2022/12/18 気になる所を修正
俺も昔はワルだった。
月並みな言葉で表現すると、そうなるのだろう。
私、ヤエノムテキの場合、悪ぶってるでもなんでもなく。
気性難という意味で、それは単なる事実だった。
サラブレッドの魂と、そのことを客観的に認識できる異界の知識。
それ等を制御する術を持たなかった幼い私は、荒れに荒れた。
私の祖父母や師範には迷惑をかけた。
それでも辛抱強く支えてくれた皆の頑張もあり。
私、ヤエノムテキはこうしてパドックに立っているのだ。
とはいえ未だに私は武人として未熟者。
己に潜む獣は完全に御して居るわけではないが...
今日は、秋の天皇賞。
バ場状態は晴れの良バ場。
対抗バとなる一番人気オグリキャップは明らかな不調。
対する私(三番人気...)はこの上ないほどの絶好調。
恐らく今日という日は最早二度とは来ないだろう。
伝説のアイドルウマ娘だろうが何だろうが関係ない。
今日の私は誰にも止めること能わず。
この日のために仕上げてきたのだ。
今日という今日は絶対に勝たせて貰う。
そう私は確信を抱いていた。
抱いていたのだった。
**
私に充てられた各ウマ娘としての楽屋の控室。
トレーナー殿には私から言ってこの場から離れてもらっている。
今のここには私以外の人物がいない状況にしてある。
鏡を見ると、そこには怒りに身を震わせるキツい目のウマ娘の姿が。
「うがあああああ!」
その鏡に向けて私は拳を振りかぶった。
高ぶる衝動をギリギリまで抑えようとしたが、勢いは止まらず。
産み出した衝撃波がガラス面を粉々に打ち砕いた。
ガラス片が刺さった拳に血が。
拳を振るうのに自分の肉体を傷つけてしまうとは、なんという未熟者。
だが、そんなことも今はどうだっていい。
「バカな、私は。私はヤエノムテキだぞ...!」
勿論、レースに勝ったのは私だ。
対戦相手は皆強かった。
メジロアルダンには大分粘られたが、それでも勝ったのは私。
誰かが勝ち、それ以外は負ける、これも勝負の常。
私が、私が勝ったのに。
「私は天才だ、誰が何と言おうと天才なんだ」
なのに、何だこの敗北感は?
いや理由は明白だが、それを私は認めることができない。
そう、またオグリキャップだ。
「オグリ! オグリ! オグリ! どいつもこいつもオグリ! 何故奴を認めてこの私を認めなんだ!」
ウマ娘の聴力は、些か過剰すぎる。
観客の声も容易く捉えてしまう。
”今日のオグリは調子悪かったねー”、これはまあ良い。
良くは無いが、まあ良いだろう。
だが、”ヤエノムテキなんかに負けるなんて”とは流石に聞き捨てならない。
貴様達に何が分かる。
私を、GⅠ二勝ウマ娘を何だと思っているんだ。
今は、自分がウマ娘であることすら腹立たしい。
「媚びろッ! この私にッ!」
「あら、荒れてるわね」
堂々と扉を開く音を聞いて。
睨みつけるようにすれば、そこには私と似た色のウマ娘の影。
その姿を見た瞬間、思わず殺気が薄れてしまう。
「マルゼンスキー、先輩。何故貴女がここに」
抜群のプロポーションに、それを隠そうとしない堂々とした姿。
彼女には気安さがありながら、自然と敬意を払いたくなる。
勿論、それは彼女と縁の薄い私でさえも例外ではない。
「あら。貴女と私は親戚みたいなものでしょ?」
「それは。恐らく、そうですが」
サラブレットは皆、遠い親戚のようなものだとは覚えているが。
彼女と私に、サクラチヨノオー達のような特別な縁があるのだろうか?
何故か私の身内に先輩のファンは多いので、彼女たちに次ぐ程度の縁が私にもあるのかもしれない。
「今の私は。とても先輩方に見せれる姿ではありません、どうか御引き取りを」
正直、誰にでも”手”が出てしまいそうなのだ。
私は常日頃から、自らの気性を抑える訓練を積んでいるとはいえ。
だが今、この瞬間だけは本当に最高に調子が悪い。
「そうね。今の貴女は、ステージの観客に見せれる状態じゃないわね」
私の機嫌の悪さは、目の前の彼女にも十分以上に伝わっているはずだ。
そして幾ら大先輩と言えど、彼女が武人であるはずもない。
腕っぷしだけで言えば、私の方が格上だろう。
それは彼女も分かっているはず。
しかし、それでも彼女は臆することなく自然体だ。
その瞳には、とても見覚えがある。
「引き下がる気は、ないようですね。何か。用ですか」
その目から師範やトレーナー殿と同じ視線を感じる。
暴力を恐れず、覚悟を決めて、何かを私に伝えようとしているのだ。
私の経験でしかないが、この手の相手は分が悪い。
「まずは今日の勝利、おめでとう。と言っておこうかしら」
貴女に何が分かる!
