愛という名の絶望   作:倉木学人

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2024/08/04 パマちんの一人称等気になるところを修正


今日は快晴レース

 体操着姿のウマ娘たちがレースを走る。

 今日の俺はトレーナーとして、模擬レースを見に来ていた。

 

 一番人気は勿論、トウカイテイオー。

 良家のお嬢様であり、その才能からデビュー前から注目が集まっている。

 あのシンボリルドルフの再来との噂もあり、恐らくは彼女が世代を代表するウマ娘となるのだろう。

 

 レースも終わり、彼女の前に多くの同僚たちが集まっている。

 勿論、俺も彼女にスカウトすべきなのだが。

 

(自分より圧倒的に有利な立場のウマ娘を口説くにはどうするか、か。今後の課題だな)

 

 それより注目すべきは、次の模擬レース。

 今日はこのために、ここに来たと言っても過言ではない。

 

 そのウマ娘は、レース終盤に追い上げを見せる。

 しかし、差し切るには僅かに届かず”いつものように三着”。

 そう、彼女の名は。

 

「ナイスネイチャに興味があるのか? やめとけ、やめとけ。彼女は秘かに人気なんだ」

 

 随分と彼女に集中していたのだろう。

 俺は、後ろから来ている先輩トレーナーに気づかなかった。

 

「彼女を知ってるんです?」

「今までの模擬レースは、全て三着。平凡な出自、愛らしく人当たりの良い娘さ」

 

 勝ちきれないが真面目にレースと鍛錬はこなしている。

 ツインテールに近い独特の髪型のウマ娘。

 戦法は芝の先行か差し。

 

 それ故に、ナイスネイチャは秘かに人気なウマ娘だ。

 これからデビューしても、数勝は固いと誰もが思うのではないか。

 

「それはトレーナーからの人気が出そうだ。なら何故模擬レースに?」

「だろ? 実は俺も彼女を狙ってるんだが。今の所、全てのスカウトを断わっているらしくてな」

 

 トレーナーも仕事なので、教えるウマ娘は素直であることが喜ばれるものだ。

 しかし扱いやすく見える彼女に、不思議とトレーナーはついていない。

 

「理由があるんだろうが。まあ、彼女はまだ中等部だ。そこまで焦っていないのだろう」

 

 次はスカウトして見せるさ。

 そう先輩は語って見せるが。

 俺にはそれが不可能と思える。

 

(アイツ。走り切ったというのに、息が上がってねーな)

 

 それは、俺が彼女というものを多少なりとも知っているからだろう。

 

「もー! ネイチャちゃんったら。また手を抜いているー!」

 

 近くの観客席に寄ると、彼女の知人であろう制服姿のウマ娘が複数。

 

 子供っぽく小柄なのはマヤノトップガン。

 隣には無言で俯く、マーベラスサンデー。

 

「貴方は確か、新人のトレーナーさん? トレーナーさんもテイオーや彼女のスカウトに?」

「ああ、ネイチャのな。彼女の順位が偏ってるのが気になってな」

「トレーナー!? よろたんうぇーい!」

「ああ。うぇーい」

 

 こっちはメジロ家の令嬢が一、メジロパーマー。

 それに青メッシュが目立つダイタクヘリオス。

 

「トレーナーってことは、マヤのスカウトにも来た感じ? キャーっ!」

「それはまた今度な」

「ぶー!」

 

 俺が知る限りネイチャの周りを集めたって感じの面子だな。

 彼女たちもまた実力者の卵、といった所か。

 

「私は会長さんと合同で、ネイチャの順位操作の噂を調べにきたんだけど。今の所、問題がないって感じかな」

「ああ。パーマー、君もそう思うか。気づくやつは気づくよな」

 

 パーマーが言う件が事実なら、生徒会長が直々に動いてもよさそうなものだが。

 ネイチャの友人であるパーマーがこうやって調べている辺り、最初から大事(おおごと)にするつもりはなさそうだな。

 

「URAのルールでさ、八百長とかは禁じられているでしょ? でも、どーみても斜行や事前の談合をしているという証拠がなくってさ。けん制みたいなひっかけはしても、レースのルールに収まっていると思うんだよ」

 

