ドルディア族には二つの氏族がある。
デドルディアとアドルディア。
確か、第一次人魔大戦後の人族と獣族の戦争において、獣族のトップに立って人族の侵略に抵抗した獣神ギーガーの直系子孫だったはずだ。
彼らは英雄の末裔たち。
大森林のリーダー、誇り高き氏族だという。
「――そこで、あちしはこう言ったニャ、『いざ尋常に勝負!』と!
あちしとプルセナの華麗ニャ連携プレーがボスを捉える!
だが効かニャい、流石の防御力だニャ!」
そんな英雄の末裔たちは、食堂で、周りの生徒たちに聞こえるように大声で話していた。
おおよそ事実とは違う武勇伝を。
「そこでボスの正拳突きが空気を切り裂いて迫ったの。
生半可な威力じゃないの、避けても避けても絶えず繰り出されるの。
そして、ついに打ち倒され、追い詰められた二人は……」
そこで、リニアーナが右手を虚空に向けて差し出した。
「いい戦いだった――そう言ってボスが差し出した手を取り、SS級冒険者、アムールの傘下に加わったということだニャ!」
おおー、なんて言って聴衆はおざなりに拍手をしだした。
自分から何言ってんだろう、って感じだ。
大方、自分たちを倒したのはこんなに強いお方で、そのお方に認められて子分になった自分たちもまたすごいんだぞ、と。
まあこういうことだろう。
「うるせぇぞ、静かにしてろ」
「へい!分かりましたニャ!」
三下ムーブがやけに上手いなこいつ。
獣族ってのはやたらと上下関係に厳しいもんだが、ドルディア族ともなれば尚更だな。
できればオツムの方もそれ相応ならよかったが。
「アムール、あのさ、できれば周りの人たちを解散させてもらえるとありがたいんだけど……」
ルーデウスが縮こまりながら言った。
ふと見渡すと、周りの奴らは大抵獣族、どいつもこいつもチンピラみたいな風貌だった。
この空間だけ顔面圧力が高い。
遠巻きに見ている生徒が皆迷惑そうな顔をしている。
俺はため息をついて立ち上がった。
「何見てんだコラ、サッサと散れ、ほら」
手を振ると蜘蛛の子を散らすように去っていった。
怖がられすぎだ。
よっぽどケモ娘二人が恐れられていたと見える。
「……」
ふと、視線を感じて意識を背後へと向ける。
上の階から降りてきた集団、その先頭に立つ一人の女。
アリエル・アネモイ・アスラの目は、明らかに俺を品定めしていた。
特別生の一年坊、リニアーナ、プルセナコンビ打倒す――その噂は、程なくして大学中の人間に知れ渡ることになる。
◆◆◆◆◆
授業の時間になって、俺は一同と離れて学校内を散歩していた。
それで分かったが、俺があの二人を躾けたことは学校中に知れ渡っているらしく、すれ違う生徒は皆目線を逸らして廊下の端を歩いていく。
これで俺も晴れてヤンキーの仲間入りというわけだ。
前世じゃうまく隠してたから、こういうのも新鮮に感じる。
だが、それ以上に不愉快だ。
俺は足早に教室のある棟を抜け、寮へと向かう。
「……研究室か?」
その途中で、俺はある扉を見つけた。
何の変哲もない木製のドア、そのドアが半開きになって中が露わになっていた。
紙束、インク壺、魔力結晶……それらが床に散乱している部屋。
何となしにドアを押した。
「……ちょっと、勝手に入らないでよ」
一人の少女がいた。
黒髪ロングでマントを羽織っている。
顔には無骨な仮面をつけた、一人の少女が。
だが、俺の目はずっと少女の指先へと向いていた。
「お前、その指輪、どこで手に入れた?」
「貰い物よ、それがどうしたの?」
その意匠、魔力密度、貰い物という言葉。
簡単に予想がついた。
「龍神オルステッドからだな。
そんでお前の名はサイレント・セブンスター、前世の名前は七星静ってところか。
こんなところにいるとはな」
「……ええ、そうです。
そういうあなたは、新入生のアムール、でしょう?
