グリードアイランド・クロス【本編完結】   作:寛喜堂秀介

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15 悪魔紳士

 走る。走る。

 黄昏の空の下、一刻も早く二人と合流するため、北に向かって一直線。

 ことは命に関わる。足にオーラを集め、全速で駆け続けるが、それらしき気配は感じられない。

 

 岩石地帯に入り、怪物を避けながら、なお駆ける。

 途中、手頃な岩山の上に登り、気配を探る。そんなことを数度も繰り返して──感じた。はるか先に、剣呑極まる気配。

 

 

 ──危険だ。

 

 

 脳内で激しく警鐘が鳴る。

 先のビノールトと比較にならないほどの危機感。

 だが、進む。レットさんとマッシュを、絶対に見殺しにはしない。

 “絶”で気配を絶ち、相手に気取られぬよう足音を殺して──走る。

 

 岩山の影を縫う度に、気配が濃くなる。

 

 

 ──なんだ。二人はいったいナニに追われてるんだ。

 

 

 歩を進めるごとに、絶望に近づいていく。そんな確信。

 

 

 ──居る。この岩山を超えた先に。

 

 

 息が乱れそうになる。

 恐怖を、無理やりねじ伏せて、前へ、足を踏み出そうとした──瞬間。

 

 

「おや……そこに居たのかい」

 

 

 悟られた。

 致命的なナニカに捉えられた確信。

 

 

「──おいでなさい」

 

 

 招く声からは、魔的な力を感じる。

 ともすれば逃げ出したくなる衝動を抑えながら、前へ。

 見えない声の主に、あらゆる恐怖を想像しながらも、歩む足は止めない。

 

 ふと、思い出す。

 俺が、見えない恐怖を意識するようになった、きっかけの事件を。

 

 中学生の頃だった。

 塾の帰り。薄暗い夜の帰り道。

 細い十字路を通り過ぎようとした時──いきなり背中が灼熱した。

 焼けるような熱さと、痛み。倒れ伏した地面の冷たさ。あれほど死を意識したことなどなかった。

 

 担ぎ込まれた病院で、通り魔に刺されたのだと知った。

 だけど通り魔は、結局捕まらず終いで……俺はいつだって、見えない場所にそいつが居るのでは、と恐れてきた。

 

 

 ──想像しろ。あるがままの敵の姿を。恐怖で敵を肥大化させるな。

 

 

 自分に活を入れて、進む。

 岩陰を縫って行った、その先に、それは居た。

 

 ねじれたステッキを持った、幼い少年だった。

 荒野の中に、場違いに設えられた、テーブル。

 その上に片肘をついて、椅子の上で足を組んでいる。

 年齢に似合わない、老成した雰囲気を持つ少年は、見徹(みとお)すような目で、こちらを射抜く。

 

 

「ゆ、ユウさん……」

 

 

 少年の対面に座っているのはレットさんだった。

 泣きそうな顔になりながら、彼は縋るようにこちらを見る。

 

 

「助けて下さいっス……俺、死にたくない……」

 

 

 その手から、はらりとカードが落ちる。

 

 

「キミの負けだよ、レットくん──罰ゲームを受けてもらおう」

 

 

 ──【悪魔の迷宮(ループ・ループ・ループ)】。

 

 

「うわああああぁっ!!」

 

「レットさん!?」

 

 

 とっさに前に出るが、間に合わない。

 レットさんは、足元に出来た闇に飲まれていった。

 

 しばし、呆然と立ち尽くす。

 そんなこちらの様子を、ひとしきりながめてから。

 

 

「さて──」

 

 

 少年は、ゆっくりと口を開いた。

 直に浴びる声の不吉さに、寒気がする。

 強い。纏うオーラの強さ禍々しさは、ハンター試験で見た奇術師ヒソカを彷彿とさせる。

 

 

「はじめまして。わたしは悪魔紳士という。お嬢さん、ひとつゲームをしないかね」

 

 

 ちょっと暇つぶし。そんな調子で少年は語る。

 敗れたレットさんが闇に飲まれる様を見せておいて。

 

