ザ・アメミヤズ・ブラッド   作:邪道キ

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ストライク・ザ・ブラッド×○○○○

ストライク・ザ・ブラッドFINAL制作決定おめでとうございます。


人~GAI~

 Where there was light, shadows lurked, and fear reigned.

 But, by The Maiden of the Dawn Sword with Vampire, mankind is given hope.

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 極東。絃神島(いとがみじま)。太平洋上に浮かぶ炭素繊維(カーボンファイバー)と、合金と、樹脂と、“魔術”によって創られた小さな人工島(ギガフロート)

 設計されたのは四十年前、海洋上に走る巨大な龍脈―――レイライン上に人工島を創る、という画期的な発想の下に多くの研究者たちは龍脈から流れる霊力が人々の活力と繁栄に繋がる島を夢想し建設に挑んだ。しかし建設は予想以上に難航した。海洋上を流れる龍脈の流れは激しく厳しく、とても人の手で御しきれる代物ではなかった。

 果たして誰もが夢見た真夏の島、その開発者であった男、絃神千羅(いとがみせんら)はある閃きをする。一つの人工島を東西南北、風水で言う四神に見立て四つに分け有機的に結合する。嘗て平安京にも用いられた昔ながらの思想に現代までに発展してきた魔術霊術を融合させることで、龍脈を完全に制御することに思い至ったのだ。

 結果、その試みは成功。四つに分けられた浮島の真ん中に、青龍、白虎、朱雀、玄武を修める黄龍を模して生み出した要石(キーストーン)で支えることにより、遂に絃神島は完成する。

 

 それから四十年経った現在。絃神島にはいくつもの都市伝説が流れている。

 例えば“幼女が夢見続ける牢獄が島の何処かにあるらしい”、と――――。

 或いは“あらゆるセキュリティを支配できる、電子の女帝がいるらしい”、と――――。

 または“絃神島を作った者の中で一人、名を削除されてしまった者がいたらしい”、と――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…第四真祖?」

「え、知らないの?」

 

 時刻は真夜中。海の果てから日が昇るまでにはまだいくらか時間があるが、駅前の繁華街はネオンの海が明かりの消えたビルの窓ガラスに反射してひび割れたステンドグラスのような姿をさらしている。目に刺さる光の街を若者たちはたむろし、他愛もない噂話について無邪気に語り合う。

 

――第四真祖(カレイドブラッド)。三人しかいない筈の吸血鬼の“真祖”、幻の“四番目”。

――曰く不死にして不滅、一切の同胞も血族も伴侶も持たない唯一にして孤独の吸血鬼。

――曰く災厄たる十二体の使い魔を使役し、生き血を啜り、破壊し、殺戮する者。

――曰く過去に多くの街を滅ぼした最強最悪の怪物だと。

 

 揚々と語る男を前に、女はグラスを一杯呷る。

「ふぅん、それで?」

「…なんだよ、テンション低くない?」

「別に…珍しくもないでしょ、吸血鬼(コウモリ)なんて」

 覚めた態度であしらう女に、違うんだと男は今一度第四真祖の恐ろしさを力説する。だが女は話を右から左へ流して酒を口に含んだ。

 

 はっきり言って、この絃神島において“魔族(フリークス)など”珍しくもない。日夜高度な魔術や霊術、科学実験、研究が行われているこの街には、すでに多くの魔族が人と見分ける為の登録証を腕に付け、その力を抑えて、人と共に暮らしている。何だったら今自分が飲んでいる酒を持ってきたバーテンダーなんてL種――所謂狼男に代表される獣人だし、離れた席で女を侍らせている割には格好が似合っていないホスト風の男なんて、第四真祖とかいう与多話と同じ吸血鬼――D種である。自然破壊や人類との戦いでその数を減らした魔族の安全と平穏が保障される魔族特区(・・・・)、だからこの街の住人である彼女にとって、その程度の噂話など気にするほどの事でもない。例え本人と街中ですれ違ったとしても、だ。

 

 やがてこちらの無関心に勢いを削がれたのか、男は黙りこくってしまう。だがうんうん唸る頭を上げると、再び嬉々とした表情を浮かべた。

「じゃあさ!こっちはどうだよ?」

「もういいって…ヤダもう酔ってるの?」

「そんなわきゃねぇだろ?まだ二杯目だぞ」

「嘘…もう酒臭い」

「良いからいいから!…え――っとだな…」

 

