煌めくは御使いの翼 作:巫女巫女茄子
※他にもオリジナル馬出ます
小さな人間がやって来た。
向こうの
小さな人間は好きだ。
人間の仔は、ジビーを思い出させる。
この柵が無ければ背に乗せて遊ばせてやりたい。
「おうまさーん」
このオウマサーンは俺の名前の一つなのだと思う。
まだ確証は無いが。
「なっちゃん危ないわよっ!!」
何だかジャンヌを思い出す。
ジャンヌがジビーの母であるように、彼女もこの仔の母なのだろう。
安心して欲しい。
俺は人間を楽しませる事においても
「おうまさんぴかぴかー」
どうだ。
この圧倒的リーダー気配。
そして圧倒的リーダー視線。
威厳を保ちつつ威圧感の無い完璧な眼差し。
母が言っていた。
逞しさと優しさと心強さがリーダーの条件だと。
「おうまさーん」
ジビーに会いたいな。
でも、今はこの仔を大事にしてやろう。
「ままー、なっちゃんもおうまさんほしい」
パキッ?
ん? あれ、この柵動くぞ。
「なっちゃん戻りなさい!! 柵が、柵が開いてる!!」
「ままー。おうまさんでてきたよ」
柵、どうやって動くようになったんだろう。
コツがあるんだろうか。
「なっちゃんっ!!」
人間の母が走ってきている。
これは我が仔を確保しに来ているな。
仔を持つ動物は凶暴だと母が言っていた。
母は凶暴なのと聞いたら怒られたので、それが証明になっている。
しかしナッチャンとやらはこっちにやって来る。
やめてくれ。
母が叫び声を上げて迫って来ている。
ここは大人しくなる脚を畳んで座り込む──おい登るな。
人間って皆そうなのか?
ジビーといいマルコーといい、俺の背にそんなに乗りたいのか?
何かそんな匂いでも出てるんだろうか。
「おうまさんぱかぱかしてー」
止めろ。
頼むから止めろ。
何か人間の親が俺を食べそうな目でこっち見てるから。
「ままー、おうまさんぱかぱかしてー」
「なっちゃんおりなさいっ!! ほらっ!! 早く出るわよっ!!」
ナッチャンという人間は母親に連れて行かれた。
「すいません!! すいません!! 怪我はなかったですか!!」
マルコーじゃない人間が何か鳴いている。
「別に何もありませんでした。
大人しい馬で良かったです」
ナッチャンの母がそう言っても、マルコーじゃない雄の人間は二つ脚と四つ脚の中間の姿勢でずっとスミマセンと鳴いていた。
スミマセンって怖い時にこちらの人間が出す鳴き声だと理解した。
「ままー。なっちゃんぱかぱかしたーい」
「…出来ますか」
「いや、こいつは競走馬としてしか調教してなくて」
凄いな。
あの人間、二本脚で立ち上がる直前の姿でずっと維持してる。
少しやってみるか。
おっ、案外…いや、キツい。
完全に立ち上がるならともかく、少しだけ前脚上げたまま維持するのは割とキツいぞ。
「おうまさんもおじぎしてるー」
モオジギシテルーと言うのだろうか?
これは中々キツいが、後ろ脚と身体の芯が鍛えられるな。
「おうまさーん。おうまさんもぱかぱかしたいよねー」
ふむ、頭を振ってバランスを取ってみるか。
あっ、やっぱり余計な事しない方が良かった。
さっきの姿勢の方が楽。
「こいつ、俺たちの言葉が分かるのか。
マルコーが俺より賢いやつだと言った時は冗談だと思ったが」
「ほーらー。まーまー。おうまさんもぱかぱかしたいってー。」
パカパカシタイとは何だろうか?
首を振れと言うことか?
よし、サービスで振ってやる。
俺はサービス精神においてもリーダーである馬だ。
「信じられない。本当に分かってるの」
何がナッチャンの母の怒りを鎮めたのかは分からないが、俺はナッチャンを載せた。
途中からやって来たマルコーと一緒にだ。
「ぱかぱかー。ぱかぱかー」
頼まれたので首を振ってみた。
マルコーに叩かれて止められた。
もしかするとパカパカシタイとは、あまり良くない事だったのかもしれない。
ナッチャンは幼いから知らなかったのだろう。
後でナッチャンの母から教えて貰えると良いな。
パカパカシタイは駄目な事らしいぞ。
ナッチャンは去る時に前脚を振っていた。
もしかしたらこれもあまり良くない事かも知れない。
ナッチャンが幼いから知らない可能性が高い。
だから俺は周りに見られぬ様に小さく真似をして見せた。
俺は幼子の過ちは否定せず許す馬だ。
「キモヒヤシタゾー。エールダンジュ」
マルコー。
何か鳴き声の出し方変わったな。
前より声の高低が少し平坦になった感じだ。
他の人間に似て来た。
「アノコハ、イイキシュニナルゾー」
相変わらず何言ってるか分からないなお前。
俺としては鳴き声に抑揚がある方が感情は伝わりやすくて好きなんだ。
ちょっと今のマルコーは前より分かりにくくなったぞ。
まあ、鳴き声で判断するのは最初から諦めてるから良いんだけど。
そういえばマルコーが仔人間の時はどうだったんだろうか?