 言いようのないおぞましさに、総毛立つ。

 

 

「……レットさんを、どうしたんだ」

 

 

 慎重に、声を絞り出す。

 マッシュさんの姿は見ていないが……おそらく彼も、こいつにやられた。

 

 

「罰ゲームの最中さ。出口のない迷宮の中……まだ元気に動き回っているよ」

 

 

 そう言って悪魔紳士は、手に持つねじれたステッキを軽く叩いた。

 

 おそらく念能力。

 ゲームの敗者を、出口のない迷宮に叩き落とす能力……だろうか。

 だが、レットさんもマッシュも、自分からそんなゲームをするような人じゃない。

 マッシュは強くなることしか頭にないし、レットさんは、あの通り気の小さい人だ。

 

 強いられたに違いない。

 実力差を、見せつけられて。

 

 

「さあ、お嬢さん。ゲームをしよう。君が勝てば二人を助けてあげようじゃないか」

 

「──っ!」

 

 

 灼熱しそうな思考を落ち着かせる。

 ブチ切れても殺せない。殺しても二人は帰ってこない。

 ゲームで勝つしかないのだ。相手がその気なのは、むしろ好都合なんだ。

 

 息を、肺から、絞り出す。

 それで無理やり気を落ち着ける。

 

 

「……ゲームの内容は?」

 

「君にもわかりやすいように単純にやろう。使うのはカード(トランプ)。たがいに一種の記号(スート)13枚を持ち、一枚ずつ場に出して、数字の大小で勝敗を決める。ジャックは11、クイーンは12、キングは13として扱う。数字は大きいほど強いが、エースはキングに勝つ。勝てば勝負に使われたカード二枚を得点として手にいれ、13回戦った結果、より多くの点を得た方が勝者だ」

 

 

 言いながら、悪魔紳士はカードを配る。

 

 ハートのカードが計13枚。

 “凝”で確認しても、ただのトランプ。

 シンプルなルールだ。イカサマの余地はない。

 

 

「ゲーム中、念能力の使用は?」

 

「“発”は禁止だ。これはゲームだからね。念能力による透視や読心など無粋の極みだ。むろん、イカサマの類も禁止だよ。破った者は、即座に罰ゲームを受けることになる」

 

 

 自分も含めて。悪魔紳士はそう示唆する。

 当然か。これほど強力な“発”。自ら命を賭けるような強力な制約なくしては成立しないだろう。イメージとしてはオロソ兄妹の【死亡遊戯(ダツ DE ダーツ)】が近いか。

 

 

「──もちろん、敗者には罰ゲームを受けてもらう……さあ、災いを開演し(はじめ)ようじゃないか」

 

「その言葉……逢魔ヶ災か」

 

 

 驚きはない。

 むしろ納得する。

 俺がビノールトに襲われ、レットさんたちが悪魔紳士に襲われた。

 場所もタイミングも合いすぎていて、とても無関係とは思えない。

 

 

「ほう。あらためて名乗りをあげるつもりだったが……多くはないのだがな。我らを知って生きているプレイヤーは」

 

 

 少年が、柔和な笑みを浮かべる。

 蛇を連想させる、温度のない笑み。嫌悪感が、抑えきれない。

 

 

「まあよい。あらためて名乗ろう。我らは生きた災い。黄昏時に彷徨い歩く殺人鬼。我らこそ逢魔ヶ災(おうまがわざわい)──その長、絶望の災禍、悪魔紳士。いざ、()()()

 

 

 そう言って、悪魔紳士は一枚目のカードをテーブルの上に伏せた。

 

 息を呑む。

 こいつが、プレイヤー狩りのボス。

 それも納得の、オーラの強大さ、おぞましさだ。

 

 

 ──だが、戦う。

 

 

 救うのだと決めて、俺はここに居るんだ。

 俺の命を握る、13枚のカード。その中から、“♥7”を抜き取り、テーブルの上に伏せた。

 

 1回戦。

 双方、同時にカードを裏返す。

 俺は“♥7”、悪魔紳士は“♠2”。

 

