私は師やトレーナー殿のことは信頼している。
しかし、私の覚えが悪いのか。
彼らが何を言っているのか理解の追いつかないことが多々ある。
粗暴者である私。
ヤエノムテキに正しき道を示してくれたのが師範だった。
その拳は他者を殴るためでなく、他者と手を繋ぐため。
その術は他者を傷つけるためでなく、他者と愛を語るため。
私は師範が語る、そういった道が間違っているとは思えない。
しかし、師やトレーナー達は私が守ろうとしているものに対して難色を示す。
私は可愛いものを守りたい、と言うと。
その度に師はとても悲しい目をするのだ。
師曰く、「人間から逃げてはならない」と。
その言葉が意味することは私には分からない。
だが、私が師の教えを受け継いでいくと言うと。
彼らはとても安心したような顔をするのだ。
私は師の弟子にして教えを受け継ぐ者。
しかし、私はどこまで彼らの意思を繋げているのだろうか。
それだけが私の不安である。
年々、師の立場は悪いものとなっているのだから。
「ヤエノ。君に頼みたいことがあるんだ」
今日の授業も終わり。
この後のトレーニングはどうしよう、トレーナーさんと一度会うかと考えていた頃。
印象的な葦毛が私に近づく。
「オグリさん。私に何のようでしょうか?」
オグリキャップ。
私、ヤエノムテキとはクラスメイトの関係にある。
彼女は私と走り続けている。
恐らくは、これからも、ずっと。
「私に勉強を教えてくれないだろうか」
勉強かあ。
こんな怪物の相手じゃなくて、可愛い娘ちゃんに教えてえなあ。
そう思わないでもないが、ぐっと我慢する。
世間一般ではオグリキャップはプリティー筆頭らしいが。
競技者としては、こんな怪物の相手なんぞしてたまるかと思ってしまう。
「学業の成績が優れないとは聞いていましたが。普段から、何をしているのですか?」
私は覚えが良くはないが、それでも学園の中では勉強が出来る方に位置している。
中央トレセン学園は人間の進学校ではないので、学業のレベルはかなり低い。
学業よりレースで結果が出せるほうが大事なので、勉強の出来はここで誇れることではない。
ないのだが、勉強が出来ないと注意はされる。
恐らく目の前の彼女も気にしているとは思う。
「アイドルとしての活動が、忙しくてな」
「ああ、なるほど」
勉強している姿を見ないとは思っていたが。
そんな毎日を送っていれば、勉強する暇なんか無いな。
師曰く、”メモリの無駄遣い”だったか?
怪物と謳われたアイドルウマ娘とはいえ、万能ではないというのは意外である。
「大変ですね」
「すまない」
レースという一大事があるのに、補修やらで走れないとかバカらしいだろうに。
一応、私の他だとサイレンススズカとかはこういう考えを持っているのだが。
残念なことに、私と同じような考えのウマ娘は極めて少ないようだった。
レースに勝てばよかろう、というのも考え物である。
「良いでしょう。自らが学ぶだけでなく他者に教える。これも金剛八重垣流の務めです」
彼女は気に食わない存在であるが、それならばレースで倒せば良いのだ。
勉強していなかったら不戦勝、なんてのは嬉しくとも何ともない。
万全の彼女を倒してこそ、私の実力というもの。
勉強程度を教えるぐらいなら、何も問題はない。
「教室は。先客の予定があるようですね。勉強ですから、出来れば静かな所で行いたい所ですが」
「なら、私のトレーナーの部屋を使おう。恐らく、今なら空いているはずだ」
教室を見渡すと、クラスメイトが何やら集まっている。
騒がしくなりそうなので、別の所で勉強をすることになった。
そうして向かったのは学校の共用部。
オグリキャップの担当トレーナーの部屋。
「っ。オグリ。済まないが、止まってくれ」
部屋を開けると、焦ったようなトレーナーの声。
それはいいのだが、机の上に大量のプレゼント袋が見える。
「トレーナー? それは、私のファンからのか?」
自信過剰とも取れるセリフだな、とヤエノムテキは思う。
オグリキャップにとっては、単なる事実であるが。
「詳しい事は後で話す。二人とも。すまないが、少し出て行ってくれないか?」
机の上にあるプレゼント群をよく見てみる。
包装はされているが、100均ショップで見かけるようなデザインで。
それでありながら、どれも同じ感じの物ばかりが集められているように見える。
「もしや。私のトレーナー殿が言っていた、ルール違反のプレゼント?」
私もプレゼントを贈られることはあるので、トレーナー殿からどのような物があるのかの話は聞いている。
ファンの中に、”悪意のある物”をウマ娘に送る者がいるとのこと。
「ヤエノは知っていたのか」
オグリキャップのトレーナーは、やや苦い表情だ。
自分のウマ娘には隠しておきたいが、私が情報を漏らしてしまったと。
ふむ。
「俺はトレーナーの判断として、この件を君達ウマ娘に関わらせるべきではないと思っていたがー」
まあ、この辺りはトレーナー毎の方針の違いだろう。
私の師範やトレーナー殿は、この手の迫りくる悪意は己の手で祓わねばらなぬと思っているからな。
「トレーナー。気持ちはありがたいのだが。私はプロのウマ娘だ。トレーナーだけがやった、知らない、済んだことでは済まされないとも思う」
オグリキャップの方を見ると、明らかに調子が下がっている。
彼女は自らに悪意を向けられている事に気づいている?
