眼を開けると、知らない天井だった。茜色に染まっているのは夕日のせいだろう。そっか、もう夕方か。
僕が戦闘したのがお昼前だから、結構な時間眠ってた事になるな。
「霧島君!」
僕を呼ぶ声がしたので僕は何とかその方に目をやる。そこには涙を浮かべている更識先輩がいた。
……そっか、この人に心配を掛けてしまったな。僕は体を無理やり起こす。体のあちこちが痛いな。
「無理しないで!」
「大丈夫ですよ。ちょっと前まで怪我とか日常茶飯事でしたし。僕のISどこですか?」
「……ベット横のテーブルに置いてあるわ」
ベットを見ると、僕のISの待機状態が置いてあった。僕の専用機、出雲の待機状態はネックレスチェーンになっている。ネックレストップが叢雲の待機状態だ。
「今から見るのは、誰にも言わないでくださいね」
多分、今なら出来るはず。理由は無いけど、感覚的に分かる。見られて根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だけど、この人は秘密にしてほしい事や口にしないで欲しい事はちゃんと察してくれる人だと、この二か月ちょっとで分かってる。
「キュア」
光に包まれ、傷が癒えていくのが分かる。……六年半動かなかった時間が動き出す感じだ。止めていたのは僕自身だけどさ。
「……今のが、魔法?」
「そうです。……って、なんで知ってるんですか?」
「アリサに全部聞いたわ。悪いとは思ったけど、私個人としても生徒の身を守る生徒会長としてもあんな戦い方をするのを見てられなかったから、それを何とかしようと思って、無理を言って聞きにいったわ」
「……そうですか。なんか、色々迷惑かけてすみませんでした。でも、もう大丈夫です。僕の都合のいい夢かもしれませんけど、死にかけて、でもそのおかげで大切な人に久しぶりに会って、憑物を落としてもらいましたから。だから、前を向いてゆっくり考えようと思います。都合よく高校生になってますし」
多分、ミッドに行っていて働いていたら、今ほどゆっくりと考える時間は無かっただろう。……いや、今の人生が始まって僕は生き急いでいたと思う。だから、今、前を見据えてゆっくり考えよう。これからの自分の為に。そう簡単に今までのが抜けるとは思わないけど、少しずつ変わっていけばいいさ。
「それが良いと思うわ。アリサもあなた達の幼馴染も霧島君の事を本気で心配して、私をルームメイトにする手回しを位なんだから。その子達を悲しませちゃだめよ」
「そうですね、その通りです。……改めて、これからもよろしくお願いします、更識先輩」
「あっ、名前……」
「今まで意図的に人の名前を呼ぶ事を避けていましたから。でも、それも今日で終わりにしますし、小さい所から少しずつ変える……っていうか、昔に戻していこうと思います」
『名前を呼ぶ』って事は人と人の関係を繋ぐ上で大事な事だと思う。なのはの言葉を借りれば「友達になるには名前を呼べばいい」。これは極論だと思うけど、お互いの呼び方がそれぞれの信頼度を示しているバロメーターになっていると僕は考えている。
僕が今まで人の名前を呼ばなかったのは、僕が友好関係を築くつもりが無かったのと、無関心を示す手っ取り早い手段だったから。でも、そんな事は今日で終わりだ。
「そう。こちらこそよろしくね霧島君」
その第一歩として、この一つ年上のお人好しなルームメイトと仲良くなろう。
それと、久しぶりにゆっくり休めそうだ。
霧島君が眼を覚ました時、なんというか、彼の雰囲気は柔らかくなっていた。
この感覚は私の気のせいなんかではないのはその後話していてもひしひしと感じた。決定的だったのは、
「改めて、これからもよろしくお願いします、更識先輩」
私の名前を苗字呼びとはいえ呼んだ事だろう。
今までの彼は徹底的に人の名前を呼ばなかった。私の事は「会長さん」だったし、織斑先生と山田先生には「先生」本音ちゃんや何人かの話しかけてきた子の事を話す時は「君」や「あの子」といった具合に。
彼を私達よりも良く知るアリサは「名前を呼ばないって事は相手を拒絶しているって事をはっきり分かってもらうためには一番手っ取り早くて分かりやすい行動だと思うわ。関係を作りたくないアイツはそれを踏まえてやってるわね。……でも、まだ私達の事を名前で呼んでいるから、いつかはそれが終わる日が来るはずよ」と言っていた。
