YOU CAN(NOT) GIVE ONE LAST KISS. 作:tubuyaki
「駄目ね。あんたのこと調べても何にも分からなかった」
あいつの隣に座るなり、私は正直に白状していた。見栄を張るだけの元気が、もう残っていなかったのかもしれない。
「あんたの周辺とは多少の因縁もあったみたいだけれど、結局はそれだけ。私自身の過去を洗い直しても、あんた自身との関わりがなんなのかはっきりしなかった。これ以上は、資料を漁っても時間の無駄ね」
「そうなんだ」
あいつは私のことを見つめながらそう言った。その視線は、私に元気がないことも見透かしているみたいだった。
「その様子じゃ、僕のこと結構調べたんだね。あまり面白い話にはならなかったみたいで、ごめん」
「なんで謝るのよ。私が勝手にしたことじゃない」
「それでも、ごめん」
それきり、私たちは黙り込んでしまった。気まずい沈黙を誤魔化すように、時折グラスに口を付ける。じれったく思いつつも、次に何を話せばいいのか、私にも分からなくなっていた。
それからしばらくして、ようやくあいつは口を開いた。
「じゃあ、僕たちが会うのもこれで最後になるのかな」
「本当にムカつく奴ね」
「……」
あいつは一瞬黙り込んでから、話を続けた。
「分かってると思うけど、本当は、僕はこうして顔を合わせるつもりなんてなかったんだ。君が僕のことを認識していないのは知っていたし、僕自身が君の前に出ていってもなんにもならないって、分かっていたから」
こいつの言ってることが本当か、何の根拠も無い。けれど、私には正直に話しているように聞こえた。
「煩わせたくなかったんだ。どうにも説明できない事で、君を思い悩ませることだけはさせたくなかった。だから、全部僕のせいなんだ。僕が不用意に君との関わりを持とうとしたせいで、こんなことになってしまった。勝手なことだとは思う。けれど、出来れば今日を限りに、僕のことは忘れてほしい」
「それは、例え思い出しても嫌なことばかりだから?」
「いいや、思い出そうとしても、決して思い出すことは出来ないんだ。そうなってる。だから……」
シンジが言い切る前に、私は静かにかぶりを振った。
「まだ、今日限りは付き合って貰うわ。私、試せることは全て試すつもりよ」
「……うん」
それからは、あいつと二人でなんてことない話をしながら時を過ごした。お互いの身の回りのこと、何が趣味だとか、今までの人生で楽しかったこととか。
特に進展もなく、時は過ぎていった。
客もまばらになり、二人以外には誰もいなくなった。
店が、閉まる時間になった。
店を出て、人通りもなくなった駅への道を、二人してとぼとぼとと歩いた。
私は心を決めて、言った。
「まだ一つ、試していないことがあったわ」
「それで、諦めがつく?」
「それ以前の問題よ。これで思い出せなかったら、本当にお手上げね。 ……感謝しなさいよ」
「……!?!!」
バカシンジは、慌てふためいている。
私も、初めてのはずだ。初めてのはずの、キス。
幸福感があった。切なさがあった。 ……どうしようもない、悲しみがあった。
私は彼を突き飛ばしていた。
「アスカ!?」
「私も色々調べたわ。そして分かったの。あんたと出会った記憶はないけど、あんたのことはなぜか知ってたし、思い出すこともあった。S-DAT……あんたがよく聞いてた。東中……あんたがかつて通ってた。えこひいき……あんたがかつて仲良くしてた。弁当……あんたが作るそれは、何よりおいしかった。ナナヒカリ……私がかつて、そう呼んでた。けれど、分からないのよ。私とあんたが一体何だったのか」
「アスカ…… まさか、覚えていたの?」
俯いていた私に延ばされた彼の手を、私は思いっきり払いのけた。
「もう嫌よ! こんな思いをするのはもう嫌! 私、あんたが碇シンジであるということを、どうしようもなくよく分かっていたわ。けれど結局分からないの。私とアンタとの間を繋いでいた何かは、決して思い出すことはないんでしょう!? あんたの言ってること、よく分かったわ。だって私自身でもそんな予感がするもの!」
シンジは何も言わずに立ち尽くしていた。
「何もかも忘れていた。けれど、何かをやり残したような、そんな感覚だけが残ってた。あんたと出会って、そのことに気が付いてしまったのよ。だから、その衝動に従ってみた…… けれど、結局辛い思いをしただけだった。胸に穴が開いたような、どうしようもない喪失感に苦しめられるだけだった。だから、もうアンタは私の前に姿を現さないで。私の前に来ないで。だから、さよなら……」
突然だった。私は、いつの間にか抱きしめられていた。
「なによ」
「勝手なこと言うなよ!」
私の弱々しい抗議の声は、シンジの叫びに掻き消されてしまった。
「僕は諦めていたんだ。仕方がないって、受け入れていたんだ。だって、それでアスカが幸せになれるんだから。エヴァさえなければ、アスカは自分の居場所を見つけられるんだって。自分はここにいても良いんだと思えるようになるんだって!」
「なによエヴァって! そんなの知らない。聞いても何も分からない!」
「それで良いんだ。本当はそれだけで良かったはずなんだ。それでもアスカは僕のことを覚えていてくれた。エヴァのことだけ全て忘れて、僕のことは例え僅かでも覚えていてくれたんだ! そうして、また出会うことが出来た。もう絶対に無理だと思っていたのに…… なのに、さよならなんて言うなよ! どうしてそんな寂しくなるようなこと言うんだよ!」
「言ったじゃない!」
私は叫んでいた。
「私たちの間では、なにかがどうしようもなく欠けてしまったのよ! 私はもう何も思い出せない。元の日々には戻らないのよ! もう十分でしょ? 私、きっとあんたが好きだったんだと思う。けれど、もうどうにもならない。だから、さっきのは別れのキスよ。あれで、お別れ…… もうこれ以上、私の心を掻き乱さないで……」
「嫌だよ! そんなこと言って、アスカはまた落ち込むんだろ! そうやって、ただ辛い思いを抱えたまま一人になろうとするだけなんだ。本当は寂しがり屋の癖に! 誰かと一緒にいたいと思ってる癖に!」
「あんたに何が分かるってのよ!」
「分かるよ! 今なら分かる。僕だってアスカと同じだったんだ。ただ、その抱えているものへの向き合い方が違っていただけだったんだ。一緒にいたから、それが今は分かる。すれ違いもあったけど、けれど確かに一緒にいたんだ!」
「そんなこと言って……! じゃあどうしろって言うのよ!」
「僕の言う通りにすればいいだろ!」
「何しろって言うのよ! もう忘れてしまったというのに!」
「僕と一緒にいればいいじゃないか! 忘れたって言うなら、また知っていけばいいだろ! 昔みたいに弁当作ってやるよ。掃除や洗濯だってしてやるよ。意地張ってケンカしあって、そうして罵られてやるよ! だから、これ以上、一人になんてなろうとするなよっ!」
わけも分からず涙が零れてくる。慟哭が、止まらない。
「意味わかんない! 何、ナマイキ言ってるのよ、バカシンジの癖に!」
「好きなんだ。もう二度と別れたくなんかない。さっきのは、この世界で生きる僕たちのファーストキスだ。そのまま最後のキスになんて、させやしない」
そう言うとシンジは、熱い眼差しを私に向けたまま、唇を寄せてきた。思わず目を瞑ってしまう。意味分かんない。なんなのよ、もう……
けれど、もう、忘れられない
忘れられない、人