彼女は悪意に鈍感なイメージがあったんだが、まあ無理もないか。
刃を向けられて喜ぶウマ娘はいない。
「私は皆のため、子供の立場に甘んじる訳にはいけない。あまり子供扱いすると、私は怒る」
「そうか」
君にちゃんと説明すべきだった。
そう反省しつつ、トレーナーは説明をするため姿勢を正した。
「URAのルールでな、ウマ娘に対して手作りのプレゼントは禁止されている」
未開封の既製品を許可しているのは、流石にリスクが低いからだな。
コカ・コーラ缶は世界中で売られているが、それを危険な飲み物だと思うものはいないだろう。
「それは。私たちにとって、危険だからか?」
「ああ。君たちの前で言いにくいことだが、実際に被害が出ていた」
私たちは再び、プレゼントの山を見る。
ファンの多いオグリキャップのものだけあって、すごい量だ。
恐らくは好意なのだろうが。
その中にどれだけの悪意が混じっているのかは想像できない。
「沢山あるようだが。全部処分してしまうのか。その中には、単純なプレゼントもあるかもしれないのに」
「これの検品管理は、俺たちの管轄だからな」
その山の中から正しい物だけを選別する?
”当たり”がどのくらいあるのかも不明なのに?
絶対、無理だ。
となると、全部処分するのが正しい。
「トレーナー。皆は私に期待を寄せてくれている。私は彼らの好意に応えるべきだし、そのために走りたいとも思っている」
オグリキャップは普段から公言していることを言う。
勿論、普段よりは元気がないが。
その志だけは立派だと思う。
「だからこそ、彼らのプレゼントを拒絶していまうのは心苦しい」
「正気ですか?」
思わず口に出してしまった。
そうはならんやろ。
こいつ、話を聞いていたのか?
自分に及ぶ危険性が分かっていないのか?
「分かっている。俺もプレゼントはルールだからダメ、受け取るなとは言うつもりはない。特に、君は今まで支えてくれた人々のプレゼントを拒否する事を恐れているのだろう」
ああ。
そういうことね。
一瞬何のことだか分からなかった。
そういえば、商店街の人だとかがウマ娘にプレゼントを渡すとかいうシーンがあったな。
前世の事は良く覚えていないので、上手くイメージできなかった。
今世の私は商店街から出禁を食らっているし。
「今まで君が関わってきた関係者のプレゼントに関しては、オグリ。君の判断に任せる。君が信頼する人のプレゼントは、今まで通り受け取って良いとする。それでも、あまり表沙汰にしたくないが」
商店街や屋台の人からニンジン一本を贈られてその場で食う、ということもあるからな。
そういうのも受け取っていいのか、というのはあるだろう。
オグリは特にそういうケースが多発するウマ娘だ。
「それでも。危険ではありませんか? 少なくともこのプレゼントに関しては、明確に裏切ったのは彼らの方なのに」
「ヤエノ、君は」
私なら犯せないリスクだ。
私だって、自分の飲む物・自分の食べ物を徹底管理するようにしている。
トレーナー殿もそれを推奨しているし、飲食は競技者として気を付けるべき事だと思っている。
「君は、私に毒を盛るようなウマ娘だとは思わない。少なくとも私は、私と同じ
正気か、オグリキャップ?
いや、私は金剛八重垣流の名にかけて、毒を盛ることはないが。
ないのだが、その考えは、普通じゃない。
「君たちに出来ることがあるとするならば。プレゼントは、URA公式に誘導してくれると助かる。間接的にだが、君たちを支援するようなシステムになっているからな」
オグリのトレーナーが目頭を支えながら助言する。
「この件はこれで止めだ。何度も言うが、これは君らが気を病む事ではない。これが俺たちの仕事だからな」
(わからない。彼らは何故、彼らのことを、私のことをそこまで信じられる?)
このウマ娘は我々の常識を超える存在であると。
改めて、そのことを実感させられた日だった。
本日の楽曲はラジオネーム「怒炎壊獣ドゴラン」さんからのリクエストです。
それでは聞いて下さい、ローリング・ストーンズのアルバム「フラッシュポイント」より「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」。