それを聞いて、なるほどと思う反面、こんな事をするほど、彼の心は追い込まれているんだと思うと、何とも言えなくなる。
でも、そんな事ももう終わりにするつもりらしい。その決意表明が私の名前を呼んだ事だろう。
色んな人が何年掛けても、出来なかった事を一瞬でやってしまう。彼の中の彼女の存在がどれだけ大きいかがよく分かる。……少し羨ましいなあ、お互いを想い想われるのって。それに嫉妬しちゃうよ。
「こちらこそよろしくね、八雲君」
とりあえず、アリサに頼まれていた事は出来たと思う。ここから先関わっていくのは私個人の意思だ。
まあ、僕が元に戻っても、必要以上にクラスに関わる気は無いし、他のクラスメイトも迷惑だろう。どの道ここを卒業したらミッドに行くことに変わりは無いんだし、友人には恵まれているから、そこまで作ろうとは思わない。
ただ、
「きーりん、お嬢様が放課後に生徒会室に来てだって~」
「ん、分かった」
更識先輩を始めとした生徒会メンバーは普通に話しかけるし、魔法の事も知っている。それでも今までと対応を変えないのだから人として凄い。僕だったら同じ事は出来ないね。
そうそう、僕が生徒会室に行く理由は先輩のスカウトで役員になったから。曰く「学校随一の実力者なんだから、戦力としてスカウトするのは当たり前」なんだとか。僕自身、先輩や本音(本人にそう呼ぶように言われたのでこう呼んでいる。これを聞いて更識先輩や本音のお姉さんの布仏先輩に下の名前、それぞれ楯無、虚と呼ぶように言われたからそう呼ぶようになった)に心配をかけたのでその恩返しのつもりで入る事にした。
そのおかげか、教室より生徒会室の方が居心地がいい。
「楯無先輩、僕に用ってなんですか?」
「学年別トーナメント中止になって一年生は第一試合だけデータ取りの為にやるって話は聞いてるわよね?」
「もちろん。朝のHRで織斑先生が言ってましたし」
「それで、霧島君の相手なんだけど……私になったのよ」
「はあ、どうして先輩が出張る羽目になったんですか?」
「霧島君の実力が凄いからよ」
確かに今の所代表候補相手に連勝中だしな。
「てか、ぶっちゃけ私より強いわよ」
「そうですかね? まあ、よろしくお願いします」
結果から言うと私はやっぱり八雲君に負けた。実際に戦ってみるとその強さがよく分かった。
彼の戦いには無駄が全くと言っていいほどないのだ。言葉にすればそれだけなのだけど、攻撃、回避、その二つを繋ぐ移動、これら全て無駄が無いというのは相手にしていて怖い。
ISでの戦いは原則として人と人がやる。どれだけ訓練を積もうと、人である限り、その日のコンディションや疲れ、それに相手の対応などで何かしら余計な動きが入る物だ。
しかし、彼にはそれがほぼ無かった。
経験値は私よりあるだろう。曰く「魔導師になって多分5000時間以上は飛んでます。僕の体感では8割位の経験値だと思いますよ」らしいので、単純に時間だけなら4倍くらい。実戦経験も考えればそれ以上だと思う。
でも、ISを動かす技術自体はそこまで差は無いと思う。なら、何が違うか? 多分、経験から来る戦いの流れや相手の手を読む観察力とその精度、それにそれら自分の力を信じ抜く意志の強さだと思う。
彼の言葉を借りるなら「戦いでやっちゃいけない事の一つは迷う事。迷うといくつも選択肢があるように見えて、それが結果的に隙を生みます。でも、相手の真意なんて分かりません。だから迷いそうになると思います。そういう時は自分がこうだと思った判断を信じる事です。当たったらそれでよし、外れたら、外れたと割り切る。これが大事だと思います」との事だ。
信じる事か……少し意識してみようかな。
八雲君は少しずつだけど、確実に変わってきている。教室ではそこまで変わっていないようだけど、生徒会室や部屋では本当に柔らかい表情を見せるようになった。相対した時のギャップに少しドキドキしたし。
……ひょっとして、私……彼に惚れちゃった? よくよく考えると放っておけないとか興味を持つって事は最初から意識はしてたのかもしれない。はっきり変わったのは多分助けられた時かな。
ヤバい、そう思うと今まで何も思わなかった部屋での時間が緊張してくる。どうしよう……。
これで二巻の内容は終わりです。
実はIFルートは3巻の内容で終わる予定です。