「うわー、俺、こんな立派な上等な部屋、始めてっスよー」
グリードアイランドを手に入れ、帰りの飛行船の中。
旅の道連れとなったレットさんは、オドオドと船室を見回す。
その姿は小市民的、というか、小動物的だった。新しい
「ま、助けてもらったお礼ってことで。こっちは自由に使ってくれていいから」
「え、ユウさんは別の船室なんスか? もったいない。俺なんていっしょでいいのに」
「いっしょの部屋のほうが不都合あるだろ、いろいろと」
俺の言葉に、レットさんはひとしきり首をひねり。
思い当たったのか、突然慌てだした。
「……あっ、ユウさん女の人だったんスね! すすすすみませんっス! 声変わりしてない男の子かと!」
あの、それはそれでむちゃくちゃ失礼なんだけど。
まあ体のライン見えない外套姿だし、俺の口調ならわからんでもないが。
「うん、まあ、いいんだけど……一応、肉体的には女。こっちに来てからの話だけど」
「あ、精神的には男の人だったんスね。なんかちょっと安心しました。とんでもない無礼をしちゃったかと」
えーと、無礼は無礼なんじゃないかな。
別に気にはしないけど。
「まあ、そうはいっても肉体的には女なわけで、別室にしたほうが俺の精神衛生上いいんだ。いろいろ気を使うし。だから気にせず一人部屋を満喫してくれ」
「はいっス! 冷蔵庫の備え付けのジュースとか飲んでも大丈夫っスか?」
「うん、ここそういうランクの部屋じゃないから。それサービスだから」
俺の言葉に、衝撃を受けるレットさん。
「ゆ、ユウさんはお金持ちなんスね……なんでそんなに金持ってるんスか?」
「天空闘技場で稼いだのが大きいかな。あとプロハンターだから」
あ、レットさんの顔が宇宙猫みたいに。
「格差が……格差がひどすぎる……ドウシテ……」
「うん。レットさんの身の上聞いたとき俺がドウシテって思ったからね? せめてプレイヤーの基礎体力活かした仕事に就こうよ」
「ほんとそうっスよね……ハハ……」
あ、レットさんがなんだか哀愁漂う感じに。
「ま、まあ、これから行く先は天空闘技場だ。レットさんの身体能力なら、すぐに勝ち登って金に困らなくなるだろ」
「天空闘技場に!? はい! 俺頑張るっス!!」
天空闘技場、と聞いて、がぜん燃え上がるレットさん。
わかるよ。ワクワクするよね。
「うん。頑張って……俺も責任持って頑張らせるから」
「……え?」
言葉に不穏なものを感じたのか、吹き上がってたレットさんがこっちを見る。
「正直、いまのレットさんの実力じゃ戦力として厳しい。ハマれば強いけど、ハマる状況が限定的すぎるし、なにより修行が圧倒的に足りない」
勇気は、ある。
吸血鬼との戦い。あの状況で助けてくれたのだ。ないはずがない。
だけど格闘技術は稚拙。オーラ運用は拙劣。根本的に戦闘経験が足りてない。
「──だから、相棒に仲間と認めてもらえるよう、俺が責任持って鍛える。天空闘技場はその一環……だけど、現地に着くまで、3日も時間があるよな?」
にこりと笑う。
レットさんがちょっと怯えているが、俺も必死だ。
なにせこの人をシュウに紹介しなきゃいけないんだから。
「まずは“点”。自分の目標を見定めることから始めようか」
「は、はいっス! 頑張るっス!」
ノータイムでそう言えるあたり、見込みはある……と、思う。
◆
三日後の朝。
天空闘技場に戻ってきた俺たちは、あわてて病院へ向かった。
シュウが、フロアマスター挑戦者との戦いで大怪我を負ったのだ。
試合の勝敗は、シュウの勝利だったらしいのだが……かなりの重傷らしい。
受付で場所を尋ね、急ぎ病室を訪ねると。
全身包帯巻きのシュウが、ベッドで寝かされていた。
「シュウ、大丈夫か?」
「──全治6ヶ月」
声をかけると、シュウは不機嫌そうに答える。
「左手尺骨単純骨折。右手中手骨数箇所複雑骨折、右腕上腕骨単純骨折。肋骨第6、7、8番骨折。右足大腿骨単純骨折、右足中足骨粉砕骨折……骨だけでこれ。くっそ、あいつ、腹立つ──うぐっ!」
ベッドを叩いた衝撃が傷に響いたのだろう。シュウはうめき声をあげる。
こんな感情むき出しなシュウを見るの、珍しいな。
いつもは本音を話すときも、感情の一番深いとこを隠してるようなとこあるのに。
ちょっと対戦相手の人に興味が湧いたり。
その対戦相手の人、いま集中治療室らしいけど。
シュウの入院を報せてくれた週間天空闘技場の記者、マジガンさん曰く、「医者にトラックと正面衝突したと勘違いされた」らしいし。
