体操着姿のウマ娘たちがレースを走る。
今日の俺はトレーナーとして、模擬レースを見に来ていた。
一番人気は勿論、トウカイテイオー。
良家のお嬢様であり、その才能からデビュー前から注目が集まっている。
あのシンボリルドルフの再来との噂もあり、恐らくは彼女が世代を代表するウマ娘となるのだろう。
レースも終わり、彼女の前に多くの同僚たちが集まっている。
勿論、俺も彼女にスカウトすべきなのだが。
(自分より圧倒的に有利な立場のウマ娘を口説くにはどうするか、か。今後の課題だな)
それより注目すべきは、次の模擬レース。
今日はこのために、ここに来たと言っても過言ではない。
そのウマ娘は、レース終盤に追い上げを見せる。
しかし、差し切るには僅かに届かず”いつものように三着”。
そう、彼女の名は。
「ナイスネイチャに興味があるのか? やめとけ、やめとけ。彼女は秘かに人気なんだ」
随分と彼女に集中していたのだろう。
俺は、後ろから来ている先輩トレーナーに気づかなかった。
「彼女を知ってるんです?」
「今までの模擬レースは、全て三着。平凡な出自、愛らしく人当たりの良い娘さ」
勝ちきれないが真面目にレースと鍛錬はこなしている。
ツインテールに近い独特の髪型のウマ娘。
戦法は芝の先行か差し。
それ故に、ナイスネイチャは秘かに人気なウマ娘だ。
これからデビューしても、数勝は固いと誰もが思うのではないか。
「それはトレーナーからの人気が出そうだ。なら何故模擬レースに?」
「だろ? 実は俺も彼女を狙ってるんだが。今の所、全てのスカウトを断わっているらしくてな」
トレーナーも仕事なので、教えるウマ娘は素直であることが喜ばれるものだ。
しかし扱いやすく見える彼女に、不思議とトレーナーはついていない。
「理由があるんだろうが。まあ、彼女はまだ中等部だ。そこまで焦っていないのだろう」
次はスカウトして見せるさ。
そう先輩は語って見せるが。
俺にはそれが不可能と思える。
(アイツ。走り切ったというのに、息が上がってねーな)
それは、俺が彼女というものを多少なりとも知っているからだろう。
「もー! ネイチャちゃんったら。また手を抜いているー!」
近くの観客席に寄ると、彼女の知人であろう制服姿のウマ娘が複数。
子供っぽく小柄なのはマヤノトップガン。
隣には無言で俯く、マーベラスサンデー。
「貴方は確か、新人のトレーナーさん? トレーナーさんもテイオーや彼女のスカウトに?」
「ああ、ネイチャのな。彼女の順位が偏ってるのが気になってな」
「トレーナー!? よろたんうぇーい!」
「ああ。うぇーい」
こっちはメジロ家の令嬢が一、メジロパーマー。
それに青メッシュが目立つダイタクヘリオス。
「トレーナーってことは、マヤのスカウトにも来た感じ? キャーっ!」
「それはまた今度な」
「ぶー!」
俺が知る限りネイチャの周りを集めたって感じの面子だな。
彼女たちもまた実力者の卵、といった所か。
「私は会長さんと合同で、ネイチャの順位操作の噂を調べにきたんだけど。今の所、問題がないって感じかな」
「ああ。パーマー、君もそう思うか。気づくやつは気づくよな」
パーマーが言う件が事実なら、生徒会長が直々に動いてもよさそうなものだが。
ネイチャの友人であるパーマーがこうやって調べている辺り、最初から
「URAのルールでさ、八百長とかは禁じられているでしょ? でも、どーみても斜行や事前の談合をしているという証拠がなくってさ。けん制みたいなひっかけはしても、レースのルールに収まっていると思うんだよ」