 うんざりした女は席を立とうとして、酒気を帯びた男に肩を掴まれる。頭をくすぐる臭いに顔をしかめながらも逃げられず、もう面倒なので仕方なく席に座り直した。

 

「…あぁ、思いらしら…」

 呂律の回らない舌で語られる次の噂は…。

 

――曰く、ソレは黒い体に長い尻尾、片腕が巨大な刀の魔人。

――曰く、ソレは聖なる剣も、魔女の鎖も、古代の叡智でさえも歯が立たない。

――曰く、ソレは憎悪の余り毎夜街に出ては、魔族を切り刻んで喰う武人。

――曰く、挙句魔族だけでは飽き足らず欧州から海を渡ってこの街に来たと。

 

――――其の名は、「刃人」。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻、島の東から火の手が上がった。外界から多くの人と貨物を内へ引き入れる港と空港が密集している地区、通称アイラン・イーストの貨物コンテナターミナルの一角が、いくつかのコンテナを巻き込んで燃え上がっている。中には魔術研究に必要な重要物資が積まれているためか、すぐさま港の警備や作業員たちが消防団を呼ぶべく右往左往していたが、一台のトラックが騒ぎなど気にしないかのようにバリケードを突き破った。

 

 直ぐにけたたましい警報が鳴り響くが、トラックはすぐさま高速へ乗り込み港から遠ざかる。勢い任せに蛇行し、片車輪がふわりと浮き上がりかけるが、徐々に体勢を立て直し、真っすぐと静かに道路を進んでいく。その荷代の中でバチン。肉を叩く音が響いた。

 

「馬っ鹿野郎マギー!アブねぇだろ!」

「俺じゃなくて亜門に行ってくださいよ兄貴!」

「気ぃ付けろ!ったく…」

 

 兄貴と呼ばれた坊主頭にもみあげが特徴の大男が近くでPCを弄っていたウェーブの掛かったロン毛の男マギーを叱りつける。派手なアロハシャツを着た二人の間にはオリーブドラフに塗られたクーラーボックス大の地味な箱が二つ、共に正面の電子錠を光らせて沈黙している。先ほどの揺れで危うく倒しかけたが、兄貴が何とか抑えることでそれを防止。今は彼の手で押さえられたまま、電子錠から伸びたケーブルがマギーのPCに繋がれていた。

 

「後どんだけ掛かんだよ」

「…あと五分は欲しい」

「ふざけんな!三分で終わらせろ!」

「無理だって、MAR社製の最新式魔術電子ロックだよ?こんな複雑なもの三分で解けなんて“電子の女帝”位――」

「――じゃあ女帝サマだか何だか呼んでみるかぁ!?」

 

 ガンッ、と拳で壁に穴をあける兄貴。引き抜かれた傷一つない拳に完全に委縮してしまったマギーは半ばベソをかきながら作業を再開するが、恐怖と不安定な足元のせいでキーを打つ指がおぼつかない。これでは箱の解錠に何時間かかるかさえ分かったものではない、兄貴は薄くなりつつある頭部を乱雑にかきむしるが、ここで妙に落ち着いた声が割って入った。

 

「手荒な真似はやめていただきたい。商品に万一のことがあれば…分かっていますね?」

「…分かってるよ、アングレー殿」

 

 カビ臭い荷台とラフな二人に比べて場違いなまでにぴっちりスーツで決めたオールバックの男。一見すればただのサラリーマンだが、鷹のような鉤鼻と鋭すぎる眼孔、そして腕に付けた銀色の腕輪が異様な気配を纏わせている。

 

 アングレーはこちらを向かず先ほどから爪をやすりで削っているだけ。先の揺れにも動じることなく、気取ったスーツにはしわ一つない。兄貴はお高く留まった雰囲気が気に食わなかったが、アングレーは大事な商売相手。ここで無駄に関係をこじらせるメリットはないとすぐ箱の方へ向き直った。

 

「MARが創った最新鋭の魔導燃料MG-01試作品、通称「プロメテウス」。一ミリ燃やせば大昔の火力発電一年分が賄えるとか言ってたけどよぉ…」

「その通り。更に燃焼の際は循環魔術により排気ガスを出さない環境に配慮した点から、多くの企業が注目を集めていますよ。無論、我々武器商人も」

「…下手に揺らせば速攻火を噴くじゃじゃ馬を20L分。欲しがる奴も欲しがる奴だよなぁ」

「ですから、今回極秘裏に運んでいたのでしょう。」

 