「あんまり無茶はしないでくれよ。こんなことで死んだら泣くぞ。マジで……まあ、思ったより元気そうでよかったよ」
「すまん。せっかくユウがゲーム手に入れてくれたのに、こんなザマで……ところで」
と、シュウの声音が変わる。
「──ユウも怪我した? ひょっとして後ろにいるヤツと関係ある?」
さすがに誤魔化せないか。
負傷したのはあの男──吸血鬼アモンに打たれた左肩。
さいわい打撲傷で済んだものの、まだ痛みが残っている。
「関係はある。けど、この──レットさんは助けてくれたほう」
怯えるレットさんのために、そう前置きして、シュウに事情を語る。
旅先で俺を襲ってきた敵のことを。
逢魔ヶ災と名乗るプレイヤー狩りの集団。
その一人、血の災禍アモン──吸血鬼の念能力者のことを。
そしてレットさんに助けられて、仲間にする約束をしたことを。
「逢魔ヶ災──プレイヤー狩りについては、手が出せない。オレがこんな状態だしな。ブラボーたちに話すのも勧めない。
あ、うん。
ブラボーに教えた瞬間、他のすべてを放り投げて突っ込んでいく姿が目に浮かぶ。
「……逆に、ヤツらが攻めて来る可能性は?」
「低い」
と、シュウは断言する。
「──前提として、奴らは強い。だがその強さは、おそらくは制約と誓約に起因する。スタートラインが同じプレイヤーだしな。それでも鍛えてないプレイヤーを殺すには充分だが……本当の意味で戦闘経験を積んでない。戦ってて、いろいろアラが見えたろ?」
「……たしかに」
炎の災禍──赤髪ウェイターも、血の災禍アモンも、オーラの強さではこちらを圧倒しつつも、戦闘では甘いところがあった。
「自分たちの脆さを自覚してるから、撤退の判断が早い。その上、ヤツらの仲間が何人居るかは知らないが、ユウもオレも災いを倒してる。たとえ奴らがオレたちの素性を割ったとして、オレたちの
そうか。
こちらに相応の実力がある上にここはホーム。
こっちが反撃の備えを万全整えている状況を、当然想定しているだろう。
「なら、当面攻めて来られる心配はないと?」
「いや、襲撃に対する備えは必要だ。それもオレのフロアなら難しくない」
なるほど。
フロアまるごと自分のフィールドなら、警備も罠も自由だ。
地上200階の要塞。守りとしては充分だ。
「オレも医者を雇って自分のフロアで療養することにする。ユウは──そいつを戦えるレベルまで鍛えてくれ」
「わかった。もちろん責任を持って鍛える」
「お、お手柔らかにお願いしますっス!」
俺が約束すると、レットさんが引きつり笑いを浮かべた。
まあ、さっきから物騒な話してたしなあ。
あ、ブラボーたちにも、新しい仲間とグリードアイランド入手の件は連絡しとかないと。
◆
それから二週間。
レットさんは、天空闘技場に放り込んで実戦訓練。
俺はレットさんの勝ちに賭け続けて懐肥やしに勤しんだ。
彼自身、プレイヤーだし基礎スペックは低くないのだが、勝負度胸のなさと、弱腰とヘタレオーラのせいで、オッズは常に高い。
結果、オレの預金残高がものすごいことになってたりする。
グリードアイランド、原価でなら買えるんじゃないかってくらい。
レットさんの戦い方が危なっかしいせいで、毎回寿命は縮んだけど。
しかも、レットさんは律儀に、毎回ファイトマネーの半分を渡してくる。
「ユウさんにはお世話になってるので、ささやかな御礼っス!」
貢がれてる気分というか、みかじめ料を貰ってる気分というか……レットさんが将来悪い人に騙されないか心配だ。
もちろん俺も金儲けだけしていたわけじゃない。
とはいえ、吸血鬼にやられた肩の打撲傷は全治一ヶ月。
本来なら試合や訓練で鍛えたかったんだけど、大事をとって、四大行の基礎修行や、オーラの攻防力移動の訓練に専念した。
そして一ヶ月後。
俺の怪我は完全に回復し、調整のため組んだ試合でも、危なげなく勝利。
一方、レットさんの戦い方も様になってきた。
200階クラスでの試合も、危なっかしいながらも順調に勝利している。
……まあ、一度ヒソカと対戦という大失敗を犯し、仮病を使って出場拒否したものの、相手も現れず、両方バックレ無効試合というミラクルを起こしたが。
ともあれ。
天空闘技場で戦い続ける段階は過ぎた。
そう判断した俺は、シュウと相談し、修業の場をグリードアイランド内に移すことにした。
「留守は任せろ。護衛を雇うから、心配はしなくていい」
まだ動けないのに自信満々。