 勝ち、ではあるが、勝ち方としては微妙か。

 ほぼ最小の数字に勝つために、それなりの数字を使わされたんだから。

 

 2回戦。

 俺が出したのは、“♥3”。

 悪魔紳士が出してきたのは、“♠3”。

 引き分けだ。これは、どちらの得点にもならない。

 

 3回戦。

 俺が出したのは、負けを覚悟で“♥2”。

 悪魔紳士が出してきたのは“♠A”だった。

 僅差での勝ち。しかも相手にAを使わせたのだから、上々の勝利だ。

 

 すこし、安堵する。

 なにしろ懸かっているのが自分の命だ。

 わずかなリードといえど、優勢を保っていられるのはありがたい。

 

 

「ふむ、こんなものかね」

 

 

 劣勢の悪魔紳士は、しかし動じない。

 淡々とした様子で、手中のカードを弄び──告げた。

 

 

「──では、本番といこうかね」

 

 

 抑揚のない口調。

 しかし、言葉からは強い力を感じた。

 

 4回戦。

 俺は“♥8”を出す。

 悪魔紳士は“♠9”で、相手の勝ちとなった。

 1点差の負け。一番拙い負け方だ。

 

 5回戦。

 俺のカードは“♥11”。

 悪魔紳士が出してきたカードは“♠12”。

 連続で1点差負け。しかも大きな数字でだ。

 

 

 ──マズい。

 

 

 冷や汗が流れる。

 まさか狙って1点差にしているわけじゃないだろうが、思惑を完全に読まれてる。

 

 続く6回戦。

 俺は“♥4”

 悪魔紳士は“♠5”

 また1点差で負けた。まるで魔法だ。

 

 

「──もちろん気づいていると思うが、これはイカサマでも、念能力の類でもないよ」

 

 

 悪魔紳士は語る。

 

 わかっている。

 イカサマは無しの約束だったが、俺は常に“凝”で相手を見張っていた。

 少年の視線。少年のオーラの動き。いずれも不自然な点は見て取れない。

 

 イカサマではない。これは純粋な読み。

 悪魔紳士は、完全に俺の思考を読んでいる。

 

 おそらく最初の3回の勝負。

 悪魔紳士は最初から勝負を捨て、俺のカードの出し方から俺の本質──勝負の場で顔を出す心理の指向性を量っていたのだ。

 

 突然の劣勢。

 点数的にも、俺が12点に対し、悪魔紳士が49点。大幅に負け越しだ。

 

 

 ──このままじゃマズい。なんとか挽回しないと。

 

 

 焦燥が身を苛む。

 

 必勝を期して望んだ7回戦。

 こちらが出すのは最強のカード、“♥13”。

 だが、相手のカードがめくられた時、血の気が引いた。

“♠4”。悪魔紳士の手元に残された札で、最弱のカードだ。

 

 完全に読まれた。

 まるで、こちらの思考を追ったかのように、正確極まりない。

 

 これが、差だと言うのか。

 こんな単純なゲームで、ここまで差をつけられるものだろうか。

 

 

「どうかしたのかね」

 

「う……う」

 

 

 少年ながら、悪魔紳士の、すべてを見透かすような蛇の瞳。

 それが、たまらなく恐ろしい。

 

 

「……仲間から聞いたのとは大分違うな。気丈なお嬢さんと聞いていたのだが」

 

 

 敵の、不意に発した言葉。

 その刃のごとき鋭さに、思わず呼吸を忘れる。

 

 俺の素性が悟られたのは、不思議ではない。

 名前と、外見がわかっていれば、そう難しくはない。

 だが、神がかった読みを見せられた上での言葉だ。恐怖を感じずにはいられない。

 

 

「どうして……お前たちはプレイヤーを狩るんだ」

 

「ふむ、そうだな。どうせ死ぬ人間だ。教えてもよかろう」

 

 

 余裕の表情で、悪魔紳士はねじれたステッキを弄ぶ。

 

 

「わたしは……いや、()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ!?」

 

 

