走る。走る。
黄昏の空の下、一刻も早く二人と合流するため、北に向かって一直線。
ことは命に関わる。足にオーラを集め、全速で駆け続けるが、それらしき気配は感じられない。
岩石地帯に入り、怪物を避けながら、なお駆ける。
途中、手頃な岩山の上に登り、気配を探る。そんなことを数度も繰り返して──感じた。はるか先に、剣呑極まる気配。
──危険だ。
脳内で激しく警鐘が鳴る。
先のビノールトと比較にならないほどの危機感。
だが、進む。レットさんとマッシュを、絶対に見殺しにはしない。
“絶”で気配を絶ち、相手に気取られぬよう足音を殺して──走る。
岩山の影を縫う度に、気配が濃くなる。
──なんだ。二人はいったいナニに追われてるんだ。
歩を進めるごとに、絶望に近づいていく。そんな確信。
──居る。この岩山を超えた先に。
息が乱れそうになる。
恐怖を、無理やりねじ伏せて、前へ、足を踏み出そうとした──瞬間。
「おや……そこに居たのかい」
悟られた。
致命的なナニカに捉えられた確信。
「──おいでなさい」
招く声からは、魔的な力を感じる。
ともすれば逃げ出したくなる衝動を抑えながら、前へ。
見えない声の主に、あらゆる恐怖を想像しながらも、歩む足は止めない。
ふと、思い出す。
俺が、見えない恐怖を意識するようになった、きっかけの事件を。
中学生の頃だった。
塾の帰り。薄暗い夜の帰り道。
細い十字路を通り過ぎようとした時──いきなり背中が灼熱した。
焼けるような熱さと、痛み。倒れ伏した地面の冷たさ。あれほど死を意識したことなどなかった。
担ぎ込まれた病院で、通り魔に刺されたのだと知った。
だけど通り魔は、結局捕まらず終いで……俺はいつだって、見えない場所にそいつが居るのでは、と恐れてきた。
──想像しろ。あるがままの敵の姿を。恐怖で敵を肥大化させるな。
自分に活を入れて、進む。
岩陰を縫って行った、その先に、それは居た。
ねじれたステッキを持った、幼い少年だった。
荒野の中に、場違いに設えられた、テーブル。
その上に片肘をついて、椅子の上で足を組んでいる。
年齢に似合わない、老成した雰囲気を持つ少年は、
「ゆ、ユウさん……」
少年の対面に座っているのはレットさんだった。
泣きそうな顔になりながら、彼は縋るようにこちらを見る。
「助けて下さいっス……俺、死にたくない……」
その手から、はらりとカードが落ちる。
「キミの負けだよ、レットくん──罰ゲームを受けてもらおう」
──【
「うわああああぁっ!!」
「レットさん!?」
とっさに前に出るが、間に合わない。
レットさんは、足元に出来た闇に飲まれていった。
しばし、呆然と立ち尽くす。
そんなこちらの様子を、ひとしきりながめてから。
「さて──」
少年は、ゆっくりと口を開いた。
直に浴びる声の不吉さに、寒気がする。
強い。纏うオーラの強さ禍々しさは、ハンター試験で見た奇術師ヒソカを彷彿とさせる。
「はじめまして。わたしは悪魔紳士という。お嬢さん、ひとつゲームをしないかね」
ちょっと暇つぶし。そんな調子で少年は語る。
敗れたレットさんが闇に飲まれる様を見せておいて。
言いようのないおぞましさに、総毛立つ。
「……レットさんを、どうしたんだ」
慎重に、声を絞り出す。
マッシュさんの姿は見ていないが……おそらく彼も、こいつにやられた。
「罰ゲームの最中さ。出口のない迷宮の中……まだ元気に動き回っているよ」
そう言って悪魔紳士は、手に持つねじれたステッキを軽く叩いた。
おそらく念能力。
ゲームの敗者を、出口のない迷宮に叩き落とす能力……だろうか。
だが、レットさんもマッシュも、自分からそんなゲームをするような人じゃない。
