前回のトレーナー君はトレーナー君と呼ぶに相応しいのでそのままです。
2021/12/05 ヤエノムテキを例に挙げる所が不自然だったので修正
2022/07/08 マルゼンさんクリークと同学年っぽいので修正
「夏合宿施設のエアコンの設置は、不許可か」
これは私のドリームトロフィーリーグ進出前に議論に上げたものだったが却下されてしまった。
その理由として海近くで起こる塩害が挙げられている。
過去にも設置されたことがあったそうだが故障が多発して以降、設置がされていないようだった。
「しかし保健室の設置は許可すると」
学内の保健室は一種の霊地とも呼べるものだ。
オカルトの域こそ出ないが霊魂の存在が確かに存在するこの世界において、その価値は決して安くはない。
その設置と維持には相当の値段がつくもので、エアコンより遥かに手間であるはずなのだが。
「理解ができない。私のキャラではないが、全く持って不合理だ」
思わずため息をついてしまう。
私ですらこれなのだ、我々のトップである理事長はもっと酷いだろう。
「施設の除湿ぐらいは何とかしたい。そういえば施設の近くにホテルがあったな。彼等なら何かしら知っているだろうか?」
席を立ち、ふと窓を覗く。
そこには幼さのある顔立ちに、真ん中から白・焦げ茶・茶とメッシュ分かれした髪が波立つ。
全く私の物と思えぬ亜人の美少女が写っていた。
シンボリルドルフ。
その強さにより”皇帝”と呼ばれた馬の魂をその身に宿した”ウマ娘”。
それが私だった。
何故わたしはそのことを知っていて。
何故わたしはこうしているのか。
その疑問に答えてくれる人はどこにもいない。
机に設置してある白電話が連絡を告げ。
やや縦長な受話器を取って、私の上の方にある耳に当てる。
「私だ」
連絡によると最近転入してきたウマ娘、オグリキャップがトラブルを起こしたとのこと。
史実通りクラシック登録をしていなかったらしい。
「そうか、わかった、迅速な連絡感謝する」
やはりかと、軽くため息をついた。
彼女はこの世界においてもクラシック路線に進めないらしい。
「ウララちゃんが来たらまた似たような事が起こるんだろうな」
シンボリルドルフは、トレセン学園の生徒会長として今日も戦う。
それこそが神も仏も、誰も知らない、私自身に課している私だけの使命。
練習は楽しくないし辛かった。
しかし私は勝ち続けることが出来た。
勝てた理由は、その、私自身も分かっていないけど。
私は勝ち続けることにより、人が羨むような全てを得た。
では私は、ようやく自由になれたのか?
違う、私が得たのは自由ではなく権利なのだ。
わたしがここにいるための権利。
私はシンボリルドルフという枷に縛られている。
積み上げた実績が私を制限する。
借り物の存在、借り物の栄光。
だけど私は自由に生きようとは思わなかった。
敷かれたレールに栄光があるのなら、わたしなんて必要ないのだから。
**
書類の山を片付ける作業を終え。
しばらくリラックスしていると、ノックする音が聞こえる。
入室を促すと、その二人組の姿が見えた。
「失礼する」
「オグリキャップか」
扉から入ってきたのは葦毛のウマ娘オグリキャップとそのトレーナー。
トレーナー君の方も知らぬ人のいない程の有名人だが。
痺れるほど美しい凛とした表情の、その白髪の前には完全に隠れてしまっている。
「その本は?」
「ああ。ちょうど休憩中でね」
オグリキャップが目を向ける”ウマ娘ジョーク集”と書かれた本を閉じ。
私は誇らしげにその内容を朗読する。
「ある所で、とても素行の悪い黒毛のウマ娘が暴れていたそうだ」
「それを見かけた通りすがりのトレーナーが窘めたんだ。”メタルアンセムと同じ黒毛のウマ娘として恥ずかしくないのか。彼女のイメージを壊すんじゃない”」
「それに対してウマ娘は不機嫌になって、こう答えたそうだ。”私がメタルアンセムだと” フフッ」
秀逸で最高のジョーク。
つい可笑しくって、自然と私の口から笑みが出る。
しかしこの場の雰囲気は芳しくない。
「それはどういう冗談なのか?」
「いや。気にしなくていい。どうも私には冗談のセンスが無いらしい」
オグリキャップが特に変わらぬ表情で聞いてくる。
冗談の形が変わろうと、カイチョーのセンスは不評なようだ。
さて、軽口もこのぐらいにしておこう。
「話は聞いている。今年のクラシック登録をしていないそうだね」
私は本を棚に戻し。
彼女たちに背を向けて、腕を組みながら問う。