 獣人、精霊、半妖半魔、巨人族、吸血鬼など、人類の歴史は彼ら人ならざる者たちとの争いに使われてきた。魔族特区という譲歩と妥協の結晶が生まれるまで、各地で諍い合い、いがみ合い、殺し合いの末に多くの犠牲と破壊がもたらされた。今、三つの真祖が支配する“夜の帝国”という柱の上に成り立つ世界の均衡の中で、人類と魔族はその傷跡に対し向かい合わなくてはならない。

 今回強奪した試作燃料もその一環。戦いの中で傷ついた大気をこれ以上汚さないように、既存燃料を魔術的に改良、より効率的なエネルギーを得られる代物となっていると同時に、非常に強力な爆薬の材料となった。

 

「こんなもん、ホントに足がつかなぇんだろうな」

「そのために、あなた方に輸送を依頼したのですよ?手筈は整っているのでしょう?」

「あぁ。もうすぐ仲間との合流地点だ。そこで車と箱を乗り換える」

 

 こちらを値踏みするような目に不快感を催しながらも、強気に今後の予定を振り返った。この後予め仲間たちと打ち合わせしたトンネル内で合流。解錠した箱から中身を仲間の車に移し替えた後、バラバラに散ってかく乱するベターな方法だ。それさえ終われば適当に仲間と再び合流し、アングレーの仲介で売りさばいてお零れを貰うのみ。自分たちにとって環境保全など知ったことか、とにかく“売れるか、否か”だ。

 

 不意に車内の明度が下がった。横に据え付けられた小窓から外を見ると、黄色い蛍光灯が走っている。やっと合流場所に付いたようだ、減速し停車する車。彼らは荷台の戸を開け、道路に降り立った。

 車の前に回り込むと、二台、外観が同じトラックが一列に駐車している。荷台はあいており、そこから出て来た半袖の男たちがこちらに駆け寄ってきたのを見て、兄貴は手を揺ら揺ら振った。

 

「お疲れさんっす、ブツは?」

「それなら今マギーが…」

「…終ぁりぁしら…」

「…運べ。」

 

 気力を使い果たして倒れるマギーを無視して、男たちはトランクを開放する。中に手を入れ、細長いケースを取り出すと、まるで赤子を扱うように後ろに控えていた別の部下に渡す。受け取った部下はそろりそろりと別のトラックへ移すと、小走りにトランクへ戻っていく。これを五人で回しているが、少し気を使い過ぎか、取り扱いに注意が必要な爆薬とは言え、こうもおっかなびっくりな様子では予定より時間が掛かり過ぎる。早くしろ、と檄を飛ばそうとしたその時、世界が白くなった。

 

 目に刺さる光に思わず目を覆う一同。ガチャガチャとトンネルに反響する音に目を細めると、白と赤の光源らしきものを横切るように黒い集団が列を成している。彼らは横一列に整列すると、片膝をつき手にしたサブマシンガンを構えた。

 

特区警備隊(アイランド・ガード)だとっ!?」

 

 魔族特区の武装警察、対魔族戦闘に特化した彼らの登場に一同は戦慄した。何故ここに彼らがいるのか?今回の依頼を受け、稼ぎ時と精を出して今まで以上に念に念を押した下見を傘ね、逃走経路を決めた。仲間間との連絡もアングレーが関わるもの以外最小限にし、情報は漏れていないと断言できる。

 後悔と疑念に奥歯が震えるが、ハッと我に返る。そうだ、まだ運は尽きちゃいない。荷台の中の燃料を盾にすれば、彼方も迂闊に八方はしない筈。その隙に逃げる手段を…兄貴は部下を押しのけて荷台へ飛び乗り、再び驚愕する。

 

 部下たちが荷台に運んでいたはずの燃料が見当たらない。次のトラックも、その次のトラックも、その次も。どういうことだ、得体のしれない恐怖に身を震わせた時だった。

 

「チンピラ崩れの魔族が妙に騒いでいると思えば…いい年をこいて火遊びか?(とし)は考えてほしいものだな」

 

 舌足らずな声が頭上から降ってくる。ビクッと肩を震わせ見上げると、暑苦しいほどフリルが付けられた白いワンピースを纏った幼女が、足場もない場所に浮いていた。だがその小さな手にはいくつもの容器が鎖につながれて弄ばれている。間違いなく、自分たちが奪った燃料だ。

 