そんなシュウに見守られながら、ジョイステⅡをセッティングする。
「ふたりとも、指輪──こっちに来たときに嵌めていたグリードアイランドの指輪は、絶対に外しとけよ。上書きされたら二度と日本に帰れないぞ」
「わかってる。脅さないでくれよ……指輪はシュウに預けておいていいか?」
「そうだな。あっちで別の指輪を貰うまでは、ゲーム内に持ち込むのも怖い。オレが保管しておこう」
そうして、2人分の指輪をシュウに預けてから。
最初に俺が、ジョイステⅡの前に座って、オーラを集める。
直後、目に映る光景が一変した。
真っ暗な空間に、幾何学模様が浮かぶゲート。
いつのまにか一人、そこに立っていた。
──ついに、ここに来た。
感動に、身震いする。
間違いない、グリードアイランドの入り口。
ゲームでは、キャラクリエイト、ログイン場面だったため、肉眼では初めて見る光景。
「グリードアイランドへようこそ……」
そして、受付の女性──イータさんから説明を受ける。
指輪について。【ブック】と【ゲイン】について。
それから、ゲームのクリア条件。
100枚の指定ポケットカードをコンプリートすること。
見つめ続けてきた目標。
その最大の障害が、目の前に提示された。
身震いし──奇妙な高揚を覚えながら、説明を聞き終え、階段を下りる。
その先に広がった光景。
空恐ろしくなるほど高い青空。
見渡す限り広がる草原……
あの時は、一種異様な雰囲気に呑まれて、ただただ恐ろしかったけど。
──いまは、なんだかワクワクする。
こちらの世界のプレイヤーのものだろう。
明確な監視の視線を感じて、口の端をわずかに吊り上げる。
動向を探られてるのは面白くないが、レットさん待ちなので、動くわけにもいかない。
とりあえず、時間つぶしもかねて、地面の草を引き抜いてみる。
「うわ」
香りを嗅ごうとしたのだが、草がいきなりカードになった。
そうそう。こんな感じだった。ちょっとおもしろい。
しばらく花や石ころをカード化して遊んでいると、レットさんが周りを見回しながら階段を降りてきた。その動きは、やっぱり小動物的だ。
「うわー、グリードアイランドなんスよねー」
「よそ見してないで行くぞ。あんまりここでじっとしてると、他のプレイヤーが来るかもしれないしな」
「ハッ、ハイ! 急いで行きましょうっス! さあ、さっさと行きましょう!」
俺の言葉に、急に怯えだすレットさん。
監視の目は感じるが、絶対来るってわけじゃないし、そう怯えなくてもいいと思うけど。
「……じゃあ、とりあえず魔法都市マサドラを目指そうか」
「え? 最寄りの──懸賞都市アントキバじゃないんスか?」
目を見開き、尋ねてくるレットさん。
「言ったろ? ここには修行で来たんだ。とりあえずゴンとキルアがやった修行をトレースする」
たぶん、それが強くなる近道だろう。
べつに場所は別でもいいんだけど、モンスターたちの特性をわかってるほうが、修行の手始めとしてはいいだろう。ゴンたちと違って
「えー、あれ、かなりキツイんじゃ……すみません! 精一杯がんばらせてもらうっス!」
俺が半眼になると、レットさんは即座にひれ伏した。
そんなバカな事をやっていたのが悪かったのだろうか。
ふいに、上空から響く高い音。何者かが迫ってくる感覚を覚えた。
既視感とともに、湧き起こるイヤな予感。
だがそれは、地に降り立った者の姿を見て払拭された。
「ああ、フィンクス達に殺されてた……」
「ラターザっス、ユウさん」
ああ、なんかそんな名前だった気がする。
というかこの人、よく端キャラの名前まで覚えているな。
当のラターザは
「ふーん? ユウちゃんとレットくん、ね」
「へえ、こんな風に調べられるんだ」
「うおっ!?」
俺が背後から本を覗き込んでいるのに気づいたのか、ラターザは驚いてのけぞった。
【
「くっ、【
ラターザは即座に逃亡した。
よほど慌てたのか、こちらに
「ん。マサドラ、あっちだな。行こう」
運がいい。目的の方角がわかった。
レットさんに声をかけて、走り出す。
「距離、どれくらいだったっけ?」
「ここから北へ行けばアントキバ、さらに北へ80km、だったと思うっス。さすがに細かくは覚えてないっスけど」
「うん、充分だよ。助かる」
というか、わかると思って聞いたわけじゃなかったんだけど。
無茶苦茶読み込んでるなレットさん。
「じゃあアントキバをスルーして、とりあえずマサドラに行ってみるか」
「そうっスね。