マッシュは強くなることしか頭にないし、レットさんは、あの通り気の小さい人だ。
強いられたに違いない。
実力差を、見せつけられて。
「さあ、お嬢さん。ゲームをしよう。君が勝てば二人を助けてあげようじゃないか」
「──っ!」
灼熱しそうな思考を落ち着かせる。
ブチ切れても殺せない。殺しても二人は帰ってこない。
ゲームで勝つしかないのだ。相手がその気なのは、むしろ好都合なんだ。
息を、肺から、絞り出す。
それで無理やり気を落ち着ける。
「……ゲームの内容は?」
「君にもわかりやすいように単純にやろう。使うのは
言いながら、悪魔紳士はカードを配る。
ハートのカードが計13枚。
“凝”で確認しても、ただのトランプ。
シンプルなルールだ。イカサマの余地はない。
「ゲーム中、念能力の使用は?」
「“発”は禁止だ。これはゲームだからね。念能力による透視や読心など無粋の極みだ。むろん、イカサマの類も禁止だよ。破った者は、即座に罰ゲームを受けることになる」
自分も含めて。悪魔紳士はそう示唆する。
当然か。これほど強力な“発”。自ら命を賭けるような強力な制約なくしては成立しないだろう。イメージとしてはオロソ兄妹の【
「──もちろん、敗者には罰ゲームを受けてもらう……さあ、災いを
「その言葉……逢魔ヶ災か」
驚きはない。
むしろ納得する。
俺がビノールトに襲われ、レットさんたちが悪魔紳士に襲われた。
場所もタイミングも合いすぎていて、とても無関係とは思えない。
「ほう。あらためて名乗りをあげるつもりだったが……多くはないのだがな。我らを知って生きているプレイヤーは」
少年が、柔和な笑みを浮かべる。
蛇を連想させる、温度のない笑み。嫌悪感が、抑えきれない。
「まあよい。あらためて名乗ろう。我らは生きた災い。黄昏時に彷徨い歩く殺人鬼。我らこそ
そう言って、悪魔紳士は一枚目のカードをテーブルの上に伏せた。
息を呑む。
こいつが、プレイヤー狩りのボス。
それも納得の、オーラの強大さ、おぞましさだ。
──だが、戦う。
救うのだと決めて、俺はここに居るんだ。
俺の命を握る、13枚のカード。その中から、“♥7”を抜き取り、テーブルの上に伏せた。
1回戦。
双方、同時にカードを裏返す。
俺は“♥7”、悪魔紳士は“♠2”。
勝ち、ではあるが、勝ち方としては微妙か。
ほぼ最小の数字に勝つために、それなりの数字を使わされたんだから。
2回戦。
俺が出したのは、“♥3”。
悪魔紳士が出してきたのは、“♠3”。
引き分けだ。これは、どちらの得点にもならない。
3回戦。
俺が出したのは、負けを覚悟で“♥2”。
悪魔紳士が出してきたのは“♠A”だった。
僅差での勝ち。しかも相手にAを使わせたのだから、上々の勝利だ。
すこし、安堵する。
なにしろ懸かっているのが自分の命だ。
わずかなリードといえど、優勢を保っていられるのはありがたい。
「ふむ、こんなものかね」
劣勢の悪魔紳士は、しかし動じない。
淡々とした様子で、手中のカードを弄び──告げた。
「──では、本番といこうかね」
抑揚のない口調。
しかし、言葉からは強い力を感じた。
4回戦。
俺は“♥8”を出す。
悪魔紳士は“♠9”で、相手の勝ちとなった。
1点差の負け。一番拙い負け方だ。
5回戦。
俺のカードは“♥11”。
悪魔紳士が出してきたカードは“♠12”。
連続で1点差負け。しかも大きな数字でだ。
──マズい。
冷や汗が流れる。
まさか狙って1点差にしているわけじゃないだろうが、思惑を完全に読まれてる。
続く6回戦。
俺は“♥4”
悪魔紳士は“♠5”
また1点差で負けた。まるで魔法だ。
「──もちろん気づいていると思うが、これはイカサマでも、念能力の類でもないよ」
悪魔紳士は語る。
