魔法大学は極めて広い。
何重にも連なるレンガ造りの棟、中央に聳える城のような建物、広大な運動場。
目の前から見た景色だけでも、そんじょそこらの魔法学校とは訳が違う。
俺たちは案内に沿ってその敷地内を進んでいく。
エリナリーゼとルーデウスが他愛もない話をしている横で、俺は敷地内の風景を眺めていた。
……魔法大学か、思えばこの世界に来てから学校なんてもんにゃ縁がなかった。
魔法も技術も何もかも、全部あの人が教えてくれた……。
「……チッ」
俺は苦虫を噛み潰した顔になって、ロングコートのポケットから酒瓶を取り出し、呷った。
「ちょっと、こちらから出向くのに酒を飲むなんていけませんわよ」
「うるせえ、黙ってろ。
ああ、クソ、旅だからって酒の量減らしたのが間違いだった」
余計なことを思い出しちまった──そんな独り言に横のルーデウスが反応した気がした。
しかし、守衛に案内された青色の建物が近づいてきたのに気づいて、ついに聞かれることはなかった。
「お待たせしました、教頭のジーナスです」
受付に案内された部屋で挨拶をしたのは、やや頭部戦線の後退している男だった。
神経質そうな顔をしている。
なんとなく苦労している見た目だ。
「はじめまして、ルーデウス・グレイラットです」
「アムールです、よろしく」
ルーデウスはアスラ貴族風の挨拶で、俺はぺこりとお辞儀をした。
「そちらの方は?」
「わたくしはエリナリーゼ・ドラゴンロード。
二人のパーティメンバーですわ」
「はぁ……」
ジーナスは推薦状を持たないエリナリーゼに怪訝な表情を向けたが、すぐに三人に椅子を勧めた。
「いや、まさかお二人にこんなに早く来ていただけるとは思いませんでした。
それも、二人同時にお越しとは、お二人はご友人で?」
「ええ、まあ、冒険者仲間といいますか……」
「腐れ縁です。
お気になさらず」
「そうですか……では、早速ですが、我が校に在籍して頂けると?」
ずいっと身を乗り出すジーナス。
若干ルーデウスの方に寄っているのは、魔術が得意な方に関心があるのか、そちらの方が取っ付きやすそうだと見たのか。
随分熱心なことだ。
「っと、これは失礼。
在野で活躍する魔術師の方はプライドの高い方が多いのです。
特に、お二人のように若いうちから実績を上げた方は」
「なるほど」
「ルーデウスさんも先日、はぐれ竜を倒したと聞きました。
ああ、アムールさんのことも存じております、赤竜山脈は龍鳴山の麓にある『龍神孔』1000階層踏破を単独で成し遂げ、SSランク冒険者となった逸話は有名ですからね。
つい五年前にも、ミリスにて突然発生した魔王を北神と共に撃退したとか──ッ!」
ジーナスはそこで話すのをやめた。
俺の闘気と殺気に中てられ、瞬間意識が遠のいたからだ。
「ジーナスさんな、アンタ俺のこと知ってるとかなんとか抜かしたが、肝心なことを知らねぇみてぇだから教えておいてやる。
あれは魔王なんかじゃねぇし、撃退もしてねぇ。
ましてやあの野郎と共闘なんざするわけがねぇ。
よく覚えといてくれ」
「は、はい、申し訳ありません」
ふん、と鼻を鳴らして、背もたれに深々と体を預けた。
ルーデウスが頭を掻きながら頭を下げる。
「すみませんジーナスさん、こいつはちょっと気難しいところがあるので」
「いえ、人なら誰しも言及されたくないことの一つや二つはありましょう、配慮が足りませんでした。
……さて、話を戻させていただいても?」
「はい、入学の件でしたか。
やりたいことが色々ありまして、それにはこちらの施設を利用させていただくのが一番だと思いましてね。
あ、もちろん卒業後は魔法大学の宣伝活動もさせてもらいますよ。
な、アムール」
俺が頷くと、ジーナスは苦笑した。
「そう正直に仰っていただけるとこちらとしてもありがたいですね」
「まあ、俺らもまだ特別生ってのがどういうもんか知りませんからね。
話はそれを確認次第ってとこです」
「なるほど、それはごもっとも。
と、その前に、少々試験をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「試験、すか?」
ルーデウスと俺は顔を合わせた。
二人ともその可能性についてまるで頭から抜けていた。
筆記試験でも出された日には面目丸潰れ……そんなことを考えていると、ジーナスはまたもや苦笑しながら言った。
「ええ、お二人が噂通りの人物かどうかの、実技テストです」
