愛という名の絶望   作:倉木学人

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短いです。


彼女は戦慄の女王

 トレセン学園には、時間を巻き戻すとかいう”時計”の噂があるようだが。

 私は過去に戻りたいとは思わない。

 正確には、失った前世を取り戻すことを無意味だと言うべきか。

 

 ”アタシ”はウマ娘ナイスネイチャであり、人間だったころの”私”ではない。

 結局のところ過去に戻りたい、なんて思うのはバカのやることだ。

 

 とはいえ、過去を懐かしむのは人として当然の行為である。

 

「どうした、ネイチャ?」

 

 隣の席で運転している、自分のトレーナーを見る。

 

 私は一匹狼だった。

 それは今も変わらないはずである。

 

 しかし、どうも私には自分のことを世話してくれる人間がいたようなのだ。

 記憶を殆ど失った私だが、その人間の記憶は朧気に覚えている。

 その人間はそれなりの時間を過ごしていて、どうもその時間が私は好きだったようなのだ。

 

 しかし、それは一体誰なのだ?

 親ではない、誰かだ。

 その人間の顔がどうしても思い出せない。

 彼、あるいは彼女とこうやって手を繋いでいたはずなのに。

 

「今日はコイツでいいか…?」

「俺を見てコイツとは何だ。コイツって」

 

 欲しいものが手に入らないもどかしさ。

 ウマ娘の身体は不便極まりない。

 

「ネイチャに良くない目で見られている気がする」

 

 ままならない世の中を嘆きながら。

 今の問題に目を向ける。

 

 外は良い天気。

 絶好の外出日和である。

 これにリンゴを挟んだサンドイッチでもあれば最高なんだが。

 

「はぁ。予防接種なんて。一人で行けるってのにさ。大げさでしょ」

 

 今、私が乗っている車は学園から比較的遠い病院へと向かっている。

 通常は学園で診断があるんだが、今回は都合が合わなかった形だ。

 予定通りではないので、あまり気分が良くない。

 

「俺は君の事を疑っている訳ではないのだがな。トレーナーが同伴するのは規則だ。あまりにも注射から逃げるウマ娘が多いのでな」

 

 注射が怖いって、いくつのガキかよ。

 まあ、中等部・高等部のウマ娘は皆ガキ共なんだが。

 

「レースは怖くないのに、注射が怖いって何よ」

「レースも大概だ。君は上澄み中の上澄みだが。一般的には、ゲート試験を突破できないウマ娘もそれなりにいるんだよ」

「マヤノやターボより酷い連中かぁ」

 

 マヤノとか下手したら私並の天才の癖して、模擬レースを軽んじるから中々デビューできないでやんの。

 バカだバカだとは思うが、世の中そんなものなのか。

 

「注射の針や中身が信じられない、って娘も。それなりなのさ。君はそうじゃないのか?」

「別に? 疑う理由がないでしょ」

 

 ま、この私は周りのウマ娘とは違うんだが。

 

「その程度には、君は社会というものを信じているのだな」

「アタシをそこいらの無能と一緒にするなっての」

 

 雑に話をしながら、コパノリッキーの父親が出してる風水本を鞄から取り出す。

 リッキーの友人のキタサンブラックが話していて。

 それで興味が出て買ったものだ。

 

 最近では電子書籍なるものが流行っているらしいが。

 私はスマートフォンに類するものが嫌いだ。

 

 誰だよ、あんなのを開発したおバカさんは…

 あんなのを、そこいら中のガキが誰でも持っているとか。

 中央は何て最悪の町なんだ。

 

 だから多少重くても、紙の本が良い。

 

「占いは、世間一般の科学的じゃないというか。オカルト的なものだと思うのだが」

「年頃の少女は、こういうものに興味を示すものじゃないの?」

 

 本を読みながら、トレーナーの妙な視線を感じる。

 ウマ娘とはいえ私は女子中学生だぞ。

 