わかっている。
イカサマは無しの約束だったが、俺は常に“凝”で相手を見張っていた。
少年の視線。少年のオーラの動き。いずれも不自然な点は見て取れない。
イカサマではない。これは純粋な読み。
悪魔紳士は、完全に俺の思考を読んでいる。
おそらく最初の3回の勝負。
悪魔紳士は最初から勝負を捨て、俺のカードの出し方から俺の本質──勝負の場で顔を出す心理の指向性を量っていたのだ。
突然の劣勢。
点数的にも、俺が12点に対し、悪魔紳士が49点。大幅に負け越しだ。
──このままじゃマズい。なんとか挽回しないと。
焦燥が身を苛む。
必勝を期して望んだ7回戦。
こちらが出すのは最強のカード、“♥13”。
だが、相手のカードがめくられた時、血の気が引いた。
“♠4”。悪魔紳士の手元に残された札で、最弱のカードだ。
完全に読まれた。
まるで、こちらの思考を追ったかのように、正確極まりない。
これが、差だと言うのか。
こんな単純なゲームで、ここまで差をつけられるものだろうか。
「どうかしたのかね」
「う……う」
少年ながら、悪魔紳士の、すべてを見透かすような蛇の瞳。
それが、たまらなく恐ろしい。
「……仲間から聞いたのとは大分違うな。気丈なお嬢さんと聞いていたのだが」
敵の、不意に発した言葉。
その刃のごとき鋭さに、思わず呼吸を忘れる。
俺の素性が悟られたのは、不思議ではない。
名前と、外見がわかっていれば、そう難しくはない。
だが、神がかった読みを見せられた上での言葉だ。恐怖を感じずにはいられない。
「どうして……お前たちはプレイヤーを狩るんだ」
「ふむ、そうだな。どうせ死ぬ人間だ。教えてもよかろう」
余裕の表情で、悪魔紳士はねじれたステッキを弄ぶ。
「わたしは……いや、
「なっ!?」
衝撃的な言葉に、絶句する。
ゲームマスター。つまりは、グリードアイランド・オンラインの開発者側の人間。
「グリードアイランド・オンラインにおいて設定された、公式敵性プレイヤー。それが逢魔ヶ災だよ。しかし、だから殺すというわけではない。中にはそういう者も居るが、少なくともわたしは違う」
「じゃあ、なぜ、殺すんだ」
「それはね、わたしは君が、君たちを憎んでいるからだよ……狂おしいまでに」
吐き捨てる言葉には、致死の怨毒が含まれている。
「この世界に来てから、わたしは一度死んだ。完膚なきまでに殺された。善意を装った悪意に対処するには、当時のわたしは未熟すぎたのだ……」
ぞっとする。
そうだ。グリードアイランドに限らない。
この世界は解体屋ジョネスのような、食人鬼ビノールトのような、幻影旅団のような、マフィアのような、NGLの裏の顔のような、危険と隣り合わせなのだ。
もし、最初にシュウといっしょでなければ、まだ世慣れていない、当時の俺だったら……いくら力を持っていても、たやすく騙され、殺されていたかもしれない。
「──だが、わたしの
声が震える。
込められたのは、狂おしい望郷の念。
それに……強烈な呪詛。
「……ふざけるな。認められるか。わたしが戻れないのに、他のプレイヤーがのうのうと日本に戻れるなんて……そんなこと、許せるはずがない! 殺す! 絶対に殺す! ひとり残さず殺す! 誰ひとりとして元の世界に帰してやるものか! お前たちは、この世界で、朽ちて死ぬのだ!!」
悪魔紳士は吠える。
あまりにも理不尽な敵意。
ほとばしる悪意のオーラに、呼吸が困難になる。
考えもしなかった。
ゲームマスター側の人間が、この世界に居ること。
そして、ボス敵として作られたがゆえに、一般プレイヤーよりはるかに強く──そのうえ己が不幸を恨み、すべてのプレイヤーに悪意を持つ人間が居ることを。
だが、激情に晒されたことで、かえって冷静になれた。
