YOU CAN(NOT) GIVE ONE LAST KISS. 作:tubuyaki
MAGIを利用することで、碇シンジの家族構成やその経歴はすぐさま調べることが出来た。けれど、それはあまりにも当たり前のことだったのかもしれない。結果を目の当たりにした今、そう思う。
「なによこれ…… あいつの両親、ゲヒルン関係者じゃない!」
悪名高きネルフの源流、ゲヒルン
あいつの両親は、そこの研究者だった。
身寄り無き私がかつて、様々な後ろ暗い研究の被験者として参加していた非公開組織……
ネルフ時代以上に忌まわしき、私の過去……
けれど、それは一先ず置いておかねばならない。
まさかの来日前にあった、アイツの両親との意外な繋がり。とはいえ、彼らの所属は日本支部で、まだまだセクショナリズムの強かったゲヒルン時代に、ユーロ支部とそこまで活発な交流があり得ただろうかと疑問に思う。一時的に支部を訪問するぐらいがせいぜいじゃないかしら?
何よりの問題として、アイツ本人に至ってはゲヒルン/ネルフへの在籍記録すら無い。だから、七光りも何も無いはずなのに……
「よく分からないわね。親に連れられて、支部を訪れでもしていたのかしら?」
気持ちを静めるように、ふうと息を吐いた。
ゲヒルンの文字を見ると、思わずあの頃を思い出してしまう。パリに拠点が移されるよりも前のこと、周辺を森に囲まれ、まるで監獄のように寒々しかったあの旧研究所の姿……
そのように過去に浸っていると、ふと頭に蘇る光景があった。
かつては、よく思い出しては悲しくなっていた、その光景……
私の幼年期、何もすることがないままに研究所の外で一人ぼっちでいた時のこと……
研究所のフロントに止まった車から、見慣れぬ人たちが降りて来た。
優しそうな母親に抱かれ、駄々をこねる子供。それに手を焼いている父親……
顔なんて全く覚えていない。けれど、それがなぜだか、あいつだという確信があった。
「まさか、あの時の…… けれど、幼すぎるわ。それとも、もっと後に別の機会があったのかしら?」
事態を明らかにするには、あいつの両親のことをもっとよく調べなければならない。私はそう思って経歴を読み進めていき、余計に嫌なことを知ってしまった。
「母親の方は、自ら被験者となった実験の最中に行方不明…… 状況から死亡と判断。それって、遺体すら残らない死に方だったってことじゃん」
アイツは、ちょうどその場に居合わせたようだ。当時のレポートを調べると、何てことないかのように『記憶を抹消済み』との記載があった。いかにもゲヒルンらしいわ。虫唾が走る。
「父親の方は、ネルフ設立を目前に退所…… 以降は京都の大学に戻り冬月教授に再度師事。その後は退職した冬月名誉教授と共に各地を転々、か。息子とは別居? 一人親になったのに育児放棄か」
その彼も、数年前に亡くなっている。頭に銃撃を受けての死亡で、犯人は不明…… 時期的にも、ネルフ騒動の余波を受けてのことだろう。あの時は、どちらの立場の人間にも暗殺や変死が相次いだ。改めて、ケンケンは本当に良い時期に手を引いたと思う。
「何やってるんだろう、私……」
アイツの両親の死亡を知って、思わず虚ろな思いに苛まれてしまう。けれど、例え楽しいことでは無くても、考え始めたことを止められはしなかった。
「それにしても、記憶抹消ね…… 噂には聞いていたけど、本当にあったのね。私の記録には載ってなかったけど、本当は私も受けたのかもしれないわね。それとも、まさかあの前後で……」
記憶が欠けた原因に、もう一つ大きな心当たりがあった。
それは、私の人生唯一の空白についてのこと……
私はかつて、昏倒した。意識の戻らぬまま、一年余りを過ごした。研究への無理な参加が原因だった。実験的に過ぎる生体機器への神経接続及び同調試験は、私の体には重すぎたのだ。
目覚めて以降、私は死にもの狂いでリハビリに取り組んだ。そしてバカな私は、復帰後からより一層、開発試験にのめり込んだ。当時の私には、一年というブランクが耐えられなかったのだ。自分の存在価値が大きく欠けてしまった気がして、その分をとにかく埋め合わせようとした。
気が張り詰めていたし、そんな時だから初めて出会ったケンケンへも、だいぶ厳しく接したものね。彼に会ってからは、だんだんと身の回りのことが変わり始めた。私自身が、変わっていった。
けれど、もしかするとそれだけじゃあなかったのかもしれない。本来、私が眠っていた間に何かがあるはずは無いし、自分でもあの前後の記憶ははっきりしていると思っていた。
けれど、もし…… もし仮にその期間、私が思っているよりも早くに目覚めて誰かと出会い、そしてその大事な記憶をそのまま失ってしまったのだとしたら……
昏睡の後遺症による記憶の喪失か、それとも意図的な記憶抹消処理を受けたのか?
いずれにしても、ここに記録が残されていない時点で、追及は絶望的ね。
「ここまでやっておいて、なんて様かしら」
自嘲せざるを得なかった。
気持ちが疲れてしまった私は、いつも働いている時以上にぐったりとしてしまった。考えてみれば、食事も取らずに調査に没頭していた。そりゃあ疲れるわけね。
「何か、食べられるものないかしらね」
そこでふと、私の脳裏にある言葉が思い浮かんだ。
弁当…… 箱等に食事を詰め込んで、持ち運べるようにしたもの。他国では類を見ないほどに発展した、日本の風習…… もう一度食べたい、あいつの味……
「なんなのよ、一体……」
頭で覚えていなくても、体が覚えているとでも言うのだろうか?
どうしても思い出すことが出来ないその味を思って、私の体は寂しそうに震えた。
光が失われても残像は残る。
消え去った残像は、もう二度と戻らない。