2023/11/11 表現を修正
俺はよく、あの”シンボリルドルフ”のトレーナーと呼ばれている。
その表現は侮蔑的なニュアンスを多分に含んでいるのだろう。
彼女の活躍は彼女のものであって、俺のものではない。
この経歴が俺の活躍として認められるかは大いに怪しいところである。
しかし、それはまったく否定できない事実だ。
彼女から俺は、レースというものを教わっているようなものなのだから。
彼女ほど賢いウマ娘というものを俺は見たことがない。
彼女のトレーナーとなるまで、ウマ娘とはこういう存在だとは全く考えもしなかった。
人間より遥かに強く、そして賢いウマ娘。
恐ろしくシビアなレースの世界、ウマ娘でしか成しえない勝利の栄光。
そして、必ず訪れる”奈落”への恐怖。
それは恐らく、目の前の彼女といえど例外ではなく。
彼女はウマ娘の中でも最高の頭脳で、それを感じているのである。
「トレーナー君。君のことは勿論信頼している。だからこそ、私に説明してほしい」
とうとう、あの”最強の戦士”と並ぶ戦績を上げた彼女であったが。
そんな彼女の活躍も明らかな陰りを見せ始めている。
「私に今、休んでほしいというのはどういうことなのかな?」
宝塚記念直前になっての故障と出走取消。
これがどうも長引いていて良くなかった。
連日の保健室通いで、彼女も耳を絞ってきている。
マスコミも、”シンボリルドルフは引退するのでは?” と噂している。
回復の仕方によっては、ひょっとしたらあるかもしれない。
しかし彼女も俺も、あきらめてはいなかった。
「君には休息が必要だ。これは、俺と生徒会メンバーとしての判断だ。エアグルーヴとナリタブライアンとも話をつけている」
彼女はレースで活躍する傍ら、学園の生徒会長としての仕事も行っているが。
どうやら生徒会役員のメンバーも俺達と同意見らしい。
彼女は、こんなところで終わるウマ娘ではないのだと。
「しかし、トレーナー君」
「ルドルフ」
だからこそ、彼女にはゆっくり休んでほしい所なのだが。
これがどうも難しい。
完璧、と謳われた彼女だったが。
そんな彼女の数少ない欠点がここで明らかとなってきた。
「俺たちのことがそんなに信頼できないのか?」
一言で表すならば、”生意気”、あるいは”素直ではない”。
俺達トレーナーのことの言うことを中々聞かないのである。
これは完全に予想外だった。
彼女が極めて優秀なウマ娘であることはデビュー前から分かり切っていて。
当時は何故、俺が彼女の担当にと思ったものだが。
これは実際に担当にならないと分からないことだろう。
どうも競技者としての先輩ウマ娘であるマルゼンスキーやミスターシービーにもこういう態度らしく。
彼女たちもルドルフのこうした態度には苦笑いである。
「くっ」
しかし新人だとはいえ学生時代は”天才”と呼ばれた俺でも、信頼に値しないと思われているのか。
彼女はトレーナーを選ぶ資格があるウマ娘であるが。
俺はつくづくとんでもないウマ娘の担当となったものである。
「わかった。今は引き下がろう。だが、一つだけ用意してほしいものがある」
あまり納得はしているようには見えないが。
とりあえずは聞いてくれるようだ。
俺は少しだけ溜息をもらす。
「パソコンかタブレットか?」
「ご名答だ」
「まさか、仕事をするつもりじゃないだろうな?」
俺は普段から携帯しているパソコンを取り出し。
彼女の横の机に置く。
「ウマ娘のライブが見たいんだ。そのくらいなら良いだろう」
「俺のパソコンでなら。もちろん、俺と一緒だ」
「生徒会メンバーで踊った、”ぴょいっとハレルヤ!”の動画が見たいんだ」
結局、
そう思わないでもないが、まあいいだろう。
恐らく、彼女にとってそれが娯楽だというのも間違いではないのだろうし。
「私の動画関係で、一番再生数が伸びているのがこれなのだが。何故だろうね?」
「さあな」
「君なら何か知っているかと思ったのだが。うーむ」
ちなみに、彼女は恐れられているというか愛嬌がないのは自覚している。
曰く、「生徒会のような、政治を敷く者達にユーモアのセンスがあると思うのか?」とのこと。
彼女のギャグやジョークを鑑みるに、彼女がそれにたどり着くのは随分と時間がかかりそうだが。
それでも彼女は皆に好かれようとするのを諦める気がないらしい。
俺よりも勉強熱心だな。
「わお、かわいい動画ねー。生徒会長の意外な姿って感じ?」
二人で動画を鑑賞していると。
急に知らない女の人が後ろから覗き込んできた。
「誰だ?」
「待て。トレーナー君」
その金髪の女性は、白衣にボディコンという恰好で。