理不尽な強さの理由が知れた。悪意の原因がわかった。深い闇の底が知れた。
──なら。こいつはもう、
手札を見直す。
手元にあるカードは6枚。
"♥A”"♥5”"♥6”"♥9”"♥10”"♥12”。
相手の手札も6枚。
"♠6”"♠7”"♠8”"♠10”"♠11”"♠13”。
こちらの"♥5”"♥6”より低い数字が相手の手札にない以上、この二枚は死に札だ。
これを使って、上手く負けなくてはならない。相手が"♠11”や"♠13”を出した時に合わせられれば理想的……なんだが。
──―違う。
直感か、生存本能か。
とにかく、俺の中の何かが、俺の思考を強く否定する。
この直感を逃すわけにはいかない。
それまでの思考を検めて──気づく。
考えるべきは自分の都合でなく、相手の心理。
俺はいま、負け札の処理を考えた。
こんなもの、いつまでも抱えておきたくない。そんな、負の思考。
相手はそこを突いてくる。
──だったら、それに噛みついてやる。
悪魔紳士の目を見る。
恐怖は、依然感じている。
だが、それは克服すべき対象としてだ。
8回戦。
“わたし”は、カードを一枚場に伏せる。
“わたし”が出したカードは“♥6”。
相手のカードは“♠6”、引き分けだ。
続く9回戦。
“わたし”のカードは“♥10”。
相手のカードは“♠10”だ。
嘘のように勝利が続く。
こちらの勝ち札をなるべく消費せず、相手の勝ち札を減らす。
読みとのズレを感じたのだろう。悪魔紳士の表情に、困惑の色が混じる。
だが、いまだこちらが圧倒的に不利。
こちらの手札は“♥A”“♥5”“♥9”“♥12”。
これに対し、相手は“♠7”“♠8”“♠11”“♠13”。
こちらの“♥5”が完全に死に札だという事を考えれば、勝ちは難しいように見える。
だが、仮に先の読みで相手の“♠6”“♠10”に勝ち札を被せれば、残るのは“♥A”“♥5”“♥6”“♥10”。
点数のアドバンテージ以上に死に札が重くのしかかってきて、勝ち筋が細く危うい物になっていただろう。
続いて10回戦。
“わたし”が出すのは“♥9”。
悪魔紳士が出してきたのは、“♠8”。
僅差で勝利をもぎ取った。
46対49。
得点的には追いついた。
悪魔紳士の顔色が変わる。
たぶん、彼はまだ気づいていない。
心理を読みきった“
おそらく、悪魔紳士の読みは絶対。
それは経験と知力よりも、性能に根ざすもの。
ボス敵としてより深く設定された事によるアドバンテージ。
だからだろう。
それでも、悪魔紳士は、その悪魔的な読みに縋るしかない。
なぜなら、彼には、それしかないのだから。
悪魔紳士は、ここで勝ちがほしい。
数字的なアドバンテージを取りたい。
必勝の“♠13”を出したいところだろうが、まだこちらには“♥A”が残っている。
だからこそ。11回戦。
この場面で相手が出すのは“♠7”。
“♥A”“♥5”の2枚に勝ち、負けたとしても相手の唯一の勝ち札を使わせる必勝のカード。
だから、こちらは“♥5”を出した。
負け札にして、相手を地獄に引きずり込む魔の札。
46対62、点数差は16。だが、そんなものは関係ない。
次に出す札で、勝敗は決してしまうのだから。
こちらの手札は“♥A”“♥12”。
相手の手札は“♠11”“♠13”。
どちらを出しても勝率は5分5分。
この状況に来て、わたしの“♥A”は勝ち札に化けた。
悪魔紳士は信じられるだろうか。
こちらに“♥12”がある状態で、“♠11”の強さを。
できない。
相手の心理傾向を量るために弱い札を使い、強い札を温存する悪魔紳士では、この状況で、“♠11”の強さを信じることはできない。