ナッチャンみたいに馬に乗ってたんだろうな。
恐がってる印象が浮かばない。
「オレダッテ、ムカシハコワカッタカラ」
というか、ジビーもマルコーもナッチャンも恐がったりしなかったし。
怖がってたというか怒っていたのはナッチャンの母くらいか。
しかし怒るのと恐がるのは同じ時がある。
そういえばエアグルーヴはよく怒っている。
というかよく俺が怒られてる。
だとすれば、エアグルーヴは俺の何を恐がっているんだ?
いや、考えても分からないからいいか。
怒る事と恐がる事が違う時もあるから、俺の勘違いかも知れない。
もし、俺の勘が間違っていないのなら、エアグルーヴは勝てない事を恐がってたりするのかもしれない。
二着の時は機嫌悪いし。
…いや、俺より賢い彼女がそんな簡単な事に潰される筈なんてあるはずないか。
彼女は俺よりずっと賢くて、ずっと正しいんだから。
エアグルーヴは何時だって正しい答えを知っている。
少なくとも俺よりは上手く生きてる。
人間の決めた事について考えるのは苦手な俺にとって、マルコーが行き方の指示をくれる頭脳なら、エアグルーヴは生き方の指示をくれる頭脳だ。
だから、俺の勝利をまた祝って欲しい。
また空気がピリピリしてきている。
きっともうすぐ俺が走る機会が来るのだ。
また、一番を取ればきっと彼女は喜んでくれる。
ナッチャンもジビーも喜んでくれる。
何より俺も楽しいから。
楽しむ為に速く走ろう。
楽しませる為に速く走ろう。
走る事の理由なんて、今の俺にはそれくらいしか分からないんだから。
なあマルコー。
お前が何を伝えたいかは分からない。
でも、きっとお前も同じ気持ちだと思うんだ。
「イッショーセントルゾー」
相変わらず人間の鳴き声は種類があり過ぎて困る。
特に意味の無い気合の咆哮だと判断して俺も強く鳴いてみた。
「おい、あの騎手と馬、さっきから叫びまくってるぞ」
「う〜ん、アレは買えないな」
他の人間たちがこちらを見て色々言ってるが、やっぱり何言ってるか分からないんだ。
周囲を見渡せば、以前走った時にあった馬は一匹しかいなかった。
俺とは走りたくないと言った馬だった。
やあ久し振りだな。
……。
無視か。
まだリーダーとして認められてないみたいだな。
教えてくれ。
そういえば他の馬何処行った?
「お前の様な勘の悪い奴は大嫌いだ。
潰す。お前だけには負けられない」
返事はしてくれた。
だがリーダーとは認められていないようだ。
しかし俺のリーダー道は、平坦なばかりではない事は知っている。
俺は寛容さに置いてもリーダーである馬だからな。
マルコー今回はどっちだ?
トーレ、ドゥーエ、ウーノか?
サン、ニー、イチか?
「トーレ」
そっちか。次はドゥーエだな。
「ドゥーエ」
そして次は
「ウーノ…」
ウーノ。さあ────
「
────行くぞマルコーッ!!
「またしても完璧なスタートだエールダンジュ!! 身体に時計でも入っているかの様な見事な走り出しです」
見せてやる。
周りの人間達に俺の走りを。
見せてやる。
後ろの群れに俺の走りを。
見ようぜマルコー。
俺たちの景色を。
「ハッ」
もう叩きが入ったか。
じゃあアゲるぞ。
タイミングが早いとか遅いとか、俺には分からないからな。
それを考えるのはマルコーに任せる。
「
またか。
更に速度を上げる。
恐らく追い付かれているのだろう。
でも後ろは振り向かない。
そういうのはマルコーの役目だ。
『負ける訳には、負ける訳には行かないんだぁっ!!』
声は横からした。
この声は知っている。
以前二番だった馬だ。
確か名前は────
「レフトビハインド、何という走りだっ!! あっという間にエールダンジュに追い付いた。
凄いこれは凄い。
信じられません。
まさかまさか十二番人気の馬が、先頭に躍り出たーっ。
雌伏のポテンシャルが今芽吹いた────」
「
なんて信念、執念、いや────妄念だ。
『お前に潰されて消えた、全ての馬が俺の脚を進めてくれてるんだよっ!!』
視えた。
レフトビハインドの後ろに続く、数匹の青白い馬の群れが。
…以前見た馬ばかりだ。
お前もまた、
「エールダンジュ」
マルコー、言わなくても分かってるだろうが────
「
────勝つのは俺たちだ。
迷いを削ぎ落とせ、決意を残せ。
思想を削ぎ落とせ、意思を残せ。
過程を削ぎ落とせ、結果を残せ。
カットカットカットカットカットだ。
右に寄る、左に寄る、真っ直ぐ進む、加速、減速。
そんなものは考えない。
考えるのはマルコー。
俺は脚を進めるだけ。