 パーマーが言う通り、ネイチャが不正をしているという証拠は一切ない。

 恐らく、いくら叩いたところで埃が出ることはないのだろう。

 

 ただ、こうして彼女を知る者から違和感を持たれてはいる。

 

 近しくなければ、その違和感に気づくのは難しいのだ。

 俺も言われなければ気づけたかは怪しい所だった。

 

「ルールを知る側の俺が言うのもなんだが、マヤノの証言は効力がないか?」

「パワーをセーブしているからって、罰するのは難しいんじゃないかなー」

 

 これは、自分でも言っていて白々しいな。

 

 当然だが全身全霊であらゆるレースに挑むのは不可能と言って良い。

 そんなことをしてはウマ娘とはいえ身体が持たないからだ。

 

 だからウマ娘が”このレースをGⅠレースの前の試金石に”というのも良くある話である。

 

「勝つためではなく”走り続けるため”って言うの? そういう走りもアリらしいし? 会長さん曰く、地方ではそういう走りを良く見るんだって」

「中央ではハルウララがそうだな」

 

 手を抜く走りがレースに敬意を持ってる走りか、というと怪しいラインだけどね。

 それを聞いて、カサマツのやる気のないウマ娘たちを思い浮かべる。

 彼女は苦笑して、俺もそれに頷いた。

 ナマケモノ娘というのは、あまり良い評判とはならない。

 

「まー、まだ模擬レースという選抜の段階だしね。流石にアレを、ヘリオス相手にするとは思えないけど」

「しかし一着を取らない理由はそれとしても、それならば何故彼女は中央にという疑問が残る。そういう走りをするなら、地方の方が向いていると思うが」

 

 中央はウマ娘に求められる要求が高い。

 トレーナーでもそうなのだ。

 当然、多くのウマ娘が生き残るために必死になっている。

 

 要求に対して真剣でないウマ娘がいない訳ではないが。

 それは極々一部の選ばれた者の特権である。

 果たして、ネイチャも”そちら側”であるのか?

 

「それに関しては、ネイチャはあんまし触れて欲しくないみたいだよ。彼女自身、やってることがムジュンしているって分かってるっぽいし。だったらウチら、あんまし突っつくのも悪いっしょ?」

 

 となると実力は”未知数”、か。

 概ねの検討はつくが。

 こればっかりはシリーズを走らないと分からないだろうな。

 

「結局、私は難しいことが分かんなくてさ。ネイチャと一緒に走れればそれでいいかなーってさ」

「ネイチャはウチらん中でも、マジ頭良い的な? それだったら悪い事する意味なくね?」

「ネイチャは特に噂や外見とか気にするタイプだし。不正した時のペナルティは、嫌がるんじゃないかな?」

 

 ギャル同士は仲が良いなあ。

 俺が聞いた話では、ネイチャはあまり他人となれ合わないと聞いていたんだが。

 

「ネイチャちゃんは本当にすごいんだよ! なのにいっつも嘘ついて、マヤの相手をしてくれないんだもん!」

「そこまで言うか?」

 

 トレセン学園に来るまでの彼女には謎が多い。

 彼女がレースで速かったという話は一切聞かなかったが。

 ある日突然、親を含めて誰にも言うことなく中央に来たという。

 

 スペシャルウィークという例がない訳ではないが、中々異色の経歴だろう。

 

「貴方こそがネイチャの光。お願い、どうか彼女をマーベラスに導いてあげて」

 

 今まで黙っていたマーベラスサンデーの、吸い込まれる程に綺麗な目がこちらを見つめている。

 彼女はネイチャと同室であり、何か知っていることがあるのだろうか?