「これはこれは… 高名な“空隙の魔女”南宮那月がお見えとは…いささか大げさな歓迎に見えますが?」

「“焙り焼きの(ロースト)アングレー”……中東で大損したとか聞く武器商人のコウモリが随分と商売熱心だな。こんなはした金に目が眩んだか?」

「それは今後ビジネスの要になる金の卵。利益を如何に速く、如何に多く、如何に高く売りつけるかが商売の鉄則です。最も、二十数年しか生を持たない人間の役人には、理解しかねますでしょうが。」

「“滅びの瞳(第二真祖)”の御膝元でやらかしたボンクラが良く言う…さて?このまま締め上げても良いが、蜂の巣にされるのが好みなら好きに抵抗しろ」

 

 幼女――――南宮那月の挑発に、運び屋たちが狼狽した。あの魔女から発せられる気は一度背を向ければ最期、彼女の背後に蠢く無数の何かに捕まりどことも知れぬ場所へ引きずりこまれるような、絶対的な恐怖。嘗て多くの同胞を殺したその腕前は正に魔族の天敵として知れ渡っていた。

 

「でしたらば…」

 だが一人、アングレーは襟を直した。

「ここは諦めます。」

 

 瞬間、ブクリと彼の背中が膨らむと、白い炎が爆ぜる。咄嗟に特区警備隊は手にしていた盾を張り防護陣営を取るが、溢れた炎は盾をいともたやすく燃やし、彼らを大きく後退させた。

 アングレーの背中から現れたのは、一体の魔獣。せり出た嘴、異様に膨れた筋肉、手にした鎖から伸びた棺桶、その全てが今さっき撒き散らかされた白い炎で作られている。

 

「“白棺守”。」

 

 眷獣―――それは異界から出でし使い魔。吸血鬼が自らの血の中に飼い、長大な寿命と膨大な魔力と引き換えに呼び出す“切り札”。最低位でも最新鋭の戦闘機や戦車を凌ぎ、吸血鬼を“魔族の王”たらしめる証左。

 アングレーが呼び出した、火車(カシャ)を思わせる異形の墓守は引き摺った棺桶に手を掛けると、と特区警備隊に向けて白い炎を吐きだした。その破壊的な力を持った火炎放射はトンネルはおろか、小さな村一つ焼き払えるだろう。

 

「なるほど…確かにこの火力、焙り焼きには適温か。しかし体に穴を空けるのも拒絶するか」

 

 だが那月は警備隊が白い炎に塗り潰されんとする様を見て肩をすくめた。次の瞬間、彼女の姿が揺れると、後退する特区警備隊の前に躍り出る。空間魔術―――人が御する魔術の中でも高等魔術の行使される様相にアングレーは眷獣に火力を強めるよう命じ――――。

 

 

「――――やれ、後輩」

 

 

 ――――アングレーの右肩が血飛沫を上げた。

 直後、地を揺らすほどの風圧に炎は掻き消され、体は宙へ投げられる。天地を返されながら、パックリと割れた自分の肩を見てアングレーは茫然とした。今何をされた?体をバウンドさせながら転がるアングレーは今一度那月の方へ首を向ける。

 

 そこには、以前銃を向け続ける特区警備隊、彼らの前に張り巡らされた鎖を挟んで傘をさす南宮那月の傷一つない姿。そしてその彼女の前に、一つの影が眷獣の残り火に照らされていた。

 白い外套に黒いシャツ、黒いズボンを着た一人の若者。だが無造作に挙げられた右腕は異形を成し、先からは黒身の刀が伸びている。服を風に揺らし、少女の前に仁王立つ姿は、か弱きものを守る騎士のようで、同時に邪なるものを睨み据える羅刹の如く。

 

 

「刀の腕…まさか…!」

 

 彼の腕に何を思い至ったのか、アングレーは僕に再び命ずる。“白棺守”は棺桶を引きずると、上半身をうねらせて思い切り叩きつけた。動きは至極単純、だが確かな威力のある一撃。

 若者は右腕でそれ受けると、僅か左上に逸らして懐に飛び込み“白棺守”を斬り付ける。一瞬速く“白棺守”が退いたことで腹に切っ先を掠めたのみ、だがそれだけで“白棺守”の姿が大きく揺らぎ、主の元まで後退させられた。先ほどの一撃はこれだ、この剣圧で炎をかき消し、延長線上にいたアングレーを切り飛ばしたのだ。

 