俺は馬鹿だから、お前が間違えたら柵に激突するかもな。
いや、今はそんな思考は要らない。
俺は翼、頭じゃない。
さあマルコー、俺に
辿り着く翼は俺が、与えてやる。
『負けるか。俺
もう二度と走れないという地獄をな。
走らなくても愛されて、走っても愛される。
そんな神に愛された奴に譲る路はねえっ!!』
「レフトビハインド!! 何という脚だ。
後ろに撒き散らす砂煙、これがたった一匹から放たれているとは信じられません!!」
横に並んだ足音たちが再び前へと去っていく。
視界は削った。
味覚や嗅覚はとっくに削った。
次は音を削ろう。
俺にはマルコーがいる。
目も耳も今は要らない。
レフトビハインドの音が消える。
レフトビハインド、俺はお前が不要だから削る訳じゃない。
お前に勝つ為だけに、お前を削る。
楽しくなってきたなマルコー。
俺は楽しいぜレフトビハインド。
残した触覚が、僅かに脚に何かが触れたのを教えてくれた。
今はいい。
何が触れたかは分からないが、それは気にしなくていい。
レフトビハインドに勝つには、今はそれを削る。
ここからの無意識の世界で、俺はアイツを抜く。
何、置き去りにはしないさ。
お前なら、俺に着いてこれる。
だからここからは────────意識も削る。
終わったか。
マルコーお疲れ様。
結果は分かってる。
さあまたふざけたポーズではしゃげ。
…マルコー?
どうした?
味覚が回復する。
異常は無い。
嗅覚が回復する。
異常は無い。
聴覚が回復する。
「凄まじき走りでエールダンジュと競い合ったレフトビハインドッ!! ゴールと同時に転倒────」
人間が何かを叫んでいる。
俺は後続を振り返り、そこで視覚が回復した。
嘘だろ。
何でそんな所で倒れてるんだ。
おい、そんな、嘘だろ。
お前さ…。
周りの奴らも…ほら、何とか言え。
言わないと分からないだろ。
俺は、馬鹿だから。
ほら、教えてくれ。
こいつは助かるんだろ?
『どうだ、俺たちは走れるぞ。まだ、走れるぞ。まだ、走れるぞ、まだ捨てるなまだ置いていくな、捨てないで捨てないで捨てないで────』
そうだ。
まだ走れる…なんて言える訳が無かった。
馬鹿な俺でも分かる。
四肢全てがおかしな方向に曲がっている。
回復した嗅覚が、彼が口の中に血を溜めている事も教えてくれる。
そこまでして────いや、それは失礼だ。
「先程の結果が出ました。二頭のタイムは同着」
レフトビハインド、お前の勝ちだ。
人間がどう決めるかは俺は知らない。
だが、お前は俺以上に全てを削ったんだな。
『そこに、そこにいるな。
エーールダンジューッ』
ああ、お前の目の前にいる。
目の前に、いるぞ。
『俺は、俺は証明したぞ。
俺たちを愛さなかった奴らに、俺たちよりも愛されたお前に』
凄いさ。
馬鹿な俺にも分かる証明だったんだから。
『以前言ったな。お前が群れの長だと』
言った。
俺は群れの長になる。
最も輝かしき群れの中で、最も輝かしき長となる。
『最高の走りが出来た。
だから認めてやる。
お前は俺たちの群れの長になれ。
お前は、
お前は、
お前は、
お前は────────』
「レフトビハインド、脈拍停止」
ありがとうレフトビハインド。
さよなら、じゃないな。
だってお前たちは俺の
見る事も聞く事も出来ないけど、そこにいるのは分かってる。
だから連れて行ってやる。
誰一匹たりとも置き去りなんてするものか。
俺の群れだ。
この俺の、誇らしき群れだ。
さあ憑いて来い。
天国を見せてやる。
設定 レフトビハインド(オリジナル)
名前の意味は『置き去り』
無名な牧場で生まれた。
両親も有名ではない。
全ての能力が下位クラス。取り柄は丈夫さ。
似たような能力値の馬とのレースで一勝した。
以前のレースに出た馬の末路を知る。
全てを置き去りにするという意味で名付けられたが、皮肉な事に遅い事を理由に、殆どの人間達に置き捨てられるような扱いを受けてきた。
今回の人気は最下位。
能天気を隠す事なく曝け出して叫んでいたコンビよりも人気が低かった。
走り切った結果運悪く故障するのではなく、最初から必ず壊れる事を前提の走りにより驚異的な速度を一度だけ出せた。
序盤のレースではなく、ハイレベルなレースだと、元が遅い馬だとここまでしても勝てなかったというのが競馬の残酷さ。
とはいえ、このレースは競馬としてみれば序盤だった。
彼にとっては最終回だったが。
限界を超えた代償は四肢の複雑骨折と、内蔵破裂。
汚名を被る事を覚悟で付き合ってくれた騎手には感謝している。
主人公の群れへの覚悟を決定付けた。