愛という名の絶望   作:倉木学人

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本作のアライメント表
秩序⇔混沌:社会とルールに対する姿勢
善⇔悪:本人の自己認識

秩序・善:理事長、バクシン、グル姐、バンブー
秩序・中庸:テイオー、ぶーちゃん、ロブロイ、ヤエめろ
秩序・悪:カイチョー、ライス

中立・善:クリーク、キンヘ
中立・中庸:タキオン、ゴルシ
中立・悪:ネイチャ

混沌・善:オグリ、激マブ
混沌・中庸:カフェ、タマ
混沌・悪:おいたん、シチーさ

2023/12/29 気になる表現を修正
2024/5/18 気になる表現を修正
2024/7/14 気になる表現を修正



彼女は魅惑的な女王

 

 私の名前は…忘れてしまった。

 死ぬ前の名前があったはずだが、どうしても思い出せない。

 死んでしまって以来、私は多くの物を失ってしまった。

 

 自らの魂の平穏。

 お気に入りの音楽レコードやファッションブランド。

 それらは自分が自分であった根拠である。

 

 それらが何だったのかは、今となっては思い出すことが出来ない。

 

 しかし私の死因だけは、ぼんやりと思い出せる。

 私は殺人を犯し。

 自らの罪によって裁かれた。

 

 僅かに残された自らの記憶から導き出される結論は一つ。

 恐らくここは天国ではないという実感。

 もっとも、私は宗教を信じていたわけではないのだが。

 

 同室のマーベラスサンデー…常に瀕死の小娘曰く。

 この世界は四苦八苦に満ちているが。

 それでも、生きていることは素晴らしいなの(マーベラス)だと言う。

 成程、向かうべき方向は生前と同じらしい。

 

 ナイスネイチャ。

 その馬がどのような道を辿ったか、私は知らない。

 しかし道は知らねども、向かうべき方向はハッキリしているのが幸いだった。

 

 

 

**

 

 

 前世というものを持ちながら、この世に生きる私は異物なのだと思っている。

 とはいえ擬態するだけなら簡単だった。

 

 人間もウマ娘も、社会性の動物だ。

 だからバカなギャルのフリをしていれば。

 どんな集団にだって溶け込むことができる。

 

 周囲の手を借りることは利益以上に苦痛であるが。

 そうやって目立たないようにするのが上手く生きるコツだった。

 

 しかし、そんな私の秘密を探ろうとするもの。

 いらん事しいのバカはいるものだった。

 それが、私のトレーナーでなければ良かったのだが。

 

「今度の有マ記念の話だがー」

 

 残念なことに、ウマ娘はトレーナーがいないとレースに出ることができない。

 一人で走れる自信はあるが。

 こればかりはルールなのだから仕方ない。

 

 だから彼が私のトレーナーだ。

 もちろんルックスもイケメンである。

 

「ライスシャワー、レリックアース、ゼニトオル…色んなライバルが出るだろうが。一番人気となるのは、間違いなくトウカイテイオーだろう」

 

 トレーナーの部屋に設置してあるホワイトボードに色々書き込んでいるようだが。

 私ならすでに予習済の、全部わかりきったことだ。

 興味は湧かない。

 

「トレーナーさん、トレーナーさん。ネイチャさんにも、分かるように言ってほしいんだけど?」

「ざっくり言えば。これまで以上のスタミナ勝負になるだろうな。何しろ、メジロパーマーとダイタクヘリオスのコンビが出る。間違いなく荒れるぞ」

 

 私を含んだギャル組の中での、名前通り太陽みたいなやつと。

 名家の生まれの癖して妙に自信に欠けるウマ娘の顔が浮かぶ。

 

「ああ、パーマー達ね。てかさ、何でヘリオスが有マ走ってんの? マイラーでしょ?」

「それは俺も知りたい」

 

 有マ記念は国内のレースにおける一番のお祭りだ。

 あのバカみたいに強いバカは”参加したいだけ”とかが十分にありうる話である。

 ジョーダンも愚痴っていたが、アレと走るのはひどく疲れるんだが。

 

「通常のウマ娘ならば、もっと作戦を練るべきだと思うが。今回も君の好きな通りに走ると良い」

 

 トレーナーはわざとらしいため息をつく。

 

「そりゃあ、アタシとしてはありがたいけどさ。トレーナーさんはそれでいいの? 立場ヤバくない?」

 

 他のトレーナーを見る限りでは、新米トレーナーはもっと勝利に焦るみたいだが。

 このトレーナーはそういうのがないので気に入っている。

 賢明な判断だ。

 

「君は、自己管理ができるタイプのウマ娘だろうからな。勿論、俺がヤバいと思った時は止める」

「ふーん。アタシは有マで勝つ気なんて、全くないんだけど?」

 

 聞けばトレーナーがそうであるように、多くのウマ娘がGⅠで勝つことを夢見るそうだが。

 一族の使命だとか、命をかけてとか。

 そんなのは、この学園では珍しくもなんともない。

 掃いて捨てるほどにいる存在だ。

 