 

「? マベちんがそういう言い回しをするって、すっごく珍しいよね。マベちんだったら、誰かじゃなく自分がマーベラスにしてあげる! って言いそうなのに」

「…マーベラス」

 

 マーベラスサンデーはネイチャに対して何か事情を知っているようであったが。

 いくら彼女に聞いても、彼女は何も話すことがなかったとだけ言っておこう。

 

 ただ、マーベラスが俺に助けを求めたということが。

 やけに印象に残った。

 

 

**

 

 

 まだ何も始まらない朝の時間。

 

 噂に聞くナイスネイチャ、彼女に会うこと自体はすんなりと出来た。

 俺はトレーナーで、彼女にはまだトレーナーがついてない。

 故にトレーナーの俺が近づということに、彼女の対応は手慣れたものだった。

 

「あはは。お誘いの所悪いけど、今はトレーナーを募集してないんだ。ごめんね?」

 

 見た瞬間感じたのは、驚きの感情。

 容姿に優れるウマ娘にとしては平均的な見た目、そして人好きのする笑み。

 

 なるほど実際に会ってみると、聞いた話と印象が随分と違う。

 どちらが本当の彼女かは、迷うまでもないだろう。

 

「君の、母親からの紹介で来た」

 

 何故俺がネイチャに近づくのかというと、別にたいした理由ではないのだが。

 中央の新人トレーナーとなった俺は、彼女の母親と知り合いであり。

 母親から”彼女のことを見てやって欲しい”と頼まれ、それで一度会ってみようということになった。

 

 俺がそのことを口にすると、反応は劇的だった。

 …悪い方に。

 

(ウマ娘と関わる以上、覚悟はしていたつもりだが。こうして敵意を向けられるのは随分と久しぶりだな)

 

 感じたのは強い警戒、あるいは純粋なる殺意。

 こういう目を俺は知っている。

 

 何故、こんな平和な場所でコレを見なければならないんだか。

 安請け合いしたことを若干後悔せずにいられない。

 

「それが、こんな舐めた態度のウマ娘だとは、ライバル達が哀れだな。何故そんなに暗い瞳をして走る?」

「アタシの事を詮索するなって、パーマー達に言われなかった? ヒトの話を聞いてないバカなの?」

「ウマ娘の指導が、俺の仕事だからな。それは君のような癖ウマ娘も例外ではないのさ」

 

 こりゃ消されるかもしれんな、と若干呑気に考える。

 

 目の前の無というか、害虫が出たときにするような顔。

 口だけのやつは幾らでもいるが、多分コイツは”やる”んだろうな。

 理事長が管理するこの学園で、それをやるとは思いたくないんだが。

 

「君が使っている漢方は禁止薬物、とまではいかないが。使用するには非常にハイリスクな物のはずだ。そこまでして走りたい、という理由があるだろうに」

「どうせアレに吹き込まれたんだろうけど。その質問に答える必要があるっていうの?」

 

 俺が彼女の目を見ると、視線的には見下す形になる。

 彼女はそれに睨み返し、お互いに一歩も引かない状態である。

 

 とはいえ、その均衡は長く続かなかった。

 

「あっ。いたいたー。わーいネイチャー! ナイスネーちゃーん!」

「トウカイテイオー?」

 

 彼女は穢れを知らないというべきか。

 友達に会いに来た子供にしか見えないトウカイテイオーがこちらにと駆け寄ってきた。

 

「やっと見つけた! ネイちゃん聞いてよー、今度の芝2000mの出走グループが一緒って決まったんだー!」

「アタシはナイスネイチャだッ! ネイチャーでもネーちゃんでもないッ!」

「すまんね」

 

 ネイチャは神経質そうに怒鳴っている。

 名前を間違えられるというか、あだ名で呼ばれるのがそんなに嫌なのか?

 ウマ娘は神経質な子が多いとはいえ、そう言う所は意外に子供っぽいのだな。

 

「じゃ。ちょっとアタシはこれから、この子と話があるから。ごめんなさいね♪」

「…ネイチャが、ボクに付き合ってくれる? でも、いいのトレーナー?」

「コイツはアタシのトレーナーじゃないから。ほら、さっさと行った行った」

 

 テイオーを利用する形で、ネイチャには逃げられてしまった…

 

 言うまでもなく第一印象は最悪だろう。

 

 これではスカウトして、すぐ契約とはいかないだろうな。

 

「全く。俺は、とんでもないウマ娘を紹介されたものだな」

 

 ネイチャとのスカウトには、随分と時間がかかりそうだ。

 そう俺は思うのだった。




本日の楽曲はラジオネーム「こねこねもげまげ」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、サベージ・ガーデンのファーストアルバムより「アイ・ウォント・ユー」。
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