大声で言いたくはなる寸前だったが、ギリギリを攻める表現だ。
安っぽい台詞とはいえ、気を遣って褒められるのは悪い気はしない。
「勝てた勝負、でした。傲慢かもしれませんが。負けるつもりでレースに挑むのは愚か者のすることでしょう」
「そして勝ったのは貴女。それにしては随分と不満そうね」
私の中で罪が這い回るような感覚が、未だにゆらいでいるのを感じる。
アレを意識してしまうと、ギリリと歯を食いしばってしまうのだ。
「オグリキャップ。彼女に勝つことを当面の目標としていました」
私が毎日杯で負け、皐月賞を勝利してから彼女のことは嫌でも意識せざるを得なかった。
地方からやってきた、あの田舎者丸出しのウマ娘。
しかし、彼女という存在は正しく”怪物”と言う他なかったのだ。
”怪物”と呼ぶに値するウマ娘は、マルゼンスキー先輩を含めてそれなりにいるが。
オグリキャップというウマ娘は他の怪物達より一際異端ですらある。
「適性の差という点では。彼女と私で、そこまで差があるとは思えませんでしたから」
彼女は間違いなく強い。
この中央トレセン学園の中でも上澄みではあるだろう。
しかし、それなら私だって同じなのだ。
今日の私は
「今日は特に絶好の日でした。しかし、彼女にレースで勝ったのに、気分が晴れません」
私と彼女で何が違うというのだろうか?
私が栗毛で彼女が葦毛であることか?
そんなふざけたことであるはずはない。
目の前の先輩と同様に、ただ単に実力だけでは説明できない。
それだけではない何かがあるはずだ。
師曰く、アレが持っている独特の雰囲気とやら。
私には”それ”が分からない。
「貴女のトレーナー君なら、既に何か言っているかもしれないけど?」
「それは、言われましたが」
師範やトレーナー殿は私より遥かに思慮深い。
私は頭が良いとは言えないが、それでも彼らのことは信用している。
「私。ヤエノムテキは、もう十分すぎるぐらいに役目を果たしているのだと」
彼等は私を、そして自分自身を律する術を持っている。
そして、それを私自身は持たない。
「理解、できません」
私が確信を持てるのは、彼等がきっと”正しい”ということだけだ。
それ以上は私に分からない。
「そうね。貴女は間違いなく”年代を代表するウマ娘”。それは今回のレースでも証明された。その偉業は、未来永劫へ語られ続けることでしょうね」
「しかし、それも”オグリキャップ”の次の次だ」
認めたくないが、彼女は間違いなくレジェンド中のレジェンドだ。
オグリを調べれば、必然的にレジェンドである私にも行き着くことだろう。
そのぐらいは私にもわかる。
「気に食わない。気に食わない気に食わない!」
しかし裏を返せば、私はその程度の存在ということだろう?
私はアレのやられ役的な存在か?
それでも十分と言う人もいるだろうが、私は違う。
「私は英雄になりたかったんだ! 私はここまでしても、アレを超えられないというのか?!」
一番でなくて何がウマ娘か。
地元じゃ負け知らずなんて下らない。
オグリクリークイナリと同期は強敵揃いなんて分かりきったこと。
それは諦めるための言い訳か。
否、私はムテキの名を証明しなければならない。
会長の言う通り、遥か頂きを目指してこそ中央だろうに。
「何故、皆がそれを否定するのだ! 一番の何がいけないというのか! 私とアレと、何が違うと言うんだ!」
その会長ですら、私がオグリを超えると言うと否定するのだ。
”アレは私達とは違う。目指すべきでない場所”とはどういう事なんだ。
何故だ、何故なのだ。
「師範もトレーナー殿も、貴女達は皆そうだ! 私がオグリには劣ると言われ続けることを何故こうも諦めきれるんだ!」
自己主張が激しいと笑うなら、笑うがいい。
心が狭いと言うなら、それでいい。
だが、私はある事を知っている。
知っているからこそ、我慢ならないことがある。
「私が侮辱されている以上に、奴等は私を支えて下さった貴女達を侮辱しているのだぞ! 何故それを受け入れているのだ!」
私が活動するにあたって彼らの献身がどれだけあったのか。
私が倒して夢破れた
それを一欠も知らないで。
アレを取り巻く、あんな連中に何もかも何もかもを台無しにされるのは心底たまらない。
「ああ。貴女は、私たちのために怒ってくれるのね。お姉さん嬉しいわ」
ああ、先輩。
偉大なる大先輩。
私は何も間違っていないのに。
私の言った事を否定しないのに。
何故、貴女もそんな目で私を見るのです?
「そう。貴女の存在は、貴女が思っている以上に私達の誇りなのよ。貴女は本当に良くやってくれた。私達が思っている以上に、ね」
私は先輩に抱きしめられ。
そうして、私の抱える怨念は。
観客の歓声の中に、そして歴史の闇へと消えていくのだった...
本日の楽曲はラジオネーム「怪物を超えた怪物」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、ヴァン・ハーレンのアルバム「ダイバー・ダウン」より「オー・プリティー・ウーマン」。