YOU CAN(NOT) GIVE ONE LAST KISS. 作:tubuyaki
何をあんなに張り切っていたのだろうかと、家に帰った私は疑問に思った。手にした名刺を改めて見つめる。 碇シンジ……宇部興殖株式会社の化学事業に従事する中堅社員。名刺から読み取れる情報なんてものは、その程度に過ぎなかった。
本人が頑なに口を閉ざす以上、この僅かな情報から自分たち二人の接点を探り当てねばならない。途方もない作業になりそうだということに今更ながら気付いた私は、余計なことに手を突っ込んでしまったと後悔した。
ネルフ時代ならいざ知らず、最近は個人情報も厳しいのよね。まあ、ネルフ内が特別おかしかっただけで、世間的には昔からそれが当たり前だったのだけれど…… こういう状況ではもどかしくも感じてしまう。
とはいえ、自分から始めた以上、止める気も無かった。アイツに啖呵を切った以上、なにも調べが付かないなんていうのは、負けたような気分になるので却下。それに大変だといっても、今までの人生、無理難題を熟したことは数知れず。私に出来ないことなんてないのよと、自分に言い聞かせて作業に取り掛かることにした。
さて、何から始めたものかしらね?
一番初めに考えたことは、私の所属先とアイツの会社に繋がりがないかということだった。宇部興殖は、化学を中心に建材や機械類等、幅広い分野に手を広げた企業だ。それを考えると、うちの機関と何らかの取引があっても不思議はない。
しかし、その程度のことで私とアイツに直接の接点が生まれるかというと、結局否定せざるを得なかった。 施設を造営したり研究資材をどこから仕入れるかなんてことに、私が関わる機会はそもそもない。共同研究先としてウチに関与してないか調べてみたけれど、それすらない。この線は無いと考えるべきでしょうね。
次に調べたのが、碇シンジという名前についてだった。まるで期待せずにアイツの名前を検索してみたら、意外にも1件ヒットする情報があった。どうやら、企業の主導するリサイクルプロジェクトについて、取材を受けたようだ。その記事のタイトルから予想出来たことだけれど、読んでみてもやっぱり、私とは何の関わりも見出せなかった。
こんな風に、何かを思い付いてはその都度それを調べてみたけれど、どれも結果は芳しからず。早速行き詰まり感が出てきて、嫌々ながら次に試みたのは、自分自身の記憶をとにかく探ることだった。
私にとってはきっと些細な、それでいてアイツにとっては重要らしい出来事の記憶……
私は自分が日本に来てからの出来事を書き出し、その一つ一つから連想するものを思い浮かべては、樹形図として書き連ねていった。そうやって、記憶の末端からアイツに繋がる何かを見つけ出す気でいた。……何日か費やした。結局、手掛かりの一つもつかめなかった。
思わずため息がこぼれた。私は、考え方を間違っていたみたいね。てっきり、私自身のちょっとした人助けや何かが、あいつの記憶に残っているものだとばかり思い込んでいた。けれど、本当はもっと想像以上にくだらないことを言っていたのかも知れないわよね。例えば、サインを貰っただとか。
来日してすぐの私は、年若いエースパイロットで見た目も良かったから、一時期メディアでアイドル的に報じらたこともあった。私は嫌がってほとんどしなかったけれど、広報イベントで一般人相手にサインする機会もあったし、それを貰って無性に喜ぶようような熱烈な連中もいなかったわけじゃない。きっとアイツは、そんなどうでもいいことに勝手に喜んで救われた気になっていただけで、真剣に考えるだけ無駄だったのよと、私はそう思って明日に備えた。
* * *
あの日からちょうど一週間が経ち、私たちは再び同じ店で顔を合わせていた。
「それで何か分かったの?」
私はムカッと来た。『どうせ無駄だったでしょ?』という思いが、表情からバレバレなのよね。
「ええ、少しずつだけれど分かって来ているわ。まず第一に、名刺を貰っておいてなんだけど、アンタの会社は特に関係なかったみたいね」
出来るだけすました顔で言ってやる。碇シンジの表情に変化はない。顔に出やすいコイツの反応がこれなら、間違いでは無さそうね。
「もしかして、それだけ?」
「もちろん違うわよ! 第二に、あんたはきっと、相当くだらないことで私を有り難がってるんだろうってこと!」
「なんでそう思うの?」
碇シンジは僅かに眉をひそめていた。まあそれはそうでしょうね。いくら他人から見てバカバカしいと思えることでも、当の本人にとっては真剣なんでしょうし。
「なんでって、いくら記憶をひっくり返してみても、あんたのことなんかちっとも覚えてなかったからよ。私だって馬鹿じゃないし、誰か特定の一人と何かがあったのなら、少しぐらいは思い出せるわよ。それがないってことは、あんたは要するに有象無象の一人。きっと、複数人まとめて相手してやった内の一人ってところでしょうね。大方、あたしのサインでも貰って感涙にむせび泣いたとか、生きてて良かった~とか思ったクチなんじゃないの?」
馬鹿にするような口調で言ってみたはいいものの、あいつのきょとんとした表情に、私はすぐさま失敗を悟った。
「え、サイン?」
思わず顔が赤くなる。これはマズい。マズいわよ、アスカ。
「まあサインなんてのはただの一例よ。ちょっと出した例が悪かったかもしれないけど、とにかく私が言いたかったのは、どうせくだらないことなんでしょってことで…… ちょっと、聞いてる!?」
碇シンジは、面白いことを聞いたというように顔をニヤケさせていた。
「いやあ、考えことも無かったよ。わざわざアスカからサインを貰うだなんて、ちょっと想像できないや。ぷはっ! あ、ゴメン、つい…… アハハッ、いや、サインって! いかにも自信家なアスカらしいや」
腹を抱えて笑い出したバカシンジを、私は思わずゲシッと蹴っていた。
「痛った! 何するんだよ!」
「今のは女性を笑いものにしたペナルティーよ! よくも私に恥をかかせてくれたわね!」
まだ顔の熱が引かない内に、私はそう答えた。本当、一体なにがおかしいっていうのよ! 価値を知ってる人にとっては、私のサインは宝物なのよ!
「少しでも悪いと思ってるなら、来週も必ず来ることっ! 今日はこれまでね!」
私はグラスに残るカクテルを一気に飲み干すと、お代を叩き付けるように支払ってから店を去った。そんなことをしたものだから、私の顔は一層赤くなった。
「絶対、正体を突き止めてやるわ」
バカシンジなんかには、負けてらんないのよ!
次話、9/3頃更新予定