読みの鋭さこそ恐るべきものがあるが、どこか“安全”を抱えていなければ勝負できない。“罰ゲーム”という恫喝の下でしか強者たり得ない。それが、悪魔紳士……“その中身”の本質だ。
そしてそれこそが、“わたし”のつけ目。
──喰らってやる。
口の端を、吊り上げる。
悪魔紳士の表情に、怯えの色が浮かんだ。
12回戦。
“わたし”のカードは“♥A”。
悪魔紳士が出したのは……“♠13”。
最弱のカードが、命をかけたゲームの勝負を決した。
「ぐっ……」
悪魔紳士の顔が悔恨に歪む。
決着がついた、その瞬間。
突如虚空に闇が生じて、なにかを吐き出した。
レットさんとマッシュだ。二人は、生還できた安心で気が緩んだのだろう。そのまま気を失った。
ふたりの無事な姿に、安堵の息をつく。
よかった。こんな所で仲間を失っていたら、一生後悔していただろう。
「──―ぐぎぎぎぃ!」
突然の奇声に驚き、振り返る。
悪魔紳士が、なにかに耐えるように歯を食いしばっていた。
見れば、悪魔紳士から放たれていた禍々しいオーラ。それがすべて彼が持つねじれたステッキへと吸い込まれていく。
「いやだ……わたしは……わたしはもっと殺して! もっと道連れに……!!」
苦しみもがく悪魔紳士。
きっかけはゲームに負けたこと。
と考えれば、本人が示唆したように、やはりゲームの勝敗に命をかけていたのだろう。
うめき声が、途切れる。
あとに残されたのは痩せこけた子供の亡骸。
対してステッキの方は、禍々しいオーラを放っている。
たぶん、怨“念”の宿ったステッキの方が本体。
悪魔紳士を殺せばその人間を乗っ取り、ゲームで負かせば、怨念はステッキに戻り……おそらくは手に持った者を支配する。
だが。
いまこの時だけは、こいつは無力。
“わたし”は、渾身のオーラを込めて、ねじれたステッキを踏みつける。
ステッキは、乾いた音を立て、二つに折れた。
子供の遺体が、オーラに包まれて消え失せる。グリードアイランドにおけるゲームオーバーの状況。
──終わった。今度こそ。
椅子に深くもたれかかって、息を吐く。
予想以上に心身が消耗しているのだろう。とてもじゃないが立てない。
──あの
充足感が体中を満たす。
──そう、だから“わたし”こそが、真なる
その認識に、致命的な違和感を覚えて、わたしは殺意の
「あっぶな。いま呑まれそうになってた」
殺意の
だが、まあ、本当に終わった。
逢魔ヶ災も、その首魁が倒された以上、警戒してしばらくはグリードアイランドに来ることはないだろう。
あとは、ビノールトから逢魔ヶ災の情報を聞き出して……
「あ……」
そういえば、ビノールト、拘束して放置したままだった。
◇ビノールト
──いつからだ。いつからオレは間違った。
蔦で雁字搦めに縛られたまま、自問する。
最初に人を食った時からか。
最初に人を殺した時からか。
最初に人を殴った時からか。
最初に金を盗んだ時からか。
──考えるまでもない。最初からだ。
生まれたときから、オレは間違っていた。
生まれは貧民街の、しかも最悪の治安の場所。
周りは売春婦か
そんな環境で、まともに生きたいと思うこと自体が、間違っていたんだ。
まともに生きたかったから、なにも盗まなかった。だからいつも飢えていた。
まともに生きたかったから、誰も殴らなかった。だから舐められて、いつも殴られていた。
まともに生きたかったから、誰も殺さなかった。だからマフィアの構成員になれず、はぐれ者として生きてきた。
まともに生きている人間を見た。
そいつらは飢えていなかった。暴力を振るわなかった。人殺しとは無縁の世界に生きていて……オレとはなにもかも違っていた。
分けてほしかった。
その幸せを。まともさを。
だから盗んだ。だから殴った。だから殺した。だから……食った。