 衝撃的な言葉に、絶句する。

 ゲームマスター。つまりは、グリードアイランド・オンラインの開発者側の人間。

 

 

「グリードアイランド・オンラインにおいて設定された、公式敵性プレイヤー。それが逢魔ヶ災だよ。しかし、だから殺すというわけではない。中にはそういう者も居るが、少なくともわたしは違う」

 

「じゃあ、なぜ、殺すんだ」

 

「それはね、わたしは君が、君たちを憎んでいるからだよ……狂おしいまでに」

 

 

 吐き捨てる言葉には、致死の怨毒が含まれている。

 

 

「この世界に来てから、わたしは一度死んだ。完膚なきまでに殺された。善意を装った悪意に対処するには、当時のわたしは未熟すぎたのだ……」

 

 

 ぞっとする。

 そうだ。グリードアイランドに限らない。

 この世界は解体屋ジョネスのような、食人鬼ビノールトのような、幻影旅団のような、マフィアのような、NGLの裏の顔のような、危険と隣り合わせなのだ。

 もし、最初にシュウといっしょでなければ、まだ世慣れていない、当時の俺だったら……いくら力を持っていても、たやすく騙され、殺されていたかもしれない。

 

 

「──だが、わたしの念能力(わざわい)は、殺した者を乗っ取る性質を持つ。おかげでわたしは命をつなぎ……だが肉体は、この世界のものになってしまった。おそらく、【離脱(リーブ)】を使っても、もう、元の世界には戻れないだろう……」

 

 

 声が震える。

 込められたのは、狂おしい望郷の念。

 それに……強烈な呪詛。

 

 

「……ふざけるな。認められるか。わたしが戻れないのに、他のプレイヤーがのうのうと日本に戻れるなんて……そんなこと、許せるはずがない! 殺す! 絶対に殺す! ひとり残さず殺す! 誰ひとりとして元の世界に帰してやるものか! お前たちは、この世界で、朽ちて死ぬのだ!!」

 

 

 悪魔紳士は吠える。

 あまりにも理不尽な敵意。

 ほとばしる悪意のオーラに、呼吸が困難になる。

 

 考えもしなかった。

 ゲームマスター側の人間が、この世界に居ること。

 そして、ボス敵として作られたがゆえに、一般プレイヤーよりはるかに強く──そのうえ己が不幸を恨み、すべてのプレイヤーに悪意を持つ人間が居ることを。

 

 だが、激情に晒されたことで、かえって冷静になれた。

 理不尽な強さの理由が知れた。悪意の原因がわかった。深い闇の底が知れた。

 

 

 ──なら。こいつはもう、未知の恐怖(あくま)じゃない。

 

 

 手札を見直す。

 手元にあるカードは6枚。

"♥A”"♥5”"♥6”"♥9”"♥10”"♥12”。

 

 相手の手札も6枚。

"♠6”"♠7”"♠8”"♠10”"♠11”"♠13”。

 

 こちらの"♥5”"♥6”より低い数字が相手の手札にない以上、この二枚は死に札だ。

 これを使って、上手く負けなくてはならない。相手が"♠11”や"♠13”を出した時に合わせられれば理想的……なんだが。

 

 

 ──―違う。

 

 

 直感か、生存本能か。

 とにかく、俺の中の何かが、俺の思考を強く否定する。

 

 この直感を逃すわけにはいかない。

 それまでの思考を検めて──気づく。

 考えるべきは自分の都合でなく、相手の心理。

 

 俺はいま、負け札の処理を考えた。

 こんなもの、いつまでも抱えておきたくない。そんな、負の思考。

 相手はそこを突いてくる。

 

 

 ──だったら、それに噛みついてやる。

 

 

 悪魔紳士の目を見る。

 恐怖は、依然感じている。

 だが、それは克服すべき対象としてだ。

 

 8回戦。

“わたし”は、カードを一枚場に伏せる。

“わたし”が出したカードは“♥6”。

 相手のカードは“♠6”、引き分けだ。

 

 続く9回戦。

“わたし”のカードは“♥10”。

 相手のカードは“♠10”だ。

 