◆◆◆◆◆
「実技テスト、ね。
どんなのが出てくるやら」
「どうしよ、もう一回赤竜倒してくださいって言われても自信ないな」
「さすがにそんなことはありませんわよ。
ね? ジーナスさん」
「はは、当然です。
連れてくるのにも一苦労ですからね」
一行はジーナスに連れられて、修練棟の訓練室に向かっていた。
主に魔術の実験や試験に用いられる場所だという。
沈黙を埋めるためにジーナスが語った話に曰く、ここラノア魔法大学は一般的な魔術学校とは違い、通常の学校としての授業も行っている。
貴族向けの授業、商人向けの算術、軍学など。
ただ、精神的な病に対する医学については無いそうで、ルーデウスが若干落ち込んだ。
こいつは本当にこのために来たんだな、と俺は呆れ半分同情半分の目になった。
俺たちは体育館のような部屋に着いた。
魔法陣が大量に並んでいる部屋で、それぞれの魔法陣には生徒と思わしき男女がおり、二人のペアになって攻撃魔術を使いあっていた。
ジーナスは生徒たちから見て逆端にある魔法陣へと入った。
「さて、こちらになります。
まず先にルーデウスさんからテストを行います。
この魔法陣は聖級治癒術の魔法陣で、攻撃を受けても瞬時に回復します。
さらに外縁部には上級の結界も張ってありますので、多少の魔術ではびくともしません」
「なるほど……それで、僕は何を?」
「ルーデウスさんは無詠唱魔術の使い手と聞いています。
それを見せてもらいましょう」
すぐに終わるかと思いきや、ルーデウスの提案により、無詠唱を使える先輩魔術師に試験を頼む運びとなった。
少ししてジーナスがフィッツという名の白髪の小柄な魔術師を呼んできた。
サングラスのようなものをかけている割には、一見して幼く見える男だった。
魔術師の方は何かルーデウスに対して言いたげだったが、ルーデウスが口を開くと、口をパクパクと動かして噤んだ。
試験結果はルーデウスの圧勝だった。
先手を打とうとしたフィッツを乱魔で封じての岩砲弾で、頬を掠めてフィニッシュ。
当然と言えば当然だろう、相手はルーデウスの乱魔に全く対応できずに隙を見せた。
凡百の魔術師ならその隙も補えたのだろうが、ルーデウスには、付け入るのに十分だったのだろう。
「これは素晴らしい! フィッツ君を完封なら文句なしです!
──さて、次はアムールさんです、魔法陣ではなく、こちらへお願いします」
示された先は魔法陣の間、何も書かれていない隙間だった。
言われた通りに移動する俺に、ジーナスが説明を始めた。
「アムールさんは極めて防御力の高い闘気を纏うと聞きます。そこで、これからあなためがけて魔術を撃たせていただきます。
よろしいですか?」
「お好きなように」
「では、遠慮なく」
躊躇いなく了承した俺に、ジーナスは凛然とした表情で向かい合う。
「──苛烈なる炎の精霊にして地獄に轟く黒の落とし子よ! 今こそ大地に這い上がり拳を振り上げよ! 怨敵を叩き潰し燃やし尽くし喰らい尽くし黒に染めよ!
黒い火球がジーナスの頭上へ生み出され、重低音と共に降り注いだ。
俺はその場から離れない。
無詠唱の土魔術で耳栓を嵌め、鼻を摘まんで目を閉じた。
火球が俺の胸に直撃した。
黒炎が俺のいた場所から派手に飛び散り、周りの生徒たちが悲鳴を上げた。
「ひっ!? ジーナス先生、なんてことを!」
「この魔法大学で、ああ、殺人なんて、そんな……」
「安心してください、もし彼が本物ならば、この程度の魔術では傷一つ付けられないでしょう」
良く分かってるじゃないか。
ジーナスに応えるように、こつ、こつ、と軽やかな足音と共に黒炎を割って歩いていく。
勿論、肌にも、黒のロングコートにも、傷一つなく。
「──さて、これで試験の方は終わりですかね?」
「そうです……と言いたいのですが、あと一つだけ。
まあ、これはお願いというほうが正しいかもしれませんが」
ジーナスははにかみながら言った。
「噂に曰く、アムールさんは重力魔術を扱えると伺ったのですが……見せていただいても?」
「お安い御用で」
右手の指を、小指から人差し指まで滑らかに、ゆっくりと握る。
俺の体がふわりと宙に浮き、あっという間に身長の三倍ほどの高さにまで登った。
「いやあ、これは素晴らしい!
実に素晴らしいですよ!
卒業論文にはぜひ重力魔術についてお願いします!」
「そりゃ、ちと気が早いと思いますがね」
こうして、二人の入学試験は文句なしの合格となった。