「酷い台詞だ。他のウマ娘が聞いたら憤死するんじゃないか」

「そこまで言う?」

 

 バカな話である。

 私は争いが嫌いだ。

 ただし、この世界においては無価値ではない。

 

 何が彼女たちをレースにかきたるのか。

 ウマ娘は競走馬とは違う。

 無理せずカワイくしていれば、それで将来なんて安泰だろうに。

 

 奇妙な話である。

 

「実のところ、君のようなウマ娘が他にもいない訳じゃないがな」

 

 待て、トレーナー。

 なんだそんな呆れたような態度は。

 

「普通を自称して強者としての立場からは逃れたい、それでいて名誉は守りたいなんてのは。ハッキリ言うと怠惰であり、傲慢だと思う」

 

 私の他の普通を自称するウマ娘って、マチカネタンホイザとかキタサンブラックか?

 確かにあれの努力の量はな。

 普通、というには大概か。

 

 全く、ガキはガキらしくしてればいいものを。

 私のようにな。

 

「へえ?」

 

 言わんとすることは分からんでもない。

 特に、私は分かっててやってる。

 もちろん、止めるつもりもない。

 

「じゃあ、どうするっての」

「だが、良い。その傲慢さはウマ娘にとって重要だからな。それを加味しても、なお覆せるほどの勝負根性が君にはある」

 

 トレーナーには、私の性格や目的を深いところまで知られてしまっている。

 正直、あまり気分はよくない。

 しかし、身近でこれ以上の人材はいないのも確か。

 

「アンタのそういうところが、良く分かんないんだけど?」

「あまり難しく考える必要はない。シンプルでいい、君は俺の提示したレースに出る。それで君の日常と名誉、そして目的は守られるだろう」

 

 また有マに出されるのは、いささか予想外だが。

 あの賞金は魅力的であるのだ。

 

 本来なら格上のヘリオスや事故屋のパーマー。

 私は負けんが、アレ等は決して手加減できる相手でもない。

 ハッキリ言うと面倒事だ。

 

「まあ。アンタがアタシを守ってくれるってなら。アタシはそれでいいんだどさ」

 

 私は、私の稼ぎで故郷の北海道に戻って平穏に過ごす。

 それを達成するためには、どうしてもこの男の協力が必要である。

 それは認めるしかない。

 

「ね、ね。そんなことより。またさ、ここではない何処かに連れてってくれない?」

 

 この私が金や立場に困ることになろうとは。

 だから、これも必要なことだ。

 

「そうか、そうだな。近所の商店街にでも行くか?」

「いーね。アタシ、いいパン屋さん知ってんだ」

 

 二人でトレーナーの部屋を出て、学園の外に出る。

 授業も終わり、時間が大分たっていたのか。

 空は既に暗く気は冷え切っている。

 

「世間じゃクリスマスだねー。トレーナーさんとこうしていると、なんかカップルみたいだよね」

 

 だが、街並みは明るく温かい。

 クリスマスツリーに電飾に。

 若いカップルの姿もちらほらと見える。

 

「君もそんなことを気にするんだな」

「アタシの勝負服ってクリスマスをイメージしているらしいじゃん? もちろん、最初の方ね?」

 

 いつもの私服は少し肌寒い。

 ウマ娘は寒さに比較的強いとはいえ。

 この時期、もう少し着込んでいればよかったかもしれない。

 暖を求めてトレーナーに身を寄せる。

 

「君は。随分と変わったな。俺と模擬レースで出会った時、そう、君がトウカイテイオーと出たレースを今でも覚えている」

 

 トレーナーが歩きながら、ぼつりと呟く。

 

「俺はかつての君の中に、内なる邪悪を見た」

 

 私のことを悪と呼ぶのは、このトレーナーぐらいだろうな。

 てか、マーベラスサンデーやマヤノのガキにはバレてるんだが。

 

 勿論、彼も彼女たちも私が犯した罪を知っているはずはない。

 自分のことであろうと他人のことであろうと、前世のことを知っていると言う方が狂っているのだ。

 ただ恐らく、私が悪人であることは事実。

 

「今の君は、本質はそこまで変わっていないだろうが。君の友人たち、ヘリオスたち仲間やメジロ家といった者と話す君は、かつての君とは別人のように見える」

 

 自らが悪であるということが何だというのか。

 悪だから、自分の理想を追い求めるのを諦めるというのか。

 そんな生は、私はごめんだ。

 

「一体、何が君を変えたのかは分からんが。まあ、俺の指導が良かったのだと思っておこう」

 

 生きることは罪であり苦痛である。

 

 だが私にとって、死は救済ではなかった。

 

 だからこそ何があろうと、私は生きて必ず幸せになってみせる。

 

「トレーナーさんって、変なの。アタシはずっとこーしているってのに」

 

 そのためだったら、私は何だってするのだ。

 

 

 




本日の楽曲はラジオネーム「幼馴染三着」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、クイーンのアルバム「メイド・イン・ヘヴン」より「レット・ミー・リヴ」。
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