これは、神の領域というべき所で行われた。
三女神による、そんなあったかもしれない話。
その景色はモノトーンで、どこかシステマチック。
そんな中、またひとりの魂が呼び出される。
「え? 神様転生? すげー! やるやる! 特典つけて!」
元気いっぱいに叫んだその声は、三女神の間に響いた。
「お、いいねえ。シンプルに欲望に正直なの。最近いなくなってんだわ。こういうの、俺は嫌いじゃないぜ」
赤色の女神、ダーレーアラビアンは口元を緩めて笑う。
「で、特典つけてくれるんだよね?」
魂は期待に満ちた目で神々を見る。
「まあ、そりゃいいけど。能力の希望は聞こうか?」
「コピー能力! コピー能力つけて! 無双したい!」
「はいはい。コピー能力ね。わかったわかった。ちょろいもんさ」
話は終わったと、また一つ魂を送り出す。
「良かったのか? あんな安受けしておいて」
「まあ、実力はある娘を当てとこうか。素質が良いなら、多分文句もないでしょ」
そして——
なんか納得いかなーい!
ウマ娘として産まれた後、そう彼女は叫んだったのだ。
**
一人の女性が腰を低くして這いつくばる。
その姿は、まるで地面に溶け込もうとするかのように小さく、弱々しかった。
それを見て女神ダーレーアラビアンは、胸を張って自身満々のポーズをとる。
「わたしは痛いのとか苦しいのは嫌いなんです。これまで激しい運動はしたことがありません。それでもウマ娘になれますか?」
「はい! なれますよ(ニコニコ)」
赤色の女神の事務的に張り付いた笑顔が、ピクピクと痙攣する。
「わたしは志も低いし体力もありません。これまで勝負もしたことがありません。貴女より強くなれますか?」
「面白い事を言うなあ、このウジ虫が~(はい! 一生懸命トレーニングすれば俺より強くなれますよ!)」
本音が漏れてるわよ~。
青色の女神、ゴドルフィンバルブはそう思ったものの。
特に指摘はしなかった。
自分だって、こんな舐め腐ったこと言われたらムカつくし。
「わ…わかりました。ウマ娘になります」
それでも女性は、震える声で答える。
「流石に今の甘ったれを迎え入れてよかったのか?」
「まあ、いいんじゃないかな? なるようになるポジションを与えておくよ」
ウマ娘っていうのは苦痛を伴うんだ。
悔しいんだが、仕方ないんだ。
その事実を、彼女は唯一のG1勝利、エリザベス女王杯で痛感することになる。
**
天才はいる、悔しいが。
三女神がそう思うかはわからないが、その男もまた天才だった。
彼の死は静かで、誰にも看取られることなく訪れた。
だがその魂は、確かにここに辿り着いた。
三女神の間に、ひとつの魂が立つ。
その姿は穏やかで、神にも劣らぬ超然したような雰囲気を纏っていた。
「で、君は死んだけど。もう一度、やってみない?」
軽く問いかける女神の声に、男は少しだけ首を傾げた。
その反応は驚きでも拒絶でもなく、ただ静かな納得だった。
「働きすぎたかもとは思っていたが。死んだのか。そうか」
彼の言葉には、悔いは感じられない。
まるで、次のステージに進むことが当然であるかのように。
「聞いたぜ。君、国民的ユーチューバーだったらしいね? 人気ウマ娘とかやってくんない?」
三女神のひとりが、興味深そうに身を乗り出す。
その目は、まるで新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。
「ウマ娘か。聞いたことはあるが」
男は少しだけ目を細める。
その名に聞き覚えはあっても、深く関わったことはないらしい。
「人気者だったといはいえ。出来ればナイスネイチャとかで抑えて欲しいんだが」
「あー。せっかく希望を言ってくれたのに。悪いけど先約があってね。ごめんね」
女神は申し訳なさそうに肩をすくめる。
その態度は礼儀正しく、しかし譲る気はない。
「思うのだが。正直、アレみたいな男よりはコイツみたいな方が政治的には”正しい”のではないのか?」
黄色の女神、バイアリータークがぼそりと呟く。
その視線の先には、以前見送った別の魂の記憶があった。
「あっはっは。アレのようなゲス外道でも、”生きたい”という思いだけで此処に来たんだからねぇ。俺が思うに、多分アレ以上にガッツという意味での適任はいないよ?」
目の前の魂にとって、神の事情は分からないが。
どうもここにおいて、生前の行いによって裁かれる、ということは無いらしかった。