「(ビワ)ハヤヒデ先輩みたく科学的な理論派もアリだと思うけど。アタシにはこっちの経験則的な方法があってるかな。こういうのって案外バカに出来ないんだよ」

 

 元々の私は文系の人間で、科学の分野は専門外なのだ。

 そこを今さら捻じ曲げる予定もない。

 これで現状結果は出し続けてるし、トレーナーと言えど外からアレコレ言われる筋合いはない。

 

「マチカネフクキタルを見てるとなあ。どうも俺は、こういうのが信じられんのだが」

「あの先輩、神社(ほんしょく)の娘の癖して霊感ないからな。占いは絶対アタシの方が上手いって」

 

 とはいえ流石に、あのウマ娘の二着目の勝負服(フルアーマー・フクキタル)を見たら正気を疑うが。

 怪しげなスピリチュアルにドハマりした女の服を勝負服にするんじゃない。

 

「霊感ね。君も、”運命の人”とか言い出さないか。俺は心配だよ」

「トレーナーさんは運命とか信じないのかー」

 

 どこの世界でも、そういうのは公にするものでもないか。

 私は、先輩方みたいにどっぷり漬かる姿は見せない方が賢明のようだ。

 

「そうは言うがな。何か、根拠でもあるのか?」

「(ダイタク)ヘリオスを見てみなよ」

 

 運命とか霊能力だとかは実在するんだがね。

 中央のトレーナーでも、そういうのって信じないものかね。

 

「普段ギャルしてる癖して。お嬢(ダイイチルビー)を目にすると、童貞みたくチンポビンビンになるからな」

「ネイチャ。言い方言い方」

 

 馬については詳しくない私だが。

 同名の馬達はそういう関係だったのだろうと推測できる。

 どうもダイイチルビー側からの脈はなさそうだが。

 

 いや、交尾くらいは出来てるかもしれんな。

 家畜だし。

 

「その理論でいうと。君にも運命の人がいることになるんじゃないのか?」

「運命の人かー」

 

 ちらりと、トレーナーの方を見る。

 人間ではなくウマ娘としての運命、ね。

 そういえば、自分のは全く考えたこともなかったな。

 言われてみるまで気づかなかった。

 

 私の運命、私に関わりあいのあるウマ娘といえば誰がいたっけ。

 

「アタシは交友関係とか。出来るだけ絞っているつもりなんだけど。ちょっと広げすぎたかもしんない」

 

 いつも絡んでるギャル組、ダイタクヘリオスやトーセンジョーダン達。

 打算的に仲良くしてるメジロマックイーンやメジロライアン、メジロパーマーといったメジロ家。

 チーム・カノープスを組んだイクノディクタスとツインターボ、マチカネタンホイザ。

 何回か戦ったライスシャワー。

 私がNの代役を務めるB(ビワハヤヒデ)N(ナリタタイシン)W(ウイニングチケット)

 ナリタブライアン周りのマヤノトップガンとマーベラスサンデー。

 最近で言えば、新入生のキタサンブラック。

 

 アレ?

 なんか、多くね?

 

「それは分かってて広げているのではなかったのか? 俺が把握している交友関係だけでも、下手したらアグネスデジタル並に広いぞ」

「え、嘘。この私が?」

 

 う、嘘だ。

 こんなことが。

 こんな、ひどいことを言われるなんて。

 そんなことがあってはならないんだ。

 

「うにゃあぁぁぁ! 私が、あんな変態と同じ扱いされるなんて。嫌だ! 屈辱でしかないって!」

(真の勇者”と同じ扱いがそんなに嫌か。難儀な性格だよな、本当)

 

 今日は、なんてひどい日なんだ。

 私はそう思わずにはいられなかった。




本日の楽曲はラジオネーム「トムキャット」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、フー・ファイターズのアルバム「エコーズ、サイレンス、ペイシェンス・アンド・グレイス」より「ザ・プリテンダー」。
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