煌めくは御使いの翼   作:巫女巫女茄子

6 / 7
其は終末に死者を運ぶ翼なりて

『覚悟は決まった様だな』

 

 ああ。

 俺は──怨念を、未練を、後悔を…死を運ぶ翼になる。

 勝利へと運ぶ翼になる。

 俺が潰した馬も、俺の群れ(家族)だ。

 俺が殺し、俺が終わらせて、俺が先へ連れて行く。

 

『まるで別馬だ』

 

 そうか? ならまた一つリーダーになったということだ。

 もっと褒めてくれていいし、もっと褒めてくれた方が嬉しい。

 でもまだ迷う事も多い。

 知らない事、分からない事だらけだ。

 エアグルーヴの様にはいかない。

 

『…………そうだな』

 

 人間が決めた世界なんて、俺が悩んでも分からない。

 だから俺は悩まない事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうまさーん」

 

 ナッチャンか。

 よく来てくれた。

 流石俺の群れだ。

 

「にんじんあげるー」

 

 ナッチャンは良い人間だ。

 俺に人参をくれるんだから。

 人間が悪い生き物とはやっぱり思えないんだ。

 少なくとも俺の群れの人間は。

 

 そういえばナッチャン、向こうには行っちゃ駄目だぞ。

 そっちは────っておい待て。

 

「あー、あかちゃんだー」

 

 出産直後の母仔がいるから。

 危ないぞ、本当に危ないんだって。

 幼い仔を持つ母は凶暴なんだから。

 それは、仔を絶対に守るという愛の表れであり、だからこそ、仔から見れば母こそが最強の守護者足り得るんだ。

 

 ナッチャンこっち来なさい。

 邪魔しちゃ駄目だ。

 無邪気に母に甘えられる期間が、残りどれだけあるか分からないんだ。

 その仔馬もいずれ兄になる。

 兄になったら、前みたいには甘えられなくなるんだから。

 兄になったら、母を妹や弟に譲るんだから。

 …その時は俺の子分として鍛えてやるか。

 

 

『どっか行きなさいっ!! うちの仔に手ェ出したら承知しないからねっ!!』

 

 

 ほーら、怒られただろ。

 すまない、人間たちって馬鹿なんだ。

 邪魔するつもりは無かったと思う。

 とはいえ、邪魔だったな。

 ほら、そんな大声出したら君の仔も驚いて……無いな。

 寝転んだまま乳吸い続けてる。

 …少し危機感を教えた方がいいのでは。

 

『余計なお世話よ』

 

 確かにその通り。

 母仔に他馬が口出すものじゃないな。

 こっちではオオカミの遠吠えしないし。

 

 おーいナッチャン。

 母馬に驚いたのは分かるが、啼くな。騒ぐな。

 他の馬が驚くだろ。

 ほら、パカパカシタイしてやるから。

 一緒に首振って遊ぼうぜ。

 なっ?

 ほーら高速パカパカシターイ。

 

「ぐすっぐすっ。

なっちゃん、ぴかぴかのおうまさんがーいちばんすきー」

 

 何言ってるかさっぱり分からないけど、ナッチャンは可愛いな。

 俺の大事な家族だぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナッチャンは帰ったか。

 母親は今頃どうしているだろうか。

 俺の弟か妹、無事に産まれてたらいいな。

 親仔揃って幸せにしてるかな。

 そうに決まってる。

 だってジビーたちがいるんだから。

 ジビー達は、決して俺たちを裏切らない。

 人間は、決して俺たちを裏切らない。

 

「こいつ中々歩かないな」

 

「大丈夫なんだろうか」

 

 おーい人間たち、そっちは危ないぞ。

 小さなナッチャンでも警戒されて怒られてたんだから、大きな人間が二人も行っちゃ駄目だろ。

 多分、掃除とかしに来てくれたのは分かってるけど、今はマズイって。

 やめとけって。

 

『どっか行きなさいっ!! 折角この仔寝たのよ』

 

 ほーら。

 俺が忠告した通りだろ。

 …伝わってないのは知ってたけど。

 

 思い返せば、俺の時だって母親がこうやって守ってくれてたんだ。

 お前たち人間だって似たような経験無いのか?

 …あー、お前ら雄だしな。

 急にやって来て、子供産ませてどっか行ったあの牡みたいな無神経な所ありそうだ。

 あいつ何処行ったんだろうか。

 見付けたらとっちめてやる。

 

 そういえば俺も父親を知らないな。

 俺はそんな無責任には絶対にならないぞ。

 俺が父親になった時は、絶対に妻と仔を大事にする。

 それが群れの長の責任だからな。

 俺は父親としての責任の取り方でも一番(リーダー)である牡だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なあエアグルーヴ。

 

『どうした』

 

 またあの母仔の所に人間が来てる。

 本当に無神経だろ。

 

『……そうだな』

 

 そういえばさ、エアグルーヴの母ってどんな馬だった?

 

『お母様は最高の牝馬だ』

 

 そうか、俺の母親も最高の牝馬だぞ。

 

『ふふ。私のお母様はダイナカールという名だ。どうせ貴様は知らぬだろうが』

 

 うん、知らないな。

 俺の母親はココットというけど知らないだろ?

 サディズムで自信家な兄もいるんだ。

 本気を見た事は無いけど凄く速い。

 …父親はクズだけどな。

 俺は見会ったこともないけど。

 

『…何故だ?

