2024/6/25 表現を追加
2024/6/27 表現を修正
最速のその先、或いはスピードの向こう側。
それは、一部の者が目指した領域である。
ライスシャワー、ケイエスミラクル、そしてサイレンススズカ。
彼らはその先へと向かって、二度と帰ってこなかった。
それでも、我々は”その先”を目指さねばならないのだろう。
可能性を追い続けるというのは、我々の義務なのだから。
最も、この”光速の貴公子”アグネスタキオンの脚を持ってしても。
私がウマ娘である限り。
そこにたどり着くことはないのだが。
”たどり着くことがない”と知りながら呪いのように研究を行う、というのは型月の魔術師だったか?
昔の私はバカにしていたが、今なら彼らの気持ちが分かる気がする。
終わらない目標を追うことの、何と甘美なことか。
どうやら思ったよりも私は凡愚らしかった。
「どうした、トレーナー君?」
学園の生徒会室前にいる私のモルモット君を見る。
彼女は分かりやすく緊張していて。
頼りがい、という点で言えば無いと言って良い。
彼女も中央のライセンスを持っている以上。
新人であってもそれなりに優秀で、ここに居る権利があるはず。
なのだが、どうもそう感じられないのは何故なのか。
「会長のことが苦手で」
「おいおい、君はトレーナーだろう? トレーナーがウマ娘にビビッてどうするというのかい?」
緊張は無理もないとも言えるけどねえ。
これから会う相手はウマ娘のトップとも呼ばれる存在。
生徒会長、あるいは皇帝シンボリルドルフなのだから。
「タキオンは会長が怖くないのか?」
「彼女という存在が恐怖そのもの、というのは否定し難いことだがね」
シンボリルドルフは中央の生徒会長を務めているウマ娘。
その圧倒的実力と人格から、畏怖と尊敬を集めている。
リーダーなんて、今時誰もやりたがらないような仕事を自ら進んでやってる変わり者でもある。
「とはいえ、その方面でも彼女はプロなのだろう?」
「というと」
私にとって彼女は…どんな存在なんだろうね?
ただ、彼女は私のことを気にかけてくれる数少ない存在ではある。
あくまで生徒会長からひとりの生徒として、だが。
「こちらを傷つけるにしても、手加減ができるという訳だ。あるいは殴り慣れている、とも言うべきかな?」
「な、なるほど?」
ちなみに彼女の好戦的な性格も、また有名だったりする。
彼女が生徒会長に立候補した際に、誰も対抗バが現れなかったことは今でも語り草となっている。
アプリ時空では、現副会長のエアグルーヴとナリタブライアンが立候補していたはずだが。
”私も副会長選みたいに競い合いたかった”なんて私に愚痴られても困るんだがね。
「彼女へ会うのに私は何も臆することはないよ、トレーナー君。特に今回は悪いことをした訳でもないのだからね」
そうしてノックして堂々と入ると。
会長がひとり、エヴァのゲンドウのポーズで待ち構えていた。
「タキオン。生徒会室の扉は所謂、防音仕様という訳でもないのだ。その点、気を付けてもらいたい」
「ハッハッハ。いやあ、これは失敬失敬」
聞かれてたか。
彼女も気安い関係を求めていると公言しているし。
適当に軽く流してもらおう。
「それで、私に何のようかな」
私は会長に、他学部への転入届を差し出した。
内容は、レースへの道を諦めるという意思を示したものだ。
彼女が封のされてない封筒を開け、中身を一瞥する。
「これは?」
「ああ。私はレースを走れなくなったヒマ娘でね」
皐月賞までで4戦4勝と順風満帆であった私だが。
史実通り左足の故障が起きてしまった。
モルモット君も私のため、彼女なりに必死になってくれたが。
まあ、こればかりは仕方がないことなのだろう。
「君の日本ダービーの件は残念だったな。私も、ジャングルポケットやダンツフレームと走る君を見たかったのだが」
これで、私自身が可能性を示すプランAは消えた。
のであれば、私以外が私の研究を示す他ない。
このプランBは、出来れば選びたくなかったがね。
「そういうことであれば成程理解した。しかし、これは受け取れないな」
会長が紙を戻し、私に押し戻す。
「理由を聞いても?」
「後に公式文章を送付するが。君のドリームトロフィー・シリーズへの進出が認められた」
それはトゥインクル・シリーズを終えた一部の選ばれたウマ娘の就職先。
誰もが夢見る”かもしれない”が実現する舞台、とされる。
例えば、最強と呼ばれたウマ娘同士のレースが見れる、とかね。
「おやおや。たかが、皐月賞ウマ娘に。随分と早急なことだ」
「フジキセキという前例があるだろう? これの選択権が私にある訳ではないが、そう不思議な話ではないよ」
それに選ばれる基準は、謎だ。
何故このウマ娘が選ばれ何故このウマ娘がいないのか、みたいなのは良くある話である。
