでしょうか────」
上にいるニンゲンが謎のポーズを大勢のニンゲンに向けている。
いや、いつまでも上にいるニンゲンではややこしいな。
ガイコクジンキシュかマルコーか知らないが、短い方のマルコーで良いだろう。
どうせ間違っていても誰も困らない。
愚かなニンゲンには俺の言葉は理解できないし、他の馬はマルコーに興味は無いだろうから。
「エールダンジュ!!」
行くぞマルコー。
相変わらずお前が言ってる事は何一つ分からないが、言いたい事は分かる。
「
練習したからな。
次はこう言うんだろ?
分かってる。
さあ言え。
「
ゲートが開くのと走り出したのは同時だった。
「これはエールダンジュ完璧なスタートだー」
マルコー。
お前は俺の動きに全部合わせろ。
代わりに俺はお前の指示に全部合わせてやる。
ニンゲンはとても賢いが弱くて遅い。
悲しくなるほどトロトロとしか走れない。
だから俺が────お前に翼をくれてやる。
「素晴らしいスタートダッシュで最内に入り込んだぞー」
後ろに足音が聞こえるが、それはそうだろう。
俺はまだそこまで速くない。
だが他の馬もエアグルーヴと比べれば遅い馬ばかりだ。
よし、着いてこい。
俺がお前たちを率いてやる。
後ろで何匹か文句が聞こえるが取り敢えず後で聞いてやることにする。
マルコーの指示はまだ無い。
俺の後ろに他の馬たちが着いてこれるペースで走っている。
俺はまだ『余裕』だ。
このままだと余力を残して終わるだろう。
先頭なら問題は無いんだろう。
それならそれでいい。
悠々と大地を羽ばたいて届くのも楽でいい。
さてどうする?
俺は考える事は好きじゃない。
エアグルーヴに怒られるかもしれないが、本当に難しい事は嫌いなんだ。
だからマルコー、お前に全部任せる。
叩きが入った。
一度では無い。継続的に入っていく。
より速く、より前へと。
群れ共、少々自分勝手な走りをするが許せ。
さあ、俺に着いてこい!!
より早く、より速く、より疾く。
加速する回転数を更に跳ね上げる。
回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ回せ。
地面を斬り伏せろ。
無駄に力を加えて、無駄な動きを削ぎ落とせ。
さあ、振り落とされるなよマルコー。
「オゥ、
更に早く、更に速く、更に疾く。
脚を回して目的地までの時間を縮めろ。
脚を拡げて目的地までの距離を縮めろ。
今は──少しだけ余裕を忘れてやる。
「これはっ、これは何ということでしょう。内側から好スタートを切って先頭に出ていたエールダンジュ。更に更に後ろを切り離していきます!!
誰も天使を捉える事は出来ない。
背の騎手も羽ばたく様に腕を広げて、今堂々の金メダルー」
ああキツいダルいし、馬がこんな事をする必要性を感じない。
でも少しだけ────悪くない気分になれた。
「残念ながらマルコー選手。ゴール時のふざけたポーズの為に5万円罰金ー」
「オオオーゥ」
上でワチャワチャするマルコーも含めて、確かに悪くない気分だった。