パーマーが言う通り、ネイチャが不正をしているという証拠は一切ない。
恐らく、いくら叩いたところで埃が出ることはないのだろう。
ただ、こうして彼女を知る者から違和感を持たれてはいる。
近しくなければ、その違和感に気づくのは難しいのだ。
俺も言われなければ気づけたかは怪しい所だった。
「ルールを知る側の俺が言うのもなんだが、マヤノの証言は効力がないか?」
「パワーをセーブしているからって、罰するのは難しいんじゃないかなー」
これは、自分でも言っていて白々しいな。
当然だが全身全霊であらゆるレースに挑むのは不可能と言って良い。
そんなことをしてはウマ娘とはいえ身体が持たないからだ。
だからウマ娘が”このレースをGⅠレースの前の試金石に”というのも良くある話である。
「勝つためではなく”走り続けるため”って言うの? そういう走りもアリらしいし? 会長さん曰く、地方ではそういう走りを良く見るんだって」
「中央ではハルウララがそうだな」
手を抜く走りがレースに敬意を持ってる走りか、というと怪しいラインだけどね。
それを聞いて、カサマツのやる気のないウマ娘たちを思い浮かべる。
彼女は苦笑して、俺もそれに頷いた。
ナマケモノ娘というのは、あまり良い評判とはならない。
「まー、まだ模擬レースという選抜の段階だしね。流石にアレを、ヘリオス相手にするとは思えないけど」
「しかし一着を取らない理由はそれとしても、それならば何故彼女は中央にという疑問が残る。そういう走りをするなら、地方の方が向いていると思うが」
中央はウマ娘に求められる要求が高い。
トレーナーでもそうなのだ。
当然、多くのウマ娘が生き残るために必死になっている。
要求に対して真剣でないウマ娘がいない訳ではないが。
それは極々一部の選ばれた者の特権である。
果たして、ネイチャも”そちら側”であるのか?
「それに関しては、ネイチャはあんまし触れて欲しくないみたいだよ。彼女自身、やってることがムジュンしているって分かってるっぽいし。だったらウチら、あんまし突っつくのも悪いっしょ?」
となると実力は”未知数”、か。
概ねの検討はつくが。
こればっかりはシリーズを走らないと分からないだろうな。
「結局、私は難しいことが分かんなくてさ。ネイチャと一緒に走れればそれでいいかなーってさ」
「ネイチャはウチらん中でも、マジ頭良い的な? それだったら悪い事する意味なくね?」
「ネイチャは特に噂や外見とか気にするタイプだし。不正した時のペナルティは、嫌がるんじゃないかな?」
ギャル同士は仲が良いなあ。
俺が聞いた話では、ネイチャはあまり他人となれ合わないと聞いていたんだが。
「ネイチャちゃんは本当にすごいんだよ! なのにいっつも嘘ついて、マヤの相手をしてくれないんだもん!」
「そこまで言うか?」
トレセン学園に来るまでの彼女には謎が多い。
彼女がレースで速かったという話は一切聞かなかったが。
ある日突然、親を含めて誰にも言うことなく中央に来たという。
スペシャルウィークという例がない訳ではないが、中々異色の経歴だろう。
「貴方こそがネイチャの光。お願い、どうか彼女をマーベラスに導いてあげて」
今まで黙っていたマーベラスサンデーの、吸い込まれる程に綺麗な目がこちらを見つめている。
彼女はネイチャと同室であり、何か知っていることがあるのだろうか?