 右の(かいな)を構えた若者は、一歩踏み込み、跳躍に近い速度で間合いを詰める。迫る刀にアングレーは立ち上がり右肩を鳴らした。すでに飛び散った血は無く、切れたスーツとそこから除く白い肌の身、そこを通して腕全体に赤黒い魔力の奔流を流し迎え撃とうとした時、何かが横切り、若者の姿が消えた。

 反射的に目で追うと、はち切れんばかりに伸びたアロハシャツから黒い毛並みを伸ばした大柄の獣人が横から覆いかぶさっている。一たび力を込めれば鉄骨を曲げ得る太い腕から逃れようと若者は足をばたつかせるも、獣人はお構いなしに近場の壁に諸共突っ込んだ。トンネルの壁面に亀裂が走り、地面をも揺らす。

 

「アングレー、南宮那月(あの餓鬼)を何とかしろッ!手前ぇら、俺が抑えてるうちに――」

 

 ――逃げろ、と言葉が途切れる。背中から黒鉄の刃を生やし、血をにじませた毛並みがゆっくり宙に浮かぶ。拘束から解放された若者は背中から生やした連なる牙の尾をしならせて、串刺した獣人を振り落とした。

 

 兄貴ィ、激闘を車の陰から見ていた運び屋たちの叫びが反響する。だが声の悲痛さに気を取られている隙に動いたものがいた。棺桶を正面に構えたアングレーだ。

 若者は棺桶ごと切り裂こうと右腕を振りかぶる。刹那、棺桶の背後で光が爆発し、相手は目と鼻の先に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地上。舗装された道路が爆発し、煙中より白い外套が躍り出る。ジェット噴射の様に上空へ押し出された若者は棺桶を蹴り上げ、アングレーは更に高みへ飛び出していく。そして星と並んだかと思うと、くるりと反転。

 若者もまた背中の尾にとぐろを巻かせて、近くの大きめの破片に押し付ける。向かい合った敵に対し尾を一気に伸ばして跳躍した時。眼前を“白”が塗り潰した。

 

 バタン、大きく開かれた棺の扉が閉じる。アングレーは“白棺守”と共に棺桶に飛び移ると、魔力を流しこむ。固く閉じられた棺桶から白い炎が吹き上がり、流星となって大地に墜ちる。内部に大量の炎を発生させ、閉じ込めたものを焼き尽くす。使いどころに難はあるが、嵌まれば必殺の炎の鉄の処女(アイアンメイデン)だ。

 

 地面に激突する前に棺桶から飛び降り、少し離れた所から様子を窺う。見たところ攻撃手段は背中と右腕の剣だけ。幾らそれらの威力が高くとも、あの棺は確実に死を運ぶと自負している。それが“焙り焼き”と称された吸血鬼・アングレーのやり口であった。

 墜落の粉塵が晴れ、“白棺守”の姿が見える。未だ火を噴く棺桶を開けさせようと、“白棺守”が足をどけた時。

 

 

 

 無数の光が弧を描いて煌いて、棺を粉砕した。

 

 

 

 驚いたアングレーが命じるより前に、“白棺守”の首が飛ぶ。自重で落下していく頭部を掴んだのは、焼け焦げただろう若者ではなかった。

 

 真紅の紋様走る黒い鎧、背に携えた四本二対の刃。右腕には龍の頭が生え、その先から研ぎ澄まされた刀は幾多の戦いで鍛え上げられた業物。それは、牙を剥き、神さえ睨み殺さんばかりの眼孔を備えた双角の“鬼”だった。

 

 “鬼”は獲った首を握りつぶすと、流れた血のような魔力を口に流し込む。喉元の鎧を揺らして嚥下すると、首を捨て去り残った胴に刀を突き立てた。そしてグッと力を込めて持ち上げて、空いた左手で腹の辺りを刺し掴んで一思いに引きちぎった。

 

 手を、足を、八つ裂きにされもはや形を保てず、粉々に砕け散った眷獣が雲散霧消していく。下僕の解体ショーを見せつけられたアングレーは先の攻撃で魔力を注ぎ過ぎたのか、おぼつかない足で“鬼”とは逆方向へ走り出した。空隙の魔女以外にあのような怪物がこの島にいたとは。一刻も早くアレから逃げなければ。

 

しかし、もう遅い。アングレーの腹から黒い刃が突き出る。敵を捉えた“鬼”は尻尾を引き寄せ、宙に放り投げられた彼に向け刀を構えた。闇に紛れ、光を侵す者を断ち切るために。

 