背を向けたままでは見えしないが。
彼女たちの真剣な雰囲気は十分に伝わってくる。
「さて、君はどうしたい?」
私の作り出す重苦しい沈黙が少しばかり流れるが。
その中で葦毛の声が勇気を出す。
「私は。私を応援してくれている人たちの為にも、今年のクラシックに出たい。その為に、会長である貴女の協力が必要だ」
君なら、そう言うと思ったよ。
そう口にするのを抑えながら私は表情を作る。
「成程。確かに、私なら委員会に口沿えが出来るだろう」
彼女の方へと振り向いて、穏やかな笑顔を向ける。
この笑顔も慣れたものだ。
「だが、私は君の参加に反対だ。クラシック登録については君の失敗だよ。オグリキャップ」
ここでトレーナー君が私に感情を向けると思ったが、そうではないようだ。
なるほど”こっち”ではないのか。
「しかし―」
「真に認識不足、これに尽きる。強者ならなおの事だ」
あえて覆いかぶせるように、独りよがりになるように。
口調だけは優しく話を続ける。
「あるいは反省材料とも言っていい。勝利から学べる物は少ないが、敗北から学べる物は多い。さて、君は”君自身の代表”としてどっちを選ぶ?」
その言葉を聞いて。
すぐにオグリキャップが立ち上がった。
「分かった。すまない。会長の貴重な時間を割いてしまった」
「何、構わないさ。好きでやっている仕事だからね」
小さく、しかしハッキリと彼女は口にする。
その言葉と表情からは反省こそ感じるが。
諦めのようなものはなく小ざっぱりしている。
「いいのかオグリ?」
「ああ。彼女にも応援してくれている人たちがいる」
「そうか」
トレーナー君の方が問いかけるが。
肝心のオグリキャップがやる気でないのであれば。
この場では大人しく引くようだった。
「機会があればまた来ると良い。君達の活躍に期待しているよ」
ウマ娘にとってクラシックは一生に一度あるかないかの大舞台。
こうしてオグリキャップは可能性を望まれながらも、そのスタートラインに立つことなく終えたのだった。
それは殆どのウマ娘がそうであるように。
このことはマスコミに取り上げられ。
別のうねりを生み出すことになるのだが。
それはまた別の話。
二人が去った後の生徒会室は寂しく。
完全に静まりきっていた。
「ルドルフ。もう少し味方してやっても良かったんじゃない?」
声の方に視線を向けると。
学生らしからぬ学生の姿がそこにあった。
「マルゼンスキー。君ならそう言うと思ったよ」
ウマ娘としての彼女は、速さが過ぎて競うこと叶わなわず。
彼女は現状において、最もウマ娘の祖に近い一人でもある。
私が学園に入学した頃には彼女は既にマルゼンスキーであり、競技者としての彼女は先輩にあたる。
「貴女も彼女のクラシックでの走り、見てみたいでしょ?」
今回の件において、オグリたちに私を紹介したのも彼女だ。
とはいえ彼女としてもオグリをクラシックに出したい訳ではないのだと私は知っている。
「何か根拠でもあるのか」
「じゃないとオグリちゃんが転入した丁度にクラシック参加の御知らせを行うなんて、しないわよね?」
「お見通しか。君には敵わないな」
降参だ。
わざとらしくポーズをとる。
「ああ。見てみたいかと言われれば肯定しよう」
私にその気持ちは分からないが理解はできる。
彼女は特定のレースに出たくても出れないオグリキャップに同情していた。
自身が、かつてそうであった故に。
「観客としては、な。参加する側からしてみれば許容できんよ」
しかし結局の所、私より彼女の方が革新的ではあるものの私達二人が目指す方向は同じだった。
ウマ娘にとってレースとは世界創造の根幹に関わることである。
レースのために例え命を削ってでも、そう思う者も決して少なくない。
だが、そのことを我々は知る必要も理解する必要もない。
結局の所、オグリがクラシックを走ろうが走るまいが。
宇宙人が攻めてきたわけでもないし世界が終わる訳でもない。
彼女も私も、全てはウマ娘の栄光と繁栄のために。
「強いなら何をしてもいい。そんな事がまかり通るのであれば規則は不要だろう。そうして敗れていった者達は何が出来たというのだろうな」
レースは公平でも公正でもないが、少なくとも登録されている娘は皆ルールを守って参加しているのだ。
ルールを守る者には報いがなければならないし、そうでなければ誰もルールなど守らないだろうから。
少なくとも私はルール無用の戦いなんて見たくない。