まともな世界に生きる、恵まれたやつらから、すこしでもまともさを分けてほしくて。
そんなオレは、最後まで間違った。
グリードアイランド。プレイヤーが実際に死ぬという話に惹かれてプレイしたゲームの中で、そいつに出会った。
「わたしの名は悪魔紳士。黄昏時に彷徨い歩く殺人鬼、逢魔ヶ災が首魁……食人鬼ビノールト。君も我らの仲間にならないかね」
不吉を身に纏ったような少年だった。
一見して救いのない
承諾してはいけないと、オレの心のまともな部分が悲鳴を上げていた。
だけど、孤独なオレには、その誘いはひどく魅力的だった。
──だから。オレは決定的に間違った。
少女に出会った。
泣きたいほどに。分けてもらいたいほどにまともな少女だった。
だから髪を食った。そして理解した。生まれたときから間違わなかったような、見たこともないまともな肉。
恋い焦がれた。
この少女さえ食べれば、オレはまともになれる。
そんなありえない確信さえ抱かせる肉質だった。
──だが、負けた。完膚なきまでに。
少女は強かった。
いや、ただ強いだけなら、こんな敗北感など抱かない。
負けて、気がつくと蔦で縛られていた。その状態で、聞いてしまった。
捕らえたオレを無視して、危機に陥った仲間を必死に励まし、助けに向かう少女の声を。
その時、唐突に思い出した。
こんな場所、とっとと出ていってやると、貧民街を後にした同じ年頃の少年。
自分が死ぬ、その瞬間までオレの善意を信じ切っていた、まばゆいまでに人のいい女。
これだけの腕があるんだからと、罪を償って真人間になれと言ってくれた美容院の店主。
いままでの人生で取りこぼしてきた、まともになる機会。こんなオレにも、そんなものがあったんだと、あらためて気づかされた。
──なんのことはない。オレが救いようのないバカだったんだ。
“まとも”がどんなものかもわからずに、ただまともな人生を求めていたのだ。
自分の愚かさに、愛想が尽きる。
蔦の拘束は、解こうと思えば解ける。
逃げる気があれば、逃げられる……だが、そんな気は、とっくの昔に失せている。
いまはただ、少女と話したい。そして、もし許されるならば……ゲームを出て、自首したいと思う。
「──起きてたんだ……逃げなかったの?」
少女が来た。
そこでオレは、悪魔紳士が死んだと知った。
この少女が、あの化け物を倒せるようには見えなかったが、それ以上に、彼女が嘘を言っているようには見えない。
そこで、オレは気づいた。
殺してくれと、自首させてくれと言うより先に、頼むべきことがあると。
「短いつき合いだったが、あいつは仲間なんだ。仲間だと、言ってくれたんだ。頼む。奴の墓を、作らせてくれ」
オレの言葉に、少女はすこし困ったというように──笑った。
悪魔紳士。その本体は、ステッキだという。
ゲーム外に戻された遺体の場所は、オレにもわからない。
その程度のつき合い。他の仲間には、会ったこともない。
だけど、オレにとって悪魔紳士は、紛れもなく仲間だった。
彼の墓を作り、岩に墓標を刻んで、気が済んだ。
「思い残すことはもうない。殺すなり警察に突き出すなり、好きにしてくれ」
オレの言葉に、少女は困ったように頰をかき……そして言った。
「よかったら、だけど……仲間にならない?」
「……は?」
最初、言葉の意味を理解できなかった。
理解して……涙が出た。
◆悪魔紳士
・H×Hで好きなキャラクター三人
ニッケス(ハメ組のリーダー格)、モタリケ、キルア
・H×Hで好きな念能力三つ
ゲンスルーの【
・グリードアイランドで好きな指定ポケットカード三つ
No.020心度計、No.073闇のヒスイ、No.093人生図鑑
・ユウからの第一印象
……化け物だ。