とある転生者が夢を叶える物語   作:モッティ

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嵐の前の静けさ

「……それでさ、あいつ年を取らないみたいなんだ、食事もトイレも必要みたいだけど」

「ああ、それは俺も気づいた。

 あの時から考えりゃどう考えてもおかしいぜ、成長してないしな」

「あの年であのバストは普通じゃないのか?」

「胸の話なんぞしてないが」

「あ、やべ……」

 

 

 腹を空かせた生徒達でごった返す食堂の隅に、俺とルーデウスは陣取っていた。

 あまり授業をとっていないため早くから席を取ったはいいが、あからさまに避けられている。

 気持ちは分かるが、席をテーブル一つ分開けられると意識せざるを得ない。

 しょぼくれたルーデウスの気を紛らわせるために話題を逸らして、今は昨日のナナホシとの遭遇の話に移っていた。

 

 どうやらルーデウスのトラウマは俺が思っていたよりも遥かに大きかったようで、ナナホシの部屋から這う這うの体で逃げ出したルーデウスと、それを介抱していたフィッツにこっぴどく叱られてしまった。

 ルーデウスはわかるが、なんでフィッツにまで怒られにゃならんのか。

 

 

「そういやよ、お前とフィッツ、やけに距離が近ぇよな?

 いつの間にそんないいとこまで行ったんだ?」

「そんな訳ないだろ、俺はそっちの気はないんだ。

 転移事件の調べ物してたときに助けてもらって、その繋がりで仲良くなったんだよ」

 

 

 ……そうだ、こいつはとんでもない鈍感ヤローだった。

 ちょっと考えりゃ、フィッツのこいつに対する態度に違和感を感じるもんだが、こいつは自分に向けられる好意に酷く慣れていない。

 ともすれば、奴が女かもしれないなんて欠片も想像していないんだろう。

 これは俺も半信半疑だが。

 

 

「そうかよ、で、手がかりは掴めたか?」

「全くだな。

 転移事件の方は迷宮に関する本を見つけたぐらいだし、肝心のアレの方はどうにもならないし……」

「ヒトガミが言うには、ここに来れば治るっつー話だったんだろ?

 ……まあ、あいつの言うことは信用ならねぇらしいからな、解決できたら幸運って考えた方がいいだろうぜ」

「気楽に言いやがって……立つ者には立たざる者の気持ちなんか分からないってんだよ……」

 

 

 そう言ってルーデウスは机に突っ伏す。

 猶更落ち込ませてしまったらしい。

 

 

「おお師匠、どうしたのですその落ち込み様は」

 

 

 しばらくご機嫌取りに勤しんでいると救世主が現れた。

 ザノバはルーデウスの隣に座り、ルーデウスを励ましにかかる。

 2人が会話をするとなれば当然行き着く話題は人形な訳で、俺の口数はめっきり減ってしまうのだった。

 

 

「ところで、師匠」

「ん? どうした?」

 

 

ふと見ると、ザノバはそれまでの和やかな雰囲気から一転して、真剣な表情でルーデウスを見ていた。

 

 

「いつ、余に人形の作り方を教えていただけるのですか?」

「……あー、うん、なんだ、まだ俺もこっちに来て日が浅いし、ドタバタしてるし……もう少し待っててもらえないか?」

「……承知しました。その日を心待ちにするといたしましょう」

 

 

 物分かりのいい言葉とは裏腹にかなり残念そうな顔のザノバ。

 ザノバのルーデウスに対する敬意は類稀なものがある。

 王族である彼が平民のルーデウスに居丈高に要求せず、常に奴を立てていることがその何よりの証だろう。

 

 ザノバにとって、人形とはそこまでの価値があるんだろうな。

 何だか羨ましくもある。

 俺にはそこまでのめり込めるようなものなんてなかった。

 

 

 

 結局その日は何事もなく終わり、俺たちは暫く平穏な毎日を謳歌していた。

 事が動いたのはそれから一ヶ月が過ぎた時だった。

 耐えきれなくなったザノバが、ついにルーデウスに頼み込んだのだ。

 土下座で。

 王族が平民に。

 冷や汗かいて辺りを気にした俺を笑う奴はいないだろう。

 

 

「師匠!約束したではありませんか!余に人形の作り方を教えてくれると!

