中央大陸北西部、バシェラント公国。
魔法三大国の一国、その第三都市ピピンにて。
早朝、たった今目覚めたばかりの俺は大あくびをしていた。
「……頭いてぇ」
床に散乱する酒樽を見れば、呟きの理由がわかるだろう。
別に昨日酔い潰れたくなるようなことがあった訳じゃない。
俺にとって、深酒は毎日のことだ。
「飯……」
幽鬼のように部屋から廊下へ、廊下から階段へ、そうして一階の食堂へとやってきた。
俺は涎が出る匂いを感じ取った。
俺にとっては特段美味く感じるレベルではないが、腹が減れば何でも美味く感じるものだ。
「よっ、アムール」
「……おはよーさん、ルーデウス」
茶髪の青年――ルーデウスは、アムールに片手をあげた。
ゆらゆらとその対面に座って、俺も朝食を頼んだ。
「今日の予定は?」
「いつも通りかな。パーティ組んで、どっかに潜るかも」
「ちったぁ休めよな、無理して仕事して何になる」
「名が売れる。
母さんが見つかる可能性が少しでも上がるなら、何でもするさ」
「ああ、そういやそんなこと言ってたっけな」
中央大陸の覇権国、アスラ王国で起きた大規模な魔力災害──通称『フィットア領転移事件』。
ルーデウスはその被害者で、魔大陸に転移してから自力で帰還し、行方不明の母親の捜索を行っていた。
「ごちそうさまでした。
じゃあ先に行ってるな」
「おう」
二人前の朝食が運ばれてくるのと同時に、冒険者ギルドに向かっていった。
ルーデウス、姓はグレイラット。
無詠唱。大魔力。底無しの平和主義者。臆病者とも言われるが、大きい依頼においては奴ほど貴重な存在はない。
思えば奇妙な縁だった。
最初の頃、あの一触即発の空気が流れていた時から、一緒の宿で顔を突き合わせて同じ釜の飯を食うようにまでなった。
まあ、俺の方から喧嘩を売ることのほうがほとんどだったが。
……名が売れるなら、何でも、か。
そういう輩はごまんといた。
もともと冒険者家業というものは、大体そういう連中がやりたがるものだと思っている。
だが、奴らはあくまで自分のためだ。
ルーデウスのように、誰かを助けるため、というやつは、俺の記憶には片手で足りるほど。
別にそっちのほうが高邁だとかを言いたいわけではない。
むしろ俺だって、自分本位に生きる者の一人だ。
人の為は首を絞めるだけだ、やり直すチャンスを貰って、それでも人の為に生きるなんてな。
……まあそれも人生か。
あっという間に朝飯を平げて、俺はルーデウスの後を追うようにギルドへと向かった。
「──おお、噂をすれば影が差すってか?」
「何だ、藪から棒に」
ギルドの戸を開けて直ぐ、『ステップトリーダー』纏め役、ゾルダートが俺のほうを見て言った。
「いやな、北の方ではぐれの赤竜が出てよ──」
端的に言えば、赤竜退治に人手が足りず、Aランクのパーティばかり。
SSランク冒険者でも来てくれればなぁ、ということらしかった。
「なぁ、こんだけの大舞台だ、アンタも腕が鳴るってもんだろ?」
「そうさな……」
出てもいい。
どうせ特段やることもない。
だが俺は首を横に振った。
「ルーデウスがいんなら、俺の出る幕はねぇさ。
分け前も減っちまうしな」
「いや、そりゃそうだがな……」
「──いえ、行きましょう、ゾルダートさん」
ルーデウスが話を遮った。
俺は、自分を見つめるルーデウスの目に、彼の意志を感じた。
そうだ。俺が行けば、赤竜退治の勇名はSSランクの俺に轟く。
だがそれじゃ、お前の目的は果たされない。
お前が本気なら、やってやれないことは無いさ。
お前は、この俺に勝ったんだから。
「──では、行ってきます」
総勢21名──本来、赤竜に挑むのならば40人以上が望ましい。
半数でなど、普通は無理だ。
実際、リーダーのゾルダートやルーデウス以外は皆不安げだ。
「忘れもんだ」
「わっ!」
俺は荷袋をルーデウスに放り投げた。
竜の鱗を加工したような荷袋だ。
「赤竜の素材はそこに入れろ。
魔力付与品でいくらでも入るようになってる。
一片残らず回収してこい」
「……ああ」
一行を見送らず、俺はギルドの片隅にある定位置に陣取る。
依頼を眺め、冒険者たちを眺め、ギルド職員を眺め……。
「……もうそろそろ、潮時かもしれねぇなぁ」
俺はまた、人生の転機が訪れたことを、微かに感じ始めていた。
ルーデウスが赤竜の素材を袋に詰めて帰ったのは、それから一週間後のことだった。