「? マベちんがそういう言い回しをするって、すっごく珍しいよね。マベちんだったら、誰かじゃなく自分がマーベラスにしてあげる! って言いそうなのに」
「…マーベラス」
マーベラスサンデーはネイチャに対して何か事情を知っているようであったが。
いくら彼女に聞いても、彼女は何も話すことがなかったとだけ言っておこう。
ただ、マーベラスが俺に助けを求めたということが。
やけに印象に残った。
**
まだ何も始まらない朝の時間。
噂に聞くナイスネイチャ、彼女に会うこと自体はすんなりと出来た。
俺はトレーナーで、彼女にはまだトレーナーがついてない。
故にトレーナーの俺が近づということに、彼女の対応は手慣れたものだった。
「あはは。お誘いの所悪いけど、今はトレーナーを募集してないんだ。ごめんね?」
見た瞬間感じたのは、驚きの感情。
容姿に優れるウマ娘にとしては平均的な見た目、そして人好きのする笑み。
なるほど実際に会ってみると、聞いた話と印象が随分と違う。
どちらが本当の彼女かは、迷うまでもないだろう。
「君の、母親からの紹介で来た」
何故俺がネイチャに近づくのかというと、別にたいした理由ではないのだが。
中央の新人トレーナーとなった俺は、彼女の母親と知り合いであり。
母親から”彼女のことを見てやって欲しい”と頼まれ、それで一度会ってみようということになった。
俺がそのことを口にすると、反応は劇的だった。
…悪い方に。
(ウマ娘と関わる以上、覚悟はしていたつもりだが。こうして敵意を向けられるのは随分と久しぶりだな)
感じたのは強い警戒、あるいは純粋なる殺意。
こういう目を俺は知っている。
何故、こんな平和な場所でコレを見なければならないんだか。
安請け合いしたことを若干後悔せずにいられない。
「それが、こんな舐めた態度のウマ娘だとは、ライバル達が哀れだな。何故そんなに暗い瞳をして走る?」
「アタシの事を詮索するなって、パーマー達に言われなかった? ヒトの話を聞いてないバカなの?」
「ウマ娘の指導が、俺の仕事だからな。それは君のような癖ウマ娘も例外ではないのさ」
こりゃ消されるかもしれんな、と若干呑気に考える。
目の前の無というか、害虫が出たときにするような顔。
口だけのやつは幾らでもいるが、多分コイツは”やる”んだろうな。
理事長が管理するこの学園で、それをやるとは思いたくないんだが。
「君が使っている漢方は禁止薬物、とまではいかないが。使用するには非常にハイリスクな物のはずだ。そこまでして走りたい、という理由があるだろうに」
「どうせアレに吹き込まれたんだろうけど。その質問に答える必要があるっていうの?」
俺が彼女の目を見ると、視線的には見下す形になる。
彼女はそれに睨み返し、お互いに一歩も引かない状態である。
とはいえ、その均衡は長く続かなかった。
「あっ。いたいたー。わーいネイチャー! ナイスネーちゃーん!」
「トウカイテイオー?」
彼女は穢れを知らないというべきか。
友達に会いに来た子供にしか見えないトウカイテイオーがこちらにと駆け寄ってきた。
「やっと見つけた! ネイちゃん聞いてよー、今度の芝2000mの出走グループが一緒って決まったんだー!」
「アタシはナイスネイチャだッ! ネイチャーでもネーちゃんでもないッ!」
「すまんね」
ネイチャは神経質そうに怒鳴っている。
名前を間違えられるというか、あだ名で呼ばれるのがそんなに嫌なのか?
ウマ娘は神経質な子が多いとはいえ、そう言う所は意外に子供っぽいのだな。
「じゃ。ちょっとアタシはこれから、この子と話があるから。ごめんなさいね♪」
「…ネイチャが、ボクに付き合ってくれる? でも、いいのトレーナー?」
「コイツはアタシのトレーナーじゃないから。ほら、さっさと行った行った」
テイオーを利用する形で、ネイチャには逃げられてしまった…
言うまでもなく第一印象は最悪だろう。
これではスカウトして、すぐ契約とはいかないだろうな。
「全く。俺は、とんでもないウマ娘を紹介されたものだな」
ネイチャとのスカウトには、随分と時間がかかりそうだ。
そう俺は思うのだった。
本日の楽曲はラジオネーム「こねこねもげまげ」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、サベージ・ガーデンのファーストアルバムより「アイ・ウォント・ユー」。