「…貴様ァ!この辺境に来てまで、まだ我らを殺し足りないかァ!」

 

 アングレーは絶叫する。もうそれしかできなかったが。

 

「ソードガイィ――――――!」

 

 断末魔ごと、アングレーは真っ二つに斬られる。

 真夏の夜空、降り注ぐ血の雨を浴び着地した刃人(ソードガイ)は、剣を掲げ真夏の夜空に吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一つの“噂”が勝鬨を上げた時、もう一つの“噂”は島の南を歩く。

 

 ソレの齢は十五、六あたり、狼を思わせる灰色の髪を白いパーカーで隠し、手にコンビニ袋をぶら下げる姿はただの男子高校生のように見え、事実そうである。

 疲れているわけではないが、その足取りは気だるげだ。到着したエレベーターに乗り込み、“7”と書かれたパネルを押すと壁にもたれ掛かり鼻を啜った。

 

 擦った指に赤い欠片がポロポロと付く。それをズボンで乱雑に拭くと、鼻から大きく息を吸い込んだ。ようやく収まった鼻血が鼻腔にこびりついて空気が通りづらい、呼吸のしづらさにもう二度鼻を啜り上げる内に、ふわりとした重力の解放と共にエレベーターが停止した。

 揺れるコンビニ袋の中にはアイスが二つ。曰く限定品らしい、朧げな記憶が示すソレより少し豪華なパッケージが垣間見える。少年はエレベーターから降り、これを待つ人の下へ足を速めた、その時。

 

 肌がざわついた。ビリビリとした感覚が暑い気を凍らせて骨に刺さってくる。思わずフードを脱いで辺りを見回すが、月に照らされたのは自分が歩いてきた道と、自分の家だけ。寒気も既に消え、何時もの生暖かい海風が吹き付ける。

 

「気のせいか…」

 

 そう合点した少年はドアに手を掛ける。玄関を開け、まだ明るい家屋の光に思わず目を細めながら。

 

「ただいま…」

「お帰りー!遅いよ、古城君!」

 

 第四真祖・暁古城は妹の明るい声に出迎えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数人の男たちが両腕を繋がれ、武装した警備隊に挟まれ歩いている。ある者は消沈し、またある者は往生際悪く悪態をつき。その光景を兄貴と呼ばれた獣人は担架の上から眺めていた。自分たちは所詮裏の存在、捕まること自体は苦ではないし、むしろ全員無事なのは多少安堵できる。だが依頼主であるアングレーの姿がないことに兄貴は奥歯を噛み締めた。あの男は逃げおおせたのだろうか、もしそうならただでは置かない、とひそかに憎悪を燃やしていた時。彼らの前に、“一匹の鬼”が舞い降りた。

 

 “鬼”は救急車の前に向かうと、抱えていたものを降ろす。それは全身を血で濡らし、上半身と下半身が両断されながらも呻き続ける運び屋たちの依頼主だった。

 余りの凄惨さに、運び屋たちは我先にと収容車の中に駆け込む。獣人も少し眉をビクつかせながら自らの傷に手を当てた。

 

「…おっかねぇな」

「ああならなかっただけマシと思え」

 

 アングレーを別の担架に転移させた魔女の台詞に、この街で商売は出来ない、そう独り言ちた兄貴が吸血鬼共々救急車に積み込まれる。サイレンを鳴らし走り出す救急車を見送った那月は、トンネルの入り口で片膝を立て座り込んだ“鬼”を見下ろした。

 

「やり過ぎだ。いくら相手が“旧き世代”の吸血鬼とは言え、アレでは尋問出来ん」

「抵抗されたら容赦しなくていいと言われていた」

「だとしても加減があるだろうに。ここに来て一年半、何時まで半人前のつもりだ」

 

 酷評を聞いた“鬼”は少しずつ、姿を解きながら俯いた。指名手配犯との交戦、結果虫の息とはいえ捕縛成功。しかしトンネルと地上の道路は破壊され、交通インフラに支障は出た。この街の事だから幾らでも補填は効くだろうが、それでもこうなる前に事態を収拾する方法は幾らでもあったはずだ。

 完全に人の姿に戻った後も、頭を上げない若者。その様子に那月は嘆息すると、頭に扇子を置いた。

 

「…明日も学校だ、遅れるなよ?(ガイ)

「了解した」

 

 まだ夜の闇が深い街、若者――雨宮凱(あめみやがい)は立ち上がりトンネルを後にした。

 




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