 嘘のように勝利が続く。

 こちらの勝ち札をなるべく消費せず、相手の勝ち札を減らす。

 読みとのズレを感じたのだろう。悪魔紳士の表情に、困惑の色が混じる。

 

 だが、いまだこちらが圧倒的に不利。

 こちらの手札は“♥A”“♥5”“♥9”“♥12”。

 これに対し、相手は“♠7”“♠8”“♠11”“♠13”。

 

 こちらの“♥5”が完全に死に札だという事を考えれば、勝ちは難しいように見える。

 だが、仮に先の読みで相手の“♠6”“♠10”に勝ち札を被せれば、残るのは“♥A”“♥5”“♥6”“♥10”。

 点数のアドバンテージ以上に死に札が重くのしかかってきて、勝ち筋が細く危うい物になっていただろう。

 

 続いて10回戦。

 “わたし”が出すのは“♥9”。

 悪魔紳士が出してきたのは、“♠8”。

 僅差で勝利をもぎ取った。

 

 46対49。

 得点的には追いついた。

 

 悪魔紳士の顔色が変わる。

 たぶん、彼はまだ気づいていない。

 心理を読みきった“(ユウ)”から、“殺意(わたし)”に、相手が切り替わっている事を。

 

 おそらく、悪魔紳士の読みは絶対。

 それは経験と知力よりも、性能に根ざすもの。

 ボス敵としてより深く設定された事によるアドバンテージ。

 だからだろう。才能(よみ)に裏切られたことで、彼の自信が揺らいでいるのを感じる。

 

 それでも、悪魔紳士は、その悪魔的な読みに縋るしかない。

 なぜなら、彼には、それしかないのだから。

 

 悪魔紳士は、ここで勝ちがほしい。

 数字的なアドバンテージを取りたい。

 必勝の“♠13”を出したいところだろうが、まだこちらには“♥A”が残っている。

 

 だからこそ。11回戦。

 この場面で相手が出すのは“♠7”。

“♥A”“♥5”の2枚に勝ち、負けたとしても相手の唯一の勝ち札を使わせる必勝のカード。

 

 だから、こちらは“♥5”を出した。

 負け札にして、相手を地獄に引きずり込む魔の札。

 46対62、点数差は16。だが、そんなものは関係ない。

 

 次に出す札で、勝敗は決してしまうのだから。

 こちらの手札は“♥A”“♥12”。

 相手の手札は“♠11”“♠13”。

 

 どちらを出しても勝率は5分5分。

 この状況に来て、わたしの“♥A”は勝ち札に化けた。

 

 悪魔紳士は信じられるだろうか。

 こちらに“♥12”がある状態で、“♠11”の強さを。

 

 できない。

 相手の心理傾向を量るために弱い札を使い、強い札を温存する悪魔紳士では、この状況で、“♠11”の強さを信じることはできない。

 読みの鋭さこそ恐るべきものがあるが、どこか“安全”を抱えていなければ勝負できない。“罰ゲーム”という恫喝の下でしか強者たり得ない。それが、悪魔紳士……“その中身”の本質だ。

 

 そしてそれこそが、“わたし”のつけ目。

 

 

 ──喰らってやる。

 

 

 口の端を、吊り上げる。

 悪魔紳士の表情に、怯えの色が浮かんだ。

 

 12回戦。

“わたし”のカードは“♥A”。

 悪魔紳士が出したのは……“♠13”。

 最弱のカードが、命をかけたゲームの勝負を決した。

 

 

「ぐっ……」

 

 

 悪魔紳士の顔が悔恨に歪む。

 

 決着がついた、その瞬間。

 突如虚空に闇が生じて、なにかを吐き出した。

 レットさんとマッシュだ。二人は、生還できた安心で気が緩んだのだろう。そのまま気を失った。

 

 ふたりの無事な姿に、安堵の息をつく。

 よかった。こんな所で仲間を失っていたら、一生後悔していただろう。

 

 

「──―ぐぎぎぎぃ!」

 

 