「で、俺としては子羊君にハイセイコーかオグリキャップをやって欲しいんだけど。どう?」
神が提案する名は、一般人でも知られるくらいには特別な存在。
男は少しだけ考え込む。
「詳しくはないが、なかなか重役だと思う。私に務まるのか?」
その言葉には謙遜があったが、同時に責任を受け止める覚悟も感じられた。
「そう謙遜するけど。貴方ほどの素養のある人は殆どいないのよ~」
女神は満面の笑みでそう言った。
その笑顔には、確かな期待が込められていた。
「そうか」
男は短く答える。
その声には、静かな決意が宿っていた。
「わかった。それが誰かのためだというなら。私は受けよう。それしか出来ない男だからな」
その言葉に、三女神は一瞬だけ沈黙した。
そして、満足げに頷く。
「その答えが出来るってことは、やはり君は大物なんだろうね。いいね!」
三女神の間に、再び軽やかな空気が流れる。
「せっかくだから、他に要望があるなら聞くけど。何かある?」
女神は気軽に尋ねるが、男は首を横に振った。
「いや、せっかく聞いてくれて悪いが。あまり思いつかないな」
その答えは、彼らしいといえば彼らしい。
欲望よりも義務を優先する男だった。
「じゃあ、どっちにするかは俺たちのほうで考えておくかな。調整しておくよ」
三女神は軽く頷き合う。
その場の空気は、すでに次の物語へと動き始めていた。
「一応、聞いておくが。後の世の私はどのような扱いになっているんだろうか」
「どうだろうね? 少なくとも君は、日本で末代まで遊んで暮らせるほど稼いだんだろう? そう悪い事にはなってないと思うけどね?」
男の問いは、少しだけ過去を振り返るような響きを持っていた。
女神の言葉に、男は静かに頷いた。
「…そうだな」
そして…
どこまでいっても私は人気者らしいと。
産まれてから彼女はそう思うのだった。
**
その幼き女の子を見て、流石に三女神たちは顔をしかめた。
彼女はまだ幼く、あどけない顔に決意の色を浮かべていた。
その姿は、三女神の選定の場にしてはあまりにも場違いだった。
「あらあら」
「これは…」
女神の青と黄が、眉をひそめながら声を漏らす。
「オイオイ、オイオイ。君みたいなのがココに来るのは若すぎるよ」
ダーレーアラビアンは困惑の表情を隠そうともしない。
少女は、怯えることなくまっすぐに神々を見つめていた。
その瞳には、年齢に似合わぬ覚悟が宿っていた。
「でも、ここに来るなら。もう一度があるって聞いたのです」
その言葉に、三女神は一瞬だけ沈黙した。
その”もう一度”が、どれほどの重みを持つかを知っているからこそ。
「困るんだよねー、君みたいに若すぎる子を利用するのは。女神である俺達にも立場ってモノがあるからさ、児童労働みたいな虐待しているって噂されるのはダメなんだよ」
女神は肩をすくめながら、どこか冗談めかして言った。
だがその声には、確かな戸惑いが混じっていた。
少女は唇を噛み、少しだけ俯いた。
そして、静かに問いかける。
「いやです。それとも神様はやはり残酷なのですか?」
その言葉は、三女神の胸を刺した。
幼いながらも、彼女の言葉には真実を問う力があった。
「どうする? こういうタイプ、俺的には本気で嫌なんだけど」
三女神の間に、再びざわめきが走る。
その中で、ひとりが静かに言った。
「仕方あるまい。腹をくくれ、ダーレー。未熟者の面倒を見るのも我らの器量というものだろう」
その言葉に、ダーレーアラビアンは深く息を吐いた。
そして、少女の前に歩み寄る。
「仕方ないか。いいだろう。君をウマ娘として認めようじゃないか」
その瞬間、少女の顔に光が差した。
まだ幼い彼女の旅が、ここから始まる。
―自分が存在したことを、今一度証明するために。
**
「神様転生か。とはいえ、ウマ娘には興味はないんだけど」
男は腕を組み、神々の前で静かに言った。
その声には熱も興奮もなく、ただ冷静な観察者のような響きがあった。
「別にそれはいいよ。で、何か特典とか要望とかあるかい?」
女神のひとりが肩をすくめる。
ウマ娘への情熱は必須ではない。
重要なのは、生きるという意思のみ。
「もっと、賢くなりたいな。出来ない?」
男の言葉に、三女神は一瞬だけ沈黙した。
その願いは、力や名声ではなく、知性への渇望だった。
「珍しい願いだね。とはいえ、君の経歴からは随分と賢そうに見えるけど?」
女神は首を傾げながら言う。