なぜ授業を始めてくださらないのですか!?」

 

 

 行動とは異なり、その心はかなり怒っているようだ。

 まあそりゃそうだわな、一か月も経って進展が無いってんじゃそうもなろうよ。

 

 ルーデウスは一瞬、「あ、やべ」みたいな顔をして、それを取り繕うように真剣な表情になった。

 

 

「ザノバよ、我が修業は厳しいぞ」

 

 

 いやあ、そんなんで騙されるほど首取り王子は甘くねぇだろ……。

 

 

「望むところです!!」

 

 

 騙されんのかよ。

 さすがの情熱というべきか……。

 

 

 さて、そんなこんなであれやあれやと事が進み、ルーデウスの人形製作教室が開催されることとなった。

 時間は授業が終わった後、就寝前に一~二時間をかける。

 毎日やれば、一月も経てばそこそこまで行くんじゃないかというのがルーデウスの見立てだった。

 

 

 甘い見立てだったというべきだろう。

 結論から言えばできなかった。

 無詠唱による製作は、魔力制御と魔力総量に難があった。

 ナイフによる粘土の削り出しは、彼の生来の力が邪魔をした。

 

 それでもザノバは諦めなかった。

 来る日も来る日も土魔術を使い、気絶するまで体を酷使し、それがだめなら手を使い、毎晩毎晩削り出し続けた。

 それでもだめだった。

 どうしようもなかった。

 

 

「申し訳ありません……師匠……余には、余には師匠のようにはできません……!」

 

 

 床に無残に散らばった、人形というには烏滸がましい残骸たちに囲まれるように泣き崩れるザノバを見て、俺とルーデウスにはもはやかける言葉がなかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 そして、俺たちは商業街へとやってきた。

 なぜかといえば、この中の奴隷市場に用があるからであり、何の用かといえば無論、奴隷を買うためである。

 

 

 あれから俺たちは悩んだ末にフィッツに相談することになったのだが、そのフィッツが言うには、奴隷を買うのも一つの手だという。

 曰く、アスラ王国の貴族は奴隷に自らの知識を与えて道具を製作させる者もいるのだとか。

 正直、目から鱗が落ちるというやつだった。

 考えてみれば、そもそも必ずしもザノバ自らが人形を作る必要はない訳だ。

 

 ザノバにこの話を持ち掛けてみたところ、ノリノリで話を進めに来た。

 聞くところによれば、奴隷に製作させるというのはこの世界では一般的らしいが、師弟関係の弟子にあたるザノバから話を切り出すのは礼を失する行いらしい。

 そもそも人形製作を頼み込んだのは自分なわけだしな。

 切り出しずらいところを俺たちのほうから提案されてほっとしたところもあるのだろう。

 

 

「……ニャ? ボス、こんニャところでニャにやってるニャ?」

「珍しいところで会ったの、ちょうどボスに差し入れ行くところだったの」

 

 

 奴隷市場までの道のりの途中、リニプルコンビと鉢合わせした。

 あの躾の後、この二人は俺にすり寄ること服についたオナモミの如くであり、やれ肩を揉むやら肉の差し入れやらで大変うざったい。

 特に肉の差し入れとは言うが、何十個もあるうちのほんの一個だけというケチっぷりである。

 喧嘩売ってんじゃねぇんだからさ……。

 

 

「後ろにいるのは誰かと思えば、ザノバとフィッツに、一年坊主かニャ。

 お前らもついにボスに頭下げたって訳か?」

「何を勘違いしているかは知らんが、我々はこれから奴隷を買いに行くところである」

「奴隷?

 ボス、舎弟が欲しいなら私たちの舎弟でも連れてきてあげるの」

「俺のじゃねぇ、ザノバの奴隷だ」

 

 

 事情を説明すると、二人は若干引いた顔になった。

 

 

「うげ、お前奴隷買ってでも人形が欲しいってのかニャ?