タキシードみてえな仮面で顔を隠して、でっかい針を二刀流にしている。
どう見ても、保健医には見えないが。
「君のその装備は。もしや、笹針師か? しかし来訪の話は理事長からも、たづなさんからも連絡を受けていないのだが」
不審者の名は安心沢刺々美といい、笹針師を自称している。
本人曰く、とある有名な師の弟子でお茶くみをしていたらしく。
ルドルフのことはファンとして応援していて、今回のことが心配で直接見に来たのだとか。
「なんだ、ただの私のファンか」
「ゆ、許された」
確かに、学園には指定の笹針師が存在する。
しかしどう見ても、目の前の不審者はこの学園に相当する身分ではない。
それでもルドルフは排除することなく様子見のようである。
「君はそれでいいのか?」
「何、気にすることはない。ファンサービスは私のモットーだからな」
女は、せっかくだから笹針を試してみないかとのたまっている。
適当に秘孔?をつけば、なんか知らんけど強くなったり、リラックスができるらしい。
何か偉そうに、俺たちにそれを選んでいいともほざいている。
「魅力アップの秘孔を狙ってくれ」
俺はどうやってこの部外者をたづなさんに引き渡すかを考えていると。
彼女は迷うことなく即決をしてしまう。
「じゃあ、ブスッといくわよ? いいのね? …本当ッに、いいのね?」
「待ってくれ。ルドルフ」
流石に、俺は止めようとする。
というかそこまでして。
こんな変人の手を借りてまで魅力を上げたいというのか。
「ん? 間違ったかな? じゃあ、どうする? どうする?」
「トレーナー君」
ルドルフはこっちを見ておらず。
目をつぶって、腕を組んでいる。
それは明らかな拒絶の姿勢。
「構わん。やれ」
「え、ひゃい」
駄目だ。
相手はウマ娘なので、言うことを聞かせるには説得しかないが。
こういう時のルドルフは何を言っても聞かない。
「…わかった。俺が許可する」
俺が一応せめてもの許可をはさむことで。
これが何かあった場合、俺が責任を背負う形にする。
随分と急な判断だが仕方あるまい。
「あ、それ。ブスッとな♡」
「ウッ」
このことを後から振り返ってみても。
彼女のやってることが全く正しいとは思えないのだが。
結果だけ言うと、彼女の試みは成功だった。
「おお! すごい。意気揚々。力がみなぎる。不審者、この力は一体?」
「知らん…何それ…怖…」
不審者が去った後、ルドルフを軽く走らせてみると。
これまでの不調が嘘のように軽快だった。
「どうかな、トレーナー君。実力だけでなく、魅力も向上したと思うのだが、ん?」
何故そこまでカワイイにこだわるんだ。
魅力という点においては、彼女の畏怖が上がっただけのように見える。
俺は彼女というウマ娘を見誤ったのかもしれない。
いや、今はそれが大事ではないな。
「ルドルフ。君はあの不審者のことを知っていて勝手に賭けたな?」
「さて、何のことかな」
俺はわざとらしくため息をつく。
全く白々しいとはこのことだ。
どうも、彼女には自分がとんでもないことをしたという自覚がないようだ。
「理事長やたづなさんと連絡をとっている君が、あの定期的に表れる不審者の情報を知らないはずがないんだ。ましてや、俺もな」
「お見通しか」
彼女は降参だとばかりに手を振ってみせる。
そこに反省の色は見えない。
悪いと分かっててやってる分性質が悪いな。
「結果としては成功だが、そういう問題じゃない。君が俺を信頼しているのなら。俺に選択を一任してほしかった」
「トレーナー君が責任を負う必要はない」
俺より聡明なウマ娘で、彼女が自分で何でも考えて実行する。
なるほど、実に合理的で結果も良い。
それがトレーナーとしても楽だとわかっているさ。
「違う。危ない橋を渡る時は一緒だ」
だが、それではダメなのだ。
そこに俺の姿はない。
それでは何のためのトレーナーなのか。
「子供である君に、重大な選択は任せられない。ルドルフがとんでもない失敗をする前に、俺は大人としてルドルフを止めなければならないんだ」
苦しい道を、彼女に選ばせる訳にはいかない。
俺は、シンボリルドルフのトレーナーになるのだと彼女に誓ったのだ。
選択もそれに伴う責任も、本来なら彼女でなく俺が背負うべきなのだから。
「そうか」
そんな俺が必死に怒る姿を見た彼女は。
めったに見せない表情であり。
何故か、少しだけ嬉しそうに見えた。
本日の楽曲はラジオネーム「台湾に行きたいわん」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、ボブ・ディランのアルバム「プラネット・ウェーブズ」より「フォーエバー・ヤング」。