彼の過去には、確かに知性の片鱗が見え隠れしていた。
「まあ、俺にも色々事情があるんだよ」
男は目を伏せ、少しだけ苦笑する。
その言葉の裏には、語られぬ過去があった。
「うーん。賢いウマ娘っていったら、シンボリルドルフやテイエムオペラオーかー」
三女神は思案するように名を挙げる。
どちらも、知性と実力を兼ね備えた名馬だ。
「忖度なく言うならば、貴様には実力の面で随分と荷が重いようだが…」
黄色の女神が、やや辛辣に言い放つ。
だが、それは正直な評価でもあった。
「あ、そういや賢いっていうか、”極端に賢くなってしまう”娘いるけど、どう?」
女神の口調が少しだけ軽くなる。
その言い方には、何か含みがあった。
「随分と変な言い方をするな… ゴールドシップとかじゃないよな?」
男は眉をひそめる。
その名に、奇行のイメージが強すぎる。
「大丈夫大丈夫。君にはユーモアはなさそうだから、そういう役はさせないさ」
女神は笑いながら言う。
その笑顔には、少しだけ毒が混じっていた。
「まあ、役割自体が人を選びすぎて、正直俺たちの手にも余ってる役なんだけど。適正あるから、やってくれたら嬉しいかなー、って奴」
三女神は互いに視線を交わす。
その役は、誰にでも任せられるものではなかった。
「…それで賢くなれるなら」
男は静かに問い返す。
その声には、わずかな希望と大きな不安が混じっていた。
「賢さは保証するよ。賢さは」
女神は断言する。
だが、その言葉の繰り返しが、逆に不安を煽る。
「不安だ…」
男はぽつりと呟いた。
その言葉は、三女神の間に小さな笑いを生んだ。
そこで彼女は知ることとなる。
宇宙とは、こんなに簡単なことだったのだと。
そして、全てを理解した。
ユーイチ、ikze、デム郎。
そして―、すべては愛なのだと。
**
「子羊君のような
女神は腕を組みながら、どこか期待を込めて言った。
その口調は軽いが、目の奥には本気の評価が宿っていた。
「でもさあ、気性難というか。子羊君、ぶっちゃけ人間のこと嫌いだろ?」
ダーレーアラビアンは遠慮なく核心を突く。
場の空気が少しだけ重くなる。
「…ええ、まあ」
その女は目を逸らしながら答えた。
その声には、否定しきれない感情が滲んでいた。
「子羊君もソシャゲのキャラのことだから、多少なりとも知っているだろうけど。ウマ娘ってのは人間
女神は指を立てて強調する。
その言葉は、ウマ娘という存在の本質を突いていた。
「ギギギ」
「ギギギじゃないが」
女は歯を食いしばるように唸った。
その反応に、女神はすかさず返す。
場の空気が少しだけ和らぐ。
だが、問題の本質は変わらない。
「なんとか、なりませんか?」
女の声は、切実だった。
その瞳には、諦めきれない強い意志が宿っていた。
「何とかできなくもないけど。洗脳というか、子羊君の根幹を大分変えなきゃならないね」
女神は慎重に言葉を選ぶ。
それは、人格の再構築に近い提案だった。
「やります」
「わーお、即答」
あまりの早さに、驚きと感嘆が混じった声が漏れる。
その決意は、予想を超えていた。
「改変は。多少なりとも苦痛を伴うぞ」
バイアリータークが、静かに警告する。
その言葉には、優しさと責任が込められていた。
「それに、あんまり弄りすぎると、元の貴女である理由がなくなっちゃうわ」
三女神の間に、少しだけ沈黙が流れる。
その先にあるものは、希望か、それとも喪失か。
「こういう方面のやる気は、ある意味貴重な人材なのかな? いいじゃないか。俺に任せなよ」
女神は笑みを浮かべて言った。
その声には、どこか職人のような手慣れが感じられる。
「…運営が牝馬を大量に導入したしわ寄せが回ってきているな」
ぼそりと漏れた言葉に、女神は苦笑する。
現実の事情が、三女神の領域にも影響を与えていた。
「まあ、いいじゃん。改変するのは運営もやってることだしね。そこをどうするかを俺たちは楽しもうぜ」
三女神は肩をすくめながら、次の物語を見据える。
その先にあるのは、苦悩か、栄光か。
後に伝説の名ウマ娘と呼ばれるウマ娘の、その妹。
彼女は愛の使者となるべく洗脳を受け、愛してくれる者が愛する者であるという幸運を手にすることが出来ていた。
本日の楽曲はラジオネーム「ユニバース感覚」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、ウェザー・リポートの同名のアルバムより「ミルキー・ウェイ」。