父親と、何か…あったのか?』

 

 …え?

 雌の君がそれを言うのか?

 

『…意味を理解しかねるな』

 

 母親に一匹で俺を育てさせたんだぞ?

 無責任な父親の代わりに、ジビーの父ガブリエルやポールが俺を育ててくれた。

 彼らこそ俺の父親代わりだ。

 

『問題が…あるのか?』

 

 本気で言っているのか?

 君なら母親になった時に、一匹で立派に仔育て出来る気はしてるけど、一匹で仔育てさせるつもりはないからな。

 俺もしっかり面倒を見る。

 俺の父親が生きてるか死んでるかは知らないが、牡馬なら生きて妻と仔を守る義務がある。

 それはリーダーとして当たり前のことだ。

 

『そうか、お前が野生な思考な事を失念していた。すまないが婚姻はそんなに簡単には決めら…れ………………うん?

まっ待て、それなら何故貴様は私の仔を育てるとっ、そういうことなのかっ!? 求愛なのかっ!?

私はそんなに軽い牝じゃないからなっ!!』

 

 うーん、元々求愛していたつもりだったが、ここにきていきなり振られてしまった。

 何故だろうか?

 後でマルコーと思いっきり走ろう。

 速くなれば、受け入れられるかもしれない。

 俺は自分の足りない部分を認めて成長する事においてもリーダー性を発揮する馬だ。

 でも取り敢えず今日は夜まで走るぞ。

 

「おい、エアグルーヴがかかり出したぞ」

 

「エールダンジュと引き離せ」

 

 おい人間たち止めろ。

 こっちから引き下がるから。

 人間に押し負けて引き下がってるみたいで、俺、今凄く惨めじゃないか。

 ちょっと待てって。おい。

 ほら、騒ぎが聞こえた仔馬の母が、盛って喚くなら向こうでやりなって言ってるじゃないか。

 ダサい誤解されてるのお前たちのせいだからな。

 ガブリエルやポールなら、俺に恥をかかせる退場とかさせなかったぞ。

 多分させなかったぞ。

 だからやめろって。自分の脚で歩くから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マルコー、今日も走るぞ。

 

「きいたぞ ふられたって」

 

 マルコーの話し方は更に抑揚が減った。

 殆ど他の人間と変わらないくらいだ。

 今は逆にそれが心地良い。

 

「よーし、はしるか」

 

 そうだな、夜まで走るからな。

 

 

「風が気持ちいいな」

 

 マルコーが何言ってるかは分からないが、風が心地良い。

 こうしているとあの日を思い出すな。

 複雑な事を言ってもマルコーには伝わらないだろうが。

 

「あのひを おもいだすぜ」

 

 多分、見えている景色も違う。

 持っている知識も違う。

 学んだ方式も違う。

 固有の意識が違うのだから当たり前。

 

 でも、見たい景色は同じだと信じてる。

 だからお前が頭で俺が翼。

 そうやって進んで行こう。

 

 よし、暗くなる前に少し飛ばすぞ。

 

「ブーーーン とんでるみたいだぜ」

 

 鳥みたいに手を広げるマルコーは、まるで俺に翼を生やした様に思わせてくれる。

 人間のルールではこれは怒られる事らしいが、俺はそれには不服だ。

 でも今は怒るやつもいないから、好きにしていいぞ。

 明日の朝まで帰らなかったら、どの道怒られるんだからな。

 

 

 

 

 走り続けてまた夜になった。

 空が綺麗だ。

 星とはなんだろうか。

 俺には分からない。

 遠いのかも近いのかも分からない。

 そもそも分かってる馬も人間もいないんじゃないか?

 

 上に浮かぶ星は難しくても、地平の彼方にある星なら走ればいつか届くだろう。

 高さも俺の目線程だし、あんなに光って目立っている。

 俺の群れをいつかそこにまで連れていきたい。

 

「あのレースは、いいレースだった。

レフトビハインドは しんろぼうがいなどしていない。

りっぱにはしった。

おまえだけじゃない。

あいつだっていちばんだったはずなんだ。

そしてほしになった。

ほこれあいつを、ほこれおまえを。

 

 レフトビハインド、だけは聞き取れた。

 内容は分からないが、貶めるような声ではなかった。

 マルコーにはきっと視えていないのだろう。

 レフトビハインドは、すぐ俺の後ろにいるのに。

 

 俺の背後のレフトビハインドは、俺だけが視えている。

 俺だけが知っている。

 俺だけが感じている。

 俺だけは忘れない。

 エアグルーヴもマルコーも、視えていないようだ。

 

 きっとエアグルーヴにもエアグルーヴにしか視えない背後があり、マルコーにもマルコーにしか視えない背後があるんだろう。

 

 俺にしか視えないし、誰かに視せる気もない。

 俺だけの記憶。

 俺だけの妄執。

 俺だけの呪い。

 俺だけの栄光。

 

 今後も増えるだろう。

 俺が勝つたびに、群れは増えていく。

 俺の知る馬が、俺の知らない馬が。

 俺の群れとして増えていく。

 

 一度も勝てなかった馬も連れて、何度だって勝利へと連れて行ってやる。

 

 連れて行ってやる。

 敗者の群れを、勝利の星まで。

 それが俺の、リーダーとしての責任だ。

 

 

 

 

 

 

 次の日、朝帰りした俺とマルコーは、色んな人間やエアグルーヴにしっかり怒られた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。