「おお、結構なデカさだ」
「そりゃ全校生徒数約一万人だしな、これがいわゆるマンモス校ってやつだろ」
「マンモス、校? なんですのそれは?」
「テメェの知らない世界の話だ」
ラノア王国魔法都市シャリーアにある創立二百年以上を経た名門魔術学校、ラノア魔法大学。
ルーデウスとアムールは、その極めて広大な敷地の目の前にいた。
傍らにエリナリーゼを伴って。
◆◆◆◆◆
「なーんか、キナ臭ぇんだよなぁ」
一通の書状を手に持つ。
その表紙には『ラノア魔法大学』と書かれている。
内容を要約すれば、特別生として自由にしていいからウチに来て欲しい、ということだった。
「そうか?
見た感じ普通の手紙だろ」
この男、ルーデウスにも似たような手紙が来た。
「何年前だか、同じのが来た覚えがある。
興味もねぇんで無視してそれっきり、それが今になって二通目だ。
普通ごねるならもっと短期間のうちに来るだろうがよ」
「勧誘の担当が変わったとか、手紙の往復で時間を取られたとかじゃないか?」
「あー……まあ、確かにそれはありそうだな、拠点も変えたし」
話していてもしょうがないと、俺たちは魔法大学出身の冒険者に話を聞きに行くことにした。
Aランクパーティ『ケイブ・ア・モンド』のリーダー、コンラートだ。
「──なるほど、要するに宣伝要員か」
「そういうことさ、特に、アンタらみてぇに名が売れてりゃ格好の客寄せになるだろうな」
曰く、魔法大学には特別生という一般生徒と異なる扱いを受ける生徒がいるらしい。
大抵は、魔術に優れた人物や、魔術ギルドに所属していない名の売れた冒険者などが推薦状を貰って入学する。
中には、本国の政争に負けた権力者や王侯貴族の子供が入学してくるケースもあるとか。
一応筋は通っている。
特別生はタダで設備を扱えて、大学は広告塔を手に入れられる。
まさにwin-winの関係。
損どころか得をする提案だ。
「行くだけ行ってもイイかもな」
俺は半ば決心していた。
なんとなく感じていた、休憩時間ギリギリのあの感覚、ピストルスターターの破裂音を待つ選手になったような感覚がそれを後押ししていた。
ま、それは大袈裟か。
ただ単に気が向いただけかもしれない。
無論、魔法大学で試したいこともあったが。
「……少し、考えてみるよ」
一方、ルーデウスはあまり乗り気ではなかった。
「家族のことか?」
「うん、そういうのは、家族が集合してからの話だと思うんだ」
「──あら、別に行ってもいいと思いますわよ?」
俺たちに話しかけてきたのは、縦ロールの目立つ女だった。
冒険者風だが、どこか男を誘うような出で立ち。
名をエリナリーゼ・ドラゴンロード。
エリナリーゼは、二か月前からこのピピンに滞在していた。
ルーデウスに行方不明の母親であるゼニスの居場所が判明したことを告げに来たエリナリーゼは、冬が明けた後、ゼニスのいるベガリット大陸への旅路の付き添いをするため、ルーデウスに付きっきりだった。
「パウロなんかと一緒にいるよりも、学校にでも通うのが余程有意義というものですわ」
「ハッ、テメェのことだ、ルーデウスにくっついて行って純朴な本の虫を食い散らすあたりが目的なんだろう?」
「そんなこと! 当り前じゃないですの!」
「ああそうだな。
聞いた俺が馬鹿だった」
「……そういや、二人はどういう関係なんでしたっけ?」
「別に、昔の知り合いってだけさ。
ミリスに居たときに世話したって訳よ」
「ええ、その節はとてもお世話になりましたわ。
もちろんお礼も弾みましたわよ」
「思い出したくもねぇこと思い出させるなよ。
俺だって、お前があの町の冒険者を粗方喰っちまってるって知ってりゃ、手を出すなんてヘマしなかったんだからな」
俺は眉間に皴を寄せた。
「『黒狼の牙』だったか。それなりに活躍してたみてぇじゃねぇか。
何で解散した?」
「人間関係ですわ。パーティの解散理由なんてそんなものでしょう?
あなただってよくご存じのはず」
「……ああ、骨身に染みてる」
「あの、ひょっとしてうちの父親が原因だったりとかします……?」
「まあ、そんなところですわ。
──さて」
エリナリーゼが俺とルーデウスの肩に手を添える。
思わずドキッとしてしまう動作だが、俺たち二人には効かない。
俺はそんな気はないし、ルーデウスは、そもそも反応するモノがご機嫌斜めだったからだ。
「出発するときには知らせてくださいな。
仲間外れは嫌ですわよ?」
そう言って、今度はコンラートの肩に手を乗せた。
あれよあれよという間に二人の仲は進み、ギルドを連れ立って出て行った。
「……あいつはなんであんなにモテるんだ」
「さあ?」
二人の腑に落ちない気持ちが共通したところで、今夜はお開きとなった。
◆◆◆◆◆
「やあ」
ああ、お前か。
最近碌に顔出さなかったじゃねぇか。
何してた?
「いや、君すごく楽しそうだったじゃないか。
邪魔するのも悪くてね」
お前なりに気ィ使ってた、と。
殊勝な心掛けだな。
「こんなに楽しそうな君を見たのは久しぶりだよ。
彼女と別れる前みたいだった」
……何が言いたい?
「うん、ボクはね、君に言っておきたかったことがあるんだ。
もしあの時みたいな思いをしたくないなら、ルーデウス君をぎゅーって抱きしめて離さないくらいじゃなきゃダメだよ?
あの子も所々甘いところがあるんだから、君が助けてあげるんだ。
じゃなきゃ君はまた後悔する」
ああ、そう。
要するに、魔法大学に行くな、と。
お前なりの助言ってか。
「まあ、そんなところだね。
ボクだって、君が悲しむ姿は見たくないんだからね」
……お前にも迷惑かけたな。
今思えば、ずっとお前に助けて貰ってばっかりな気がするよ。
「お互い様さ。
じゃあボクは戻る。
精々うまくやるんだね」
ああ、しっかりやるさ。
◆◆◆◆◆
「俺、やっぱり行くことにした」
翌朝、ルーデウスはそんなことを言って豆を頬張った。
真逆のことを言おうとした俺は面食らってしまった。
「どういう心境の変化だ?」
「……いや、ほら、昨日エリナリーゼさんも、魔法大学に行く方が有意義だって言ってただろ?
父さんたちはどうせなんとかなるだろうし、なら、少し行ってみても良いんじゃないかなってさ。
もしだめそうなら、速達便を寄越すだろうし、そうなったらすぐ出発すればいいんだ」
「……なんか隠してねぇか? お前」
ルーデウスの反応は実に分かりやすかった。
努めて何もないように振る舞うことに顔の神経を総動員させていた。
俺でなくとも簡単に分かってしまうだろう、という顔だ。
「いや、別に、何も?」
「まあ、言いたくねぇんなら言わなくたっていいさ。
言いたくなったらいつでも言ってくれ」
「……いやまあ、その、ほら、ムスコさんのほうがですね、ひょっとしたら治るような魔術とか、精神的な治癒魔術とか、そういう」
「ああ、なるほど、心配した俺が馬鹿だった」
それから三か月後、雪が溶けたタイミングで俺たちは冒険者仲間に別れを告げ、ラノア王国へと旅立った。