陳腐な言葉で言えば運命、あるいは原作がそうであるからだろう。
「君に回復の見込みがあるとは私から言えないが。これは君にとってもそう悪い話ではないはずだ」
「ああ。一度持ち帰らせて貰っても?」
「大変結構」
私自身としては不本意だな。
とりあえず考える素振りぐらいはするべきだろう。
「もう一つの理由としては。学園としては君の走りを評価しているが、君の研究とやらを評価している事はないのでな」
ああ、目の前の彼女と言えば。
私がレースに出なかった時もそうだったが、彼女のそういう所はどうも苦手だった。
そこら辺が、彼女の恐れられる所なのだが。
「ふうん?」
「少なくとも、君がサポート分野に進んだとしても。今と同じだけの待遇は望めないとだけ言っておこう。それこそ、専属のトレーナーがつくなど論外だ」
ちらりと横にいるトレーナー君を見ると。
アプリのウマ娘みたいに物凄い顔を青ざめさせている。
気づいてなかった、みたいな顔だな。
…私も人のことを言えないか。
私も、トレーナー君に甘えている自覚はある。
「あー。それは、ちょっと。困る、かなあ」
しかし一度上がった生活水準を下げるなんて、論外だ。
レースに出ないならトレーナーは不要、というのは流石に暴論が過ぎる。
なんとしても、トレーナー君を手放す訳にはいかない。
「会長ともあろう御方が技術開発を軽視するのかい?」
「最前線で奮戦する兵士たちを重んじるのは、皇帝として当然だろう?」
彼女の言葉は、私のポリシーに合う言葉でないな。
科学者としては、科学者を優遇して欲しいと思うのは当然だろうに。
「
ただ、彼女の言わんとすることも分からんでもない。
”ウマ娘は走るために生まれてきた”、その言葉に従うならば。
随分と古い伝承で、保守的な言葉ではある。
「だが、君はそれを示した。君には今の待遇を受け取る権利がある」
そこで、彼女はプリティーじゃない顔を軟化させた。
ドリームトロフィー・シリーズに所属する限りは。
私にトレーナー君が着いてもいい、ということか。
「おや。たかが数戦走っただけで。随分な待遇だねえ」
「それでも、私に賭けてくれた事には変わりはない。私にはそれで十分だ」
全く夢の舞台とやらも、随分と緩い条件だこと。
私は、正直私の結果に満足などしてない。
じゃないと、プランBなんてのは考えない。
「今は、そう。休むべきだろう。君の言う研究に時間を当てるのも悪くないさ」
結局の所、奇跡なんて起こりはしない。
夢がかなう舞台、悪い冗談だとは思っていた。
しかしそれでも皆、”もしも”を夢見ずにはいられない、か?
「君のドリームトロフィー・シリーズでの活躍を期待しているよ。そこでなら、君と私や、そしてライバルやトレーナー君の夢も叶うだろうね」
プランAが未遂に終わったことが、悔しくないかと言われれば嘘になる。
皐月賞を共に走ったダンツ君。
恐らくダービーや菊花賞に勝つだろうポッケとカフェ。
彼女たちに任せるのではなく、また共に走る。
それでも自分が走る、という可能性を僅かに考えざるを得ない、か。
「ところで話は変わるのだが。そんなに私の研究が信用ならないというのかい? それはそれで私としては傷つくんだが?」
私もマッドサイエンティストの自覚はあるんだが。
なんでデジタル君を含め、皆私の実験に非協力的なんだろうね?
飲ませる薬はまず私で試しているっていうのに。
「サポートの分野は秋川理事長の管轄で。私が専門分野に精通している、という訳ではないがね」
目の前の彼女も、困ったように眉を寄せている。
そういえば彼女も、実験に関しては協力してもらった覚えがない。
「学園のサポート科は、君の転入を名指しで拒否している」
「えーっ?!」
「彼女ら曰く、”あんなマッドサイエンティストの転入は認めん。スタッフのブランドに傷がつくからな”、とのことらしい」
私、出禁って初耳なんだが?
いやトレセン学園にはサポート系の学科もあるのに、不自然に私と交流がないなーとは思っていたが!
なんてひでえことしやがる。
「そんな。私を除け者にするなんて、ひどいじゃないか~!」
「とりあえずは、エアシャカールにロジカル判定を貰うのはどうだ?」
「トレーナー君も何か言ってくれよ~!」
「ごめん。ちょっとこればかりはタキオンを擁護できない」
「トレーナー君!?」
たかが、他のウマ娘を無許可で実験台にしただけなのに。
血も涙もないねえ!
と、私の絶叫が学園に響くのであった。
本日の楽曲はラジオネーム「occhahoi wasshoi」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、サバイバーの同名のアルバムより「アイ・オブ・ザ・タイガー」。