そっちはそこまで心配してないんだけどね。
まだ早くても仕込み段階で、表立って動くような時期じゃないし。
一番警戒しなきゃならないのは、ハサミを持った殺人鬼、ビノールト。
それだって、いまの俺の実力なら、勝てない相手ではないはずだ。いざという時はレットさんの変身があるし。
それから3時間ほどかけ、アントキバ北の森林地帯にたどり着いた。
深い森の中、あたりに注意を払いながら走っていたのだが、なにも出てこない。
山賊が出るかと思ったのだが、どうやらフラグが立っていないと出ないらしく、何事もないまま岩石地帯に出てしまった。
そういえば、原作ではここでビノールトと戦ったんだったか。
まあ、向こうもここを本拠地にしてるわけじゃないだろうし、そうそう会うこともないと思うが。
「いよいよっスね、魔物がうようよいる岩石地帯」
「行くぞ。ここで泣きごと言ってたら、到底レイザーとは戦えない」
「わ、わかってるっスよ。それにこの辺の怪物の弱点は把握済みっす。やるっスよ!」
気合を入れるレットさん。
まあ、ほんの数分後に怪物に囲まれ、悲鳴を上げることになるのだが。
◆
攻略方法がわかれば、怪物を倒すことは、さほど難事ではない。
とはいえ、基礎能力の未熟はいかんともしがたい。
“絶”と“纏”を瞬時に切り替える必要がある【バブルホース】の捕獲だけは無理だった。
レットさんに至っては、本格的な訓練を始めたのがつい最近ということもあって、数種の怪物に、かなり苦戦していた。
怪物退治に半日を費やし、俺もレットさんも、フリーポケットの空きが厳しくなってきたので、一旦マサドラに。
途中、キャンプ場のような小さな村で一泊し、目的地にたどり着いたのは、翌日の昼ごろ。走り続けだったが、そこまで疲労がないのは、重りを装備して常日頃鍛え続けた結果か。レットさんは死にそうなほど息を切らしてるし。
マサドラではフリーポケット内のカードを全部売り払い、デパートでロープやスコップなど、必要なものを買いつけて、再び山岳地帯へ。
レットさんが呪文カードを欲しがったので、いっしょに一袋ずつ買ったのだけど……【
ちなみにレットさんはカードを見せてくれなかった。
ちらっと見たけど【
ともあれ、無事山岳地帯に戻ってこれたので、修行を再開する。
「天空闘技場だと、系統別修行も派手に出来なかったからな。特に石割りとか。ここならゴミを気にせず修行できる」
レットさんは具現化系。俺は放出系。
ゴンたちがやっていない操作系の系統別修行が必要だが、さいわい系統別修行の基礎は、鎖使いのカミトから教わっている。
ある程度慣れるまで系統別修行に専念し、それから山掘りを開始する。
将来ゴンたちが使うかもしれないので遠慮して、掘る場所は西に2kmほどずらした。
俺の戦闘スタイルは【暗殺者/武装】。
“周”に高い適性を持つが、持続力はそれほどでもない。
ずっと鍛えてきた“練”の維持時間も、一時間には達していない。
パートナーのレットさんの、オーラ運用が怪しいこともあって、掘り抜きも最初は一日一山が限度。
次第に距離を伸ばしていったものの、再びマサドラに着いたのは12日後のことだった。
未熟な分、伸びしろが大きかったのか、後半のレットさんはかなり頼りになった。
それなりに鍛えられた自信が出来たので、また山岳地帯へ。
今度こそ捕まえてやると、粘り続けること8日。ついにバブルホースの捕獲に成功した。
その後、レットさんが全怪物を捕まえられるまで、俺は四大行の派生技のトレーニングと系統別修行。
特に、必要になるであろう“流”と“隠”に力を入れたが……難しい。“流”は速さを意識すると、60程度の攻防力移動が限界で、“隠”はレットさんの“凝”でも見破れるレベル。まだまだ鍛え方が足りない。
レットさんがすべての怪物を捕獲できたのは、一ヶ月後のことだった。
その頃には、さらに先の修行が必要だと感じるようになった。具体的には、念を鍛えている間、筋力もいっしょに鍛えたい。
なので、一度ゲームから出ることにした。
さすがに超重量の重り装備は、グリードアイランド内では手に入らないのだ。
「そんなわけで、レットさんは近所の村で休んでて」
「休んでていいんスか?」
「さすがに疲労も蓄積してるだろうからね。不用意に動いてプレイヤー狩りに目をつけられてもだし、ゆっくり休んでて」
そう言って、レットさんに余分な荷物を預けて、【
そこから西にある、外への脱出路、港に向かった。
。