具体的に言うと、ヤエノムテキやサクラチヨノオーが泣く。
そうでなくても彼女達は今後、ダービーにオグリが出ていればと言われ続けるだろう。
彼女達だって冠を頂く年代を代表するウマ娘なのに。
「あらら。相変わらず、お固いのだから」
「まだ固いか。どうも難しいな」
さて、別の世界線であればこの後、私は委員会の方に掛け合ったのだったか。
私は本棚に手を向けて、お気に入りの本を取り出す。
背表紙には『かいけつゾロリのテレビゲームききいっぱつ』と書かれている。
(ありのままの姿見せるなどとは狂気の沙汰だ。弱者にその余裕は無く。ただひたすらに愛嬌を磨くしかないというのに。そう思ってしまう私は、愛嬌というものを身に着けきれていないのだろうな)
現実の世界に現れたゲームの御姫様。
彼女は勇者の世界を知り、元の場所へと帰っていった。
しかし、私に帰る世界はない。
「ふふふ。”あの娘達”の走り、もっと間近で感じたいわよね」
「ああ、その通りだ。だからこそ何としても、彼等は守らねばならん」
美化されたゲームと醜い現実。
強いウマ娘に不釣り合いなわたし。
私はその間を延々と這いずり周り続けている。
「彼女の存在はひどく、危うい」
**
明かりに照らされた暗闇の中、野暮ったいジャージ姿が走る。
「オグリ。クラシックについては残念だったな」
「そうだな」
ダートコースでオグリキャップたちは練習を続けていた。
現代のスポーツ科学ではオーバーワークは褒められたものではない。
それでも無理をしてしまうのはウマ娘でもある前に人でもあるサガか。
「その割には、あまり残念そうには見えないんだが」
「そうか。そう見えるのか」
オグリキャップが頭を掻く。
彼女の感情は豊かでないが、その仕草には愛嬌が感じられる。
「思えば私は。走りたい、競いたいとは思っても、走りたいレースというのは今までなかったかもしれない。私にとってはこうして立ち、走れること自体が奇跡的なことだから。甘く見ていたのだろうか?」
ただ走りたい、か。
それは私よりマルゼンスキー寄りの思考だ。
それで強いのだから恐ろしい話である。
「ふむ、まさに清廉潔白。かえって未練がある方が、私としては好ましかったのだが」
「会長?」
「二人とも精が出るな」
私は物陰から出て、わざと足を鳴らし腕を組みつつ。
たった今ここに来たという感じを出しつつ彼女たちに姿を見せる。
「オグリ」
「もうそんな時間だったか? すまない。すぐ終わらせる」
「いや。構わないさ。この場に君達を咎める者はいないよ」
例え間違った方法であれ、彼等に努力するな、とは誰も言えない。
この学園にいる者は皆、努力しているのだから。
「それよりどうだ? 中央には慣れたかな?」
中央は彼女の居たカサマツとは何もかもが違う環境だ。
今回の件で彼女も理解しただろうが。
体調の方は崩していないだろうか。
「ああ凄いぞ、この学園は。私が食堂に行くと何度でも笑顔で迎えてくれるんだ」
「ふふ。それは何よりだ」
彼女の表情はやや緩んでる。
この様子では問題なさそうだ。
「会長は私に用があるのか」
私はその問いに頷いて答える。
トレーナー君の方は自然体だな。
口には出さないが、今回の件で私の助力が得られれば、と。
そう思ってくれれば私も楽だったろうか?
さて。
「”君のこれからの活躍に期待している”。我ながら白々しいな」
その言葉を私は抑えて。
しかし聞こえるよう口にする。
「会長?」
「君は私と同じ舞台に必ず立つ。いや、私さえも軽々と超えて見せる」
私より早いウマ娘はいれど。
私より勝負に強いウマ娘はいないとは思っている。
しかし、彼女の影響力は私の比ではないとも知っている。
彼女がオグリキャップである以上、恐らくは避けられないだろう。
それは私が、たぶん、己の運命をなぞるように。
「そして、これから続く苦難を君はまだ知らないでいる。今回の件は未だ序章ですらない」
「会長」
彼女がどのようなうねりを生み出すかは、さて。
正直、私の理解を超えている話だ。
残念ながら世界が史実通りであるという確信を持てる程、私は賢くもない。
「しかし―、”機会があればまた来ると良い”。この言葉に偽りはない」
わたしは自らの脚でここまで来たのだ。
もはや後戻りはできない。
私は己の行動に責任を持たねばならず。
何としてでも私と皆の道を切り開くのだ。
「君が絶望に沈まぬよう。皆が過ちを犯さぬよう。私は皆の礎であろう」
そう、何故なら私は。
シンボリルドルフなのだから。