 突然の奇声に驚き、振り返る。

 悪魔紳士が、なにかに耐えるように歯を食いしばっていた。

 見れば、悪魔紳士から放たれていた禍々しいオーラ。それがすべて彼が持つねじれたステッキへと吸い込まれていく。

 

 

「いやだ……わたしは……わたしはもっと殺して! もっと道連れに……!!」

 

 

 苦しみもがく悪魔紳士。

 きっかけはゲームに負けたこと。

 と考えれば、本人が示唆したように、やはりゲームの勝敗に命をかけていたのだろう。

 

 うめき声が、途切れる。

 あとに残されたのは痩せこけた子供の亡骸。

 対してステッキの方は、禍々しいオーラを放っている。

 

 たぶん、怨“念”の宿ったステッキの方が本体。

 悪魔紳士を殺せばその人間を乗っ取り、ゲームで負かせば、怨念はステッキに戻り……おそらくは手に持った者を支配する。

 

 だが。

 いまこの時だけは、こいつは無力。

“わたし”は、渾身のオーラを込めて、ねじれたステッキを踏みつける。

 

 ステッキは、乾いた音を立て、二つに折れた。

 子供の遺体が、オーラに包まれて消え失せる。グリードアイランドにおけるゲームオーバーの状況。

 

 

 ──終わった。今度こそ。

 

 

 椅子に深くもたれかかって、息を吐く。

 予想以上に心身が消耗しているのだろう。とてもじゃないが立てない。

 

 

 ──あの恐怖(あくま)を克服した。

 

 

 充足感が体中を満たす。

 

 

 ──そう、だから“わたし”こそが、真なる恐怖(あくま)だ。

 

 

 その認識に、致命的な違和感を覚えて、わたしは殺意の仮面(ペルソナ)を引き剥がす。

 

 

「あっぶな。いま呑まれそうになってた」

 

 

 人格(ペルソナ)を被ったまま、極限の体験をしたためだろう。

 殺意の人格(ペルソナ)主人格(おれ)といい感じに混じって、“わたし”でいることに違和感がなくなっていた。

 

 だが、まあ、本当に終わった。

 逢魔ヶ災も、その首魁が倒された以上、警戒してしばらくはグリードアイランドに来ることはないだろう。

 あとは、ビノールトから逢魔ヶ災の情報を聞き出して……

 

 

「あ……」

 

 

 そういえば、ビノールト、拘束して放置したままだった。

 

 

 

 

◇ビノールト

 

 

 ──いつからだ。いつからオレは間違った。

 

 

 蔦で雁字搦めに縛られたまま、自問する。

 

 最初に人を食った時からか。

 最初に人を殺した時からか。

 最初に人を殴った時からか。

 最初に金を盗んだ時からか。

 

 

 ──考えるまでもない。最初からだ。

 

 

 生まれたときから、オレは間違っていた。

 生まれは貧民街の、しかも最悪の治安の場所。

 周りは売春婦か麻薬(ヤク)の売人、あるいはそいつらから金を吸い上げるマフィアの下っ端か。

 

 そんな環境で、まともに生きたいと思うこと自体が、間違っていたんだ。

 まともに生きたかったから、なにも盗まなかった。だからいつも飢えていた。

 まともに生きたかったから、誰も殴らなかった。だから舐められて、いつも殴られていた。

 まともに生きたかったから、誰も殺さなかった。だからマフィアの構成員になれず、はぐれ者として生きてきた。

 

 まともに生きている人間を見た。

 そいつらは飢えていなかった。暴力を振るわなかった。人殺しとは無縁の世界に生きていて……オレとはなにもかも違っていた。

 

 分けてほしかった。

 その幸せを。まともさを。

 だから盗んだ。だから殴った。だから殺した。だから……食った。

 まともな世界に生きる、恵まれたやつらから、すこしでもまともさを分けてほしくて。

 

 そんなオレは、最後まで間違った。

 グリードアイランド。プレイヤーが実際に死ぬという話に惹かれてプレイしたゲームの中で、そいつに出会った。

 

 

