YOU CAN(NOT) GIVE ONE LAST KISS.   作:tubuyaki

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世界から『何か』が消えても、人の悪意まで消え去るわけではない。
だが、それでも希望は生まれている。


あの日動き出した歯車

 アスカにとって、たまの気晴らしに寄るだけだったはずの場所が、今では連日立ち寄る場所へと変わっていた。バーへ赴き、酒に浸る。それもあえてケンスケのいない、見知らぬバーへとだ。

酒で全てを忘れようという訳ではない。ただ気を紛らわせずにはいられなかったのだ。

 伊達を気取ったくだらない男たち。思わせぶりで薄っぺらな女たち。

そんな風に見える他人が目に付くのを嫌がって、日ごと店を転々とする内に、

アスカはようやく一つの店を見つけ、そこに落ち着いた。

 

 そうして一人、酔いに浸りながら思うのだ。

そもそも私とケンケンって、どういう関係だったのだろうか、と。

 

 アスカとケンスケが出会ったのは、もう5年以上は前のことになる。あの頃は二人とも、もっと若かった。日本NERVへと派遣された彼女の元へ、当時はメディア特派員だったケンスケが取材に訪れたのだ。

 

 生命工学技術の著しく発展した当代において、脳の認知機能とデバイス類の有機的な結合は、各国の注力する最先端の研究テーマとなっている。アスカがその経歴の過程で所属することとなったユーロ空軍もその例に漏れず、より実践的で有用な兵器の開発を目的に、同研究を推進していた。仮想敵を東西から囲い込むため、急速に接近した欧州―アジア関係…… その影響は機密性と独立性の高かった軍事領域の研究にも及び、友好国同士での研究組織の再編と統合の結果、世界的な繋がりを持つ特務研究機関NERVが発足。アスカはそこで開発された新世代型の搭乗兵器を駆るエースパイロットとして、またその研究の最先端に関わるテスト・パイロットとして、当時著しい研究成果を上げつつあった日本NERVへと派遣された。ケンスケが取材に訪れたのは、そんなトップエースのアスカと軍事研究の最先端を報じるためであった。

 

 当時のアスカは張り詰めていた。何事も一番であらねばならない、自分の存在価値はそうあることにしかないという強迫観念の下に生きていた彼女にとって、己の興味の赴くままに生き、かつそれを仕事にしたようなケンスケという男の存在は、カルチャー・ショックを以って受け止められた。結果、どうなったか? 大喧嘩であった。

 

 アスカとの相性の悪さはともかくとして、ケンスケが記者として優秀であったことが、その後、事をさらに大きくした。取材といっても、何もかもが公開される訳ではない。大衆を満足させるに足るだけの、それでいて公にしては不都合のある成果を覆い隠した情報公開は、本来当たり障りのない報道以外を許さないはずであった。しかしケンスケは、その博識を活かして断片的な情報を繋ぎ合わせることに長けていたし、またそこに加持主席監察官の示唆的発言が加わることで、彼は事態を徐々に明らかにしていった。そうして、目隠しされたような取材環境の中でNERVの異常な体質を嗅ぎ取った彼は、研究当事者であるアスカにその事実をぶつけていった。両者の対立は、一層激しさを増すかに思われた。

 

 しかし、ケンスケのアスカに対する態度は、いつしかNERVという組織自体への糾弾から、そこに籍を置くアスカの身を案じるものへと変化していった。調べるにつれ明らかになるNERVの悪辣さと、一人の力ではどうにもならない彼女の境遇が、彼にも見えて来たからであった。始めの内はいずれにしても反発を繰り返すばかりだったアスカも、NERVの犯した組織的なバチカン条約違反の露呈や、それに伴う研究者の大量離反、対抗組織WILLEの設立といった一連の大騒動の中で態度を軟化させていき、いつしか二人は志を共にする同志となっていた。それを皮切りに、今まで一人で生きることしか出来なかったアスカにも仲間が生まれ、疑うことなく友人と言える人たちが出来ていった。騒動が粗方落ち着いた今となっては、ケンスケとアスカは互いに親しみを覚え、話していて安らぎを覚える気の置けない仲になっていた。間違いなく、そこには友情があった。親愛の情が、かけがえのない親友と言っていい関係がそこにはあった。

 

 しかし、それ以上は? アスカという女にとって、ケンスケという男は本当にそれだけの相手だったのか? 彼女には答えがなかなか浮かばなかった。分からないままに酔いに浸っては時を重ね、そしてついに彼女はあることに気が付いた。

 

 ――私、ケンケンにキスしようとしたことすらない――

 

「そっか。想い人ってわけじゃあなかったのね」

 

 それが分かって、アスカは一層落ち込んだ。

 

 

――――――――――YOU CAN(NOT) GIVE ONE LAST KISS――――――――――

 

 

   *   *   *

 

 

 音もなく差し出されたグラスに、アスカは何の感慨もなく言葉を返した。

 

「頼んでないわ。それともこれはサービス?」

 

「いいえ、違います。貴方へのプレゼントですよ。あちらに座っていた方からの」

 

アスカは、マスターが指し示した方へと気だるげに視線を向け、思わず動きを止めた。

 

「誰もいないじゃない」

 

「それが、これを依頼されてすぐお帰りになりました」

 

「……意味わかんない」

 

「元気を出してほしいそうですよ」

 

アスカには、どんなつもりかも知れなかったし、知ったことではなかった。

 

「変わったナンパもあったものね。けれど、そういうの全部、私嫌いなの」

 

彼女はそう言って、グラスを退けようとした。

 

「その方、感謝しているそうです」

 

何のことだか分からず、アスカはその手を止めた。

 

「以前、あなたに随分と助けられたらしいですよ」

 

「いつ? どこで?」

 

「さあ、そこまでは私も聞いておりません」

 

「……やっぱり、意味分かんない。けれど、そう……」

 

 ――そういうことなら、頂こうかしら――

 

 グラスの中に映える赤を飲み込む。

 

 その一杯は、飲んだ後も仄かに幸せな気分が残るようだった。

 

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