 気持ち悪いニャ」

「欲しい、というよりかは自らの手で作りたいのである。

 それが無理であるなら、奴隷を買うのも致し方あるまい」

「理解できないの。

 奴隷を買う金でお肉がいっぱい買えるのに」

 

 

 険悪なムードになりつつあったので、ケモ娘二人の頭をしばいて襟首を持ち上げた。

 

 

「ニャにするニャボス!今更子猫扱いは恥ずかしいニャ!」

「このまま連れ込み宿に向かうつもりなの。

 ボスみたいな実力者まで惑わせるなんて、罪作りな私なの」

「殿下、とりあえず俺はこのアホどもを離してくる。あとでたんまりしつけてやるから、あんま気にしないでくれや」

「気にするなというには余りにも確執が大きい故、了解しかねる。

 心だけ受け取っておこう」

 

 

 よっぽど腹に据えかねていたと見える。

 俺に頭を下げていてもリニアーナ達に一度だって目線をやらなかった。

 視界に入れるのも不快か、一体何をやらかしたのだか。

 

 考え出すと興味が湧いてきたので聞いてみることにした。

 場末の柄の悪い奴らが屯する酒場で飯でも奢ってやると、二人はあっさりとゲロった。

 

 

「そりゃあ怒るわけだ、殿下にとっちゃ、命より大切な人形を目の前でバラバラにされたなんて、一生モンの屈辱だろうよ。

 よく殺されなかったな」

「あんニャ雑魚に遅れをとるほど落ちぶれちゃいないニャ」

「朝飯前だったの」

 

 

 鼠を持ってきた飼い猫のように自慢げだ。

 一度始まると堰を切ったように止まらない自慢話を受け流しつつ、酒を飲む。

 泣き叫ぶ顔が面白いだのなんだの、聞いていて面白くないものを、何故こうも面白そうに話せるのか。

 俺は段々と苛々した気持ちを抑えられなくなった。

 

 

「おい、いい加減に口を──」

「そういえばあいつ、あの人形のことロキシー、って呼んでたの。

 どうせお手付きでもしたお抱え魔術師の人形なの」

「ハッ、あんニャもん後生大事に持ってるニャんてお里が知れるニャ」

 

 

 聞いたことがある名前だった。

 聞き捨てならない名前だった。

 沸々としていた心が急激に冷めていくのを感じた。

 ……いや、まだ確定した訳じゃない、ロキシーなんて名前、探せば有りそうなもんじゃないか。

 

 俺は人差し指の腹を噛み、血でテーブルに似顔絵を描いた。

 

 

「……そのロキシーって人形、こんな顔か?」

「あー、確かこんな感じだったニャ」

 

 

 俺は似顔絵に帽子を描き加えた。

 

 

「こんな帽子被ってたか?」

「してたの」

 

 

 俺は杖と首から下の体を描き加えた。

 

 

「こんな杖を持ってたか?

 こんなポーズで」

「おお、ボス、見たこともニャいのになんでこんニャに詳しく描けるんだニャ!?」

「確定だよクソッタレ」

 

 

 なぜ俺が知っているかと言えば、ルーデウスが作っているのを見た事があるからだ。

 奴はロキシー人形を作るたびにいつも言っていた、俺が魔術において尊敬しているただ一人の人だと。

 

 ……これはアレだな、もうこいつらとは距離を置いて、俺何も知りませんって突っぱねるってもんだな。

 それ以外に生き延びる道はない。

 土魔術で生き埋めにされんのも、風魔術で酸欠になるのも、重力魔術で圧縮されんのも御免被る。

 

 

「ボスすげえ顔だニャ、あんな青褪めた顔もするんだニャ」

「多分喉に骨でも刺さったの。魚なんか食べずに肉を食べれば済むことなの」

 

 

 ……いっそこいつら生贄にしちまうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……言い残すことはあるか?」

「落ち着け、話せば分かる」

 

 

 で、後日案の定バレるって訳よ。

 

 

 

 


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