「わたしの名は悪魔紳士。黄昏時に彷徨い歩く殺人鬼、逢魔ヶ災が首魁……食人鬼ビノールト。君も我らの仲間にならないかね」

 

 

 不吉を身に纏ったような少年だった。

 一見して救いのない殺人鬼(クズ)だと気づいた。

 承諾してはいけないと、オレの心のまともな部分が悲鳴を上げていた。

 

 だけど、孤独なオレには、その誘いはひどく魅力的だった。

 

 

 ──だから。オレは決定的に間違った。

 

 

 少女に出会った。

 泣きたいほどに。分けてもらいたいほどにまともな少女だった。

 だから髪を食った。そして理解した。生まれたときから間違わなかったような、見たこともないまともな肉。

 

 恋い焦がれた。

 この少女さえ食べれば、オレはまともになれる。

 そんなありえない確信さえ抱かせる肉質だった。

 

 

 ──だが、負けた。完膚なきまでに。

 

 

 少女は強かった。

 いや、ただ強いだけなら、こんな敗北感など抱かない。

 負けて、気がつくと蔦で縛られていた。その状態で、聞いてしまった。

 捕らえたオレを無視して、危機に陥った仲間を必死に励まし、助けに向かう少女の声を。

 

 その時、唐突に思い出した。

 こんな場所、とっとと出ていってやると、貧民街を後にした同じ年頃の少年。

 自分が死ぬ、その瞬間までオレの善意を信じ切っていた、まばゆいまでに人のいい女。

 これだけの腕があるんだからと、罪を償って真人間になれと言ってくれた美容院の店主。

 いままでの人生で取りこぼしてきた、まともになる機会。こんなオレにも、そんなものがあったんだと、あらためて気づかされた。

 

 

 ──なんのことはない。オレが救いようのないバカだったんだ。

 

 

“まとも”がどんなものかもわからずに、ただまともな人生を求めていたのだ。

 自分の愚かさに、愛想が尽きる。

 

 蔦の拘束は、解こうと思えば解ける。

 逃げる気があれば、逃げられる……だが、そんな気は、とっくの昔に失せている。

 いまはただ、少女と話したい。そして、もし許されるならば……ゲームを出て、自首したいと思う。

 

 

「──起きてたんだ……逃げなかったの?」

 

 

 少女が来た。

 そこでオレは、悪魔紳士が死んだと知った。

 この少女が、あの化け物を倒せるようには見えなかったが、それ以上に、彼女が嘘を言っているようには見えない。

 

 そこで、オレは気づいた。

 殺してくれと、自首させてくれと言うより先に、頼むべきことがあると。

 

 

「短いつき合いだったが、あいつは仲間なんだ。仲間だと、言ってくれたんだ。頼む。奴の墓を、作らせてくれ」

 

 

 オレの言葉に、少女はすこし困ったというように──笑った。

 

 悪魔紳士。その本体は、ステッキだという。

 ゲーム外に戻された遺体の場所は、オレにもわからない。

 その程度のつき合い。他の仲間には、会ったこともない。

 だけど、オレにとって悪魔紳士は、紛れもなく仲間だった。

 

 彼の墓を作り、岩に墓標を刻んで、気が済んだ。

 

 

「思い残すことはもうない。殺すなり警察に突き出すなり、好きにしてくれ」

 

 

 オレの言葉に、少女は困ったように頰をかき……そして言った。

 

 

「よかったら、だけど……仲間にならない?」

 

「……は?」

 

 

 最初、言葉の意味を理解できなかった。

 理解して……涙が出た。

 

 

 

 

 




◆悪魔紳士

・H×Hで好きなキャラクター三人

 ニッケス(ハメ組のリーダー格)、モタリケ、キルア

・H×Hで好きな念能力三つ

 ゲンスルーの【命の音(カウントダウン)】、ナックルの【天上不知唯我独損(ハコワレ)】、オロソ兄妹の【死亡遊戯(ダツ DE ダーツ)

・グリードアイランドで好きな指定ポケットカード三つ

 No.020心度計、No.073闇のヒスイ、No.093人生図鑑

・ユウからの第一印象

 ……化け物だ。

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