彼から少しだけ聞いてます」
ナナホシは仮面を外し、その素顔を露わにした。
東亜系の美少女は、手招きをして中へと誘った。
「立ち話もなんですし、座って話をしましょう」
◆◆◆◆◆
結局俺は彼女の誘いに乗った。
空いていた椅子に腰かけてナナホシを見る。
彼女の服飾からして体型は想像するしかないが、一般的な女子高生のそれと変わらないようだ。
転移してきたのはつい最近なのか。
「お前はここで何をしてる」
「地球へ帰るための研究です。
あなたは帰りたくなかったみたいですけど、私は向こうでやり残したことがたくさんあるので。
……それにしても驚かないんですね、居るはずのない同郷に会ったっていうのに」
「お前で二人目だからな、慣れもするさ」
「……まさか」
ナナホシは机上に乱雑に置いてあった紙束を千切り、文字を書きなぐって俺に見せつけた。
誠司、秋人。
紙にはそう書いてあった。
『この文字に見覚えは?』
懐かしい言語を聞いた。
見覚えのある文字を見た。
この数十年は関わりのない言葉だった。
『セイジにアキト……高校の友達か。
悪いが知らない名前だ』
『……じゃあ、あなたが最初に会ったのは、ルーデウス・グレイラットで間違いないですか?』
『会ったことあんのか、あいつに?』
『……その、昔、助けたことがあるんです』
歯切れの悪い言い方に引っ掛かりを覚える。
恐らく、ルーデウスから聞いていたアレだろう。
『オルステッドにやられた時か』
『ええ、まあ、そんなところです。
ヒトガミの使徒だったのがバレて死にかけたところを、私が頼み込んで蘇生させてもらいました』
『……そうか、そりゃまあ、ありがとな。
にしても相変わらずだな、ヒトガミの使徒は早めに叩いておくものだ、だったか。
そういや、お前の方は大丈夫だったのかよ』
『……私?』
俺は七星の顔を真っすぐ指さして言った。
『お前、転生じゃなくて転移だろ?
てことはどっかしらでオルステッドに拾われたってことだ。
自分で言うのもなんだが、あんなことをやらかした後で、それでもオルステッドが俺と同じ境遇のお前を保護しようとしたってのが、意外だったもんでな』
『ええ、最初は無言だったし、誘拐なのかなと思ってすごく怖かったですけどね。
でも言葉も教えてくれたし、欲しいものがあったら何でも持ってきてくれたし……とにかく私を守ってくれたんです。
恩を仇で返したあなたとは違って、私は彼に感謝してますから』
喧嘩売ってんのか?
それを言われるともうこっちは手を出すしかなくなっちまうんだが。
怒気の入った俺の顔を見て、ナナホシはぺこりと頭を下げた。
『ごめんなさい、言い過ぎました。
でも彼から話を聞いていて、言わずにはいられなかったもので。
それでもう一つ聞きたいことがあるんですけど、いいですか?』
『人を怒らせといてよくもまあ……一回だけだぞ』
『ありがとうございます。
では単刀直入に。
貴方はあの時トラックから庇ってくれたサラリーマンの方ですか?
それとも、ジャージの小太りの方?』
……ひっかけに気付いたか。
頭は回るようだ。
『サラリーマンだ。
一応聞いとくが、なんで分かった?』
『私が女子高生だということは見た目で分かるとしても、秋人と誠司が高校生の名前だと分かるのはおかしいじゃないですか。
もしかしたら、私の兄弟の名前かもしれないのに。
それに、私が転生でなく転移したことを知っているのも妙です。
この世界には東アジア系の特徴を持つ人族は少ないですけど、皆無というわけではありません。
私を見て転移だと思ったってことは、転移する前の私を知っているからですよね?
それなら、あなたとルーデウス・グレイラットがトラックに撥ねられた二人だったとすれば、辻褄が合うのかなと思いまして』
『……オーケーオーケー、降参だよ。
子供だからって甘くは見れねぇな』
俺は席を立った。
話を続けようとするナナホシを無視してドアに手をかける。
『あ、ちょっと、まだ話は終わって――』
『終わりだ。
この部屋のスクロールを見るに、ペルギウスからも技術提供を受けてるだろ。
お前の地頭なら俺の助けなしに研究を進められるさ』
『無理ですよ、私、一切魔力を持ってないんです。
これから先研究を続けるにも、この世界の人に手伝ってもらわないと……』
頭を掻いた。
それなら猶更、俺では力不足だ。
『俺は呪い持ちでな、魔力を体外へ放出できねぇのさ。
その代わり、適役を連れてきてやるよ』
……後日、俺に騙されて連れてこられたルーデウスは、ナナホシの姿を見た途端、気絶して伸びてしまった。
蘇生した後に烈火のごとく怒られたのは言うまでもない。